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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第三楽章 初陣、そして……。
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崩壊の地にて

 砲撃の轟音が止み、夜の帳が降りたかのように静寂が周囲を支配する中、アリサは一人瓦礫のジャングルと化していたハニカムを進んでいた。


 ……第六分隊は、連絡が返ってこない事から自分を除き全滅したのだろう。

 そう予測した彼女の感は当たっていた。



 岩陰に身を伏せていた兵士も、土魔法で作った簡易の防壁に縋っていた兵士も、誰一人残っていない。

 防壁の残骸と、ナノマシンの治療が間に合わず粒子へ還った痕跡だけが周囲に漂っている。



 原因が純粋な目測の誤りか、もしくは友軍の誤射なのか。

 ……それとも、レオンハルトによる意図的な配置だったのかは、今は分からない。

 だが、問いただす意味もない。軍人に許されるのは、ただ命令を遂行することのみ。




 ナノマシンバイザーの生体感知が足元の瓦礫の下から反応があったが、彼女が手を下す前に目の前で反応が消える。

 アリサは杖をしっかりと握りしめ、ゆっくりと立ち上がった。


 ここは炎と煙を噴き上げる巨大な墓標に過ぎない。

 眠り切れない死人は、しかと眠らせねばならないのだ。




 銀髪の少女はただ一人、瓦礫の山を進んでいた。

 焦げた鉄骨がなお赤熱を放ち、時折ぱちりと火花を散らす。焼け爛れた残骸の隙間からは、呻き声や泣き声がかすかに漏れている。


 アリサはナノマシンバイザーの生命反応を追い、淡い光点が表示されるたびに杖を握り直し、索敵魔法を重ね掛けして位置を特定する。


 ――例え生きていても、止めを刺すのが任務。


 感情を閉ざし、冷たく呼吸を整え、一歩一歩足を進める。



 最初に見つけたのは、瓦礫に腕を挟まれた少年だった。

 煤にまみれた顔は涙と血でぐしゃぐしゃに濡れ、必死にこちらへ手を伸ばす。


 「……たすけ……」


 か細い声。伸ばされた掌に、アリサは作業的に杖先を向ける。

 その瞬間だけ、胸の奥にズキリと痛みが走った。


 [紫電]


 雷撃が少年の胸を貫き、その小さな手は虚空を掴むように伸ばされたまま、形を失って粒子となって霧散していく。


 「……次」


 黒いパワードスーツの裾を翻し、次の反応へと淡々と歩みを進めていく。





 次に見つけたのは瓦礫に背を預け、燃えたぼろきれを握りしめて座り込む老人。

 纏う服は焦げ、ナノマシンにより再生されたのか片足だけ素足を晒し、虚ろな目で足音のする方を見上げた。


 「お嬢さん……皇国軍か……なぜだ。わしらが、何をした……?孫が……何をしたというのだ……?」


 問いかけは弱々しくも真っ直ぐにアリサの胸を穿つ。

 老人の虚ろな目に涙と共に深い憤りの色が宿り、涙を目尻から溢れさせながらもしっかりとアリサを見据え、心底憎らしいと呪詛を漏らした。


 アリサの瞳が一瞬だけ揺らぐ。だが言葉は返さない。


 次の瞬間、彼女の杖から放たれた風の刃が老人の首を切り落とし、静かに粒子へと還していく。



 不意に胃が痙攣を起こし、口内へ酸っぱい液体を逆流させる。

 アリサはそれを吐き捨て、自分自身の腹部に容赦のない拳を叩きこむ。


 「ぐっ……うぅ……!」


 これは弱さを見せた自分への戒め。

 動揺してはいけない、耳を傾けてはいけない、同情してはいけない……。


 更なる吐き気を無理やり抑え込み、すぐ近くにある二つの生体反応の元へと向かった。




 崩れた棟の陰では、母親と子供が身を寄せ合っていた。


 そこへ軍靴の音を響かせながらやってきたアリサへ、一瞬は助けが来たのかと希望に顔を明るくするも、彼女の手に握られた杖を見て、母親は治療の間に合っていない焼け爛れた腕で必死に子を庇い、涙に濡れた声で叫ぶ。


