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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第四楽章 戦場を駆ける
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導かれし場所

 「ぐばっ!?」

 

 「K-429!……くそ、即死か……!」


 

 ――また一人、居なくなった。 



 決死の覚悟で進む私達を嘲笑うように、敵の妨害は激しさを増した。

 突如展開された分厚い隔壁によって隊列は分断され、やっとの思いで穴を空けて救出を試みるも、既に全員がバラバラにスライスされて塵に帰っていた。



 その後も、進む度に凶悪なトラップに命を落とす仲間達。



 私は直感の助けもあり、不意打ちの罠を躱す。

 だが――避けた代償として、代わりに誰かが死ぬ。


 それが何度も繰り返されるうちに、気付けば私は仲間から距離を取られていた。

 別に故意にトラップを誘導したわけではない。ただ……私を狙った攻撃が運悪く誰かに当たってしまっただけ。


 それを理解はしているからか、誰からも責められる訳でも直接言葉をぶつけられる訳でもない。

 ただ、自然と私が先行する形となっていた。

 それも仕方のない事なのかもしれない。

 今更――誰が隣にいようといまいと、関係ない。



 ただ命令に従って進む。

 それだけの存在として、私はここにいる。


 自分の命の価値を上げる為……?

 そんなもの、どうだっていい。


 ――生きたい。ただ、生き残りたい。死にたくない……。


 



 自分が通り過ぎた後に背後から聞こえた爆音。

 無事か問いかけた声に、誰も応じる事はなかった。


 もう、誰もいない。

 

 通路に響く足音は、いつの間にか自分のものだけになっていた。


 それでも私は歩を止めない。

 ただ前へ、前へ進む。






 周囲の魔素濃度はなお上昇を続けていた。

 体温は上昇し、鼻からは血が垂れ、身体は完全に魔素酔い状態。

 四肢だけでなく頭にも重りを括り付けられているような感覚だった。


 意識が遠のきかけるのを、自ら舌を噛み、痛みにより繋ぎ止め、一歩一歩進んでいく。

 


 ――終わりが近い。


 終わるという事は、死を意味している。

 理解はしている。理解しているのに、立ち止まり逃げ出すという選択肢は、私の頭にはなかった。


 進み続ければ、立ち止まらなければ、道は続く。


 いつ倒れるか。

 いつまで生き続けられるのか。

 いつまで悪足掻きできるのか。

 

 その答えはまだ分からない。

 分からないからこそ、私は進む。

 



 呼吸は知らず浅くなり、喉は焼けたように渇く。

 杖を握る手の平には汗が滲み、ぬるりとした感触が気持ち悪い。


 止まれば、死ぬ。


 なら、前へ。




———————————————————————————————————






 ――静かだった。


 喧しく己の脈動を主張し、ズキズキと額に痛みを走らせる鼓動音も、耳元で高周波の金属音を鳴らされているかのように煩い耳鳴りすら、いつの間にか消えている。

 

 仲間の声も、戦闘音も、爆発の残響もない。

 静寂の中耳を打つのは、一定の間隔で鳴る、私自身の足音だけだった。


 


 更なる地下へと続く通路は、これまでとは明らかに造りが違っていた。


 これまで突破してきた無骨な軍事施設ではない。

 間に合わせの為、無理やり急増設された仮設区画でもない。


 遥か昔に作られたような、どこか古びた質感を残す石造りの通路。

 

 壁面には旧式の照明が点々と続き、伏兵を置く空間も遮蔽もない。

 

 ――まるで、私が辿り着く事を前提に、すべてが片付けられていたかのようだった。


 


 ……嫌な予感がする。


 

 だが、引き返す理由も場所もない。



 

 通路の奥。

 天井に埋め込まれた魔導カメラが、私の動向をじっと記録し主の元へと情報を送り続けている。

 ここまですべてを破壊しながら進んでいたが、もう既に破壊する気力も魔力も勿体ないと、捨て置く事にしている。



 ――生き残ったのは、私だけ。

 私を始末する気なら、もう既にしているはず。

 だが、敵は何故か兵士一人、魔導人形一体も出さずに私を通過させている。


 

 ――背中へ、カメラ越しに視線を感じる。


 敵意でも殺意でもない。


 評価するような、値踏みするような……不快なもの。


 

