番外編第二十九章 根本的に未完成な明日
黒峯玄達、『ラグナロック』が、公式の大会に復帰した日ーー。
ドームの大会会場では、熱いバトルが繰り広げられていた。
何でも、『ラグナロック』が久しぶりに大会に出場するためか、今回のドームの公式の大会は、参加希望者がすごく多かったらしく、早々にエントリーを締め切る事態にまでなったらしい。
しかし、出場できなかった参加希望者はもとより、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チーム『ラグナロック』の復帰後、初の大会ということでのぞきにきた観客を前に、大会参加者達は果てのないバトルを繰り広げていた。
空から降り注ぐ星の光の先で、美しくも禍々しい天使の羽根がついたロッドが振る舞われる。
星の光の先にいるのは、アンティークグリーンのミニドレスを着た少女だ。
アホ毛を揺らしながら、黒峯麻白の姿をした綾花は小柄な身体にあるまじき膂力で、その少女キャラを操作していた。
綾花のキャラに、ロッドの一撃によって吹き飛ばされたことにより一旦、その場を退こうとした対戦相手の出鼻をくじくような形で、玄のキャラは相手の背後を取ると、対戦相手が振り返る間も与えずに続けて斬撃を放ってみせる。
「…‥…‥なっ」
開始早々、仲間の対戦相手のキャラの体力ゲージをいともあっさりと削り、容赦なく彼らを追い詰めていく綾花達に、対戦相手の一人は愕然とした表情でつぶやいた。
「ーーっ!」
しかし、その動揺も突如、自分のキャラの背後に回った大輝のキャラが、大鉈を振るってきたことでピークを迎える。
反射的に彼は自身のキャラの武器で、『ラグナロック』のさらなる猛攻を迎え撃とうとして、その瞬間、接近してきた玄のキャラに受けようとした武器ごと深く刻まれた。
「…‥…‥強い」
対戦開始から数分後、他の対戦相手達のキャラの体力ゲージをいともあっさりと削り、勝利した綾花達に、拓也は愕然とした表情でつぶやいた。
個人戦と違い、チーム戦は複数のチームと同時に戦う可能性が非常に高い。
必然的に一対一の戦いは少なくなり、不慮の一撃というのも増えていく。
しかし、そんな乱戦状態の中でも、綾花達はーーオンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』の第二回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チーム『ラグナロック』は、的確かつ確実にトーナメントを勝ち上がっていった。
きっと、俺と玄達とでは、天と地ほどの実力差があるのだろう。
ぴりっと張り詰めた緊張感が溢れる中、元樹が苦々しくつぶやいた。
「やっぱり、強いな」
ぞんざいにつぶやく元樹を横目に、拓也は視線を落とすと元樹にだけ聞こえる声で静かに告げる。
「そ、そういえば、元樹はモーションランキングシステム内で何位なんだ?」
「確か、今は八位だったな」
拓也の疑問に、元樹は記憶の糸を辿るように目を閉じた。
「なっ!そんなに上位なのか?」
「ああ」
やや驚いたように声を上げた拓也に、元樹は少し逡巡してから答えた。
「だけど、玄と大輝は、さらに上位だったはずだ」
拓也の言葉にそう答えた元樹は、携帯を取り出すと、オンラインバトルゲーム『チェイン・リンケージ』のモーションランキングシステムをネット上で検索してみる。そして、携帯に表示されたランキングリストと補足説明を、拓也にそっと見せた。
モーションランキングシステム
1位、布施尚之
(個人戦の二冠覇者)
2位、阿南輝明
(第一回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チーム、そして、第二回公式トーナメント大会のチーム戦、準優勝チームである『クライン・ラビリンス』のリーダー)
3位、黒峯玄
(第二回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チームである『ラグナロック』のリーダー)
4位、高野花菜
(第一回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チーム、そして、第二回公式トーナメント大会のチーム戦、準優勝チームである『クライン・ラビリンス』のメンバー)
5位、浅野大輝
(第二回公式トーナメント大会のチーム戦、優勝チームである『ラグナロック』のメンバー)
6位、ーー
7位、ーー
8位、布施元樹
9位、舞波昂
10位、雅山春斗
(『ラ・ピュセル』のリーダー)
「…‥…‥舞波も、上位なんだな」
「ああ、意外だけどな」
怪訝そうな顔をする拓也に、元樹はきっぱりとこう続けた。
「だが、舞波は確か、十位の雅山の兄とそんなに差はなかったはずだ」
元樹は携帯をしまうと、迷いなく断言する。
「そういえば、肝心の舞波はーー」
「決まった!」
そういえば、肝心の舞波はどうしたんだ?