 「この子だけは……! お願い、この子だけは……!」


 まだ幼い子供は喉を潰したように嗚咽を洩らしながら母の胸に顔を押し付けている。

 アリサは彼らを見下ろし、短く息を吸い目を閉じた。


 次に開いた時、その瞳には光はなかった。

 杖を振り下ろし、母子同時に紫電の奔流を叩きつけた。



 母の絶叫も、子の泣き声も、一瞬で途切れた。

 雷撃の残響だけが、瓦礫の谷間にいつまでも木霊していた。




 最後にアリサが遭遇したのは、崩落した壁にもたれ掛かりながら荒く息を吐く男だった。

 全身の至る所から血を流した後の残る服を纏い、それでもアリサの姿を認めると小型化させた粗悪な杖型デバイスを取り出し、簡素なパワードスーツを起動させた。


 「これが……皇帝のやり方か……!つまらん設備一つ壊すのに……こんな多くの無辜の民を犠牲にして……!」


 掠れた叫びと共に、通常サイズへ展開させた杖型デバイスをアリサへ向け、魔力弾を放つ。

 だが彼女の張った防御魔法で容易く弾かれ、明後日の方向へと軌道を反らされた魔力弾は着弾先の瓦礫をさらに砕くだけに終わる。


 アリサは即座に切断魔法で四肢を奪い、鎖による拘束を重ね、全身を雁字搦めにする。

 口にも太い鎖を噛ませて声を封じると、ナノマシン通信を開いた。

 


