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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第三楽章 初陣、そして……。
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冷たい選択

 夜の屋根裏部屋。


 窓から射し込む月光が部屋のカーテンを淡く照らす。

 静寂に包まれた室内。聞こえるのは、窓を叩くように吹く風と、時折どこかで鳴く虫の声だけだった。




 アリサとみちるは、昨日と同じように寄り添って並んでベッドへと腰を下ろしていた。


 ベッドの上に並べた二人分の枕、そのすぐ上に吊された灯りが弱々しく揺れ、温かな光で互いの横顔を照らしている。


 「……先に聞いておくわね。今日も、一緒に寝てもいい?」


 みちるが少し震える声でためらいがちに尋ねた。

 それは、恥ずかしさだけでなく、次に待つものへの不安を隠そうとするせいでもあった。


 アリサはいつもと変わらぬ落ち着いた声音で頷く。


 「はい。……みちるとでしたら、もちろん」

 

 その答えに、みちるの頬がほんのり赤く染まる。しかし彼女は頭を振って浮ついた気持ちを霧散させた。




 アリサはしばし黙し、やがてゆっくりと瞼を閉じる。


 「……次は、もっと恐ろしい記憶になります。血と魔法の冷たい輝き……隣人を疑い、慈愛を捨て、自分だけが生き残ろうとする世界。それでも――」


 そこで言葉を切り、アリサはみちるを見つめ直す。


 「それでも、みちるは見たいのですか?」



脳裏に浮かぶのは、昨日の陰惨な光景。

そしていつか見通しの魔法で一瞬だけ見えたアリサの過去。



 本当は怖い、滅茶苦茶に恐ろしい。……でも。


 「……うん。だって私は……。あなたの孤独も痛みも、ちゃんと一緒に背負いたいの」


 その言葉に、アリサの目が揺れた。


 「……みちる……」


 言葉を飲み込み、やがて小さな吐息を漏らす。


 「分かりました。……それなら、もう一度共に潜りましょう」


 二人の手が重なり、再び強く握られる。

 しっかりと臆する事なく、真っ直ぐにアリサを見つめるその瞳には、強い決意が宿っていた。


 ――隣にアリサがいる限り、どんな記憶も一緒に乗り越えていける。

 そう信じて……。



 二人を淡い白のヴェールが包み込む。

 いよいよ出発の時が迫っていた。


 アリサは杖型デバイスを空いた手で握り、先端の宝玉を額へと軽く押しあて、小さく呟いた。




 [共鳴]




———————————————————————————————————






 どこまでも、どこまでも……深く深く落ちていく。


 白いベールで被われていた視界もあっという間に漆黒に染まり、昨日ぶりとなる自分の身体が自分ではなくなるような、浮いているのか沈んでいるのかも分からない感覚で、全てが曖昧になっていく。



 繋いでいたはずのアリサの手も離れ、一人深淵の闇へと吞み込まれていく。


 昨日だったら、不安で押しつぶされてしまったかもしれない。暗闇への恐怖で叫び出していたかもしれない。


 それでも、みちるはただ為すがままに足元の感覚が戻るまで暗闇の中を沈んでいった。





 ――そして、足元に冷たい床の感覚が戻ってきた時、そこは避難所のホールだった。





 床のあちこちに、まだ乾ききらない鮮血が斑模様を描いていた。


 つい数秒前まで人だったモノの残骸が散乱し、ナノマシンによってすぐに分解されて消えていく。

 壁には焦げついた煤と魔法の衝撃で出来た亀裂が走っている。


 鼻をつく鉄と焦げの臭い、吐き気を誘う刺激臭が、狭いホール全体を覆っていた。



 『……う、うぅ……』



 みちるは喉の奥に込み上げてくるものを必死に堪えながら、両手で口元を押さえた。

 彼女の視線の先で、数人の避難民が倒れた仲間を担ぎ上げようとするが、助かる見込みはない。

 呻き声が途切れ、ただ沈黙だけが残される。



 ――どうやら今は、最後に見た記憶……自爆攻撃のすぐ後のようだ。



 「お母様……」


 一方、幼いアリサは表情を崩さぬまま、粒子と消えた母を見送った後、周囲を冷静に観察していた。

 恐怖や混乱に飲まれることなく、ただ次に起こる事を想定するかのように。



 やがて沈黙は破られる。

 


