第13話 魔王軍対魔王軍(後編)
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大鎌を操るザデンと剣で戦うウェスタ。
ウェスタもメデューサ流剣技の使い手だが、大魔王の側近であるザデン相手では分の悪い勝負を強いられた。
大鎌などと言う武器が戦いに向いているとは思ってなかったが、力と技を兼ね備えた者の操る大鎌はまさに一撃必殺だ。
一度でも刃の内側におびき寄せられたら、刈り取る動作の餌食になってしまうだろう。
「お前の父親とは一度は戦ってみたかった」
打ち合いの防戦を強いられるウェスタにザデンは言った。
後に大魔王となるブラムと戦い命を落としたウェスタの父親だったが、彼は剣士としてよく名が知られていた。
メデューサ流剣技を大いに発展させたのも彼だ。
「お前は父親ほどではないなあ」
素早い大振りの一撃は危うくウェスタの身体を刈りかけ、髪の毛が数本切断される。
父親ほど剣技が得意ではないウェスタはザデンとの力の差を思い知った。
歯が立たない、そう思った。しかし、
「大したことのない敵じゃ。もう飽きたわ」
ウェスタの左側から声が聞こえる。神祖大メデューサだ。
「次に大振りの攻撃が来たらわざと鎌の内側に飛び込め」
「わ、わざと…?」
「所詮は平和な時代の魔王よ。わしの敵ではない」
大メデューサは大したことないと言うが、その相手にウェスタは歯が立たない。
従うしかないと思った。
打ち合いの間合いから少し近寄ると、ザデンは大振りの動きを見せた。
言われた通りに鎌の内側に入る。
「終わりだ…!」
ザデンは大鎌を引き、刈り取る動作に移る。
もはや避けることはできない。
そう思ったその時。
大メデューサの蛇髪の目が黄色く光る。その蛇の目とザデンの目が合った、その時。
「蛇髪眼だとっ!?」
ザデンは大鎌を落とし、崩れ落ちた。
「『金縛りの蛇眼』じゃ」
大メデューサは鎌首を持ち上げ、ザデンを見下ろし言った。
「蛇髪から蛇眼を撃てるとは……」
「相手には『凶眼』を使わないと言わせて。
さすがに卑怯なんじゃない?」
インゲルはつぶやくが、
「こっちは使わんとは一言も言っておらん。
誰と誰の戦いじゃと思うておる?
魔界の覇権を争う魔王の戦いで何を甘いことを言っておるか!」
「メデューサってのは……厄介だな…。ますますいい女だ…ぜ……」
「……問題ありません。ご先祖様。先を急ぎましょう」
ザデンは何とか口は聞けるようだったが、ウェスタはいち早くこの場を離れたいと思った。
路地で戦うサイクロップス族のゲイリーとヨトゥン族のヘルセー。
一騎打ちの状態の巨人の二人は旧知の中だった。
「お前は人間界との戦争を何とも思わねえのか?」
「大魔王様がおっしゃるならそれなりの理由があっての事だわ」
「それに俺は今人間の彼女と付き合ってんだ。
人間界の侵略なんて許せる訳ねえだろ」
「人間の……!?」
聞き捨てならない台詞だったようだ。
ヘルセーは感情が沸騰すると逆に周囲の温度を下げ、冷気が集まって来る。
「それでわたしのことはもうどうでもいいって言うの?」
一段強くなった冷気は金棒の温度調節のまじないで防げるものではなかった。
金棒とゲイリーの体も凍り付いて行く。
「へっ、関係ねえよ。
俺はお前の望むように宮仕えはできねえ。
俺は俺のあるがままだ」
押されていたが、ゲイリーは落ち着いていた。
ヘルセーの気が済むようにしてやるしかないと思っていたのかも知れない。
「ここまでにしなさい。
あなたはメデューサの野心に利用されているだけよ」
「お前、ウェスタが野心家に見えるのか」
しかし、ここでゲイリーは急に真顔になった。
「あいつとは幼馴染みだが部屋に籠って本を読むのが好きな奴だ。
争いごとなんか嫌いで戦いの度に足の震えを隠してるような奴だ」
半ば抵抗を止めていたゲイリーは武器を握り直す。氷のかけらが金棒からこぼれ落ちる。
「そんな奴が大魔王相手にただ一人意見して、テュポーンと戦って、今も指揮官なんぞやってる。
大魔王にビビりながらも意見をした。お前に同じことができるか?」
「弱い癖に何故そんなことを」
「それが分からないようなら、彼女がいなくたってお前とよりなんか戻せねえよ」
「……!だったらわたしはここであなたをっ!」
ヘルセーの冷気がさらに強くなる。
吹雪が二人を包み込んで行く……。
「イフリート!」
女勇者アイギスが叫ぶと火炎流がその冷気をかき消す。
不意打ちにヘルセーは思わず魔力の集中を解いた。
「ゲイリー!助けに来たわ」
女勇者アイギスが駆け付けて来た。戦士ゲーゴス、僧侶ジャンヌ、魔法使いフィリップも。
「あとはあなただけよ」
ヘルセーはゲイリーを圧倒していたが、その軍団は勇者一行の戦闘力に敵わなかった。
ヘルセーは包囲されていた。
「もう終わりにしろ」
ゲイリーは立ち上がりながら言った。
「決着を付けるまでやんのか?」
「何よそれ」
ヘルセーは新たな怒りを抱いたようだ。
「そんな風に見える?
