結果発表 お妃様は君だ! 1
傷ついてでも手に入れたい。痛みを越えるほどの価値がニーナにあるのか。
そんなことは分からない。
自分はこれまでの人生あまりにも無意識に取捨選択をしてきたから、今更「そういう仕組みだったんだよ」と教えられてもよく分からなかった。
だが、月季の宮の一室から剣で斬りつけられ矢を射られたニーナを見た瞬間、考えるより先に足が動いていたのだ。
千人を超える民の前に姿を現すことも、自分がどう思われるかもどうでもよかった。
ただ、ニーナの命が消えてしまうような出来事を、何もせずに見ていることができなかったのだ。
衝動に突き動かされ、走りに走ったダリウスは気づけば石舞台の上に飛び出していた。
突然現れた白髪と赤目の男に観衆から盛大に悲鳴とどよめきが起こり、人々目を剥き、あるいは指を差してダリウスの異形について騒ぎ出す。
それにはかまわず、ダリウスは矢に囲まれても微動だにせず、椅子に座り続けるニーナに駆け寄った。
「ニーナ!」
椅子から降ろし腕に抱いて揺さぶったのに、抵抗もなくニーナは揺さぶられるままだ。
まるで本物の人形のようにぐったりとして、表情も変わらず目の焦点すら合っていない。
「ニーナ、起きてくれ! 君の勝ちだ!」
必死に呼びかけ正気に戻そうとしたが、先に状況を把握したのは薫子の方だった。
舞台上で震えながら半身を起こし、鬼女のような形相でダリウスを睨みつける。
「この勝負は無効よ! 私に妨害が行われるなど明らかな契約違反だわ!」
「薫子姫」
彼女の言う通りなのかもしれない。
舞台を転がった薫子は息を荒らげ、髪や装束もこれ以上ないほど乱れている。
矢を射られた恐怖や敗北の屈辱、誰にぶつければいいのか分からない怒りで我を忘れそうな薫子に目をやり、ダリウスは静かな口調で語りかけた。
「たしかに君の言葉にも一理ある。だが、すでに勝負はついていたはずだ」
ここにいる千人の観衆がどちらを選ぶか。改めて確かめるまでもないだろう。
「妨害のやり方について苦言を言うつもりはない。許可を出したのは私であり、それがどのようなやり方か決めなかったこちらの落ち度だ」
よしんばニーナの命がかかるような妨害であっても、ダリウスに薫子を責める権利はない。
ただそれ以前に勝敗は決していたと断言され、薫子はよろめきながら立ち上がった。
「ええ、ええ! そうかもしれない……! たしかに私の負けだわ!」
重々しい装束に足を取られそうになりながらも後ずさり、蒼白になった薫子はダリウスの金紅眼に鋭く指を突きつける。
「でも万々歳よ! あなたのような化け物に──、ラージャムになど嫁ぎたくありませんでしたもの!」
薫子はダリウスを指し示したまま、血の気の失せた顔を静まり返った群衆に向けた。
「ラージャムの皆様もご覧になって、この男の姿を────!」
血のように紅い白膜と、獣のような黄金の虹彩。
死者のように艶を失くした白髪を一瞥し、薫子は腹の底から叫んだ。
「これがあなた方の王! 国民の前に一度も姿を現さなかった異形の白髪鬼ですわ!」
薫子の声に反応した幾人かが、ダリウスの姿に恐れをなしたように身を引く。
二目と見られぬ顔。
目が合えば殺されると噂されたダリウスから逃げるように、薫子は何度も首を横に振った。
「恐ろしい……! 人間じゃないわ! こんな金眼の化け物の妻になんて誰がなりたいものですか! 瑞の王族であるわたくしが嫁ぐに相応しくありません!」
まるで薫子の恐怖が伝染したかのように、千人の観衆が悲鳴を上げかけたとき────。
「そのとおりだよ、薫子さん」
澄んだ可愛らしい声が響き、誰もが驚き動きを止める。
自身の腕の中へと視線を落としたダリウスの目の前で、力なく抱かれるばかりだったニーナがしっかりと目を開き、薫子を見つめていた。




