居場所なき従属
アリサが第七機動鎮圧部隊に編入され、駐屯地へと移ってからの日々は、治安維持部隊にいた頃よりも遥かに冷たかった。
遠巻きにされるだけであった以前とは違い、今は小隊ぐるみで敵意を向けられる。
この小隊は、兄レオンハルトに忠誠を誓う一級国民の兵士達で固められていた。
彼の流言によって、アリサは「父の名を笠に着た卑怯者」「実力もないのにコネで這い上がった女」と噂され、あっという間に孤立した。
小隊に僅かに配属されている、一級国民の兵士に小間使い扱いされている二級国民の兵が同情するような視線を送ってきても、誰一人アリサを助ける素振りを見せる事はしなかった。
何故なら小隊長であるレオンハルトが。彼に付き従う兵士が目を光らせているから。
彼ら自身が今の立場を守る為、沈黙を強いられていた。
戦闘訓練では背後から流れ弾を装い魔法をぶつけられ、食事は平然と奪われ、休息時間には誰も彼女に声を掛けることもない。
それでもアリサは顔色一つ変えず、黙々と日々訓練をこなすしかなかった。
ある日の模擬戦用の訓練場。
いつも通り、アリサだけ嫌がらせで異常な強さにチューニングされた魔装人形を宛がわれ、黙々と戦い続けていた。
他の兵士がツーマンセルで戦い、標準の強さの魔導人形を破壊する中、アリサはバディを組む相手も与えられず一人で戦い、どう攻めるかを計算しつつ、雨あられのように両手から放たれる魔力弾から防御魔法で身を守る。
――その時、殺気が走った。
アリサの背後を狙い燃え盛る火球が飛来した瞬間、アリサは振り向きもせず魔導人形へ目を向けたまま杖を軽く振るい、背後へ防御魔法を展開した。
光の壁が炎を受け止め、轟音と共に消散する。
ノールックのまま正確に防いだその動作は、練度云々というよりも直感に近い。
背後の殺気を、呼吸の乱れを、感覚で掴み取ったかのようだった。
「……チッ」
思わず舌打ちする兵士。
周囲も驚きを隠さず、次に口から漏れ出した言葉は称賛ではなかった。
「……やっぱりあいつは化け物だ、普通じゃない」
「人間の皮を被った魔導人形なんじゃないのか?」
訓練場に広がったアリサを蔑む声、異物を見る冷たい眼差し。
それはアリサの孤立を益々深めていくのだった。
———————————————————————————————————
救済の御手による同時多発テロからさらに月日が流れた。
皇国はようやくその全土にかけて、かつての惨禍などなかったかのような姿を取り戻していた。
大通りにはふたたび市民の往来が戻り、空を航空機や貨物艇が滑らかに行き交う。
――だがその繁栄は、砂上の楼閣でしかなかった。
救済の御手は国を挙げての弾圧を受けるも、壊滅するどころかむしろ地方で勢力を拡大しつつあったのだ。
地方復興事業として帝都から派遣された修復技師が、皇国各地の電波塔の再建を担っていたが、その中に組織と通じた魔導士が紛れ込んでいた。
彼らは塔を修復するふりをしながら、内部に巧妙にジャミングを仕込み、二級国民へ施されていた思考誘導システムや、一級国民への加害行為防止の為に植え付けられていたストッパーを再び無効化する事に成功していた。
その結果、再び我々は思考の自由を奪われていたと激情し、二級国民達はひそかに決起集会を開き、今後の人々の在り方を議論し、多くの理想を胸に救済の御手の旗の元に結束を固めていた。
それだけではない。
帝都では一級国民だけに開示されていた高位の攻撃魔法のデータが、救済の御手を通じて密かに二級国民の間に流出していた。
これまで権力者や軍人だけが扱えるはずだった術が、今や彼らにも等しく行使できる。
さらに彼等を縛るストッパーも存在しない。
皆が不公平な力の差を覆す救済の刃として、その知識は急速に広まっていった。
