紡がれ奏でる間奏曲 その3
今回の主役は……なんと人ではなくお店。
楠家の経営する喫茶店Rosse
普段さらっと流してしまう喫茶店での一日を切り取ったお話です
それではどうぞ……!
―――喫茶Rosseの一日———
早朝の桜並木通りは静かだ。
時々通る車の音や、囀るハトの鳴き声。並木沿いに流れる小川のせせらぎが心地良く響いている。
桜の季節はとうに過ぎ、青々とした葉が枝を覆い、時折吹き抜けるぬるい風がさらさらと音を立てている。
ここは桜並木道に面した一軒の喫茶店Rosse。
今日も静かに一日の始まりを迎えようとしていた。
店の中では、開店の準備が着々と進められている。
無駄なく店内を掃除し、塵一つ残さないアリサ。
朝食を作る詠子と、その手伝いをするみちる。
芳夫は鏡の前で、シルクの上品な黒の蝶ネクタイを丁寧に結びながら小さく笑った。
結び目を整える手が、ほんの少しだけ震えているのは、いつもこの瞬間を少し楽しみにしているからだ。
「……よし、今日も頑張るとするか」
首元でわずかに光を反射し、己の存在を示す黒い蝶ネクタイ――それは、みちるが父の日に贈ってくれたプレゼントだ。
ギャルソンエプロンの紐をキュッと結び、ワイシャツの袖を腕まくりして階下のお店へと階段を降りると、丁度掃除を終えたアリサが芳夫を出迎える。
「……おはようございます、マスター」
「おはようございます、アリサさん。今日もお手伝いありがとう」
アリサはペコ……と会釈をして、芳夫と入れ違うように階上の居住スペースへと戻っていく。
それを見送り、芳夫はカウンターキッチンへと身を滑り込ませた。
今日は日曜日、いつもよりお客さんの数も多い休日。
――最近はコールドメニューの注文がぐんと増えてきた。
コーヒーフロート、アイスティー、アイスカフェオレ。初夏の訪れを、注文の変化で感じるようになったのは、いつの頃からだったろうか。
「今日は多めに仕込んでおくか……」
Rosseのアイスコーヒーは二つのタイプがある。
注文が入ってから豆を挽き抽出するブラックコーヒーと、朝のうちに濃いめに抽出し、よく冷蔵庫で冷やしておいたベースで作るバリエーションだ。
棚に並ぶコーヒーキャニスターからイタリアンローストに焙煎されたブラジル産の豆を選び、ホットで作る時より多めに計量スプーンで掬い、電動ミルへと投入していく。
ガリガリと豆が挽かれていく音とモーターの駆動音が、静まり返った喫茶スペースに優しく溶けていく。
同時に漂い始めたコーヒーの香ばしい香りに、芳夫は思わず目を細めた。
毎朝のこの香りが、一日の始まりを告げる合図になっている。
このアイスコーヒーには、サイフォンを使わない。必ずハンドドリップで淹れる。
これは芳夫のこだわりでもあった。
大きめのコーヒーサーバーに乗せたドリッパーにペーパーフィルターを敷き、細目に挽いた粉を均等に入れ、大ヤカンからお湯をドリップケトルへと移し替え、粉へと乗せるように優しく少し注いでいく。
プツプツと泡が浮かび、こんもりと粉がお湯を吸って膨らみ盛り上がっていく。
蒸らしの為に二十秒ほど様子を見守る。
その後に五百円玉硬貨程の円を描くように、そっとお湯を置くように優しくお湯を注いでいく。
鼻腔をくすぐるのは豊かな深い香り。ポタポタと抽出されたコーヒーがサーバーへと少しずつ落ちていく。
ゆっくり面倒だからと、ここで一気にお湯を注いでしまえば、全て台無しだ。
丁寧に淹れればそれだけコーヒーも応えてくれる。
次第にフィルターに残る粉も、山のように膨らんでいた形からすり鉢状になっていく。
こうなると抽出の速度も早まっていく。完全にお湯が落ち切る前に追加のお湯を注ぎ、抽出目安量に達すると、まだドリッパーから抽出されたコーヒーの雫が滴っていてもサーバーから外しておく。
こうするとフィルターに残る雑味が入らずに済むのだ。
この作業を繰り返し、サーバーに溜まったコーヒーの粗熱を取り、保管用の瓶へと移し替えていく。
