番外編第十一章 根本的に彼の仮装は無理がある
「みんな、席につけ!ホームルームを始めるぞ!」
「「はーい」」
入学式が終わった翌日のホームルーム。
1年C組の担任が来てクラス全体を見渡すようにしてそう告げると、談笑していた新一年生達はしぶしぶ自分の席へと引き上げていく。
「うーむ」
しかし、留年したことによって再び、1年C組へと配属された昂は、独りごちるように思い悩んでいた。
「何故、我の担任がまた、先生なのだ。我は、綾花ちゃんと同じクラスになりたかったというのに」
「学年主任の先生に、今年もおまえの担任を任せられたからだ」
教壇に立った1年C組の担任から言葉を投げかけられて、昂は突っ伏していた机から勢いよく顔を上げると思考を邪魔してきた1年C組の担任へと視線を向ける。
その態度に、1年C組の担任は額に手を当ててため息をつくと朗らかにこう言った。
「それと舞波、おまえはホームルームが終わり次第、職員室に連れていくからそのつもりでな!」
「我は納得いかぬ!」
あくまでも事実として突きつけられた1年C組の担任の言葉に、昂は両拳を振り上げて憤慨した。
「何故、この我が留年させられたばかりか、新学期早々、呼び出しなどを受けねばならんのだ!」
「一昨日の始業式、今日の始業のホームルームと立て続けに、二年の教室で瀬生の隣の机をずっと占拠していたからだ!」
昂の抗議に、1年C組の担任は不愉快そうに言葉を返した。
1年C組の担任の剣幕に怯みながらも、それでも必死に、昂は理由をひねり出そうとする。
「我は、どうしても綾花ちゃんと同じクラスに、そして隣の席に座りたかったのだ。再び、1年C組の教室では、綾花ちゃんの隣の席には座れぬではないか!」
「当たり前だ」
さらに昂が心底困惑して訴えると、1年C組の担任はさも当然のことのように頷いてみせた。
そのあまりにも打てば響くような返答に、昂は言葉を詰まらせ、動揺したようにひたすら頭を抱えて悩み始める。
「舞波くん、大丈夫かな?」
そんな中、2年B組の担任の先生の連絡事項に耳を傾けながらも、突如、上の階の一学年の教室から聞こえてきた喧騒に、綾花は不安そうに天井を見遣るとぽつりとつぶやいた。
綾花達の学校は、一年が三階で、進級するごとに下の階の教室へと下がっていく。
学校一の変わり者である昂が留年したという事実はあっさりと広まり、相変わらず全校生徒中、一番の有名人になってしまっているらしい。
「あいつのことだから、留年してもうまいこと立ち回っているだろう」
左隣の席に座る拓也が、そんな綾花の問いかけに顔を歪めて答えた。
「…‥…‥うん、そうだよね。こういう時、舞波くんはいつも無類の力を発揮するもの」
「…‥…‥だから、困るんだ」
ほんわかな笑みを浮かべて思い出したように言う綾花をよそに、拓也は上の一学年の教室がある天井に視線を向けながら、苦々しい顔で吐き捨てるように言った。
「でも、今年も綾花と同じクラスになれてよかった」
「えっ?」
綾花が不思議そうに小首を傾げると、拓也は穏やかな表情でーーそして、少し嬉しそうに続けた。
「…‥…‥正直、不安だったんだ。俺も元樹や舞波と同じく、綾花と同じクラスになりたいってずっと考えていたから」
「たっくん…‥…‥」
いつものほんわかとした綾花とのやり取りに、拓也は嬉しそうにひそかに口元を緩める。
いつもと変わらない他愛ない会話が、拓也には妙に心地よく感じられた。
「今年もよろしくな、綾花」
「うん。よろしくね、たっくん」
そわそわとサイドテールを揺らして花咲くようににっこりと笑う綾花を見て、拓也も胸に滲みるように安堵の表情を浮かべてみせる。
