第四分隊 後編
雪が降る。
風が、漂う土煙をかき消し降る雪を暴れさせる。
アリサは魔導人形らが放つ魔力弾を避ける為に飛び込んだ瓦礫の陰で、ノイズ交じりではあったがY-335の声を聞いた。
でも……もう、彼女の声は聞こえる事はない。
バイザーに映る分隊員の生命反応が、またひとつ消えた。
——第四分隊……残り二名。
息を飲む間もなく、再び地響きと熱が背を預ける瓦礫から伝い、アリサを追い立てる。
「……まだ、終わっていない……Y-335、N-760……駄目だったか」
アリサは額から流れる血を拭い、ヌルつく手で杖を握り直し、一歩踏み出す。
そしてナノマシン通信を開くと最後の生き残りであるL-201へ呼びかけた。
「……L-201、生きていたら聞け。別動隊が失敗した。私が行く」
『……正気か?』
「私がやらなければ、この皇国は終わる。可能であれば援護を」
『……申し訳ねぇが分隊長、足を持っていかれた。しばらくは動けねぇ』
「……そうか、なら良い」
アリサは通信を切り、ナノマシンの補助と身体強化魔法を今一度かけ直して小さく呟いた。
「……私は立ち止まらないから」
アリサは目の前に広がる地獄のような光景を、ただ一点だけに絞って見ていた。
魔導砲への道を塞ぐ魔導人形や義勇兵は、全て払いのけるまで。
瓦礫の影から飛び出した彼女へ、魔導人形達は待ってましたと言わんばかりに砲口から魔力弾を吐き出した。
無数の砲弾がアリサへと向かうも、彼女はナノマシンの出力を限界以上まで引き上げ、あまりの超感覚に時間の流れすらゆっくりに感じる中、雪と灰が混じった空気を裂きながら、ただひたすらに真っ直ぐ魔導砲へ向けて駆けだした。
──アリサは身体のリミッターを強制解除したのだ。筋繊維は一歩踏み出せばまとめて千切れ、魔術演算の処理で頭は沸騰しそうなまでの発熱に襲われる。
消費される酸素不足で呼吸も苦しいが、どこまでも思考は冷たく研ぎ澄まされる。もう後戻りはできない。
魔導人形が構える砲塔群が放つ殺意の光弾を、彼女は肉体が悲鳴を上げるのも構わずに躱した。
跳躍・回転・滑り込み・肉薄し、足を止める事無く最低限の魔導人形を切り崩して道を開ける。
直感が鳴りやまぬ警告を発し続け、常に脳裏には電流が流れる。その感覚を信じて視る事無く身体を傾け、死神の振るい続ける鎌から幾度となく逃れていく。
やがて重厚な装備の魔導人形群を振り切り、遠目に魔導砲を望む敵陣内を進むと中型の魔導人形が行く手を阻むように隊列を組み、アリサを待ち構えていた。
アリサは思わず舌打ちを一つこぼし、更にもう一段階集中のギアを上げていく。
魔導人形の装備する小口径の魔力砲から放たれる無数の弾幕を前にも、彼女は立ち止まる事なく致命傷となる弾道のみを避け、顔から腕、足に大量の傷を作りながらも前進を続け、強引に布陣を突破する。
どうやら先程の中型魔導人形群が最終防衛ラインらしく、疾風と化したアリサを止めようと魔導デバイスを手に立ち塞がる義勇兵の姿はまばらであった。
「ひ、ひぃっ!?」
「——邪魔ッ」
全身傷だらけな上に激しい負荷で鼻血を垂れ流す、鬼気迫る気迫を纏う少女兵が猛スピードで仲間を切り倒しながら襲い掛かってくれば、誰でも恐怖して当然だろう。
いよいよ第二射を放つ為に砲兵が集まっていた中、殺意の塊である死のつむじ風が義勇兵達を蹂躙していく。
時が粘り、雪が空中で止まって見える程の常人の二倍三倍は引き延ばされた意識の中、アリサの視界の隅に仲間の遺品──瓦礫から鈍い輝きを放つY-335の魔導デバイスが、吸い寄せられるように映った。
