第二十三章 根本的に好きになれてよかった
「うわぁっ!」
ペンギンに酷似したキャラクターを発見して、いそいそと入場ゲートへと手を伸ばしかけた綾花が嬉しそうに言う。
綾花達はあの後、テーマパークへとやって来ていた。
綾花が見る先には、ゆっくりと回転する巨大な天球儀があり、その横には入場ゲートがある。テーマパークには、趣向を凝らしたライブショーやペンギンに酷似したテーマパークのキャラクターの特設ブース、様々なアトラクションが楽しめる施設などが見受けられた。
「早く、ペンギンさんに会いたいな~」
これから訪れるペンギンに酷似したテーマパークのキャラクターの特設ブースに心踊らせて、綾花は花咲くようにほんわかと笑ってみせた。
そんな中、昂はわなわなと綾花とテーマパーク内を交互に見返しながら胸を高鳴らせていた。
「信じられぬ。まさか、綾花ちゃんと二人きりでテーマパークなるものというところに来ておるとは。こ、これが世間でいうところの遊園地デートというものなのか…‥…‥!」
「…‥…‥おい」
「…‥…‥俺達もいるだろう」
不服そうな拓也と元樹の突っ込みをものともせず、昂はさらに力説して言葉を続ける。
「いや、こんな美味しい展開、我が見逃すはずもなかったな!」
「おまえは今すぐ、補習を受けに帰れ!」
「我は帰らぬ!」
「ねえねえ、たっくん。早く行こう」
激しい剣幕で昂と言い争う拓也に、綾花はうずうずとした顔で声をかけた。
拓也は顔を片手で覆い、深いため息をつくと、状況の苛烈さに参ってきた神経を奮い立たせるようにして口を開いた。
「…‥…‥ああ。行くぞ、綾花」
「う、うん!」
「あっーー!!我と綾花ちゃんのデートだと告げておるではないか!!」
そう絶叫して後から追ってきた昂とともに、拓也達はテーマパークへと向かったのだった。
「あのペンギンさんにそっくりなキャラクター、可愛いね」
華やかなイベントライブショーを観覧し、また、お目当てのペンギンに酷似したテーマパークのキャラクターの特設ブースを見ることができて、綾花は幸せそうにはにかんだ。
時刻はそろそろ、小腹も空き始める午後三時であった。
テーマパーク館内にあるダイニングレストランはテーマパークのキャラクターが遊びに来るという、綾花にとってはまるで夢のような場所だった。
目を輝かせて至福の表情で、レストランに遊びに来たこのテーマパークのキャラクターの挨拶を聞きながら、頼んでいたティラミスを頬張る綾花に、拓也は安堵の表情を浮かべて言った。
「ははっ、綾花が楽しそうで良かった。…‥…‥なあ、綾花、この後、観覧車に行ってみないか?」
「観覧車?」
拓也にそう問われて、綾花は不思議そうに首を傾げる。
一泊二日の旅行ゆえに、いささかアトラクションが急ぎ足になってしまっていた。
唯一、このテーマパーク一押しの大迫力の3D型アトラクションだけは何とか体験することはできていたのだが、それだけではさすがに物足りなく感じてしまう。
「ああ。それなら、絶叫系が苦手な綾花でも楽しめるだろう?」
「そ、そんなことないもの」
「本当か?前に、テーマパークに行った時はあんなに乗りたくなさそうだったけどな」
拓也は咄嗟にそう言って表情を切り替えると、面白そうに綾花に笑いかけた。
指摘された綾花は思わず赤面してしまう。
「…‥…‥ううっ、綾花としては苦手だけど、進としては平気だもの。…‥…‥だ、だからーー」
「…‥…‥冗談だ」
「…‥…‥うっ、たっくんの意地悪」
そう言ってふて腐れたように唇を尖らせる綾花の頭を、拓也は優しく撫でてやった。
いつものほんわかとした綾花とのやり取りに、拓也は一瞬、進の両親とともに旅行に来たことなど忘れそうになってしまう。
だが、目の前の席から聞こえてきた声が、拓也を現実へと引き戻した。
「そうね。確かに、進は絶叫系は平気だったもの。よくそれであなたは、テーマパークに行くたびに進に付き合わされていたわよね」
「ああ。散々、絶叫系に乗り回されるこちらの身にもなってほしいものだ」
「…‥…‥ご、ごめんなさい」
綾花は進の母親の言葉に苦々しい表情を浮かべた進の父親と視線を合わせると、顔を真っ赤にしながらおろおろとした態度で謝罪した。
「…‥…‥っ」
その様子を見ていた拓也は思わず、納得いかなそうに唇を噛みしめる。
驚きは当然、上岡が本当に絶叫系が平気だったことにもあるが、やはり、それ以上にどうしても慣れないのはーー。
「何故、綾花ちゃんが進のことに関して謝ってきたのか?」
言いたいことを、昂にそっくりそのまま言われた拓也は押し黙った。
すると、昂は当然のことのようにすらすらと語り出す。
「当たり前だ。なにしろ、今の綾花ちゃんは進なのだからな。いや、正確には琴音ちゃんか」
