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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第三楽章 初陣、そして……。
70/100

賽は投げられた

 妙な浮遊感のある漆黒の闇から、しっかりと地に足がついた感覚と同時に、みちるは深く息を吐いた。


 惨劇を続けて目の当たりにしていた彼女は心に疲れを覚え始め、重苦しい気持ちで周囲へ眼差しを向けた。


 灰色の雲の下、山の様に聳え立っていたのは巨大な避難シェルタードームだった。

 来る者の行く手を阻むように岩石で作られたバリケードが設置され、要塞を思わせるような異様な威圧感を放っている。



 外壁には焦げ跡の黒い筋が幾筋も走り、爆炎や雷撃を浴びた痕跡が焼き付けられ、暴動の激しさを物語っているようだった。



 分隊ごとに散開した兵士達は、無言で杖型デバイスやパワードスーツの調子を確かめつつ、短くハンドサインで合図を交わす。


 一級国民の兵士は表情に余裕の色を浮かべ、笑みすら滲ませながら武器を構えていた。

 「どうせまた楽な仕事だ」とでも言うように。


 だが、二級国民の兵士らの顔は硬い。

 感情を顔に出さぬように引き締めた表情の隅に、隠し切れない恐怖と不安の色が見え隠れしている。


 それだけではない。彼等が握り締めた杖の先も小刻みに揺れていた。



 みちるはその様子を見て、彼等の心情を思うと息を吸う事すら苦しく感じ始めていた。

 彼等はこれから人を守る為に戦うのではなく、ただ一方的に殺す為にここに立たされているのだ。



 『……っ』


 震える両手を握りしめ、みちるは隣に立つアリサを振り返った。

 アリサはいつも通り無表情で、足元を見つめている。


 だが、それは無関心だからではない。

 眉間に僅かに皺が寄り、揺れる瞳の奥に影が宿っているのを、みちるは見逃さなかった。



 『アリサ……?』



 思わず小さく呟きが漏れる。

 それは疑問であり、同時に不安でもあった。

 なぜアリサが――いつも冷静で感情を見せない彼女が、今は顔を曇らせているのか。


 みちるの胸のざわめきが強まり、再びシェルターを見上げる。

 一体これから何が起こるのか。つい先程見た虐殺よりも、もっと酷い何かが……待っているのだろうか。


 知らず知らずのうちに震えていた手を胸の前で握り締め、大きく深呼吸をした。



 『聞け!兵士達よ!』


 突然ビリビリと脳に直接言葉が響き、みちるは身体をビクッと強張らせる。

 ハニカムの時と同様、これが攻撃開始前の演説だと気付いた時、彼女は自然と呼吸を荒くしていた。



 『皇帝陛下の御威光に背き、救済の御手を名乗る逆賊どもが、この地方都市に巣食った!その根は行政機関に伸び、住居群に潜み、賛同する愚か者を巻き込みながら繁殖している!』


 『我らに与えられた任務は一つ!疑わしきは罰せよ!この街を浄化し、賊の巣食う拠点を焼き払い、再び皇帝陛下の御旗の下に安寧を取り戻す!』



 アウグストの演説を聞き、「そうだ!!」「皇帝陛下の為に!!」と合いの手を叫び、次第に熱を帯びる一級国民の兵士達。


 地面を踏み鳴らし、杖を振りかざし、意気揚々と声を上げ、包囲しているシェルターに潜んでいるだろう救済の御手への威圧を強めていく。



 どうせ敵はナノマシンによるリミッターが働き、まともな抵抗もできないのだと、どこまでも甘く見ていた。


 『——諸君らは我が剣、我が盾、我が肉体だ!ゆえに一人も退くな、誰一人として迷うな!皇帝陛下の威光を、この大地に刻みつけよ!』



 「うおおぉぉぉーっ!!」


 その言葉に、一級国民の兵士達は拳を突き上げ、歓声を上げた。


 「皇帝陛下万歳!」


 「皇国の為に!!」


 一級国民の兵士達の戦意は最高潮に達し、出走を待つ競走馬の如く前のめりになって突撃の宣言を待っていた。


 異様な熱狂に対し、二級国民の兵士は拳を上げることもなく、硬直したまま沈黙を守っている。

 その中でアリサも静かに前だけを見据え、深呼吸を繰り返しその時を待った。





 だが、幾ら待てどもアウグストの声は聞こえてこない。




 「……?」


 アリサが訝し気に首を傾げ、ナノマシン通信の不具合を疑った――その時だった。



 『あっ!?』


 思わずみちるは声を上げていた。

 首を傾げるアリサの背へと、仲間のはずの兵士が杖を向けていたのだ。



 「……ッ!?」


 殺気を感じ、アリサが振り向くのと兵士が魔法を放つのは同時だった。

 