 「……見ろ、救済の御手は……担い手のじいさんは一級の奴らを吹き飛ばした。奴らは怖気ついている!数はこっちが上だ!やっちまえ!!」


 誰かの叫びに、ギラついた群衆の視線が一斉に生存した一級国民へと向けられる。


 まだ動ける好戦的な一級国民の青年達が慌てて立ち塞がるが、数の暴力には勝てず、防御魔法を突破されその命を無残に散らした。



 「落ち着け!お前達避難民を我々は受け入れる!!」


 戦う事をしなかった穏健派の一級国民達が両手を上げ、降伏の姿勢を取るも、その声は怒号に掻き消され、殺意に満ちた避難民達によって嬲られていく。



 今まで自分達がされてきた事への報復のように、長年の支配による縛りから解放された喜びを噛み締めるように。


 「お……おい、もうやり過ぎだろ……これ以上やったら我々も本当にテロリストに……」


 「今更何だ!!もう火蓋は切って落とされたのだ!!」



 早くも身内同士での殴り合いが始まり、蹴り飛ばされた男が壁に頭を打ちつけて動かなくなる。


 『……もう、彼等は誰も信用していない』


 アリサの小さな声が、みちるの耳に届く。


 『隣にいる友人が、些細な事で敵になる。疑いと恐怖が、人を簡単に獣へと変えてしまうのです』


 みちるは震えながら首を振った。


 『そんな……皆、生き延びたいだけなのに……』




 ――だが現実は非情だった。



 戦闘によって得た寝床をめぐる口論、椅子一つを取り合って魔法を放つ者まで現れる。

 火花が散り、氷片が飛び、床で転げまわる人々。

 誰も止められない。止めようとすれば、次は自分が標的になる。


 だからこそ、見て見ぬふりをする。その光景に耐えられない人間は、自分も一緒に堕ちてしまう。

 


 『……これが、哀れな人間の本質です』



 続々と避難所の外からは雨と皇国軍に追われた二級国民の避難民が押し寄せ続けてきている。

 老人の自爆攻撃によって好戦的な一級国民の大半が死に絶え、残されたのは僅かな人数だけ。


 その残された人々ですら暴徒と化した避難民によって無抵抗のまま火に焼かれ、身を凍り付かせて砕かれ、巨石に頭を割られ、更にその数を減らしていく。



 生き残った人々が協力し、土魔法によって岩壁を避難民との間に生み出し、完全に分断させる。



 その光景を見た避難民達は「我々は勝利した!!」と益々助長し、我が物顔で避難所を占拠し、次々と避難民を呼び込み続ける。



 アリサは他の大人達と一緒に避難所の奥隅の方へと移動し、目立たないように一人毛布を頭からかぶって身を小さくしていた。



 「お嬢さん、隣……良いかい?」


 そっと毛布をたくし上げ、声の方を見やると一人の老人が片腕を押さえながら立っていた。

 アリサはすぐに興味を無くしたように毛布を被り直すと、小さく呟いた。


 「……どうぞ」


 「すまんね……」




 老人はアリサの隣へ腰を下ろし、片腕をさすりながら小さく息を吐いた。

 その顔には深い疲労と、拭えぬ悲しみが刻まれている。


 「……さっきな、わしの息子と嫁が……人々を受け入れようとして、真っ先に殺されてしもうた。あの時、椅子に腰を下ろしていたわしだけが……こうして生き残ったんじゃ」


 低い声に、アリサはわずかに眉を動かすだけで答えなかった。

 老人はそれでも続ける。


 「お嬢さんも、お母様と一緒にいるのを見たが……先程の自爆で……?」


 「……はい」


 アリサは簡潔に肯定する。表情は冷ややかで、声には揺れがない。



 老人はしばし黙り込み、言葉を探すように視線を疲れ切った顔を浮かべる人々へと向けた。


 すぐに治療されるとは言え、負った怪我の痛みに顔を歪める人、家族を失いすすり泣く人。

 地獄のような光景を前にしながら、それでも口を開いた。


 「……人は弱い。不安を覚えればすぐに争う。だからこそ……手を差し伸べて不安を取り除いてやれれば良かったんじゃが……皇帝陛下によって刻まれた格差は、根深い物だったのかもしれんの……」