決してセンチになったからではない。彼女が使えと意識の片隅から訴えかけている気がしたのだ。
無理やり進路を変更しデバイスを拾うと、手の中にある黒焦げの形見はもう既に冷え切っているものの、宝玉に籠められたままの魔力を感じた。
「……ッ」
アリサはオカルトも死後の世界も信じてはいない。非魔科学的な事は考えるだけ無駄だと思っているリアリストではあったが、手の中の宝玉には確かに、Y-335の意思を感じていた。
「ッ!!まずい、来るぞッ!!」
並ぶ魔導砲の中でも、一際装飾と砲身に練られている魔力の質の高い一門へ向け、アリサはまっすぐに突撃を敢行する。
更に他の魔導砲に比べ、敵の展開具合が多い事も最優先目標にする理由になっていた。
飛び交う魔法が地面へ着弾したり、アリサの持つ剣状のデバイスに切断されて火花と散り、爆音が轟く。
義勇兵らは自分の身を盾にしてでも魔導砲を守らんとしていたが、迫る死をも切り裂かんと狂戦士と化したアリサを止める術はなく、薙ぎ払われる。
ついに辿り着いた、目標である制御盤は目の前にある。
表示された制御表示盤には魔力充填率が間もなく完了する事が示され、限界まで濃縮された魔力の塊がすぐ目の前の砲身で吐き出される時を待っているのが、手に取るように理解できた。
アリサは深く息を吸い、Y-335のデバイスへ己の魔力を暴走させるように流し込み、強引に制御盤へと突き刺した。
「行け……!」
──小さな声は一瞬の静寂の中、妙に響いたように感じた。
魔導砲の制御回路が、捻じ込まれた魔導デバイスの宝玉から放たれた爆裂魔法によって物理的に破壊される——連鎖するように砲身に圧縮された魔力が近くで発動された爆裂魔法に変換され、その全てを灰燼に帰す閃光を放った。
周囲の魔導砲が連鎖的に暴走を起こし、劣化版の砲台も含めて巨大な火柱が噴き上がった。
衝撃波が帝都を暗闇に染める雪雲を引き裂き、放たれた閃光が夜空を昼以上に明るく照らし、爆風が大地を撫で、人も魔導人形も隔てなく焼き尽くし塵へと還していく。
無論その爆心地にいたアリサも例外ではなく、引き伸ばされた意識の中、迫る灼熱と衝撃に塵に帰る覚悟は出来ていた。
――死の覚悟はしている。だが、生きる事は諦めていない。
その瞬間、魔導砲に突き刺したY-335のデバイスの宝玉が逆流し流れ込む魔力によって暴走し、粉々に砕け散る直前、淡く光を放った。
それは、彼女が魔導デバイスに刻んでいた反転魔法の名残。
もしも自分の魔導デバイスが暴走してしまった時、爆発の衝撃が上方へと吹き上がるように。
——「どんな形でも、分隊長の足を引っ張らないように」
アリサはそれに気付く事なく、残された魔力全てを使い、自身の足元に土魔法で蛸壺型塹壕を掘り、身体を穴へと滑り込ませると周囲と上部を岩盤へと変化させ蓋をした。
一度これで生き延びたのだ。何もせずに消し炭になるくらいなら、自分で作った墓で蒸し焼きになって塵に帰った方がまだ諦めがつく。
そう魔力不足でぼんやりとする頭で考えているうちに、頭上では爆音と共に破壊の奔流が四方八方へと駆け抜けていく。
暗く、狭くなっていく視界の中で、完全に意識を手放してしまう前に空調魔法と酸素生成魔法を放ち、アリサは深い闇の底へと飲み込まれていった。
増幅された爆裂魔法の爆風は、反転魔法によりわずかに上方へ吹き上がるように弾け、アリサの潜む爆心地の下方は衝撃が逸れていた。
その一瞬のズレが、生死を分けたのだ。
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……どれほどの時間が経ったのか、分からなかった。
