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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第三楽章 初陣、そして……。
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裏切りの刻

 空中を滑る様に飛ぶ大型兵員輸送機の中には、ぎっちりと第七機動鎮圧部隊の歩兵部隊の兵士達が詰め込まれていた。


 時々襲う気流の乱れによる機体の大きな揺れが、兵士達の身体を左右に揺らす。膝や肘が左右の兵士にぶつかり合うのはもう当然の事で、互いに会釈する事すらなくなっていた。

 

 薄暗い機内には照明も乏しく、規則正しい駆動音と、時折機体外部から響く風を切る音だけが支配していた。


 誰も口を開かない。

 ただ無言のまま、互いの気配を感じながら座席に背を預けている。


 それも無理はなかった。

 これから彼らが赴くのは地獄の入り口。

 軍上層部の判断によって殲滅対象とされた場所である。




 任務の内容は既に告げられている。

 行政施設と避難シェルター、そして住居群とその住民を焼き払い、反乱の芽を徹底的に潰す。


 ――あの惨劇をもう一度起こせと命令しているのだ。


 『疑わしきは罰せよ』


 誰もがその言葉を知っている。

 だがその意味を知れば知るほど、胸の奥に澱のような不安が広がっていく。


 誰かが漏らした咳払いが嫌にはっきり聞こえる程、輸送機の中は重苦しい沈黙に包まれていた。





 もうまもなく作戦地点へと到着する頃、二級国民の兵士の一人が小さく肩を震わせていた。

 だがその震えは、恐怖に呑まれるだけのものではない。

 瞳の奥で、濁った光が輝き、怯えと決意が混じり合い、今まさに胸の奥で何かが形を成そうとしていた。


 そんな彼の様子を見た他の兵士は、そんな胸内を知る由もなく、臆病風に吹かれたのだと鼻で笑い、気にも留めていなかった。



 その一方で、一級国民の兵士らは欠伸を漏らすほど余裕を見せていた。


 「一度やったんだ。二度も三度も同じだ」


 作戦の残酷さを気にも留めていないかのようにリラックスし、ナノマシンバイザーに映し出される任務を再確認していた。

 これはただの任務の一つに過ぎないと。


 そして最後列に座るアリサは、ただ虚ろな眼差しで足元を見つめていた。

 その瞳に映るのは床と向かいに座る兵士の足元。


 だがその視線は床の奥、深い闇の中へ沈み込んでいるようで、果たして彼女が本当に目の前を見ているのかさえ判然としなかった。




———————————————————————————————————





 輸送機の駆動音が一段と大きく唸りを上げ、ガクンと一際大きく機体が揺れて静止する。

 目標座標の上空に到着したのだ。



 輸送機の後部ハッチがゆっくりと開いていき、冷たい外気が一気に機内へと流れ込み、緊張に満ちた兵士らの頬を刺した。



 「――総員、降下開始」



 レオンハルトの短い命令に、後部ハッチに一番近い席に座っていたアリサが、怖がる素振りや躊躇う仕草を見せる事なく一番乗りで身を宙に投げ出した。


 瞬間、機内にいた数人の兵士が思わず息を呑んだ。


 「……あいつ、ためらいもないのか」


 「まだガキだからな、考える頭すらないんだろう」


 嘲る声と恐れを滲ませた声が、すぐに風にかき消される。



 輸送機は目標座標上でホバリングを行っており、身体が慣性で流されることなく真っすぐ下へと重力に従い落ちていく。


 アリサは落ちながらパワードスーツを起動し、厚い灰色の雲を突き抜け、急に開けた視界に飛び込んできたのは、無機質で飾り気のない巨大な建物——避難シェルタードームだった。


 先の暴動時には一級国民の避難者を収容し、荒れ狂う暴徒の攻撃から守り切った実績のある建物。

 それが暴動が鎮圧されてからは、密かに救済の御手の賛同者が集まるようになり、一大拠点となった事で情報部の耳に入ったとブリーフィングでは説明されていた。



 風魔法を下へ向けて噴射し落下速度を緩め、合わせて飛行魔法を発動し、アリサは無事に舗装された道路へとふんわり着地する。


 アリサに続くように次々降下した兵士達も次第に着地し始め、各々がナノマシン通信で分隊との合流を果たし、避難シェルターを囲むように移動を始めている。



 『——オルディス二等兵、先行し過ぎだ。合流地点で待て』


 「……了解」



 前回のハニカム作戦中に全滅した第六分隊は人員の補充を受け、一級国民の分隊長とアリサ以外二級国民出身者で編成され、再び五人体制となるもアリサは序列最下位のままだった。