後は専用の冷蔵庫へと入れてしまえば作業は終了だ。
少し凝り固まった肩と腰を揉み、軽い柔軟体操をしていると、トントンと階段を軽やかに降りる足音が聞こえて来る。
――この足音は、みちるだろう。
階段の方へと視線を送ると、予想通り二斤のパンを両手に持ったみちるが階上から降りて来るところだった。
芳夫と目があうと、みちるは笑顔を浮かべながらパンを軽く持ち上げるようにした。
「おじい様、サンド用とトースト用のパン、裏のキッチンに運んでおくわね」
「ああ、ありがとうみちる。助かるよ」
鼻歌を歌いながら厨房へと入っていく孫娘の姿を微笑みながら見送り、芳夫はドリッパーやコーヒーサーバーなどの洗い物を始めるのだった。
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朝食を終え、身支度を整えてから芳夫達は喫茶スペースへと降り、開店準備を進めていた。
壁の時計の針がまもなく午前9時を指す頃、芳夫は徐にハムサンド用のパンを切ってトースターへ入れ、オリジナルブレンドの入ったキャニスターを手元へ置いておく。
その隣に立つ詠子は冷蔵庫からバターやハム、チーズを取り出して、パンが焼けたらすぐにサンドイッチを作れるように用意を済ませていた。
「……定刻、看板出します」
時計を見ている訳ではないのに、秒針まで時間ピッタリに開店時間を迎えた瞬間、アリサが立て看板を手に店のドアを開ける。
それを補助するようにみちるがドアを開けたまま押さえ、ついでにぶら下がる「CLOSE」の札をくるりと裏返し、「OPEN」の文字を外へ向けた。
開け放たれたドアより、外から少し湿気の混ざる朝の空気がふわりと店内へ流れ込む。
ドアベルがカラン……と柔らかい音を立て、一日の始まりを告げた。
「おじい様、今日も加藤のおじい様達がいらっしゃったわ!」
外を見ていたみちるが嬉しそうに囁く。
桜並木の向こうから、手を取り合ってゆっくりと歩いてくる老夫婦の姿が見えた。
開店のこの時間に必ず現れる、Rosseの最初のお客様だ。
「……いらっしゃいませ、おはようございます」
「あぁおはようアリサちゃん。今日もしゃっきりしているねぇ」
「……恐縮です」
アリサがドアを押さえ、老夫婦を招き入れる。いつも彼等が座る窓際のテーブル席の前にはみちるが笑顔で待機していて、着席と同時にお冷とおしぼりを並べていく。
「おはようございます!今日もお越しいただきありがとうございます!」
「おはよう、みちるちゃん。いつもありがとうね、今日もいつものを頼むよ」
「ほんと、みちるちゃんもアリサちゃんも偉いわよねぇ。うちの孫はゲームしてばかりだもの」
「ふふ、ありがとうございます!いつもの、ですね!」
みちるが老夫婦のおしゃべりの相手をしている間、芳夫は既にサイフォンでコーヒーの抽出を終えてカップへと注ぎ、その隣で詠子がハムサンドを完成させる。
数十年繰り返してきた動きは無駄がなく、また芳夫も詠子も言葉を交わさずとも完成のタイミングはピッタリだった。
「……サーブします」
アリサがコーヒーカップ二つとハムサンドの乗った皿を二つ、銀のトレーに乗せて老夫婦の元へと向かう。
まもなく料理が提供されるとみちるとアリサは老夫婦へ会釈し、テーブルから離れていく。
「マスター!今日もうまいよ」
「ここのサンドイッチを食べないと、一日が始まらないからねぇ。マスターさんは私らの神様みたいなものですよぅ」
「ははは、それは褒めすぎですよ」
老夫婦の楽しそうな声、カップがソーサーに触れる小さな音。
交わされる他愛もない会話。それもまた、この喫茶店の日常なのだ。
やがて、顔なじみの客達も次々とやって来る。
近所の主婦、ノートPCを抱えた男、犬の散歩途中に立ち寄る父娘。
皆それぞれに自分の指定席を持っていて、そこへ自然と腰を下ろすのだ。
「……マスター、アイスティーとアイスオレそれぞれ1です」
「バターサンド2とブレンド2、お願いします!」