そう告げようとした拓也の言葉をかき消すように、突如、実況の声が拓也達の耳に響き渡る。
「こ、これは驚きの決着だ!対戦チームを五分とかからずに倒しきってしまった。チーム戦決勝、勝ったのは『ラグナロック』!」
「…‥…‥すごいな」
「…‥…‥決勝戦も、あっという間に勝ってしまったな」
実況がそう告げると同時に、拓也と元樹の二人が、それぞれ同時に別の言葉を発する。
観戦していた観客達もその瞬間、ヒートアップし、割れんばかりの歓声が巻き起こった。
『YOU WIN』
拓也はドームのモニター画面上に表示されているポップ文字を見遣り、改めて玄達のチーム、『ラグナロック』の勝利を実感する。
警戒するように辺りを見渡した後、拓也は深呼吸をするように深く大きなため息を吐くと、元樹に小声でつぶやいた。
「決勝戦が終わったのに、今回も、黒峯玄の父親の動きがなかったな」
「ああ。舞波に頼んで、遠くから俺達と黒峯玄の父親達の様子を探ってもらっていたんだが、あまりにも怪しすぎて警察の事情聴取を受けてしまったらしい」
「…‥…‥それで、舞波の姿が見当たらなかったんだな」
元樹の言葉に、額に手を当てて呆れたように肩をすくめると、拓也は弱りきった表情で言った。
「黒峯玄の父親の目的は、綾を黒峯麻白にすることだ。仮に、綾を手に入れたいだけなら、わざわざ、麻白のリボンと奇妙な杖を渡して、舞波と取引をする必要はない」
「元樹、どういうことだ?」
元樹の思いもよらない言葉に、拓也は不意をうたれように目を瞬く。
戸惑う拓也に、元樹は深々とため息をついて続ける。
「恐らく、今までの黒峯玄の父親の行動は、本来の目的を隠すための目眩ましだ」
「目眩まし?」
やや驚いたように首を傾げた拓也に、どうにも腑に落ちない元樹がさらに口を開こうとしたところで、拓也達のところにやって来た綾花がおずおずと声をかけてきた。
「ねえ、たっくん、友樹。玄と大輝が、あたしに渡したいものがあるって言っていたから、ちょっと行ってくる」
先程までの緊迫した空気などどこ吹く風で、今か今かと了承の言葉を待っている綾花に、拓也は思わず顔をゆるめていつものように優しく頭を撫でる。
「ああ」
「ありがとう、たっくん」
綾花はほんの少しくすぐったそうな顔をしてから、幸せそうにはにかんだ。
そして綾花は、大会受付の近くで、綾花達のやり取りを見守っていた玄と大輝のもとへと駆けていく。
その様子をぼんやりと眺めながら、元樹は拓也に近づくと、拓也の肩をぽんと叩いた。
「なあ、拓也。何故、黒峯玄の父親は、わざわざ目眩ましをする必要があったんだろうな」
「必要か…‥…‥」
その理由を慎重に見定めて、拓也はあえて軽く言う。
「本来の目的のために、時間をかせぐ必要があったんじゃないのか?」
「それだと、矛盾が生じるんだよな」
「ーー矛盾?」
元樹の意味深な言葉に、拓也は唐突に、自身の思い違いに気づいた。
一度、回収した後に、学校に来てまで、綾花につけるように迫った麻白のリボンに施されていたのは、姿を一定に保つという魔術の知識によるものだけだった。
そして、舞波との取引の際、舞波の魔術の効果を上げるだけの杖を渡したという不可解な矛盾。
確かに、時間をかせぐためだったのなら、そんなまわりくどいことはしないだろう。