 遅れて合流した第六分隊は、分隊長を先頭に割り振られたポイントに移動し、沈黙を続けるシェルターを着実に包囲していく。


 空から見た時には気付かなかったが、分厚い外壁には先の暴動で浴びせられた魔法の痕跡が黒く焼き付いていた。

 だが耐魔力コーティングは健在のようで、焼けた汚れ以外のダメージは受けていない。


 それよりも注目すべきなのは、速やかな避難の妨げになりそうな、本来あるべきではないバリケードがびっしりと張り巡らされ、近付く者を拒んでいた事だ。



 「なるほど、要塞みたいなものか……小賢しい真似を」


 分隊長が鼻で笑う。


 その後ろで二級国民の兵士の男は、硬く唇を結んでいた。



 あの壁の向こうにいるのは、確かに救済の御手の構成員なのだろう。しかし、彼らは復旧が後回しにされた地方都市の復旧に献身的に取り組み、弱者の救済も行っていたと聞く。


 電波塔と議事堂を破壊したテロは確かにやり過ぎだった。——だが、そのおかげで人々は人らしさを取り戻すことができたのだ。

 本当の悪は、どちらなのか……。



 そう考えるだけで、杖型デバイスを握る男の手には、じっとりと汗が滲むのだった。




———————————————————————————————————





 灰色の雲の下、マス目状に規則正しく、コピーしたかのような同じ作りの建造物が並ぶ町並みを一望できる丘陵地帯に、第七機動鎮圧部隊の本隊が展開していた。


 魔導砲と、それを扱う魔導砲兵が整然と並び、砲撃後突撃を行う魔導人形の中隊が命令が下るまで沈黙を守って待機している。



 その布陣の後方に停められた指揮車両。その中にアウグストの姿があった。


 目を覆うようにつけているナノマシンバイザーには、行政施設と避難シェルターに展開し、攻撃指示を待つ各小隊からのデータが次々と映し出され、それらの処理に脳をフル回転させていた。



 「……大佐、魔導砲の発射準備が完了致しました」


 「……そうか」



 アウグストはバイザーを外し、眉間を揉みながら指揮車両から降りる。


 車外に出るとぬるい風が吹き、どこからか生臭い香りを運んでくる。

 彼は咳払いを一つ落とすと砲兵部隊と住居群が見える位置まで歩を進め、自分の目でこれから起きる事を見届けようとしていた。



 歩く姿に隙は無く、背筋は真っすぐに伸ばされ、顔には一片の迷いもない。

 それは長年、皇帝の剣としての誇りと共に歩いてきた男の顔だった。


 彼の数歩後ろを控えめに付き従い歩くのは、副官の男、V-077——通称ヴィー。

 彼は二級国民でありながら大尉まで上り詰めた傑物である。


 アウグストは彼の功績や能力を認め、他の将官からの疑念の声を一蹴するほど彼を買っていた。




 「……ヴィーよ、この景色を良く見ておけ。そして、作戦後の景色も忘れずに見るのだ」


 「はっ……?」


 ヴィーはアウグストの言葉に少し困惑しつつも、眼下に広がる住居群を見やった。

 前回の作戦とは違い、まだ日のある時間帯。道を行き交う車両や人々の姿は小さい豆粒程の多きさだが見えてしまう。


 「……これは私が一人背負う業だ。皇国の為、皇帝陛下の為に罪なき人々をも巻き込んで討つ。歴史に例え極悪人と刻まれようとも……この国を蝕む悪を断たねばならん」


 「……この国の悪、ですか」


 「千年以上続いた平穏を崩したのは彼奴らだ。争いを知らぬまま生まれ、死ぬ。それがどれだけ恵まれた事だったか……。本当に愚かな事をしてくれたものだ」



 アウグストの独白を無言のまま聞いていたヴィーは、何も言わずにただその目を僅かに伏せた。







 一級国民の兵士達は、攻撃開始の瞬間を今か今かと待ち受けていた。


 口の端を吊り上げ、これから流れる血を功績と換算しようとしている。

 彼らにとって「殲滅」という言葉は昇進レースの種目でしかなかった。


 一方で、二級国民の兵士達は違った。

 表情こそ能面の様な無表情で固めているものの、内心では臓腑を握り潰されるような圧迫感に囚われていた。

 密かに広められていた、()()()


 その狼煙が、号砲が響き渡るのを心の底では期待していたのだ。


 握り締めた杖型デバイスに伝う震えは恐怖だけではない。

 そこには、決して消えない憎悪と決意があった。







 アウグストはナノマシン通信を開き、杖型デバイスを高く掲げ、朗々とした声を張り上げた。


 「聞け、兵士達よ!」


 低く響く声が各々緩みかけていた兵士達の緊張を引き締める。


 「皇帝陛下の御威光に背き、救済の御手を名乗る逆賊どもが、この地方都市に巣食った!その根は行政機関に伸び、住居群に潜み、賛同する愚か者を巻き込みながら繁殖している!」