店内は次第に活気を帯びていく。
芳夫は忙しく立ち回りながらも、どこか楽しそうに微笑んでいた。
――このいつもの朝こそが、彼にとっての何よりの幸せだった。
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昼時になると、店内は一気に活気付く。
カウンター席に座る常連客たちは、目の前で芳夫が淹れるハンドドリップやサイフォンでの抽出を、まるで舞台を観る観客のようにじっと見つめている。
湯気と香りが立ち込める中、トクトク……とコーヒーがカップに注がれる音が、喧騒の中で小さなリズムを刻んでいた。
その奥の厨房では、詠子が11時から13時昼限定の軽食メニューを次々と仕上げていく。
フライパンの上でじゅわっと音を立てて踊るタコの形に切ったウィンナー、ふんわり膨らんでいくパンケーキ、トマトケチャップの甘酸っぱい香りがふわりと漂うナポリタン……。
「おじい様!アイスキリマンジャロとアイスマンデリン1ずつお願いします!」
「……マダム、新規ナポリタン2つです」
「はいはい~!今日は大繁盛ね!」
忙しそうにしながらも、嬉しそうに弾んだ詠子の声と共に湯気を立てるナポリタンとパンケーキの乗った皿がデシャップに置かれる。
「……サーブ、行きます」
アリサがトレーへ料理の皿を乗せた後、数秒間料理をじっと見て沈黙した。
立ち上る湯気、艶やかに赤く染まるパスタ。そして甘い香りを放つパンケーキ。
実はまだどちらも口にした事がなく、未知の味への興味にアリサの瞳が揺れる。
「……いけない」
小さく呟いたあと、すぐに表情を引き締め、足早にホールへと向かっていく。まるで何事もなかったかのように。
その背を見送りながら、詠子は小さく微笑んだ。
「ふふ、今日のお夕飯はナポリタンにしようかしら……」
料理に舌鼓を打ち、笑みを浮かべて会話する声。カチャカチャと食器が皿にぶつかる音、トーストが焼き上がる香ばしい匂いとトースターの軽やかなベル音。
店内はとても賑やかで、朝夕の落ち着いた時間には良く聞こえる、ゆったりと落ち着いたジャズやクラシックのBGMは掻き消されていた。
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昼のラッシュを終え、時計の針が午後2時を指す頃。
先ほどまで満席だった店内は、まるで潮が引いた後のように、静けさと柔らかな日差しに包まれていた。
窓際のテーブルにはまだ数組の客がゆったりと午後のコーヒーを楽しんでおり、芳夫はその様子をカウンター越しに穏やかに見守っていた。
「ふぅ……やっと一息つけたわねぇ」
厨房の片付けを終えた詠子が、額の汗をハンカチで軽く拭いながらカウンターへと戻ってくる。
「あぁ、本当に……。アリサさんが来てから不思議とお客さんも増えて、ありがたい事だね」
芳夫は洗浄済みのコーヒーカップを拭き上げて棚へと戻し、肩を軽く回して小さく笑った。
この少し前、みちるとアリサは自室へと戻っていた。
厨房の熱とホールの賑わいから解放された、少女達のささやかな休息時間。
貴重な土日休みの大半を手伝ってもらうのは、芳夫も詠子も心苦しいものがあったが、みちるもアリサも自ら進んで手伝ってくれている。
――本当に良い子達だ。
芳夫は何度か調理の出来るパートを雇おうか悩んでいた事もあるが、踏みとどまる理由があった。
それは、詠子とアリサ——最近はみちるもだが、彼女らが不思議な力を持っているからだ。
お客さんには気付かれないように、さりげなく使われる魔法によって芳夫も随分と助けられ、家族経営でもお店を回す事が出来ている。
アリサと出会う前までは常連客しか来なかった為、昼の軽食を休止する事で一人でも回せていた。
だが看板娘が増え、不思議と若い客も増えた。
お店としては喜ばしい事だが、今後もし……自分か妻が倒れてしまったら、この店を畳まねばならない。
そうなる前に、人手を増やす選択を取る必要があるのではないかと、詠子にだけは漏らしていた。
