表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第二楽章 オルディス家
59/100

ひとときの安息 前編

 漆黒の深い海に沈んでいく感覚とは違う、まるで釣り針を飲み込んだ魚のように、ぐんぐんと上へ上へと引き上げられていくような感覚。


 周囲の漆黒はやがて白色へと変わっていき、遥か遠くに霞んで見えていた白濁のベールを突き抜けた瞬間、みちるはビクンッと身体を震わせ、力なくその場に倒れ込む。


 倒れた身体を優しく受け止めるのは、アリサの香りのする柔らかいベッド。


 見上げた天井には見覚えのある木目と照明カバー。


 「……帰ってきたの?」


 「はい、一度休息を挟みましょう。……みちるも限界でしょう?」


 「そんなこと……ッ!」


 みちるはガバッと身を起こし、そんなことない。そう言おうとして、網膜に焼き付いて離れないあの陰惨な光景が脳裏を過り、胃の中身が痙攣を起こし、喉元まで競り上がってくるのを感じてしまう。


 精神体だった共鳴魔法の身体と違い、今ここにいるみちるは生身の肉体。精神に引っ張られ、身体が悲鳴を上げていた。


 喉が熱く焼けるような吐き気を堪えながら、みちるはベッドの端を掴んだ。

 身の毛がさっと逆立ち、全身に嫌な冷や汗が滲み出てパジャマの生地をしっとりと濡らす。


 小さく震えるみちるを支えるように、パジャマ姿へと戻ったアリサの手がそっと背に添えられる。


 「……だから、限界だと言ったのです。今日はここまでにしましょう」


 みちるを気遣い、優しく彼女の背をさするアリサの手の温もりが、少しずつみちるの震えを鎮めていく。




 「……でも……アリサは、一人で……あんなのを、ずっと……」


 嗄れた声で言葉を紡ぐみちるの唇に、アリサは人差し指をそっと添えて止めた。


 「……もう、過ぎた事です。過去は……どんなに悔やんでも、変える事はできません」


 アリサは身体を寄せ、まっすぐに潤んだみちるの目を見つめた。

 涙で波打つ澄んだ美しい瞳に、自分の顔が映り込む。



 「私は……この世界に来て嬉しいという気持ち、楽しいという気持ちを知りました。美味しい食事は、胸を躍らせ生きる活力になる。……そして、友人達とゆっくりした時を過ごし、甘い物を分け合って、ささやかな幸福感を共有する喜びを知りました」


 そのまま、アリサは自分の顔をみちるへとゆっくり近付けていく。

 それに気付いたみちるは目を見開き、頬を一瞬で真っ赤に染め上げ視線をぐるぐると彷徨わせる。


 アリサが目を閉じたのを見て、みちるもゆっくりと目を閉じ、ぷるぷると震えながら()()()を待った。



 ――心臓がドキドキうるさい。ま、待って……いきなり……!?そんな、ムードとか……いや、悪くないけど、でもまだアリサから好きって言ってもらえてないし、そもそも私達女の子同士だし……でも……でもぉ……!緊張で私……どうにかなってしまいそう……っ!



 先程までとは違う緊張で手に汗を滲ませるみちる。


 すぐ近くに感じるアリサの気配、吐息が触れ合ってしまいそうな、そんな急接近にさっきまでの凄惨な光景もどこかへ吹き飛んでしまっていた。



 ――こつん。


 「ッ……?」


 額に温かく、硬い感触。


 はっと目を開いたみちるは、視界一杯に広がるアリサの顔に変な声を出してしまいそうになるが、何とか飲み込み我慢する。


 「……温かい。みちるとこうする事で……落ち着く自分がいます。不思議ですね」


 アリサもゆっくりと目を開き、柔らかくみちるへと微笑みかけた。


 その笑みはとても美しく、間近で見るアリサの灰色の瞳に映る自分の呆けたような顔に、みちるは一人盛り上がっていた事を恥じた。



 「……そっか。私も……こうしていると落ち着くかも」


 額に感じる、アリサの体温。お互いの吐息が混ざって溶けあう近い距離に誰かがいる。

 己の持つ魔法に悩み、自ら孤独を選んでいたみちるにとって、家族以外の誰かにこの距離を許しているのは不思議な感覚だった。



 ――嫌じゃない……それどころか、こうしていて嬉しい自分がいる。やっぱり、私……アリサの事……。



 ドキドキと鳴りっぱなしの鼓動と、きゅっと切なく痛む胸。



 でも、声にはならなかった。

 伝えた瞬間に、この穏やかで心地よい距離が壊れてしまうような気がして。

 



 やがて、アリサが先に額を離して優しく微笑んだ。


 「ありがとう、みちる。……さぁ、マスターのホットミルクを飲みましょう」




 名残惜しさと安堵が入り混じる中、みちるはこくりと頷き、机の上に置きっぱなしにしてしまったマグカップへと視線を向けた。


 「大分長い時間放置してしまったし、もうぬるくなっちゃったかしら?」



 マグカップを手に取ると、まだミルクから僅かに湯気が立ち上っている。カップ自体もまだ熱さを保っていた。


 「……うそ。何で……?」


 隣で一足先に熱そうにホットミルクを啜り、クッキーを一つサクっと音を立て咀嚼するアリサへ目を向けると、口内のクッキーを嚥下してから口を開いた。


 「これも魔科学の力です。こちらの世界の言葉を借りて簡単に説明するなら、『一炊の夢(いっすいのゆめ)』でしょうか。……明晰夢を研究し続けた魔科学者によって考案された魔法であり、体内ナノマシンの補助と治癒機能によって脳の負荷を無視した情報処理を高速で行わせる事により体感時間よりもはるかに短い時間で長い記憶を――」


 「ストップ!!ありがと、十分分かったから!これ以上は頭パンクしちゃうっ!」



 アリサはみちるの静止の声に目を瞬かせた後、小さく微笑んで肩を竦める。


 「……ということなので、貴重な時間を効率よく使える魔法とだけ覚えて頂ければ」


 「最初からそう言ってよ……!」


 再びクッキーを齧るアリサの隣で、みちるはまだほんのり温かいミルクを一口含む。

砂糖とハチミツで自分好みの甘さに調節された味。


 美味しいのはもちろんの事、祖父の優しさと愛を感じられる一杯。

 一口、また一口と飲む事で、胸へと温かいものが広がっていくのを感じた。


 ――自分は……きっと愛されているかもしれない。……ううん。愛されている。


 でも、アリサは……?



