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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第四楽章 戦場を駆ける
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拒絶

 いくつもの靴がツルリとしたタイルを踏み鳴らす。

 それだけで、来る数も質も理解できた。


 足音は多いのに、乱れていない。

 ――訓練された兵士達だ。


 「……ふっ」


 リズムを取るように短く息を吐き、振り向きながら床を蹴った直後――部屋いっぱいに魔力反応が膨れ上がった。

 視界の端から端まで、魔導デバイスの魔法起動光が次々と灯っていたのだ。


 ――来る!


 身体を低くし、極力正確に的を絞らせぬよう、壁のように迫る魔力弾の初弾を紙一重で躱す。

 背後の壁や床が弾け、破片が雨のように降り注ぐ中、私は敵へ肉薄し一人目の喉元へ刃を走らせた。


 敵の首から血が噴き出し、まもなく身体が崩れる。


 二人目。三人目。

 近接に持ち込ませまいと距離を取りながら魔力弾を放つ敵へ、高速で壁や天井を蹴って距離を詰めていく。



 ――これじゃ足りない。



 「……ッ!」


 顔を掠める衝撃。

 バイザーが砕け散り、視界が一瞬赤く染まる。


 息が苦しい。

 身体が重い。

 魔素が、確実に私の動きを削っている。


 


 それでも、剣を振るう。


 斬る。


 殺す。


 


 ――もう、いいかな?



 そんな諦めの心が頭をもたげる。

 

 駄目、まだ。


 今は――耐えるの。



 私は歯を食いしばり、迫る魔力弾の隙間へ身体をねじ込んだ。

 弾道も、敵の思考も読める。

 ――ただ、肉体の動きが意識に追いつかないだけだ。


 「……ッ!」


 肩口を焼かれ、纏う黒い法衣(パワードスーツ)がジュクジュクと熔け落ちる。

 傷口は視認していないが、刺すような痛みが遅れて襲い来るのを、無理やり無視する。


 剣を振るう。

 魔法を叩き込む。

 斬る。


 敵は確実に減っている。

 だが、消耗の方が早い。



 ――本命は、まだだ。



 このままじゃ、押し潰される。


 心拍が跳ね上がる。

 時間が、妙に重く感じられた。



 呼吸が荒い。

 視界の端が暗む。

 魔素に満ちた空気が、肺を圧迫する。


 それでも、止まれない。


 止まった瞬間、ここで終わりがもたらされる。

 それは……自分の意思ではないから。


 


 正面から突っ込んできた兵士を、逆手で斬り上げる。

 そのまま回転し、背後の一人の首を落とす。


 床に転がる死体。

 血の匂い。

 だが、誰一人として悲鳴を上げない。

 倒れ伏す死体に浮かぶのは皆同じ。



 ――安らぎの顔。


 それが、気持ち悪い。




 次の攻めの最適解を求め、視線を素早く巡らせた先に映った二人。

 アークとバルナ―ドは、それぞれ余裕の表情でこちらを眺めている。

 

 まるで……見世物を見ているように。



 

 「……まだ」


 吐き捨てるように呟いた。

 

 さらに数人が踏み込んでくる。

 私は、残った力をすべて叩き込むように床を蹴った。


 速く。

 もっと速く。


 身体が悲鳴を上げる。

 関節が軋む。

 神経が焼ける。


 


 剣は、まだ振れる。



 

 六人目。

 七人目。


 ――つるりと血で靴が滑った


 「ッ……!!」


 体勢が崩れた一瞬の隙を、敵は見逃さなかった。

 放たれた魔力弾を、ギリギリ展開した防御魔法越しに受け、肉体が弾け飛ぶのは回避するも、衝撃は殺せない。

 

 勢いのままに壁に叩きつけられ、視界が揺れた。


 「あがッ……!?」


 不味い……でも、まだだ。


 立ち上がれ。

 止まるな。

  

 動け……!!



 

 床に手をつき、荒く息を吸う。


 肺が、焼けるように痛い。

 空気が重い。

 吸っているはずなのに、足りない。


 視界が、流れ込む血と涙で滲む。


 瓦礫と血に塗れた床。

 倒れ塵に帰る兵士達。

 そして――まだ立っている敵。


 「……っ」


 歯を食いしばり、剣を支えに身体を起こす。


 脚が、言うことを聞かない。

 力を込めるたび、筋が悲鳴を上げる。


 ――まだ、終われない。



 「……来い」


 声は、思ったより低く掠れていた。


 それを合図にしたかのように、残存兵が一斉に動く。

 言葉を交わす事無く、逃げ道を塞ぐような濃密な攻撃の連携。

 近接と魔法どちらにも対処の出来る陣形。


 やはり、精鋭だ。


 私は、剣をしっかりと握り、構え直した。


 ……遅い。


 敵の動きが、わずかに――遅く感じる。


 

 それだけではない。

 私も、遅れている。


 重りを付けられたかのように、思考から数秒遅れて動いていく。

 迫る魔力弾も、回避先を狙った紫電の迸りも、透き通り過ぎて視認性の悪い氷の刃も。


 その後の追撃を狙い動く敵兵士の足の運びも。

 全部、分かる。


 思考は、痛いほど冴え切っている。


 身体だけが、置いていかれている。



 「……っ、あは」



 思わず、短く息が漏れた。


 そうだ。

 この感覚。


 何度か、あった。


 極限で。

 死線の、そのさらに向こうで。


 世界が――

 重くなる。


 音が、引き延ばされる。

 時の流れが、粘つく。


 敵の動きが、更に鈍る。




 「……まだだめ」



 呟く。


 今じゃない。


 ()()は、最後に取っておく一手だから。


 身体がもたない。

 そんなこと、分かっている。


 だから――


 私は、もう一度だけ床を蹴った。


 限界を、踏み越えるために。


 