そう言ってあらゆるランチセットを食した後、ちゃっかり、すっかりぬるくなってしまった水にまで口をつける昂に、拓也は呆気に取られながらも、先程、頼んでいたオームバーグデミグラスソースを口に運ぶ。
食事を終え、携帯を眺めながらこっそりとため息をつくと、元樹は吹っ切れたように綾花に話しかけてきた。
「なあ、瀬生。これから観覧車に行くんだろう?なら、一緒に乗らないか?」
「なっーー」
その言葉に、拓也は思わず絶句する。
そして視線を転じると、元樹に向かって声をかけた。
「あのな、元樹」
そう言って拓也が非難の眼差しを向けてきても、元樹は気にせずにさらにこう口にする。
「俺、ここのテーマパークには一度、来たことがあるんだけど、観覧車から見る夕焼け空はすげえ絶景なんだよな!」
「そうなんだ」
感慨深げに、綾花は遠目に見える観覧車を見上げながらそうつぶやいた。
「なあ、瀬生。一緒に乗らないか?」
有無を言わさず、にんまりとした笑みを浮かべてきた元樹の姿に、拓也は苦々しく眉を寄せる。
拓也は首を横に振ると、きっぱりとこう告げた。
「悪いな、元樹。綾花は、俺と観覧車に乗る」
「否、綾花ちゃんは我と観覧車に乗るべきだ!」
そう言って、座に加わってきた昂の言葉に対して、拓也は即座に不満を込めて言い返した。
「いや、綾花は俺と乗る!」
「あ、その…‥…‥」
「…‥…‥行こう、瀬生」
綾花が窮地に立たされた気分で息を詰めていると、有無を言わせず、元樹は綾花の手を取った。そして、拓也と昂の返事を聞かずに観覧車へと強引に連れだそうとする。
当然のことながら、拓也は動揺をあらわにして叫んだ。
「おい、元樹!」
「心配するなよ、拓也。ここの観覧車は四人乗りだ」
「四人乗り?」
拓也がさらに不可解そうに疑問を口にするが、元樹は気にすることもなく言葉を続ける。
「ああ。だから俺も、瀬生と一緒に観覧車に乗っても構わないだろう?」
「ーーっ」
決死の言葉を元樹にあっさりと言いくるめられて、拓也は悔しそうに唇を噛みしめた。
夕闇色の観覧車にたどり着くと、元樹はそのまま綾花の手を取って四人乗りのゴンドラへと乗り込んでしまった。
拓也と昂も慌てて、そのゴンドラへと駆け込む。
「むっ?何故、綾花ちゃんだけではなく、貴様らまで乗ってくるのだ?」
「それは、こっちの台詞だ」
動き出した観覧車の座席にのしかかり、不満そうに口を尖らせている昂に、拓也は腰に手を当てるときっぱりと吐き捨てた。
「…‥…‥我は、綾花ちゃんと二人きりで乗りたかったのだ~」
それでもゴンドラの座席にぺたっと附せて、ふてくれ顔でぼやく昂に、拓也は呆れたように深く大きなため息をつくと険しい目で昂を睨みつける。
「おまえは今すぐ、観覧車から降りろ!」
「我は降りぬ!」
「…‥…‥ごめんね」
いつものように拓也達が言い争っていると、座席に座り膝の上に置いた手を握りしめていた綾花が拓也達に声をかけてきた。
「何がだ?」
隣に座る拓也が怪訝そうに首を傾げると、綾花は躊躇うように不安げな顔で言葉を続けた。
「…‥…‥せっかくの連休なのに、私のわがままに付き合わせちゃってごめんね」
「ああ、何だ。そのことか」
一点の曇りもなくぽつぽつとつぶやく綾花に、合点がいったようにまるで頓着せずに拓也は言った。
「気にするな。前に、上岡の両親と旅行に行く約束をしていたからな。旅行に行くなら、今回の連休にしようって前々から考えていた」
綾花の言葉に、拓也はあくまでも真剣な表情で頷いた。
「うむっ、問題なかろう」
「気にするなよ、瀬生」
遅れて、昂と元樹もそれぞれの言葉でそう告げる。
「ありがとう、みんな」
拓也達の言葉に綾花が輝くような笑顔を浮かべるのを目撃して、拓也は照れくさそうに、そして付け加えるように言った。
「綾花。今回の旅行、おもいっきり楽しもうな」
「…‥…‥うん。ありがとう、たっくん」
拓也の何気ない励ましの言葉に、綾花は嬉しそうに笑ってみせる。
その時、不意に元樹の携帯が鳴った。
元樹が携帯を確認すると、先程、返事を返した茉莉からのメールの着信があった。
『布施先輩に綾花のこと、話しちゃってごめんね。お詫びに、写真を添付しました。本当にごめんね』
そのメールの内容に一瞬、茉莉が手を合わせて謝罪している様子を思い浮かべてしまい、元樹は思わず苦笑する。
そして、あらゆる思いをない交ぜにしながら、元樹は何気なく携帯の添付画像を開いた。
「ーーっ」
次の瞬間、元樹は目を見開き、思わず言葉を失う。
涙目の瞳でペンギンのぬいぐるみを抱えた幼き日の綾花の姿。
両手で抱きしめたペンギンのぬいぐるみが、とてもいじらしいと思った。
あの日、昂の机に置かれていたアルバムの中で見た、真っ白な記憶が蘇る。
そこに写し出されていた最愛の人の写真にーーそして目の前で今も嬉しそうにはにかんでいる愛しい少女に、元樹は今日も恋い焦がれて、幸せを噛みしめていたーー。