一見、無意味だと思われる行動を繰り返す、玄の父親の真意が一向に見えてこない。
「麻白ちゃん~!」
このままでは、また、黒峯玄の父親に出し抜かれてしまうのではないか、と思案に暮れる拓也と元樹の耳に勘の障る声が遠くから聞こえてきた。
突如、聞こえてきたその声に苦虫を噛み潰したような顔をして、拓也と元樹は声がした方向を振り向く。案の定、綾花を探して会場内を走ってくる昂の姿があった。
躊躇なく思いきり会場内を駆け回ろうとしていた昂に、拓也と元樹は綾花を守るようにして昂の前に立ち塞がった。
綾花を探すのを阻止されて、昂は一瞬、顔を歪ませる。
だがすぐに、昂はそれらのことを全く気にせずに話をひたすら捲し立てまくった。
「大変なことが分かったのだ!今すぐ、我を麻白ちゃんのところに連れていくべきだ!」
「大変なこと?」
「何か、つかめたのか?」
訝しげな拓也と元樹の問いかけにも、憤懣やる方ないといった様子で、昂は目の色を変えて綾花を探しに行こうとする。
「黒峯蓮馬は、綾花ちゃんを麻白ちゃんにするつもりなのだ」
思わぬ言葉を聞いた拓也と元樹は、昂の顔を見つめたまま、瞬きをした。
少し逡巡した後、拓也は呆れたように言う。
「…‥…‥それは、分かっているんだが」
「…‥…‥いや、待てよ、俺達と黒峯玄の父親達以外は、綾を黒峯麻白だと思っている。…‥…‥そういうことか!」
「何か、分かったのか?」
拓也が意味を計りかねて元樹を見ると、元樹は悔やむように唇を噛みしめる。
「俺達の思い込みを利用したんだな」
「思い込み?」
元樹は、拓也の言葉に力強く頷いてみせた。
「あれだけ、まわりくどいことをされたら、黒峯玄の父親が何かを企んでいることは明白だろう。そして、俺達は、さらに黒峯玄の父親達に警戒を抱くようになる」
「ああ」
拓也の言葉を受けて、感情を抑えた声で、元樹は淡々と続ける。
「だけど、黒峯玄の父親達のみじゃなかったとしたら?本当の事情を知らない玄と大輝が、黒峯玄の父親の目的に協力していないとは限らないんじゃないのか?」
「ーーっ」
その思いもよらない言葉は、友人であり恋敵でもある元樹から当たり前のように発せられた。
拓也が何かを言う前に、元樹は意を決したように先を続ける。
「本当の事情を知らない玄と大輝が、綾に何かをするはずがない。その思い込みを、俺達にさせるために、今まで黒峯玄の父親はわざわざ自身が赴いて、何かしらの行動を起こしていた」
「なっーー」
「恐らく、先程、玄と大輝が、綾に渡したいものがあるから来てほしいと誘ったのは、俺達から綾を引き離すためだ」
怪訝そうな顔をする拓也に、元樹はきっぱりとこう答えた。
それは、仮定の形をとった断定だった。
「あやーー麻白!」
「麻白ちゃん~!」
元樹のその言葉は、否応もなく、拓也のーー拓也達の全身を総毛立たせる。
「…‥…‥まいーーいや、魔王、会場の外に出たら、人気のない場所で『対象の相手の元に移動できる魔術』を使ってくれないか?」
「むっ、仕方ない。麻白ちゃんのためだ」
元樹の言葉に昂がそう答えると、拓也達は、無我夢中で大会受付の周りに密集する大会参加者達を押しのけて、綾花を探すため、会場の外へと駆け出していったのだった。