さらに、密造工房で作られた劣化版の魔導デバイスが闇取引にて出回るようになっていた。
それは純正品と比べれば不安定で暴発の危険のある代物ではあったが、使うだけなら容易であり、安価に大量生産されることで庶民が手に取れる水準へと落ちていた。
小型化し密かに携帯すれば、突発的な手荷物検査を受けない限りは魔導人形にも気付かれる事はない。
結果として、地方の二級国民はこれまでにない速度で密かに武装を整えていった。
街頭では食糧や生活物資を融通し合う人々の集まりが、いつの間にか救済の御手の旗を掲げていた。
彼らはただの反乱者ではなく、共同体としての顔を持ち始め、善意と反抗を同時に広めていた。
帝都とその周辺は、皇帝の威光と権威に従属する事で得られる恩恵を受け、皇帝陛下の為にと付き従う人々が住まい、その一方で皇帝の威光の届かぬ地方は完全に救済の御手の勢力下となり、国を二分する大きな裂け目が口を開けていたのである。
———————————————————————————————————
皇国軍総司令部――。
帝都の中心にそびえるその建物は、歴史を誇示するかのような重厚な外観を持ちながら、内部には最新鋭の制御システムと無数のモニターが整然と並んでいた。
作戦会議室にはすでに各部の幕僚が集められ、緊張した面持ちでホログラム投影を睨んでいた。
浮かび上がるのは、地方都市に広がる巨大住居群の立体図。
蜂の巣のように密集した高層棟の群れは、数万人単位の人間を収容する揺り籠であった。
「情報部からの報告によれば――」
中央席に立つ将官が、冷ややかな声で口を開く。
「当該住居群において、違法に魔導デバイスを製造しているとのことだ」
ざわり、と小さな波紋が走る。
参謀の一人が眉をひそめ、問いかける。
「……報告の確度は?」
「情報提供者は匿名だが、複数のルートで一致している。入手した現物も鑑定班に回したが、シリアルコードも認識されず正規で製造された物ではない。疑う理由はあるまい」
騒めきが少し大きくなる。だが将官は構わず言葉を畳みかけた。
「違法拠点を住民ごと更地に帰せ。これは……皇帝陛下より下された勅命である」
短く重々しく告げられた指令に空気が凍り付き、沈黙が訪れる。
皇帝は数万人の命を、秩序を守る為の生贄にしろと命じているのだ。
「作戦部隊は第七機動鎮圧部隊。アウグスト・オルディス大佐、任務を遂行せよ。準備と方法は一任する」
指名を受けたアウグストは、迷いなく立ち上がり、背筋を伸ばし敬礼する。
「拝命致しました。――これより速やかに出撃準備に入る」
その声には一切の揺らぎがなかった。
軍人として当然の返答であり、迷いなど微塵も見せなかった。
将官は軽く頷くと、それ以上の議論は不要だと席から立ち上がる。
「以上だ。作戦は即時開始とする」
無機質な声が会議室に響き渡り、場は強制的に締めくくられた。
———————————————————————————————————
みちる達が降り立ったのは薄暗いブリーフィングルーム。
そこにはレオンハルトが壇上に立ち、小隊所属の兵士が所せましと整列し、微動だにせず小隊長の言葉を待っていた。
その兵士達の最後尾、背の高い男達の背に視野を遮られ、僅かに眉を顰めるアリサの姿があった。
「……揃ったな。それではブリーフィングを始める」
ホログラムに映し出されたのは、地方都市にある二級国民の巨大住居群……通称ハニカム。
上空から見ると六角形の高層住宅がびっしりと密集して聳え立ち、その住居を囲むように細い道路が伸びている様からついた名前だ。
そこでは万単位の二級国民が生活しており、老若男女問わず助け合い肩を寄せ合い暮らしている。
――少なくとも今現在までは。
「任務は単純明快だ」
前に立つレオンハルトが淡々と告げる。