わたしがあなたと決着なんか付けたい訳ないじゃない」
周囲の冷気が収まっていく。
ヘルセーは剣を捨てた。
ベヒモス族のグスタフは大魔王城の前から打って出てレヴィア軍と交戦していた。
両手の長い爪で戦う巨漢グスタフは魔王軍の武闘派の筆頭だ。
レヴィアも手から水流を放って応戦するが近づかせないのが精一杯だった。
ジリジリと詰め寄って来るグスタフが一気に飛び掛かって来たその時、
「レヴィア様!」
剣の一撃がグスタフの爪を弾いた。
メデューサ族の魔王ウェスタだった。
後方から現れたザデンを倒した後ようやく駆け付けたのだった。
「バロールは倒しました」
「さすがはウェスタ殿です」
「ザデンに勝っただと?」
グスタフは驚いたようだ。
「メデューサの若造風情が!」
たてがみのような髪と髭を持ったグスタフの叫び声はまるで獅子の咆哮だった。
「大魔王様に逆らいおって!」
爪を構えるグスタフとメデューサ剣技の構えを取るウェスタ。
「テュポーンも倒したそうだな。
その腕前を見せてもらおう」
両手の爪で攻撃して来るグスタフの攻撃は剣一本で受け止めてどうにかできるものではない。
動いて回避しなければ。
幸いリーチは剣の方が分があった。
まさに一進一退の攻防が続く。
「人間界に攻め込むことはかえって魔界を疲弊させます」
「わしは人間と戦う大魔王を待ち望んでいたのだ。
魔族の誇りを取り戻す強い大魔王を」
「ならあなたを倒し、わたしの望みを叶えます」
「やれるものならやってみろ」
「ふん、聞いてあきれるのう」
大メデューサは吐き捨てるように言った。
「貴様もそう思うじゃろう?」
「は、はい……?」
話し掛けた相手はリヴァイアサンの魔王、レヴィアだった。
「人間の大魔王に従って魔族の誇りなどと、下らん話じゃと思わんか?」
「そ、そうですわね」
レヴィアはただ蛇髪に話し掛けられたことに驚いているようだった。
「貴様の水流でベヒモスに隙を作れ。
その間に『石化の蛇眼』の準備をする」
「分かりましたわ……」
「その誇りで自分が大魔王になる気概はないのか、デカブツ!」
今度は大メデューサはグスタフに話し掛けた。
「ブラム様は強さと洞察と求心力を兼ね備えている。
あのお方の元で人間と天界と戦う。何がおかしい?
大体お前は何だ?
メデューサの蛇髪風情が何を勘違いしてわしに説教しておる!?」
「貴様こそ勘違いするなよ!
貴様が決めねばならんのはちっぽけな自意識に決着を付けることではない。
わしの支配を受け入れるか否かじゃ。
受け入れられないならば殺すまでよ」
「ちょっとご先祖様!何の話?」
大メデューサの乱暴な物言いにインゲルは慌てたが、
「いや、待つんだ」
ウェスタはインゲルを静止した。
「これがそうなのですね、ご先祖様」
「気付いたか?ウェスタ」
圧倒的な重力のような威圧感。
ウェスタはこの感覚を覚えていた。
「キーとなる感情」
その言葉も。
勝負は一瞬だった。
レヴィアの水流の攻撃を両腕で防いだグスタフであったが、ガードを解いた彼が見たのはウェスタの中央の蛇眼から放たれる赤い光だった。
グスタフは石像に変わった、恐怖と驚愕の表情の。
「さあ、いよいよ大魔王との戦いだ!」
ゲイリー達もヘルセーに勝ったらしいと報告を受けていた。
態勢を整えてすぐに大魔王城を攻略せねば。
「お待ちくだされ」
レヴィアからだった。
「グスタフの石化は解除可能なのですか?」
「どうです?ご先祖様」
「もちろん可能じゃ」
「ならば捕縛した状態で石化を解いて頂きたい」
「何故です?」
「グスタフはこの場で処刑いたしましょう」
「何を言っているのです?」
この場でとり急いでやるべき事だとは思えないし、そもそも処刑する予定すらない。
「これに応じられなければこれ以降の協力はできません。
場合によっては敵とみなします」
元々厳格な顔立ちのレヴィアだったが、今は表情に冷酷さが現われている。
気を許すなと言われていたし、一筋縄ではいかないと思っていたが、大魔王城を目前にウェスタは困難な選択を迫られる事になった。