「……ねぇ、芳夫さん」
ふと詠子が柔らかい笑みを浮かべながら、芳夫の手へと自分の手を添える。
「このお店、いつの間にこんなに賑やかなお店になったのかしらねぇ」
「本当だなぁ。最初の頃はお客さんなんて、一日数人だったのにな」
芳夫は懐かしそうに目を細め、微笑みを湛える。
「ふふ……あの頃、一人で全部やるって言って、倒れかけた事もあったわね」
「うっ……あったな、そんなことも」
肩を竦める芳夫に、詠子はクスクスと笑い声を漏らし、添えた手をそっと握った。
「……私は、まだまだ元気だから心配しないで。私より芳夫さんが心配だわ?」
「なぁに、俺もまだまだ現役だ。みちるが大きくなって、結婚して……曾孫をこの手で抱くまでは店に立ち続けるさ」
午後の喫茶店特有の、柔らかく、時間がゆるやかに流れるひととき。
窓辺の席では小説を読みながらコーヒーを楽しむ女性客の姿が。
カウンター席では常連の若い男性がPCのキーボードを叩き、何杯目になるか分からないカフェオレを飲み干した。
「…………マスター、アイスオレをもう一杯」
「畏まりました」
注文が入ると、詠子は空になったグラスを下げに行き、芳夫は冷蔵庫からボトルに保管したアイスコーヒーを引き出した。
タンブラーグラスに氷をたっぷり入れ、こだわりの牛乳を注ぎ、次に頭を出している氷に当てるよう、静かにコーヒーを注いでいく。
Rosseのアイスオレはコーヒーと牛乳の割合が1:4の比率で提供される、二層のグラデーションが美しい一杯なのだ。
「はい、アイスオレ1上がりです」
完成したアイスオレをすかさず詠子が銀トレーに乗せ、ガムシロップの入ったシロップピッチャーを添えてサーブしていく。
「どうぞごゆっくり」
コクリと会釈するも、彼の視線はPCの画面に向いたまま。
――彼は寡黙な人で、注文の時以外に話す事がない。
もちろん名前も聞いた事はない。いつも昼頃にやってきて、長時間ここで何かパソコンで作業をして帰っていく。
初めは芳夫も詠子も、長時間席を占拠する不思議な男性だと気にかけていた。だが、彼がコーヒーを飲む度に幸せそうな笑みを一瞬浮かべるのを見て、何か言う気にはならなかった。
やがて、決まった時間が訪れると、彼はいつものように静かに会釈して店を後にした。
その入れ替わりのように、窓の外ハウス橙から藍色へと移り変わって行く――夜の常連たちが集う時間の始まりだ。
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昼下がりの穏やかな時間はあっという間に過ぎ去り、休憩を終えたみちるとアリサが合流して夕方のラッシュを乗り越えた頃には、時計の針は午後7時を指す。
閉店まであと30分となった店内は、再びゆるやかな空気に包まれていた。
昼間の賑やかさとは対照的に、夕方から夜の常連客たちはみな静かだ。
平日なら一日の仕事を終えた会社帰りの人々、散歩帰りに趣味の読書を楽しむ老婦人、勉強道具を広げた近所の学生達。近くの小料理屋の女将さんと、多種多様な人々がやってきていた。
照明は昼よりも少し落とされ、白熱電球の温かな光が棚に並ぶカップとグラスを柔らかく照らす。
店内にはお客さんの姿はなく、アリサとみちるが清掃を行い、詠子もレジの売り上げを確認していた。
――その時、ドアが開かれ少し息を切らしたスーツ姿の青年が足早に入店してくる。
掃除用具を持ったアリサとみちるは、サッとさり気なく裏へと道具を戻しに姿を消した。
「ごめんなさい、またギリギリになっちゃいました……!」
彼は閉店前の、この時間帯にやってくる常連客。
学生時代から通っており、カウンター席に座って閉店ギリギリまで芳夫や詠子とお喋りを楽しみながらコーヒーを飲むのが、彼の過ごし方だ。
「あぁ、いらっしゃいませ。まだ大丈夫なので、どうぞどうぞ」
「すいません、お願いします……!」
彼はカウンター席のいつもの場所に腰かけホッと肩の力を抜く。