先生の話が終わり、日直の号令に合わせて挨拶を済ませると、クラスの生徒達は次々と帰宅して行く。
そんな中、元樹は鞄とサイドバックを握りしめて綾花の机の前まで行くと、ぽつりとこうつぶやいた。
「…‥…‥あのさ、拓也、綾。昨日、相談した件なんだけどさ」
「えっ?」
話をそらすように神妙な表情で言う元樹に、綾花は目をぱちくりと瞬いた。
視線をうろつかせる綾花に、元樹は意図的に笑顔を浮かべて言う。
「実は、拓也達に見てもらいたいものがあるんだ。先に、パソコン室まで来てくれないか?」
有無を言わさず、にんまりとした笑みを浮かべてくる元樹の姿に、拓也は苦々しく眉を寄せる。
「あのな、元樹」
「まあ、いいじゃんか。あの様子だと、舞波はしばらく綾のもとには来れなさそうだしな。なあ、いいだろう?綾」
元樹の最後の言葉は、綾花に向けられたものだった。
「頼む!」
「…‥…‥う、ううっ」
幾分真剣な顔の元樹と困り顔の綾花が、しばらく視線を合わせる。
先に折れたのは綾花の方だった。
身じろぎもせず、じっと綾花を見つめ続ける元樹に、切羽詰まったような表情で、綾花が拓也に視線を向けてくる。
そんな綾花を見て、拓也は半ば諦めたように重く息をつくと肩を落とした。
「…‥…‥分かった」
「ありがとうな、拓也」
苦虫を噛み潰したような顔でしぶしぶ応じる拓也に、元樹は屈託なく笑ってみせたのだった。
「おのれ~、何故、我が毎回、このような目に遭わねばならぬのだ!」
放課後、1年C組の担任の呼び出しから逃れるため、昂が逃げ込んだ先は校舎裏だった。
校舎の陰で陽が当たらず、昼食を摂るにも休憩を取るにも向かない暗所だ。一般生徒は用事がない限り、まず近づくことはない。
もっとも今ではその秘匿性から、綾花達が学校内で秘密裏に会話を行わうための場所として使われていることが多い。
昂はそれでも人影がないか警戒するように辺りを見渡した後、魔術道具である飴を鞄から取り出すと嬉しそうに含み笑いした。
「待っているのだ、綾花ちゃん!この魔術を使えば、我は『井上拓也』の姿になることができる。そうすれば、我は堂々と綾花ちゃんと一緒に帰ることができ、そして、我は綾花ちゃんの彼氏になることができるのだ!」
自分自身に言い聞かせるように、昂はにんまりとほくそ笑む。
『対象の相手の姿を変えられる』という魔術道具。
それは、春休み初日、昂自身が『一つしか産み出せなかった上に、新たには産み出せず、しかも一日、四時間だけしか効果はない』と自ら告げていた魔術だったはずだ。
しかし、昂はあれから春休みの課題集をしているふりをしながら、どうにかして再び、産み出せないものなのか、と試行錯誤を重ねた結果、一回きりの魔術だが再び、産み出すことに成功したのだった。
「むっ!」
昂は早速、魔術道具である飴を呑み込むと、導かれるかのように宙に両手を伸ばす。
するとその瞬間、昂の姿は蒼い光に縁どられていた。呼吸するように揺れるその蒼は煌めく海のような色だった。
その蒼い光が消えると、そこには昂ではなく、拓也の姿があった。
「うむ。これならば、我は先生にバレることもなく、堂々と綾花ちゃんに会いに行くことができるのだ!」
全ては自分の筋書きどおりだというように、拓也の姿をした昂は「くっくっく」と肩を揺すって笑ったのだった。
「あれ、井上くん?」
先程、出て行ったばかりだというのに慌てて教室に戻ってきた拓也を見て、茉莉は目を瞬かせた。
「井上くん、綾花と布施くんと一緒じゃないんだ?」
茉莉が不思議そうに訊くと、拓也が目を細めて切り出す。
「むっ?綾花ちゃんーー否、あ…‥…‥綾花はいないのか?」
