掲げるは己の理想なれ 前編
黒く厚い雲に覆われた南要塞攻防戦の戦場。
薄暗い戦場には眩い魔法による閃光が幾筋も飛び交い、瞬く毎に戦場を照らし、また次の瞬間には闇に飲まれて消えていく。
何も知らぬ者がこの光景を安全な上空から眺めたのならば、きっと「幻想的だ」と的外れで呑気な感嘆を漏らすだろう。
――だが実際は、そんなものではない。
遠くから見れば美しい山並みも、近付けば武骨な岩が牙を剥くように。
美しい花火の如き閃光は、全てが等しく人に死か危害を与える呪いなのだ。
降り注ぐ魔力弾の雨を防御魔法で受け止め、進撃の盾とする兵士達の姿は、まるで古の戦場で矢の雨を盾で凌ぎながら前に進む騎士の隊列のようであった。
文明がいくら進もうと、命を奪う道具がどれほど洗練されようと。
結局は、ヒトが前へ出て、ヒトが死んで、ヒトが戦う。
それだけは、何も変わらない。
人口が激減したこの時代において、戦いとは即ち、人類の滅びを早める儀式に等しい。
その愚かさは誰もが理解している。
だが、もう止まらない。
止める事など許されないのだ。
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四肢や砲塔が吹き飛び、機能を停止した魔導人形の残骸が至る所で黒煙を吐く。
凍てつく風に舞い上げられた雪の粒子がアリサのバイザーを一瞬だけ曇らせるが、瞬きする間にナノマシンによって除かれた。
――被害を出しつつも前進を続けた結果、敵の曲射砲による制圧射撃が同士討ちを避ける為か止む。
いよいよ敵の防御陣が揺らぎ始めたという事だ。
魔導機動部隊による背面からの強襲と、強硬突撃中のレオンハルト率いる中隊との挟撃に、敵本陣の防衛線は徐々に形を保てなくなりつつあったのだ。
それでも、敵は易々と崩れてはくれない。
本来であれば防壁の一つや二つ、強力な重装魔導人形が次々に吹き飛ばされれば、ただの義勇兵など恐慌に陥る所。
だがこの南方要塞攻略部隊を指揮するのは、アウグストの元懐刀でもあるヴィーと、その彼に付き従う正規軍人の叩き上げの反逆者なのだ。
敵の高い士気を前に、戦術的優位を得ていると言えども力押しに頼れば想定外の被害を被る事となる。
それを理解しているが故に、地道に敵戦力を削り取らざるを得ない。
そしてその時間は、どこまでも救済の御手側への味方にしかならない。
魔導機動部隊が降下した時には既に後方部隊へと救援を要請していたヴィーは、増援が到着次第、数で劣る強襲部隊を挟撃返しですり潰す計を立てていたのだ。
……故に。
「煙?……ッ!!毒を感知!ナノマシンフィルター最大まで上げろ!」
「ぐあっ……閃光魔法だッ!」
怒号が飛び交い、視界が何度も白く黒く揺らぐ。
至近距離で炸裂する聴覚を奪う高周波魔法や嗅覚や感覚を狂わせる毒や麻痺を招くガス。
敵義勇兵らは真正面からぶつかり合う戦闘技量こそ皇国軍に劣るものの、ゲリラ戦法による妨害魔法で視界奪取に状態異常をばら撒き、それに加え敵の魔導士の魔力が続く限り生成される魔導人形による物量防御陣は、しっかりと時間を稼ぎつつあった。
アリサは煙幕の向こうに膨れ上がる魔力を直感で感じ取り、即座に右へ跳ぶ。
直後、落雷のような爆音と共に蒼白い雷撃が先程まで彼女がいた位置を抉り取った。
「ていやっ!!」
入れ替わるようにS-087が横から飛び込み、杖に纏わせた風刃を高速で打ち放つと、周囲を塞ぐように蜷局を巻く煙幕が裂け、前線の視界が開ける。
「H-163さっ!?……舌噛んひゃった……、右側の魔導人形、お願いっ!」
「了解。……それと、呼びにくいなら好きに読んでいい」
どうも締まり切らないS-087へ短く返し、アリサは杖型デバイスに魔力を満たす。