静かな店内に流れるBGMのピアノジャズの音が心地よいのか、彼はゆっくりと目を閉じ、深く息を吐いた。
「今日もお仕事でしたか?」
「はい……入社して一年目ですからね、土日でもお構いなしに先輩方が容赦なくて」
そんなささやかな会話の横で、詠子がメニューとお冷、おしぼりをカウンターへと並べていく。
「いらっしゃいませ、今日もお疲れさまでした」
「ありがとうございます……!あ、今日はウィンナーコーヒーで……!」
「はい、ホットウィンナー1つね」
すぐに芳夫はハンドドリップでイタリアンローストの抽出を始めていく。
蒸らしの間にウィンナーコーヒー用のカップにザラメを敷き、冷蔵庫から緩い五分立てにした生クリームを軽くかき混ぜ、状態を整えておく。
抽出が終わり、カップへとコーヒーを注ぐと、ザラメがシャラシャラと音を立てる。
この時に完全にザラメが溶け切らない量を入れておくのがポイントだ。
最後に薄く蓋をするように優しく生クリームを乗せ、Rosse流ウィンナーコーヒーが完成する。
芳夫が目配せをすると、控えていたみちるがトレーへとコーヒーを回収し、カウンターへとサーブする。
「お待たせしました、ウィンナーコーヒーです!」
「来た来た……!ありがとうございます!」
「ふふ、伝票はこちらに置いておきますね」
彼は待ちきれないようにすぐにカップを手に取ると、早速一口温度を確かめるように少し啜る。
「うん……美味しい……!」
彼がコーヒーを味わいながら、いつものように仕事や世間話を少し交わしているうちに、時計の長針は7を指し、閉店時間を過ぎている事を示していた。
時間に正確なアリサは芳夫達に気付かれないよう、背後から無言の威圧感を一瞬放つ。
そのプレッシャーに当てられ、ぶるっと身体を震わせた彼はふと時計を見ると、慌てて残ったコーヒーを飲み干し、カップの底に残る溶け残ったザラメを名残惜しそうに眺めると、伝票を手に立ち上がった。
「ごめんなさい!気が付けばもうこんな時間でしたね!」
「いやいや、こちらも色々お話してして引き留めてしまって申し訳ない」
すぐに会計を済ませ、何度もペコペコと頭を下げ会釈しながら彼は帰っていった。
開けたドアから覗く外はすっかり夜の帳が下り、桜並木の外灯がぽつりぽつりと道を照らしていた。
「はい!今日も一日お疲れ様でした!」
詠子の声に一気に店内には家族だけの穏やかな空気が流れ始めた。
パンや豆の在庫を確認し始める芳夫に、一足先に階上のキッチンへと戻り夕飯の支度をする詠子。
売り上げの計算の一次チェックをするみちるに、掃除用具を手に各所の施錠を確認するアリサ。
「……清掃開始。終了見込み1分後」
アリサが最早隠すことなく魔法を使い、店内の掃除を開始する。
その光景は今や日常であり、唯一魔法の使えない芳夫ですら見慣れたものだった。
店内の清掃と集計を終え、先に階上へと孫娘達を戻した芳夫は、照明を落とし静寂が戻った喫茶スペースにそっと視線を巡らせる。
カウンター席、テーブル席――そこには一日を共にした家族と訪れた客達の温かな記憶が確かに残っていた。
「……やれやれ、今日もいい一日だったな」
肩の力を抜き、漏れるように零れ落ちた小さな独り言が、夜の店内に優しく溶けていく。
こうして、喫茶Rosseの一日はゆっくりと幕を下ろしていくのだった——。
優しく時間が過ぎる喫茶店の一日、いかがだったでしょうか
次話からは再びアリサの過去編。物語は第四楽章へと突入します。
懲罰部隊へと配属され、名を失ったアリサ。
そんな彼女がどうやって、ニチアサ世界へ転移する事になったのか。
さて、それでは次回予告です
~~次回予告~~
懲罰部隊へと入隊した私を待つのは、激しい最前線でした。
使い捨てられる攻撃の駒。どんなに理不尽でもそれでも杖を振るわねば死ぬのはこちら。
そんな中でも二分されている戦友達に私は、一つの選択を迫られました。
次回 名無し部隊
それでも私は、立ち止まらない