 疑念が確信に変わった。

 敵は……私を誘っている。






 ――その時、通路の奥からいくつかの足音が聞こえて来る。

 

 良く鍛えられているのか、揃えられた足音のズレは僅かなもので、リズムも一定だ。


 ゆっくりとした歩調。

 ……まるで散歩でもするような、殺気のさの字も感じられない。


 


 私は足を止め、杖を構える。

 


 「――まぁ待てよ小娘」


 良く通る低い声。

 ――幾度となくプロパガンダ放送で聞いた声だ。


 

 「貴様がここまで来られたのは、十分すぎる成果だ。褒めてやろう」


 姿はまだ見えない。


 だが、声の主がこの先から近付いてきている事だけは分かる。



 「……誰だ」



 私の問いに、短い沈黙が流れる。


 それから、足音が再び近付き始めた。


 「誰だ……か、まさか俺を知らない訳ではあるまい?」


 石造りの通路の角から姿を現したのは、白い法衣のような服を纏い、深く被ったフードから異様な熱を帯びた瞳を覗かせる強面の長身の男。



 あの日……。泣き崩れる母を前に、血が滲むほど手を握り締め、何度も届かぬ殺意を送り続けた男の一人だ。



 「我が名はバルナ―ド――救済の御手の副首領である!」


 


 ――バルナード。


 その名を、ようやく知ることが出来た。

 


 ギリリッっと歯を噛み締め杖先を向けるも、彼の護衛であろう全くの隙を見せない白法衣の男達に倍以上の杖先を向けられる。


 

 ざっと一対十。 

 それでも負ける気はしない――と思ってしまうのは、驕りだろうか。

 

 これまで幾度となく死線を潜り、自ら死地へ飛び込み、死神の鎌に斬られても生還した。

 だから今回だって、生きて帰る。


 ——絶対に。




 互いの殺気が空気を殺し、スゥッと温度が氷点下まで落ちたかのように冷え込む。

 

 だが、その空気に当てられてもバルナ―ドは冷や汗一つかかず、ぎょろりと私の目を真っ直ぐ見つめていた。


 「威勢が良いのは感心するが、今はその時ではない。……ここで君を殺すつもりはない」



 そう告げる声音には、嘘はついていないという強さがあった。

 


 「貴様は選ばれたのだ。だから――この先へ進む権利がある」


 

 ――選ばれた。

 何故かその言葉が重く、私の胸に沈んだ。

 選んでいたのは、私のはずだった。

 だが、ここでは……選ばれる側。主導権は……最初から奴等の手にあったのだ。



 彼は通路の奥。さらに深く続く階段を顎でしゃくり、無防備にも私に背を向けた。


 


 「首領が貴様を待っている。大人しくついてこい」


 

 ――ここで討とうと思えば、討てる。

 一撃で奴の首を落とし、素早く雑兵を始末する。

 可能……可能だ。

 この手で、家族の……オルディス家の敵を取れる。




 

 ——取って、何になる?



 「ッ……」


 終始バルナ―ドへ向けていた杖先を……私は下ろしてしまった。

 皇国の為、副首領の首を取る絶好の機会を、私は自ら手放してしまった。





 私は何も言わず、敵の護衛の兵士に囲まれながら一歩、階段へ足を向けた。


 バルナ―ドはそれ以上何も語らない。

 振り返りもしない。

 私がついてくる事を、疑ってすらいなかった。


 




 階段は長く、深い。

 石造りの壁には一切の装飾がなく、足音だけが反響する。

 

 誰も口を開かない。

 ……それも当然だ。敵である私に向けて何か吐くのであれば、それは唾か恨み言くらいしかないだろう。





 やがて階段は終わり、再び広い空間へと繋がった。

 通路左右に規則的に並ぶ透明なドアからは、各室内に機材やモニターが見え、それぞれが研究室であると見受けられた。


 上層部で見た研究施設に比べ、通路や壁天井は古さを感じさせるも、室内の設備は最新鋭なのか不釣り合いなほど小綺麗な機械が並んでいた。



 いくつかの廊下を越えた先に待っていたのは、環形の通路とその内側に広がる空間。

 強化ガラスの向こう側に見える円環の中央には、眩い魔素の光を放つ巨大な魔導装置が鎮座している。

 

 装置を覆うように幾重にも絡み合う魔法陣。脈動する魔素の光が、呼吸する生き物のように明滅していた。


 空気が粘ついて重い。

 周囲に漂う濃すぎる魔素が肺の奥まで染み込み、自然と呼吸が苦しくなる。


 

 何故バルナ―ドを始め護衛の兵士達は平然としているのか。

 慣れの問題なのだろうか?