 「……こちら第六分隊、敵性勢力の構成員と思わしき人間を拘束した。分隊長がMIA(行方不明)の為、小隊長殿へ意見を乞う」





———————————————————————————————————





 一方その頃、安全圏に陣を敷いていたレオンハルト小隊は、ようやく煙の晴れ始めたハニカム跡地へ突撃の準備を整えていた。


 砲撃の余波を避ける為、彼らはアリサの第六分隊よりもはるか後方に陣取っていたのだ。

 つまり――妹を含む第六分隊を意図的に余波に巻き込む為にあの位置に配置していたのである。


 「……ちっ、あの女め。生きていた上に報告が早すぎる」


 耳元に響いたのは、ナノマシン通信によるアリサの声だった。

 敵性勢力の構成員と思わしき人間を拘束した、との簡潔な報告。


 レオンハルトは舌打ちをしながらも、周囲に立つ部下達へ目配せした。


 「おい、聞いたな。捕虜を確保したそうだ。だが、ここから先は俺達の仕事だ」


 「了解しました、小隊長殿!」


 レオンハルトに付き従う兵士達の返答は迷いがなかった。彼らは皆、レオンハルトに忠誠を誓う者達であり、アリサをただの“駒”としか見ていない。


 レオンハルトは通信を開き、短く命じた。


 「第六分隊、捕虜の座標を送れ。今から人員を送る、その場で引き渡せ。以降の処置はこちらで預かる」


 返答は淡々とした「了解しました」の一言だけだった。


 AIを思わせる何の感情も籠らぬアリサの声が耳に残る。



 小隊長として各分隊のシグナルを把握しているが、第六分隊はアリサ以外反応が消えている。

 それどころか少し離れたところに配備した第四第五分隊からも負傷者が出ていると報告があった。


 安全圏にいたはずの自分達の場所にも衝撃波が襲い、無防備に置いておいた物資が吹き飛ばされ、指揮車も横転していた。


 個人の力でどうにかできるレベルを超えた魔導砲の威力。その余波を間近で受けたというのに平然と生存し、明らかに悪意を持って配備した事に対する自分への怒りも見せない。


 レオンハルトは無意識のうちに鳥肌の立った腕を撫でていた。





 ほどなくして、部下の兵士により死なない程度に手荒く連行された捕虜の男がレオンハルトの元へと引き渡された。

 全身を鎖で雁字搦めにされ、呻き声すら封じられた捕虜はもはや抵抗の余地もない。


 レオンハルトはその姿を一瞥すると、鼻で笑い、部下へ命じる。


 「指揮所へ連行する。……俺が捕えたことにしてな」


 兵士達は意地悪い笑みを浮かべるとすぐに従い、捕虜をアウグストのもとへ送り届ける準備を始める。


 こうしてアリサの働きは一切語られることなく、捕虜の確保は小隊長レオンハルトの功績として報告されるのだった。




———————————————————————————————————





 捕虜の引き渡しを終えたアリサは、無言のまま杖を握り直し、再び瓦礫の街を歩いていた。

 吹き抜けていく風が瓦礫の細い隙間を通り抜けヒューヒューと音を鳴らし、まるで死者の嘆く声のように響いている。



 ナノマシンバイザーに浮かぶ光点を、一つ。

 また一つ。

 彼女の歩みによって、その光は確実に消えていく。



 瓦礫に押し潰されるもナノマシンによって死ぬこともできず、上半身だけを晒したままの少女が涙に濡れた瞳でアリサへ助けを求める。

 その目を見ながら、アリサは紫電を放ち少女を光の粒子へ還した。





 未だ燃え盛る瓦礫の中、深く生き埋めにされ逃げる事も叶わず熱と煙がじわじわと迫り、恐怖に泣き叫び続ける女性の声。

 放っておいてもいずれ死ぬ。それでもアリサは杖を足元の瓦礫へ向け、生体反応がある深度まで絶対零度の冷気を放ち、炎を鎮火すると同時に一人の命も刈り取った。




 助けを求める声はいつしか、ただの目標座標情報に変わっていた。

 人の顔は、肉体の輪郭は、彼女の視界にとっては処理すべき目標以外の何ものでもない。



 気が付けば、吐き気も涙も、もう浮かばなかった。

 心のどこかで『これは悪だ』『これは罪だ』と叫ぶ声が遠ざかっていく。


 ただ魔法を放ち、ただ命を刈り取り、ただ光点を消していく。


 ――これは任務。

 ――これは責務。

 ――これは、私が背負うべき業。


 繰り返し唱えるその言葉は、正気を保つ為の言い訳ではなく、己の心を縛り付ける呪詛に近かった。


 やがて彼女の中で、「人を殺す痛み」と「光点を消す作業」の境界は完全に曖昧になっていく。

 自分は人間か。

 それともただ命を刈り取るための装置か。


 銀髪の少女は、煙と炎の中をただ進み続けた。

 彼女の歩いた後には、命ある者は残されていなかった。


 一人、また一人と命を奪う度に。

 助けを求められ、無慈悲に踏み躙る度に。

 哀願と怨嗟の叫びをぶつけられ、行き場のない怒り、恨みの籠もった視線を受け止める度に。


 アリサの心は凍り付き、思考する事も止め、機械的に腕を振るう人形となっていく。



 ――だが、彼女自身は気付いていなかった。

 その無感情さが、自らを人でなくす過程であることに。



 縋りつくように吹く風に揺れる彼女の黒い軍服の裾は、死神の羽織る外套の様だった。





捕虜からの情報で、ハニカムで違法な魔導デバイスが製造されていた事実が判明した。

軍は作戦の正当性を高らかに宣言し、AIアナウンサーは連日その正義を謳い続ける。


だが、その血の代償は大きかった。


真実は全土へと伝わり、疑念が広がっていく。

二級国民の間で、そして――軍内部でさえも。


次回、裁きの余波


それでも、私は立ち止らない。

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