 アウグストの言葉は、ただの訓示ではなかった。

 それは皇国軍の()()を体現する宣告だった。


 「我らに与えられた任務は一つ!疑わしきは罰せよ!この街を浄化し、賊の巣食う拠点を焼き払い、再び皇帝陛下の御旗の下に安寧を取り戻す!」


 沈黙の中に混じる、わずかなざわめき。

 それは恐怖か、それとも怒りか。

 だが、アウグストは構わず続けた。


 「この裁きに怯むな! 血に手を染めることを恐れるな!

  その罪も、その咎も、その業も、このアウグスト・オルディスがすべて背負う!

  諸君らは我が剣、我が盾、我が肉体だ!

  ゆえに一人も退くな、誰一人として迷うな!

  皇帝陛下の威光を、この大地に刻みつけよ!」


 その言葉に、一級国民の兵士たちは拳を突き上げ、歓声を上げた。


 「皇帝陛下万歳!」


 「オルディス大佐に続け!」


 だが、その声に呼応しない者もいた。

 二級国民の兵士達は、静かに視線を交わし合い、固く頷いていた。







 演説をするアウグストのすぐ斜め後ろに控えていたヴィーが、ゆっくりと、いつも通りに彼との距離を詰める。

 その気配を感じ、アウグストはいつも通り何か伝令かと、振り返らずにヴィーが耳打ちするのを待った。



 ――その瞬間、ヴィーの持つ杖型デバイスに展開された魔力の刃がアウグストの背中から胸を貫通し、彼の心臓を真っ二つに切り裂いた。


 「――な……っ!?」


 それと同時に、目の前でアウグストが斬られた瞬間を目の当たりにし、動揺から身体を硬直させ動けない一級国民の兵士へ、二級国民の兵士から魔力弾が容赦なく撃ち込まれ、指揮所は完全にヴィー達謀反兵の手に落ちた。



 胸を貫かれて力なく膝から崩れ落ちたアウグストは、多めに投与されていたナノマシンによって即死するところを強引に現世に引き留められ、己に死が齎されるまで僅か数秒の猶予を得ていた。


 口から血反吐を吐きながら、下手人たるヴィーをやっとの事でぼやけて見えなくなりつつある視界に入れた。

 アウグストの眼差しには、裏切りによる怒りでも死への恐怖でもなく――わずかな安堵が浮かんでいた。


 「これで……。レオン……アリ……」

 

 その呟きを最後に、アウグスト・オルディスは地へと倒れ伏し、粒子へと還っていく。


 ヴィーは高らかに叫んだ。


 「真の賊は倒れた!今だ!蜂起せよ同胞よ!!これ以上、皇帝に従う必要はない!我ら二級国民の兵士は、今日この日、救済の御手と共に自由の戦士として立ち上がる!!——賽は投げられたのだ!!」


 その声に呼応するように、丘陵だけでなく他の作戦行動中の包囲網の中から光が弾けた。

 効率的に相手を撃ち抜く魔力弾、近接で効力を発揮する魔力刃魔法、殺すのは忍びないと思った相手には拘束魔法が次々と放たれ、一級国民の兵士達を襲う。



 この混乱に乗じて動いたのは武装反乱兵だけではなかった。


 「ほ、報告……!!敵救済の御手の勢力が籠城から打って出てきました!!」


 「何だとっ!?」


 突然背後から撃たれた皇帝派の兵士達は同士討ちによる混乱と、攻勢に転じた救済の御手の義勇兵に挟み撃ちにされ、あっという間に数を減らしていった。


 魔導人形兵も召喚者の一部が裏切った為に、同じスペックの人形同士で戦い合い、他への救援には動けずにいた。



 戦場に蔓延する混乱、悲鳴、怒号。


 それはこれから長く続く、最終戦争の狼煙となった。



第二次殲滅作戦の始動直前に起きてしまったクーデター。

ここでアウグストも退場です。 


議事堂・電波塔の爆破テロ、そして放送ジャックによって二級国民へ蒔かれた種が、ハニカムの大量虐殺により芽吹き根を張り、民衆ではなく軍部のクーデターという花を咲かせました。


それでは次回予告です


~~次回予告~~


お父様の兵士を鼓舞する演説が流れ、いよいよ作戦始動かと思われた。


だが――いつまで経っても、作戦開始の言葉は告げられない。


代わりに響くのは、皇国を揺るがすクーデターの狼煙となる言葉だった。


次回、賽は投げられた


それでも私は、立ち止らない。

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