 ノイズ交じりになる脳裏で余計な思考を巡らせていると、一際大きなモニターや設備が揃ったブロックへと辿り着いていた。


 視線を足元から上げると、巨大なモニターを眺めるこちらに背を向けた一人の人間が目に映る。

 周囲の人間と異なり、纏う白い法衣の背に施された羽を模した刺繍から、彼が首領だと直感が告げていた。



 「来たか」




 静かな声だった。

 敵対する相手に向けるものではない、しかし親しみの籠ったものでもない。


 予定通り、運命の歯車が回った事を確認するような声。


 


 「……お前が、首領か」



 これは問いではない。

 ――確認だ。


 

 「あぁ、確かに皆からはそう呼ばれている」


 男は否定も肯定もせず、淡々と答えながら私へと向き直った。



 「私はアーク。救済の御手を率いている救世主……とも呼ばれているがね」


 


 その名を聞いた瞬間、胸の奥が凍り付いたように冷えていく。

 

 だが、怒りは湧かない。

 むしろ、不思議な事に……怒りや恨みよりも……親しみを覚えさせられた。

 もっと彼の声を聞いていたい。彼の言葉に従いたい――


 

 「ずっとモニターさせてもらっていた。君は実に優秀だ、H-163。……アリサ・オルディスと呼んだ方がいいかい?」

 


 「……はい、アーク様」


 

 頭がぼんやりする。振り向き私を見つめるアーク様の目を見ていると、視界がぐるぐると回って……。



 ――その瞬間、ドクンと大きく鼓動が跳ねた。


 私の口から零れた言葉に、はっきりとした違和感を覚える。


 


 この敵を、最優先目標だった男を、アーク様と?


 誰だ。

 今、奴をそう呼んだのは。



 続けて目の前の男が何かを告げ、私の身体は勝手に跪き頭を垂れた。



 意志と反して紡がれた自分の声が、少し遅れて耳に届く。

 どこか柔らかく、どこか媚びたような甘い声色。

 


 ゾッとする。何なのだ、この茶番は。



 


 アークは、微かに微笑んだ。


 それは勝ち誇った笑みではない。

 歓喜でもない。


 ――当然の結果を受け取った者の表情だった。



 だが、その目元には僅かな失望の色が浮かんでいた。

 ――あぁ、お前もなのかと。

 


 「無理もない」


 湧き立つ疑念や反抗心を宥め、寝かしつけるような穏やかな声が耳を打つ。


 

 「キミも、救いを求めていたのだろう?この出口のない絶望の渦の中から抜け出したい。楽になりたいと。皇帝の機械仕掛けの支配下で、ただの歯車どころかネジ一本として使い捨てられるのは、嫌だろう?」

 

 コツコツと足音を立て、アークが跪いたままの私の元へ歩み寄ってくる。


 「今、キミの心が騒めき落ち着かないのは、錯覚でも洗脳のせいでもない。純粋にキミの心が真実を聞き、知り、救いを求めているからだ」


 


 彼はゆっくりと、私の両肩へ手を置いた。


 「もう一度言おう。アリサ……君は実に優秀な子だ。私はキミが欲しい」


 そのまま優しく、撫でるように顎へと指を添わせ、跪き伏せたままの顔を持ち上げられる。

 フードに隠されていた金色の瞳に反射し、惚けた顔の私を映し出す。



 頭の奥がじんわりと熱を帯びる。


 


 「さぁ、委ねてごらん。キミの迷いを取り除いてあげよう」


 


 胸の奥が、空っぽになったと錯覚するくらい軽くなっていく。


 殺意と恨み、使命で重かったはずの感情が、塗り替えられていく。

 怒りも、憎しみも、疑念も――順番に、無かったことにされていく。


 


 ――違う。


 


 「……!」


 

 静寂に満ちた室内に、ゴリッと生々しい肉を噛み千切る音が響いた。

 

 音の発生源は、私の口内だ。

 舌を深く喰い千切って血が口内に溢れ出すも、ナノマシンによってすぐに縫合されていく。


 