ただ、破壊の轟音が遠のき、代わりに静寂が訪れる。
雪が降っていた。
赤く焦げた大地の上にも、空からは絶えず白い粒が舞い降り、ゆっくりと焦土を覆い隠していく。
——世界は、音を失っていた。
焦げた鉄と血の匂いの中、瓦礫の隙間から微かに雪が自重によって穴の中へと落ちていく。
砕けかけた岩盤に守られたその小さな空洞の中で、顔に雪が当たった衝撃と冷たさにアリサはわずかに指を動かした。
「……ぅ……ぁ」
まだ治療が済まない焼け爛れた皮膚が軋み、喉が乾いて声が出ない。
ナノマシンが生命維持モードを維持しているおかげで、命だけは繋がっていた。
薄れる意識の中、アリサのヘルメットバイザーに、断続的なノイズ混じりの通信が映る。
『……L-201……こちらL-201……分隊長聞こえるか……?』
かすれた声。だが確かに聞き覚えのある分隊員の声だった。
「……L……201……」
その名を呼ぶだけで精一杯だった。
通信越しに返る息遣いが、わずかに安堵を含む。
『……生きてたか……良かった。分隊長……魔導砲は……吹っ飛んだ。さすがだよ……あんた』
アリサはかすかに喉を鳴らした。
唇はひび割れ、血が滲む。
「……そう。なら……任務は……完……了……」
『……?おい、分隊長?返事しろ!おいっ!!』
その言葉を最後に、アリサは再び意識を手放した。
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降り続ける雪は、翌朝まで止む事はなかった。
焦土と化した帝都を一面の雪化粧が覆い、粘り強く燃え続けていた瓦礫の下の火も、隙間から入り込んだ雪にいつしか消され、立ち昇る煙すら雪に隠された。
後詰めの部隊が現場へ到着したのは、爆発が起きてから一晩明けた後の事であった。
魔導砲の第二射は防いだものの、暴発により周辺の魔素濃度は再び異常なまでに乱れ、一時的に通信が途絶するなど混乱が起き、残党狩りも目視で行わざるを得なく、進軍の足が異様に遅かったのだ。
一足先に後詰め部隊と合流したL-201は、通信記録に残された座標を元にアリサの姿を探し求めた。
調査部隊が散乱する僅かな魔導砲の破片や痕跡を収集している中、雪の積もる爆心地のすぐ近くでナノマシンバイザーが生命反応を感知した。
「……ここだ!微弱だが生命反応がある!!」
雪を掻き分け掘り起こされた岩盤の中から現れたのは、頭に雪を積もらせ全身を氷のように冷たくさせながらも生き延びた少女――
懲罰部隊第四分隊分隊長、H-163だった。
彼女の肉体の損傷は、ナノマシンにより全て修復されていた。
だが、リミッターを外した余波が神経系を焼き切り、彼女の意識が戻るまでには、さらに三日を要することとなる。
アリサが眠り続けるこの三日間で、彼女を取り巻く情勢が大きく変わっていく事を、今の彼女はまだ知らない――。
全てを賭けた第四分隊の決死の突撃は、多くの犠牲を伴いながらも魔導砲の破壊に成功しました。
それでも名もなき者である彼女達の名は、公式記録には残されませんでした。
物語はいよいよ最終局面へ。
彼女の前に現れる救済の使者は、果たして救いなのか、それとも——。
それでは次回予告です
~~次回予告~~
目を覚ましたアリサの枕元に残された、一通の福音。
それは、祝福の声か、あるいは呪いの呼び水か。
新たな任務、新たな居場所。
時代の奔流は、またしても彼女を飲み込んでいく。
次回「失って、与えられて」
それでも、私は立ち止まらない