周囲をきょろきょろと見回して、まるで昂のような話し方をする拓也に、残っていた生徒達がみな目を丸くして拓也を見た。
だが、生徒達以上に動揺したのは茉莉だった。
茉莉は訝しむようにして拓也をまじまじと見つめると、戸惑ったように訊いた。
「ち、ちょっと井上くん、まるで舞波くんみたいな話し方をしているけれど、どうしたの?」
「むっ?以前から、我はこの話し方だ」
状況説明を欲する茉莉の言葉を受けて、拓也はーー拓也の姿をした昂は不遜な態度で腕を組むとついでのように言った。
まるで以前からそう話していたような言い方をする拓也のどうしようもなくズレたその台詞に、茉莉は呆気にとられた。
「はあ~、井上くん、何言っているのよ?井上くん、そんな話し方じゃなかったでしょう!」
心底困惑した様子で問いかける茉莉に、昂は綾花の机に向かって無造作に片手を伸ばすと、抑揚のない声できっぱりと告げた。
「それは、いまや遠い過去の話だ!今の我は、この話し方をするべきだと悟ったまでだ!」
「…‥…‥あのな」
その時、昂の言葉にかぶせるように、聞き覚えのある声が苛立たしそうに言った。
昂がハッとして声がした方向へと視線を向けると、そこにはいまだ、教室に残っていた二人の男子生徒のうち、眼鏡をかけた方の少年が不満そうに肩をすくめてこちらを睨んでいる。
「おまえは一体、何がしたいんだ?」
眼鏡をかけた少年が低くうめくように言うと、昂はそれに答えるように緊張感に欠けた声で続けた。
「決まっているであろう!我は綾花ちゃんの彼氏なのだから、綾花ちゃんと一緒に帰りたいだけだ!」
「おい!」
事実無根なことを次々と挙げていく率直極まりない昂の言葉に、眼鏡をかけた少年は抗議の視線を送る。
そんな中、予想以上の結果を目の当たりにして、クラスに残っていたもう一人の男子生徒が呆れたように眉根を寄せた。
「相変わらず、舞波の魔術はすげえ強引だな」
その意味深で明らかに聞き覚えのある言葉に、昂は怪訝そうに首を傾げる。
「むっ、魔術だと?貴様ら、まさかーー」
「ああ」
その吐き捨てるような言葉に、眼鏡をかけた少年は淡々と返す。
そして、申し合わせていたように、もう一人の男子生徒と顔を見合わせると、身につけていた眼鏡などを外してみせる。
「…‥…‥お、おのれ~!」
昂はそんな二人の姿をーー本物の拓也と元樹を凝視すると、両拳を震わせて浮き足立ったように激怒した。
「井上拓也!そして、布施元樹!貴様ら、我を謀って、我を綾花ちゃんと一緒に下校させぬようにするのが狙いだったのだな!」
「おまえが、俺の姿で変なことをしようとしたからだろう」
「ああ」
昂が罵るように声を張り上げると、拓也と元樹は不愉快そうにそう告げた。
「何故、我が考えに考え抜いた、素晴らしい作戦が、貴様らに全て駄々もれなのだ!…‥…‥むっ、まてよ」
そこで、昂ははたとあることに気づく。
「貴様らが井上拓也と布施元樹だとすると、あの綾花ちゃんの友達はもしかして?」
「ごめんね、舞波くん」
昂の疑問に答えるように小声で謝ってきた茉莉に、昂はわずかに眉を寄せる。
「や、やはり、綾花ちゃんなのだな!」
「…‥…‥うん」
感極まった昂の言葉に、茉莉はーー茉莉の姿をした綾花は申し訳なさそうにこくりと頷いた。
「うむ。綾花ちゃん、すごいのだ!」
唐突に、茉莉の姿をした綾花をまじまじと眺めていた昂が、両拳を突き出して興奮したように目を輝かせた。
「我としたことが、うっかり騙されてしまった。綾花ちゃんはーー否、進はやはり、順応性というものが高いのだな」
「そ、そうかな?」
話題を変えるように一転して昂が明るい表情で言うと、綾花は目をぱちくりと瞬いた後、照れくさそうに視線を俯かせるのだった。




