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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第三楽章 初陣、そして……。
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残されし者

 みちる達が次に降り立ったのは、低く唸る機関音を響かせる大型輸送バスの中だった。


 重力に逆らうように僅かに浮遊し、滑るように動く車両は、ゆりかごのようにどこか心地良い揺れと浮遊感を乗客らに与えていた。


 乗客の姿もまばらで、車内に設けられた座席に座る、黒い軍服姿のアリサの姿を見つけるのに数秒もいらなかった。




 彼女が無表情のまま強化ガラスの窓越しに眺める外の景色には、復旧が進んだ帝都の街並みが広がっていた。


 戦闘の余波で崩れ落ちていた建物は、すでに修復ロボットと建築魔導士の働きで形を取り戻し、焼け焦げた街路も新しい舗装に塗り替えられている。


 瓦礫で溢れていた大通りも既に復旧を終え、罅一つない道を行き交う人々の姿が見えていた。



 『もう、町が元に戻ってる……?』


 みちるは思わず小さく息を呑んだ。

 つい先程まで荒廃した都市を見てきただけに、その落差はあまりに大きかった。



 対照的に、みちるの隣に立つアリサは表情一つ変えない。

 彼女にとって街の復興は、ただの皇帝の統治の証でしかなかった。

 そこに驚きも感慨もない。




 しばらく真っ直ぐに走り続けていた輸送バスが次第に速度を下げ、やがてホログラムの看板の立つバス停に停車した。

 車両の扉が開き、乗客の数名とアリサが順に下車し、みちるもそれに倣ってバスを降りた。



 視界一面に広がるのは、左右の端が見えない程遥かに続く水堀と、その奥に聳える広大で異質な白亜の巨壁。

 その高さは非常識なまでの高さを誇り、見上げる者に圧倒的な圧迫感を与え、如何なる人間の進入を拒んでいた。



 唯一巨壁にアクセスできそうな経路には跳ね橋が架かっており、守衛としてびっしりと重装備の魔導人形が横一列に並び、顔部分にある赤い鈍い光を輝かせている。



 『ね、ねぇ……アリサ、これって……?』


 アリサもみちるの隣に並び立ち、壁を見上げる。

 

 『これが皇帝の居城……その外壁部分ですね。お父様曰く佐官であろうとあの壁を越える権利は与えられず、将校の中でも限られた人間しか中へ入る事が出来ないそうです。無論中で見た事は他言無用で、口外出来ぬようナノマシンでプロテクトされるとか』


 『……これが、皇帝の……』


 一見何か悪い冗談や、目の錯覚を疑う程の巨大すぎる外壁を、みちるは改めて見上げていた。


 有事で大勢の人が亡くなったとしても、慰問で出て来る訳でもなく、ゲートを固く閉ざしたまま厳重な守りに守られる皇帝。

 この世界の常識を理解しないみちるですら、皇帝に不信感を抱き始めていた。



 一方、幼いアリサは白亜の巨壁を見る事なく背を向け、外壁を囲むようにびっしりと立てられている建物の内の一つ、大きな敷地を持つ皇国軍本部へと足を踏み入れる。


 公道と施設の境目には、重装魔導人形と人間の警備兵が多く見回りを行っていて、軍服を着ているとはいえ、まだ幼い少女であるアリサの姿を見ると物珍しそうに、好奇の目線を彼女へと注いでいた。




 ナノマシンのナビシステムに従い、辿り着いた重厚な建物――皇国軍総司令部は、洗練された無駄のないつるりとしたデザインの多い都心部の建物とはまるで違い、長い歴史と伝統を感じさせる豪華絢爛な彫刻が施された建築物であった。



