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────可愛いと思われていなかった。
執務室を出て後宮へと戻りながら、ニーナはダリウスと九天の会話を黙々と噛みしめていた。
立ち止まろうと思っても足が止まらない。
かつてないほどの早足で歩きながら、ぐっと唇を噛み締める。
まったく可愛いと思われていなかった。
聞こえたのは最後の方だけだが、ニーナは恋愛対象にならないとキッパリ言っていた。
そもそもニーナは子供であり、可愛いか可愛くないかで言えば可愛くない。
絶対に可愛くないそうだ。
(なんて…………)
震える手できつく拳を固める。
(なんて、なんて……!)
真っ白な回廊を早足で歩きながら、ニーナは空に向かって大きく拳を突き上げた。
「なんて新鮮──────────────っ!!」
堪えていたのに絶叫してしまい、回廊の脇に聳える木々から鳥たちがいっせいに飛び立つ。
羽音を立てて青空を飛ぶ鳥たちを目で追いながら、清々しい気持ちでダリウスの言葉を思い返した。
「絶対に可愛くない、恋愛対象になるわけない、だって! すご──────いっ! 王様ってすっごくすごい────!」
そんなことを言われたのは生まれて初めてだ。
全身がうずうずして、ニーナはぴょんぴょん飛び跳ねながら回廊を走り回った。
あまりの驚きに喜ぶことも笑うこともできず真顔になってしまい、ダリウスに礼を言うこともできなかった。
やはり大人の男は言うことが違う。
美しすぎるあまり人々の所有欲をかきたて、幼少の頃からありとあらゆる男に求められてきたニーナだ。
そんなニーナを女と思わず、一人の子供としてしか見ていないとは。
これこそニーナが理想とする大人の男だ。
どいつもこいつもニーナを見ればエロ根性丸出しで、紳士的にふるまっても最初の三分だけ。
それなのにダリウスは裸のニーナを腕に抱いても態度を変えず、「恋などしない」とまで言ってくれたのだ。
「すごい! 王様は絶対にいい人だと思ってたんだ! やっぱり私は男の人を見る目がある!」
伊達に見世物小屋や娼館で多くの男を見てきたわけではない。
容姿だって変なところは何もなかった。多少肌と髪が白くて目が赤と金だからなんだというのだ。
(人間と思えない容姿なんてあるはずないと思ってたんだ! 王様はどこからどう見ても普通の男の人だよ!)
いいや、普通よりも優しく大人で分別もあり、顔もスタイルも申し分ない素晴らしい紳士だった。
「いいと思う! 王様なら葵ちゃんの旦那様にぴったりだ!」
葵はニーナに衣装を貸してくれようとして、昨夜は自分の捜索まで願い出てくれた心優しい少女だ。
葵に嫌がらせをしている薫子なる女性が妃に内定しているらしいが、きちんと話をすればダリウスもきっと葵に心動かされるだろう。
「私絶対葵ちゃんの侍女になりたい! よぉし、がんばって葵ちゃんと王様を結婚させるぞ──!」
エイエイオー! っと声を上げた瞬間。
「いたっ!」
コツッ、と何かがニーナの後頭部にぶつかり、音を立てて足元に転がった。
たんこぶができるほどの強さでぶつかり、痛みにニーナは涙目でたたらを踏む。
後頭部をさすりながら視線を落とせば、それは白い紙にくるまれた小さな玉だった。
拾い上げ、くしゃくしゃの紙を開いたニーナは首を傾げる。
「…………手紙……?」
核となっているのは硬い胡桃で、周りを包む白い紙には見たこともない、ミミズがのたくったような何かが書かれていた。
おそらく絵ではない。
規則的に縦に何行も書かれ、一行目と最後の行は短いミミズ。
雰囲気からして宛名と差出人名ではと感じた。
(どこから飛んできたんだろう?)
辺りを見回してみたが、木々が茂るばかりで人影はない。
遠くに衛兵が身動きせず立っているが、どう考えても無関係だろう。彼らがニーナの頭めがけ胡桃を投げたとも思えない。
「何語だろ? とりあえず葵ちゃんに見せてみようっと!」
こぶは痛いが楽しくなり、ニーナは紙と胡桃を手に弾む足取りで後宮へと戻っていった。