 バチィッと音を立て、魔力弾と完全に展開しきれていない防御魔法が激しくぶつかり、僅かに軌道を逸らされた魔力弾がアリサの左肩を抉りながら通り過ぎていく。


 燃えるような激痛に耐えながらも、無意識のうちに身体が動いていたアリサは、魔力弾を放った兵士へと杖型デバイスを向け、反撃の紫電を放つ。



 兵士は声を上げる間もなく、アリサによって放たれた雷撃に身体を焦がされ、痙攣しながら地へと倒れ伏した。



 アリサはすぐに周囲を素早く確認し、一旦の安全確保を行うと回復魔法を左肩の傷口へと流し込み、応急手当を行った。


 出血さえ止めたら後はナノマシンが勝手に治療してくれる事だろうと、それ以上傷口へ意識を割く事をやめ、他の兵士の様子を伺うために身を隠し気配を消しながら友軍の元へと戻るのだった。





———————————————————————————————————





 ナノマシンバイザーが魔力反応を検知し、建物の影に隠れながらアリサが視線を向けた先では、二人の兵士の足元に分隊長が地にうつ伏せに倒れ込み、ナノマシンによって手足の先から粒子化され始めている光景が飛び込んできた。



 遠目から見ても分かる焦げた軍服からは白煙が細く立ち昇っている。背後から撃たれたのだろう。

 眼を見開いたままの顔には驚愕と悔恨が刻まれ、その生々しい死に様は裏切りの鮮烈な証だった。



 「……分隊長……」


 アリサが微かに声を漏らす。だがその声に悲しみの色はない。


 そうしている間に兵士らの生体感知に引っ掛かったのか、血走った目をした二人の兵士が、杖を物陰に隠れたアリサへと正確に突きつけた。



 「アリサ・オルディス!!お前も一級国民だろうが!仲間じゃない、敵だ!」


 「前から気に入らなかったんだ、化け物め!ここで殺してやる!」



 次の瞬間、明らかな殺意の籠った魔力弾と雷撃がアリサへと放たれる。


 バチィッ――!


 展開した防御魔法が光を散らし、最初の魔力弾を弾き逸らし、続く雷撃もしっかりと防御魔法の光の防壁で受け止め、宙へと四散させる。


 アリサは表情を変えず、わずかに身をひねり、続けざまに放たれた魔力弾を回避し、二人の兵士へと走り出した。


 その動きは訓練で幾度となく繰り返した近接戦闘のステップであり、杖の向き、魔法の性質を動体視力にて見抜き、防御魔法で受け止め防ぐのではなく、最低限の動きで避けて相手との距離を詰める技法であった。