 防犯の為か、出入口だけは最先端の技術が織り込まれたゲートとなっており、近付くだけでナノマシン情報を精査され、扉が自動で開閉される。


 無事にゲートを通過し、足を踏み入れた内部は華やかな外装と違い、飾り気のない冷たい空気に満ちていた。


 広いエントランスの床は黒光りする魔導石で敷き詰められ、忙しなく歩きまわる軍人や職員が行き交うたびに靴音が規則正しく反響する。



 受付窓口に立ったアリサは、背筋を伸ばし、軍式の敬礼をしたまま用件を告げた。


 「アリサ・オルディス二等兵、召集の命を受け参上致しました」


 窓口の兵士はアリサを一瞥すると、苦々しく口元を歪める。


 「……二等兵だと?しかも少年兵か。何かの手違いじゃないか?ほら、データを寄こせ」


 兵士はぶつぶつと不機嫌そうに呟きながら、手元の情報端末へ手を伸ばす。

 アリサは思考入力でデータ送信の許可を出し、ナノマシンを兵士の端末へとリンクさせる。



 ――次の瞬間、出力されたデータが正式な出向命令であると理解した兵士の表情が引きつった。


 「……確かに本物だ。だが、念の為別部署にも確認をしてもらう」


 そこからが長かった。


 各部署をたらい回しにされ、身元確認と承認の手続きを延々と繰り返す。

 廊下を何度もあちこちに歩かされるアリサの表情に、少し影が差しているように見えた。



 何という効率の悪さ。何という責任感のなさ。

 前時代的な建物だが、そこで働く人間までも前時代的なのかと、アリサの心にふつふつと苛立ちの種が芽生えかけていた。



 そこへさらに自身へと向けられる、物珍しさと懐疑の入り混じった周囲からの視線が、彼女の苛立ちの種に水と肥料を与えていた。





———————————————————————————————————





 長時間のたらいまわしの末にようやく通されたのは、多くある会議室の中でも一番小さな小会議室だった。


 時間にかなりの余裕をもって登庁したはずなのに、会議室のドア前に到着できたのは予定の5分前。


 漏れ出てしまいそうなため息を無理やり飲み込むと、アリサは静かにドアをノックした。


 「……入れ」


 「失礼致します」


 静かに入室したアリサの目に映るのは、窓から外を眺め、彼女に背を向けたまま立つ父、アウグストの姿と、壁に寄りかかってアリサを睨みつけるレオンハルトの姿だった。




 「……随分と遅かったな、スーパールーキー様は大佐や少尉よりも偉くいらっしゃるようで」


 皮肉を込めた声が、小会議室に響いた。

 壁に背を預けたまま腕を組むレオンハルトは、妹を見下ろすような鋭い目を向けている。

 その口元には笑みとも歪みともつかぬ表情が浮かんでいた。

 