風属性で編み上げた刃を魔導人形の関節部へ向けて放ち、堅い装甲に守られれてるはずの膝部パーツを易々と切断し、重力に従わせ大地へとひれ伏させた。
それと同時にS-087はアリサの背中へと自身の背中を合わせ、圧縮させた暴風を敵義勇兵の潜むトーチカの銃眼へと正確に叩き込み、その裏に身を隠していた兵士達を壁の染みと変えた。
「後方から魔力反応多数ッ!伏兵ッ!」
「任せて!風壁!」
S-087が杖を掲げると、半透明の風の防御壁が展開され、彼女の纏う桃色の法衣が杖から溢れ出る魔力と風に翻る。
直後、飛来した無数の魔力弾が渦巻く風壁に叩きつけられ、軌道を逸らされて霧散する。
間髪入れずにアリサが反撃の紫電魔法を放ち、瓦礫に隠された塹壕に潜む敵を事切れさせた。
矢継ぎ早の攻防が続き、戦場は刻一刻と目まぐるしく形を変えていく。
思いのほか挟撃しているレオンハルト達も善戦しているのか、増援の数も少なくなり、まるで砂の城が満ち引きする波に溶けて崩れていくように、少しずつ綻びを見せ始めていた。
やはり二面からの同時侵攻が効いている。
皇国軍の戦術優位が、経験と戦闘感で固められた敵の防御陣をコツコツと深く抉っているのだ。
並の部隊であれば、既に出来た綻びから一気に総崩れになっていてもおかしくない。
そうさせないのは、敵ながら天晴というべきだろうか。
更に油断ならぬのが、生まれた綻びに楔を打たんと皇国軍が前進するも、わざと隙を見せて誘い込み、突出した所を包囲し殲滅するという罠も混ざっており、二の足を踏ませる狡猾さも持ち合わせていた。
たとえ罠だとしても、進まねばいつまでも現状を動かす事は出来ない。
進んだ先が罠だとしても、自分達の屍を他の部隊が踏み越えて目的を達してくれるならば、それで良いのだ。
また一つ、突入部隊が包囲されたと悲鳴交じりの通信が入る中――第十一分隊が友軍が開いた突破口へと突入した。
瓦礫を踏み越え、毒霧を身で引き裂きながら、槍の穂先を描くが如く分隊長を先頭にただひたすらに真っすぐ地を蹴った。
思ったより敵の抵抗も少なく、傾けて構えた防御魔法で飛来する魔力弾を跳弾させて進む分隊へ、一番聞きたくない音が四方から近付いてくる。
——魔導人形、それも多脚型だ。
左右から不安定な足場を物ともせず高速で迫る魔導人形に分隊長は舌打ちを零し、手筈通りに煙幕魔法を分隊員と共に展開し、僅かながら敵の索敵センサーから身を隠す時間を作る。
『S-087!!行け!そのまま司令部を突け!!第七の連中もそっちを手伝ってやれ!』
ナノマシン通信から怒号交じりの命令が飛び、S-087を始めここまで生き延びた元第七分隊、アリサを含め三名は再び前へ踏み込む。
煙幕の暗闇の中では何が何か分からない。だがアリサの脳裏には煙幕で覆われる前の周囲の景色が微かに残っていた。
アリサは冷たい空気を肺一杯に吸い込み、誰かが走り出す気配を追って自身も大地を蹴った。
「いっくよーっ!!」
漆黒の煙幕の中でS-087が叫び、突風が吹き抜ける風音が耳に届く。
旋風が毒ガスや煙幕を巻き上げながら、彼女達の行く手を阻もうと身構えていた義勇兵の体勢を崩し、気配を頼りにアリサが鋭い追撃を打ち込む。
彼らは敵だ。
倒すべき障害だ。
例え苦痛に呻き、死の恐怖にすすり泣く声が聞こえたとしても、情で振る腕を止めたりはしない。
生きるか、死ぬか。
それだけだ。
「前方、義勇兵密集陣形!気を付けてっ!」
S-087が声をあげた瞬間、バイザーに映る敵反応を知らせる赤い光点が一気に表示される。
義勇兵達は自身に強化魔法を重ね、防御の陣を敷き、突入してくる皇国兵を迎え撃つ構えを取っていたのだ。
進まなければ死ぬ。
進んでも死ぬ。
それならせめて前に進んで死ぬしかない──戦場とは、そういう場所だ。
「H-163……!」
すぐ横から声が飛んだ。