 いとも簡単に魔力弾と雷撃の弾幕を避けながら、自身らへ近付いてくるアリサに兵士の焦燥が高まる。


 「や、やっぱり化け物だ!」


 「撃ち殺せぇ!!」


 だが叫びと共に放たれる光弾は、すでに彼女を捉えてはいなかった。

 アリサは疾風のごとく駆け、瞬きよりも速く間合いを詰めていたのだ。


 剣状に変形させた魔導デバイスが、一条の銀閃となって振り抜かれる。


 「……っ、あ……!」


 呻き声を上げる暇すらなく、一人は胴を斬り裂かれ、もう一人は肩口から斜めに切り伏せられる。

 痙攣し、地へ崩れ落ちる二人の兵士。


 アリサは振り抜いた剣を油断なく構えたまま残心の姿勢を取り、片手で頬についた返り血を拭い払った。


 その眼差しは氷のように冷たく、そこに哀れみも怒りもなかった。

 ただ、任務の一環として裏切者を淡々と始末した。


 ——そこに何かを思考する余地はないとでもいうように。





 倒れた二人の兵士を横目に、アリサは素早くナノマシン通信を開いた。


 「……こちら第六分隊、オルディス二等兵。分隊長戦死。裏切った兵士三名を排除。現在、単独行動中」


 短く報告を終えると、数秒の間を置いて通信の回線がざわめいた。


 『こちら小隊本部……!くそっ、状況が錯綜している!』


 レオンハルトの苛立ちを隠さぬ声が返ってきた。

 背後で飛び交う通信は、もはや報告というより悲鳴だった。


 『第四分隊、同士討ち発生!応援を乞う!』


 『補給部隊がやられてます!……ぐあッ……!貴様――』


 途切れ途切れに飛び込んでくる声は、どれも裏切りによる混乱を宿していた。


 レオンハルトの指揮官用バイザーに膨大な報告が同時に流れ込み、ナノマシンと脳の処理能力を超えて警告音が絶え間なく鳴り響く。

 全てを即時に判断し、指示を返すにはあまりにも多すぎた。


 『……畜生、指揮系統がパンクしている!全員落ち着け!防御陣形を固めろ、裏切者は即座に排除しろ!』


 苛烈な叱咤が飛ぶ。

 レオンハルト本隊は一級国民で固められており、その輪の内側には未だ混乱の芽はなかった。

 だからこそ、彼は強気の声を張り上げられたのだ。


 だが、各所で燎原の火のように広がる反乱の報告が、それすら空虚に聞こえるほどに混乱は深刻だった。


 アリサは通信を切ると、暫し建物の陰で息を潜め、迫り来る現実を受け止める。

 戦場は、今や敵と味方の区別すら曖昧になりつつあった。


 同じ軍服、同じ色のパワードスーツ。

 一目見ただけで一級国民と二級国民を見分ける特長はなく、先制攻撃が出来るのは反乱兵だけだ。




 アリサは目を閉じて深く息を吐いた。

 このまま当初の作戦通りに単身シェルターへと攻撃を仕掛けるのはあまりに愚かしい事だ。

 本来であれば付近の分隊に合流し、作戦続行するのが定石だ。だが……。


 『レオンハルトの剣となり、支えよ』


 ――父の声が脳裏に蘇り、重ねて自身の直感に従い一つの決断を下す。


 「……小隊本部へ戻る」


 呟きは誰に向けた物ではない。無論答える者もいない。

 だが、それは彼女が進むべき道を自分自身に言い聞かせる決意表明のようなものだった。




———————————————————————————————————





 アリサが最前線に位置していた第六分隊の展開地から本隊へと戻る最中、突如轟音が戦場を揺るがした。


 沈黙を保っていた避難シェルターの救済の御手の義勇兵が、一斉にバリケードを盾に施設内から雪崩れ出て攻撃を始めたのだ。


 「何でもいい!撃てッ!」


 「人々の救済の為に!!」



 混乱の中で叫ぶ声は、誰が敵で誰が味方かすら判然としない。


 一級国民の兵が必死に陣形を保とうとするも、その背中を撃つ二級国民兵。

 そこへ義勇兵の火球と雷撃が容赦なく降り注ぎ、戦場は一瞬で血と炎に呑み込まれていく。

 


 アリサのバイザーには、敵性反応の赤い警告が次々と点滅した。

 同じ軍服、同じパワードスーツ、同じ武器。

 だがその瞳に宿るものは、忠義か、憎悪か。――見極める暇などない。



 背後から殺気。横合いから魔力弾。

 耳を劈く怒号と断末魔。


 アリサは振り返らない。

 ただ杖を強く握り締め、瞳に決意を宿す。


 「……生きて帰る。それだけ」


 次の瞬間、アリサは激しさを増す火線へと飛び込み、業火と雷鳴、飛び交う岩石や鋭い氷塊の飛び交う混沌の渦へと身を投じていった。

アリサから見た、賽が投げられた瞬間でした。

同じ地方都市にはいるものの、遠くで父が斃れた事をアリサはまだ知りません。


それでは次回予告です


~~次回予告~~


皇国軍の切り札である最強の矛――魔導砲


皇帝の名の下に圧倒的な破壊を与える畏怖の象徴は、反乱兵と救済の御手に奪われようとしていました。


揺るぎないはずの皇国軍の圧倒的な優位が音を立てて崩れ落ちていく。


そんな重大な事象を私とレオンハルト兄様は未だ知らぬままでした……。


次回、「鹵獲」


それでも私は、立ち止まらない。

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