 「初陣で派手に戦果を挙げたそうじゃないか。兵士間でも評判だぞ?大佐の娘は怪物だってな」


 レオンハルトの挑発するような声にも、アリサは反応せずに沈黙を守る。




 「怪物……怪物か、大層な二つ名を貰ったじゃないか……」


 レオンハルトの声色が低くなる。


 「母上も、姉上も……守れなかったくせに。大した怪物だな?今更どれだけ戦果を挙げても、あの時に振るわなければ意味がねえんだ!!」


 握り締められた拳が震え、込み上げる衝動に任せて壁を叩く。


 「お前の無力が、母上と姉上を殺したんだ!」



 重苦しい沈黙が室内を覆う。


 イルゼはアリサにはどうしようもなかったが、セリーヌの方は助けられたはずだった。

 その事実が否定する声を奪っていく。


 「……何とか言ってみろよ。喋れないのか??」


 「……」


 アリサは何も言えず、ただ両手を握りしめて目を伏せた。

 そんな彼女の態度に業を煮やしたのか、レオンハルトは壁から身を離し、腰に小型化させ下げていた杖型デバイスを通常の大きさに変形させ、アリサへと歩み寄った。


 「……いいだろう、なら話せるようにしてやる」



 レオンハルトがデバイスを槍型へと変形させ、穂先を横薙ぎに一閃させる。


 鋭い刃がアリサの口元を深々と切り裂き、耳の近くまでザックリと赤い傷跡を作る。


 「ッ――!」


 一呼吸遅れて鋭い痛みが顔を襲い、熱くドロついた血が口腔内いっぱいに溢れ、鉄の味が広がった。

頬からだらだらと流れ滴る鮮血が軍服の襟を濡らし、床に赤い点を散らしていく。


 「どうだ、頬の筋も切ってやった。口は開くだろう?さぁ何か言ってみろよ!」


 嘲るような声と共に再び槍を構える兄の顔は、怒りと憎悪に歪んでいた。


 アリサは口元を押さえながら必死に痛みを堪え、それでも背筋を伸ばし直立を保った。


 だが、喉から荒く漏れる息に血が混じり、ゴボリと吐き出してしまいそうになる。

 飲み込もうと思えば思う程、喉が拒絶し勝手に痙攣を起こし、異物を排出しようとえずいて床へ大量の血を吐いてしまう。



 荒い呼吸と血に混ざって遡ってきた胃液が喉を焼き、床に滴る赤が広がっていく。

 それでもアリサは、膝を折らずに立ち続けていた。





 「これでも何も言わないか。……まぁ、そうだろうな。申し開きできないほど、お前にしか非がないからな」


 レオンハルトは吐き捨てるように言い、槍を下ろした。


 再び会議室には重苦しい静寂が満ち、アリサの荒い息だけが僅かに聞こえていた。



 「気が済んだか、レオンハルトよ」



 終始沈黙を保ち、窓の外を見たままだったアウグストがようやく振り返り、レオンハルトとアリサの両名を見て、短く問いかける。



 「……いえ、このぐらいではまだ気が収まりません」


 「ならば、戦場で振るえ。いたずらに恨みを買う事もあるまい」



 低い声で制され、レオンハルトは苦虫を嚙み潰したような顔で小さく舌打ちをする。



 それからアウグストはゆっくりと視線を動かし、血まみれの口を押えたままのアリサを見遣った。


 「……セリーヌの最期、見届けたのはお前だな」


 アリサはわずかに目を伏せ、震える息と共に頷いた。


 「アレは、終いに何か言っていたか?」


 「……いいえ、お父様」


 「……そうか」



 それ以上は問わず、アウグストは短く呟くと再び窓の外へ視線を戻した。



 その瞬間、アリサの視界にシステム通知が走る。

 ナノマシン経由で受信したのは、一通の指令書。


 《重要通知:治安維持部隊所属二等兵アリサ・オルディス、本日付で皇国軍第七機動鎮圧部隊へ編入とする》


 続いて新しいデータがナノマシンを通じてアリサの脳裏に刻まれ、知恵熱によりこめかみあたりにズキズキとした鈍い痛みが走る。




 「レオンハルト、アリサをお前の小隊に置いてやれ。お前の言うような怪物のスーパールーキーなら補佐として役立つだろう」


 「なっ……!?父上!!こんな肝心な時に役立たないグズを……!」


 「良いな?」


 「ぐ……分かりました」


 父の言葉に逆らう事は出来ず、ギリリと歯を食いしばりながら渋々と了承し、射殺すような鋭い視線をアリサへ向けるレオンハルト。


 その一方で、アリサは血に濡れ赤く染まった唇を固く閉じたまま、静かに二人へ敬礼を返した。

 

 無感情に、ただ命じられるがままに。



 ――虚ろに開かれた彼女の瞳からは、もはや輝きが完全に失われていた。






アリサの所属が治安維持部隊から機動鎮圧部隊へと変わりました。

機動鎮圧部隊については別の話で詳しく触れるとして、今回は治安維持部隊について簡単にまとめておきます。


治安維持部隊とは


その名の通り、皇国の治安を維持するために編成された部隊です。

警察組織よりも強力な武力を行使でき、対象を拘束、あるいは排除することを任務としています。


構成は、パワードスーツによる高い機動力を持つ一般兵と、少ない魔力で生産可能な上、バリケード破壊や歩く盾としても使えるローコストの魔導人形。

暴徒や小規模の蜂起に対しては十分な戦力を誇ります。


また兵士の多くは二級国民出身で、治安維持任務のほか、後方の雑務や警備なども幅広く課せられていました。その為、皇国軍内部では正式名称よりも「便利屋」と呼ばれることの方が多い部隊でした。


それでは次回予告です


~~次回予告~~


機動鎮圧部隊へと編入された私。


新しい所属先は、レオンハルト兄様の小隊でした。


誰も私を歓迎しません。むしろ分隊員からは……。



次回、居場所なき従属


それでも、私は立ち止らない。



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