 「理解できません」


 アリサは即座に切り捨てるように言った。


 老人は驚いたように目を瞬かせ、ゆっくりと微笑んだ。


 「そうか……今はそうだろうなぁ……。お嬢さんはまだ若い。でも忘れんでくれ……慈悲の心を忘れず、手を取り合えば人は分かりあえると」


 その声は優しく穏やかで、今の地獄には場違いな温もりを宿していた。


 だがその直後、聞こえてきた声に老人は身を強張らせた。


 「……おい、あの爺さん……裏切者の仲間じゃないか?」


 男の鋭い視線が老人へと突き刺さる。


 「蝙蝠野郎……お前らが奴等を招き入れたせいで……!!しれっとこんな後ろに逃げ隠れやがって!!」



 「や、やめてくれ!わしは何も――!」


 老人が両手を広げて否定の声を上げるより早く、怒りに駆られた人々が手を掲げる。

 雷撃が、氷槍が、炎の弾が一斉に放たれた。


 「ッ……!」


 アリサは咄嗟に立ち上がりながら老人から距離を取りつつ、自分だけを守るように防御魔法を張った。



 彼女の技量なら一斉攻撃だろうと、防御魔法で防ぎ切る事も可能だ。……それでも、彼女は老人を見捨てる選択肢を選んだ。




 耳をつんざく轟音と共に、老人の呻き声が途切れ、代わりに鼻を衝く焦げと血の匂いが漂ってきた。




 みちるは思わず目を固く閉じ、両手で耳を塞いだ。




 「……やはり。慈悲をかけるなど……無駄。理解……不能」


 幼いアリサの低い声が、氷のように冷たく響く。


 老人の身体は無残に崩れ落ち、もはや原型を留めないまま粒子となり消えていく。


 「は……ははっ……裏切り者はこうなるんだ!」


 「隣にいたガキも裏切者か……?一級国民の面汚しが……!」


 疑心暗鬼に駆られた人々の矛先は次第にアリサへと向き始める。

 その小さな身体に投げかけられる敵意の視線。


 だが幼いアリサは怯えず、ただ灰色の瞳を鋭く細めて周囲を見返していた。



 「私はあの者とは関係ありません。——それでも、オルディス家の娘に矛を向けますか?」




 凛とした幼い声がホールに響く。

 名家オルディスの名を聞いた人々は一瞬怯み、掲げた手を止めた。


 「オ、オルディス……?」


 「……いや、まさか?」


 誰もが顔を見合わせ、容易に次の一手を打てなくなる。

 もし本当にオルディスの血筋を傷つければ、その報いは計り知れない――そう本能(ナノマシン)が告げていた。



 ――場の沈黙は、長くは続かなかった。




 厚い岩壁の向こうで、轟音と共に空気が震える。

 次いで振動が床を伝い、魔力を帯びた閃光が亀裂から漏れ込む。


 「な、何だ……!?」


 「外で戦ってる……軍か……!?」

 

 誰かの叫びを皮切りに、救援が来たことに喜びを滲ませる。


 岩壁を砕きながら押し寄せてきたのは、重装備に身を固めた皇国軍の兵士と魔導人形兵達だった。



 「確認、避難所内部に不正占拠者あり。……ID確認完了、正規避難者と認む」


 合成音声が魔導人形兵から響き、掲げられていた魔導デバイスが下げられる。


 その背後では避難民の群衆が悲鳴を上げ、容赦のない炎と雷光に焼かれて次々と倒れ、塵へと帰っていく。


 「や、やめろ!ここには子供や女も――!」


 「不法占拠の上、正規避難者の殺害。まさか自分達が保護されるとでも?——全員駆逐対象とする」


 情け容赦なく、軍は群衆を敵と断じて駆逐していく。

 さっきまで暴徒と化していた避難民達は、今度は獲物として蹂躙される番だった。



 兵士達による無慈悲な駆逐が続く中、歓喜に沸く一級国民の声が響き渡る。


 「やった!助かったんだ!」


 「いいぞ!全員やってしまえ!!」



 その声を背に、幼いアリサの視線はただ、塵と化して消えていく二級国民達へと向けられていた。

 そこには同情も、安堵もない。


 ただ静かに命が消えていくのを眉一つ動かさずに見つめていた。




 みちるの胸は、息苦しいほどの恐怖と絶望で締め付けられていった。

 助かったはずなのに、少しも喜べない。

 それどころか、目の前で繰り広げられる光景に、喉が焼けるほどの吐き気がこみ上げていた。



 『……大丈夫ですか、みちる』


 『……何とか、ね……。アリサはこれで……助かったのよね?』


 『……この場は、乗り切りましたね。ただ、オルディスの名前が通用するのは、相手が一級である事、ある程度の情報を持っている相手だけなので、このまま避難所にいるのは得策ではないと、あの頃の私は判断しました』



 幼いアリサへ視線を戻すと、彼女は避難民を淡々と処理し続ける兵士達の元へと歩き出していた。


 他の兵士へ指示を出している尉官クラスの兵士、彼がこの場の最高責任者だった。

 それを一目で見抜いたアリサは、迷わず彼の前に跪き、軽く頭を垂れる。



 「構わん、全員だ!そういう指令が下っている!……なんだお前は」



 突然のアリサの行為に、尉官は警戒心を隠さずに杖型デバイスの杖先を突き付けた。


 ギラリと鈍く光る宝玉を前にしても、アリサは少しも顔色を変えず、ただ頭を下げて彼の足元だけを注視しながら静かに口を開いた。



 「失礼致します……兵士様、どうか私を軍の末席にお加え下さいませ」



 幼い少女(アリサ)は頭を下げたまま動かない。

 それは命を乞う姿ではなかった。

 生きるために――自ら感情を削ぎ落とし、冷たい合理の選択を取る姿だった。



再びアリサの記憶へと潜ったみちる。


彼女が目にしたのは、幼いアリサが直面した避難民による暴動。正義のない暴力でした。

それでは次回予告です。


~~次回予告~~


非常事態の混乱の中、私は軍属としての籍を得ました。

暴動の波は日に日に大きく広まっていき、お飾りとしての皇国軍では

抑える事は難しかったのです。


次回、「幼き刃」

それでも私は、立ち止まらない。

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