 あの子は求めても与えられず、孤独に胸を痛め、それが当然だと諦めて受け入れるしかなかった。……愛する事愛される事が緩やかな毒だと思い込んでしまうまで。


 最後に与えられた愛ですら、理解できずに捨ててしまうほどに。




 隣で穏やかな笑顔を浮かべながらクッキーを食べるアリサを見ると、どうしても心の奥が痛んでしまう。



 温かいマグカップを両手で強く包み込み、みちるは俯いた。

 喉元まで込み上げてくる切なくも熱い想いを、まだ言葉に変えるには難しい。


 でも――明日も、明後日も、アリサの隣にいようと、胸の奥で固く決めた。



 「ね、アリサ……今日も一緒に寝よう……?」


 「はい。……私も、そう言おうと思っていました」


 「——えっ?」


 いつも通り淡々と了承の言葉だけが戻ってくるかと思っていたみちるは、不意を打たれて驚きながらアリサへと目を向けた。



 アリサは口元にクッキーの粉をつけたまま、ふっといたずらっぽく微笑む。


 「どうかしましたか、みちる?」


 小首を傾げて問いかける仕草もまた、無自覚に可愛らしい。

 狙ったわけではない、ただの素直な反応なのに、みちるの胸はドキリと大きく跳ねてしまった。


 頬に広がる熱を隠そうと必死に視線を逸らしながら、「何でもないっ!」とクッキーを口へと放り込んだ。




———————————————————————————————————






 「それでは、電気消しますね」


 「うん、ありがと」


 みちるは先にベッドへ潜り込み、照明が落とされ部屋が薄暗くなったのに合わせ、目を閉じる。

 ごそりとタオルケットが持ち上げられ、すぐ隣にアリサの温もりがやってくる。


 ふわりとお揃いのシャンプーの香りと、アリサの匂いがみちるの鼻をくすぐった。


 ついつい意識して心臓がうるさく脈打ち始めてしまうみちるに対して、アリサは特に気負った様子もなく、自然体のまま枕に頭を預けている。



 「……お休みなさい、アリサ」


 小さな声でそう漏らしたみちるに、アリサは灰色の瞳を薄く開いて答える。


 「お休みなさい、みちる」



 ――不意に、みちるの左手に遠慮がちに触れるアリサの右手。


 始めは小指を撫でるかのような僅かな感触。

 そこから次第に手の甲にアリサの細く柔らかい、すべすべした指先が滑らされていく。


 「……ふふ、くすぐったい」


 みちるが笑みをこぼし、スッと離れようとしたアリサの手を摑まえる。



 記憶を巡っていた時にも、ずっと握ってたり抱き締められたりした。それでも、生身で繋ぐ手の方が、柔らかくて、温かくて……幸せな気持ちになれる。



 みちるはずっと瞼を開かなかった。もし瞼を開いた時、アリサと目が合ってしまったら……ドキドキして今夜は寝れなくなってしまうから。



 ベッド越しに胸の高鳴りがアリサに聞こえてしまうのではないかと不安になるぐらい、胸のときめきを感じながら。

 左手に重なるアリサの手の温かさに、安らぎを覚えながら、みちるは静かに眠りへと落ちていった。






 すぅすぅとみちるが静かに寝息を立て始めた頃、アリサは仰向けに寝たまま顔を横へと傾け、薄目を開けて彼女の寝顔をずっと眺めていた。


 自分にここまで関心を抱いていくれる、才能や能力を誇示せずとも自分を見てくれる珍しい人。


 自分の過去を知っても、隣に居続けると言ってくれた人。


 ……自分があの頃、願い求めても与えられなかったものを、与えてくれるかもしれない人。



 「……ありがとう」

 

 彼女を起こさないように、小さく微かに呟いた。



 この世界に来てから、すっかり安心して眠るようになってしまった。

 ナノマシンによる危機感知があれば飛び起きるように癖付いているが、このように……心地よく、心安らかに眠れるのは……初めてかも……しれない……。




 ようやくアリサも眠りにつき、二つの静かな寝息が屋根裏部屋に小さく響き始める。

 そして自然と指を絡めるようにして握られた二人の手は、朝になるまで固く繋がれたままだった。








前編──もとい、Aパートでした。



さて今回は、皆様にお知らせがございます。



これまで拙作の第一部いわゆるニチアサパートは、1万字超えがデフォルトでしたが、今回より分割しての投稿に切り替えることにいたしました。


これにより、更新ペースも上げられそうです(基本は日曜・書け次第)




皆様からの温かい感想や、Xでのお声掛け

本当にありがとうございます。とても励みになっております。


小説を書き始めてまだ3ヶ月と少し。

まだまだ勉強不足な未熟者ではありますが、

気になる点や改善すべき点などありましたら、ぜひお気軽に感想欄・メッセージ・XのDMなどでお知らせください。

お声掛けいただけましたら、何よりの励みになります……!


それでは今後とも、拙作

『気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです』

どうぞよろしくお願いいたします。


濃厚圧縮珈琲

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