 魔力が、迸る。


 八人目が倒れ、九人目が膝を折る。


 視界が白く弾けた。


 心臓が、張り裂けそうになる。

 あり得ない速さで鼓動が脈打ち、血と魔力を全身へ送り出す。



 「ごふッ……!」


 血が、逆流する。

 口からも鼻からも、目からも溢れ出す。

 

 目が霞んで見えない……だから何だ。


 見えないなら、感じれば良い。



 十、十一。



 最後――!


 

 気配と殺気を感じた方へ、渾身の切断魔法を放ち――何かが切れた。

 

 周囲の音も臭いも、痺れるような全身の痛みも、何もかもを置き去りにして、ここではないどこかへと飛んで行ってしまう……そんな感覚。



 ――ダンッ


 だが、倒れ込む前に、私の足は勝手に力強く床を踏み締めていた。


 まだ逝かせない。まだ許さないと、心が意識を無理やり繋ぎ止めていた。



 「げほっ……ゴホッ……!」



 ただ、身体はもう無理だ。助けてくれと悲鳴を上げていた。

 踏みとどまった衝撃だけで、胃に溜まっていた血が逆流し、白い石造りの床を汚す。



 

 「素晴らしい。だが……同時に実に痛ましいな」



 びちゃりと血だまりを踏みながら、アークがバルナ―ドを連れ添い私の元へと歩み寄って来る。

 アークは変わらず深く被ったフードでその顔はあまり見えないが、覗く口元は見違えようのない程、弧を描いていた。



 「多くは、途中で折れた」

 


 バルナ―ドが倒れ伏し、塵に帰りつつある死体を蹴り飛ばして道を作り、アークへ道を譲った。



 「恐怖に呑まれ、疑念を飲み干し、命令に縋った。己で考える事を放棄し、誰かに責任を押し付け、最後は死に救いを求めた」



 消耗もあってか、再び脳に直接響くような甘い囁きに、強い快感が全身を駆けまわる。



 「キミは何も悪くない。ただ大きな流れに従っただけだろう?なら、もう立ち止まって良いんだ」


 


 その言葉が、喉元まで入り込む。


 甘い。

 抗いがたい。


 


 でも――


 


 私は、床に落ちていた小さな欠片を見た。


 砕けた魔導端末の破片。 

 飛び散った黒ずんだ血。


 誰のものかは、分からない。

 安らぎの表情を浮かべて、静かに死んでいった彼らの残した痕跡。


 それを、正しい結末だと肯定する世界。


 胸の奥が、ひやりと冷えた。


 

 「……違う」


 掠れた声で、呟く。


 アークの言葉は甘い。

 疲れ切った心に、優しく染み込んでくる。


 間違っているとは、思えない。

 むしろ――正しいのかもしれない。


 それでも。


 「それを選んだら……私は、私じゃなくなる」


 アークの歩みが、ぴたりと止まった。


 「何が違う?……何故違う?」


 問いは、責めるものではない。

 純粋な興味と確認。


 「救われることの、何が不満かな?」


 私は、ゆっくりと顔を上げた。


 視界はまだ滲んでいる。

 身体は悲鳴を上げ続けている。


 それでも、目を逸らさなかった。


 「……救われた結果が、()()なら」


 床に転がる、安らぎの顔を浮かべて塵へと帰りつつある死体へと、一瞬だけ視線を向ける。


 「……私は、要らない」



 一瞬。


 本当に一瞬だけ、アークの口元から笑みが消えた。



 だがすぐに、また穏やかな表情へと戻る。


 「なるほど。ならば――君は、歩き続けてどこまで行ける?」


 その問いに、答える前に。


 重い靴音が、一歩、前へと出た。


 「……その答えは、結果で答えてみせろ」


 バルナ―ドだった。


 今までと違い、はっきりとこちらへ向けられた闘志に満ちた視線。

 


 「俺もここまでやるとは思っていなかった。前線に出なくなってからしばらく経つが……血が滾ってしまった」


 徐に懐から取り出すのは、飾り気のない武骨な魔導デバイス。


 「どこまで歩けるか……試してみろ、小娘ッ!」


 携帯形態から武装形態へと戻したソレは、バルナ―ドの巨躯に見合った白銀に濃紺の趣向が施された巨大な斧槍だった。


 ズンと石突を床に叩きつけ、タイルに無数の罅を走らせる。


 


 アークは、それを止めない。

 むしろ、楽しげに目を細めていた。


 「……バルナ―ドにも困ったものだ。あれほど()()()()()()()、血には抗えないか」




 バルナ―ドが斧槍を構え、私は剣を握り直した。


 まだ息は荒い。

 血に汚された視界は定まらない。


 それでも――


 

 「私は……進み続ける……ッ」


~~次回予告~~


まだ、終われない。


この身体が傷付き、死を免れぬ事になっても。


例え誰が……世界が止まれと立ちはだかろうと。


その先で待つのが救いでも、勝利でなくても……。


次回『スティル・ワールド』


それでも、私は立ち止まらない。

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