「この住居群は違法に魔導デバイスを製造しているとの情報が入った。皇帝陛下の勅命に基づき、我々が壊滅させる」
その言葉が落ちるや否や、ざわりと空気が揺れた。
「壊滅……だと?」
「まさか、住居ごと……?」
小声で囁き合う兵士達。
一級国民出身の兵士の多くはすぐに顔を引き締め、むしろ任務を誇りと捉えていた。
「……帝都の安寧を乱す芽は摘む。それが我らの仕事だ」
「これで出世の道が開けるぞ」
お互い肘で小突き合いながら、笑い交じりの声がちらほらと聞こえ始める。
だが二級国民出身の兵士たちは、血の気を失ったような顔で互いを見やった。
「本気でやるのか……?」
「万人規模だぞ……子供も老人もいる」
「……ハニカムには両親がいる。兄夫婦もだ……」
震える声は小さく、それ以上強くは言えない。
誰もが知っていた。命令に異を唱えれば、自分も処分の対象になると。
アリサは最後尾に立つが故に、前に立つ兵士らの背中しか見る事が出来ず、眉間の皺を深い物にしていた。
勅命の内容と兵士らの私語の内容から、この作戦が碌でもない事は何となく察せていた。
また……罪のない巻き込まれただけの人々が大勢死ぬ。
目を閉じれば、以前自分が手に掛けた姉妹の顔が鮮烈に蘇っていた。
嗚咽を漏らしながら抱き合っていた二人の顔、紫電に呑まれる光景。
胸の奥が冷たく、重く沈んでいく。
『任務に忠実に』——その言葉を胸に押し込め、アリサは心を閉ざした。
もう、余計な事は考えなくて良い様に。
ブリーフィングルームの空気は二分されていた。
上官の命令を疑いもせず遂行しようとする者。
内心では抗いながらも黙するしかない者。
その狭間に、アリサはただ静かに立ち尽くしていた。
やがて咳払いの後にレオンハルトの声が再び部屋へと響いた。
「準備を整えろ。出撃はこれより三十分後、我ら小隊の配置と任務はこれより送信する。……出発までに頭に叩き込んでおけ!」
重苦しい空気を引き裂くように命令が下り、兵士達は一斉に敬礼を返し、一時解散となる。
もう間もなく出撃、一刻も無駄にする時間はない。
出撃に向けた準備に取り掛かるも、その動作の裏には拭いきれぬ迷いと恐怖が渦巻いていた。
――そして、世界が再び闇に飲み込まれ、消えていく。
先ほど聞こえてきた作戦内容は、あまりにも人の心を踏みにじるものだった。
しかもそれを誇らしげに語り、出世の糧にしようとする者までいる。
どうして……?どうしてこんなことが当たり前のように進んでしまうの?
胸の奥に広がる嫌悪と怒りに、みちるは唇を噛む。
……何もない漆黒の空間での浮遊感にも慣れ始めていたみちるは、ふとしばらく沈黙を守るアリサを横目で盗み見る。
隣にいるアリサは何も言わず、ただ暗闇の中で目を閉じていた。
僅かに眉を顰めているその表情は、これから見るだろう記憶に向けて心を凍らせているかのようで――みちるには、それが何より痛ましく見えた。
声をかけたいのに、声が届かない。
そのもどかしさだけが、胸の奥で静かに疼いていた。
今回アリサが編入されたのは、父アウグストが率いる第七機動鎮圧部隊 です。
治安維持部隊が「便利屋」と呼ばれるのに対し、機動鎮圧部隊は「処刑人」と恐れられる存在。
歩兵大隊を主力に、高起動型と重装型の魔導人形で構成された部隊や大規模破壊魔法を放つ為だけに魔力を使う砲兵中隊を備えた旅団規模の部隊で、数万人規模の蜂起すら鎮圧できる火力を持っています。
それでは次回予告です
~~次回予告~~
違法拠点を住民ごと更地に帰せ。
皇帝陛下の勅命を受け、私達第七機動鎮圧部隊は出撃しました。
数万人が暮らす街を、命令ひとつで無に帰す。
それがどんなに罪深く恐ろしい事でも、軍人である以上避ける事の出来ない使命であるのだと。
次回、皇帝の名の下に
それでも、私は立ち止らない。