振り向けば、S-087が杖を握ったまま、雪と血と煤で汚れた顔で、力強い笑みを浮かべた。
「行こう。ここを越えれば司令部だよ」
アリサは頷き、杖型デバイスを構えた。
そうだ――この密集陣を突破した先に、奴がいる。
「……援護する」
「うんっ……!行くよ、ついてきて……ッ!!」
二人の魔力が同時に高まり、全てを巻き込み吹き飛ばす暴風と全てを斬り裂く風刃が唸りを上げ、彼女等を待ち受ける義勇兵へと襲い掛かっていった。
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司令部の指揮車は静かだった。
外では砲撃と叫声が交錯しているというのに、その中心に立つ男の鼓動は一切乱れていない。
V-077――ヴィー。
義勇軍では『皇国軍に一泡吹かせた男』と称えられ、自身の師であり恩人でもあったアウグストを手にかけ、救済の御手に寝返った男。
彼は椅子に深く腰掛けながら、網膜に表示される交戦データを無言で視線だけで追う。
味方の損耗、敵の損耗、両陣営の展開速度、士気。
それら全てをただの数字として処理し、次の一手を導き出す。
「……さて、どうしたものか」
淡々と呟く。
皇国軍は教本通り正しく速く攻める。要塞の防衛を任されている指揮官はさぞお手本通りの事しか出来ない無能なのだろう。
それ故に戦法も読みやすく、間者の情報で十中八九動くであろう道化が守備隊にいると分かれば、旗を使って誘い出し、戦力を削ってから一気に要塞内部への突入を考えていた。
だが、遅れて間者より入った強襲部隊の情報。
すぐに要請した後詰めが来るまで、守勢に回った側が選ぶべき手は一つ。
相手の進軍速度を奪うこと。
例え挟撃を食らおうとも、義勇兵の妨害魔法で遅延戦術を取り、生み出した新旧魔導人形で壁を構築、押し返せるなら押し返し、後退したところを到着した増援で挟み込み一網打尽の決定打。
義勇軍の勝ち筋は明確だった。
「……正義は概念ではない。結果で決まる」
ヴィーは誰に語るわけでもない、小さな呟きを吐き出した。
「……国家の発展を望む者は国家を守り、滅びを望む者は滅びに導く。私は皇国の未来にとって最善を選んだ。ただそれだけだ」
師を殺した事も――己の理想の為だ。
彼は理想の障害だった。ただそれだけだ。
そこに憎しみはない。
罪悪感もない。
選択の結果として排除しただけ。
「……フ、憎悪は理解している。だが許容しない」
指揮車が細かな振動で震えた。
近距離爆発。——防衛線が突破された。
一人の義勇兵が駆け込む。
「失礼します!司令部後方、敵の先行部隊が防御線を突破!コード照合と目立つパワードスーツより、春風の乙女率いる隊であると」
その名を聞いても表情は揺れない。
「来たか。想定より八分速い」
ヴィーは立ち上がり、宝玉のはめ込まれた華美な装飾の魔導デバイスを手に取る。
このデバイスは師の胸を貫き、死した彼から奪い取ったオルディス家の宝杖だ。
指揮車から降りて外へ出る。
戦闘の音が激しく響く方へ目をやると、可視化された暴風が魔導人形と迎撃に当たっていた義勇兵を切り裂きながら、宙高くへと吹き抜けていく。
——あの暴風を、ヴィーは知っている。
「S-087……春風の乙女……か。東方戦線での借りは返させてもらうぞ」
静かに名を呼び、ナノマシンバイザーにS-087対策のメモ書きを表示する。
「……戦場とは、正義の裁判所だ。立証に必要なのは言葉ではなく勝利だ」
宝玉が淡く光を帯びる。
「私は己の正義を曲げない」
――ふわり、と杖型デバイスから魔力光を輝かせながら、件の敵のエースである『春風の乙女』が友軍を複数人引き連れてヴィーの前へと降り立った。
向けられる視線からは憎悪と強い敵意を感じる。
「……来たな。見せてみろ、お前の信念を」
後編へ続く!!