 だが、口内に残った血を、目の前の男へと吐きかけた。

 その動きに、次々に護衛が動き、魔導デバイスの杖先が一斉に私へ向けられる。


 それでもアークは、手を上げて制した。

 


 「待て」



 吐きかけた血が彼の純白な法衣と顔を汚すも、至極冷静に垂れる血を拭い、再び私へと視線を向けた。

 その視線には、無礼への怒りではなく、どこか歓喜の色が滲んでいた。

 



 「……やはり、キミは特別だ。私の目に間違いは無かった」



 段々と嫌悪感が胸の底から湧き水の様に溢れ出て、夢見心地の心を現実へ引き戻していく。

 壊死したかのように動かない四肢へ、再び血が通い始めたかのように力が戻っていく。



 

 腰のホルスターに差していた魔導デバイスへ密かに手を伸ばし、握ると同時に剣状へと変化させ、腕を振るった。


 「――ッ!」


 「おっと、危ないな」



 アークは、まるで風を避けるように一歩退き、刃を躱す。


 切り裂けたのは法衣の端だけ。白い布がふわりと宙を舞った。

 私は跳ねるように距離を取り、息を吐く。


 肺が重い。空気が粘つく。魔素が身体の奥まで入り込んで、思考まで鈍らせる。


 


 それでも、構える。

 ここで折れたら、終わりだから。

 


 ――ハラリと白い法衣の切れ端が床に落ちたのを合図に、私と私を囲む護衛兵が動いた。

 

 同室にいる首領達へ流れ弾を防ぐ為か、誘導性の高い魔力弾か近接戦で同時に私へと襲い来る。

 

 その全てを完璧に避ける事は不可能。

 それを理解しているからこそ、掠めて良い攻撃、パワードスーツで受ける攻撃を見極め、的確に正確に対処していく。



 一つ。二つ。三つ。


 ――脇腹と片耳が熱い。だが問題ない。


 四つ、五つ。


 ――返り血でバイザーが汚れた。でも関係ない。


 六つ七つ八つ。


 ――無理やりな軌道を描いたせいか、両足の筋が激しく痛む。……が、後回し。


 九つ。


 

 目の前の、物言わぬ肉塊となったソレから刃先を引き抜き、蹴り倒しておく。

 


 不思議な事に、胸を貫こうが、首を裂こうが、その身を紫電で焦がそうが、敵は一言も悲鳴を発さなかった。

 しかし共通して、命が消えるその瞬間——安らぎの色を浮かべていた。

 



 「うく……ッ!はぁッ……はぁッ……!」



 こちらの被弾は僅か、これもすぐに治る事だろう。

 ただ……この場が、この魔素に満たされたこの場が私の集中力も、コンディションも乱している。


 普段はこんな息を荒くする事はない……のに、今はとても苦しい。

 全身に重りを付けられて、肺に水を流し込まれている気分だ……。




 パチ……パチパチパチ。



 乾いた拍手が荒い息を吐くアリサの呼吸音を掻き消した。

 その拍手の主は、言わずもがなアークとバルナ―ドであった。


 


 「素晴らしい。あぁ……素晴らしい、そう思わないか?バルナ―ド」


 「ああ、ぜひとも我が私兵に欲しいが……横取りはしまい」


 

 「……勝手な事を言うな」


 思わず感情を滲ませた冷たく鋭い声が漏れた。

 それでも彼等はひるむ事なく、むしろ笑みを深めていた。


 アークが、静かに告げる。


 「キミは、ここで終わるべき器じゃない」


 それに対し、私も冷たく吐き捨てた。


 「……それには同意する。ここで、貴様を討つ」


 


 言い切った瞬間、空気が殺気でピリリと弾けた。


 追加の護衛兵が一斉に後方のドアから踏み込む気配。


 殺気と魔力が膨れ上がる。


 


 アークは微笑んだまま、ただ愉しげに目を細めた。



 「私を討つ……か。まぁいい、キミの輝き――この目で見させてくれ」




~~次回予告~~


私は、まだ終われない。


増援の兵士、そしてバルナ―ドが立ちはだかる。


これで、決着をつける。


例えこの身体が壊れても、明日を掴み取るために。


次回『拒絶』


それでも、私は立ち止まらない。

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