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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二部 第二楽章 オルディス家
58/100

救済の御手

今回、ショッキングな内容(残酷な描写)も混ざっています。

どうぞお心構えを。

それではどうぞ!

 淡々と流されていた緊急報道に割り込む形で放送ジャックを行った、『救済の御手(きゅうさいのみて)』を名乗る謎の人物。



 嫌が応にも視線を奪う赤い旗を背に、白い法衣を纏う異様な熱を帯びた眼光の鋭い男と、白いフードを深くかぶり顔を隠した人物が並び立つ。


 フードの人物が一歩前へ出た。


 目元は影に隠れ伺う事は出来ないが、わずかに覗く口元から声だけが響き渡る。


 『目を覚ませ、人類よ』


 男の声はスっと耳へと入り込み、どこか心が落ち着くと共に不思議な高揚感が湧き立つ。


 その声を乗せた放送は、固いセキュリティーに守られているはずの放送網を乗っ取り、帝都だけでなく全ての都市に流れていた。


 『機械仕掛けの皇帝は、もはや人々を正しく導けない。彼を支える議会は利権に溺れ、研究機関は己の保身に走り、未来を託された不老不死の研究データはつまらぬ小競り合いによって失われた。人類は緩やかな死へと歩みを進めている――このままでは、ただ滅ぶだけだ』



 背後の映像には、崩壊した議事堂や倒壊した電波塔が合成されていた。

 その光景を前に、セリーヌが再び悔し気に手を震わせていた。



 『まず手始めに、我々は人々に掛けられた思考の強制という首輪から皆を解き放った。

どうかな?二級国民の諸君。今諸君は不当な立場にいるとは思わないか?同じ人間なのに、何故ここまで違う?何故、道具のように使い捨てられる?』



 再び背景は旗へと戻され、眼光の鋭い強面の男が咳払いをした後に口を開いた。


 『希望はもう皆の手の中にある。我ら救済の御手は、権力者に都合良く作られた秩序を打ち砕き、全ての人間に平等に文明の恩恵を授く世界を築く。諸君等の声が、力が、魔法が、新たなる夜明けへの狼煙となる!』


 強面の男は大袈裟なまでに身振り手振りを交えながら、時々演台を叩きながら熱弁を振るう。


 『今一度言おう!立て、自由を得し人々よ!恐れるな、救済の手を取れ!旗を掲げよ!我々は救済の御手なり!!』


 画面が途切れ、再び緊急報道へと切り替わる。


 AIアナウンサーは今の放送ジャックに関してテロリストの犯行声明だと批難し、騙されないようにと繰り返した。



 「……ふざけないでっ。何が……!何が救済よ……!イルゼを……返して……」


 セリーヌの声は途切れ途切れになり、嗚咽が混じっていた。

 普段決して乱れない母の姿に、幼いアリサは言葉を失い、ただ拳を固く握りしめる。


 ――救済の御手。

 その名を、決して忘れまいと心に刻みながら。






 みちるは横目でアリサの横顔を見つめ、背筋をぞくりと震わせた。

 彼女の口は固く結ばれており、目は鋭く細められ、瞳は冷たく輝き、憎悪と殺意に満ちていた。


 『……アーク、バルナ―ド……!』


 初めて見るアリサの強い憎悪に満ちた表情にみちるは思わず言葉を失い、彼女の腕へと伸ばそうとした手も、途中で力なく垂れ下がる。



 アリサは目を瞑り、二度深く深呼吸をしてゆっくりと目を開く。

 その瞳からは先程までの狂気の色は消え去り、いつも通りの凪いだ海のような静かな色を取り戻していた。


 『……申し訳ありません、取り乱しました』



 『ううん……。でも……ちょっと怖かったかも……』


 今度こそみちるはアリサの手を握る。

 ずっと強く握り込まれていたせいか、アリサの指先はすっかり冷えていた。



 『アークとバルナード、それがあの二人の名前なのね……?』


 『はい……。アークがあのフードで顔を隠した男、生まれ持ったその声で人の心に入り込み、人々を操る危険な指導者です。……そしてその横の男がバルナ―ド。この後世界各地の主要都市で起こる暴動を扇動し根回しをしていた軍人崩れです』



 冷静な声色の奥に、決して消えぬ憎悪が潜んでいる。


 『そう……この時です。ようやく得られた安寧が……脆くも崩れてしまったのは』



 アリサの目がモニターへと向けられ、みちるもそれに次いでモニターへと視線を移す。


 画面には変わらずニュースが流れ続けているが、赤いテロップで新たな文字が並んでいた。

 みちるには読む事は叶わないが、緊急性の高い物なのだろうと理解は出来ていた。



 『……市民にシェルターへの避難指示が出されました。管理者も一度に多くの頭脳(議員)を失い焦っていたのでしょう。……救済の御手の思う壺だというのに』




 ぐにゃりと世界の境界が歪み、漆黒の靄に飲まれ、みちるとアリサも闇へと落ちていく。

 

 記憶の視点の移り変わりだと分かっているのに、みちるはこの漆黒がどこか恐ろしかった。






———————————————————————————————————





 世界が再構築されると、目に飛び込んできたのは灰色の光に照らされた無機質なホールだった。


 四方を滑らかな壁に囲まれたその場所は、最新の耐爆耐魔壁と自動防御システムを備えた、一級国民だけが入る権利を与えられた避難所だった。


 だが、安寧の空気はどこにもなかった。


 アリサは幼い身でありながら、イルゼを亡くし心神喪失状態の母セリーヌを守るように傍に立ち、周囲を鋭く警戒していた。

 みちるはその横顔を見ながら小声で呟く。

 

 『……ここ、避難所……なんだよね?』


 『はい。……外部でどれほど爆発が起ころうと耐えられる。そう宣伝されていた場所です。……通常時は、ですが』


 アリサの声音には皮肉が混じっていた。


 やがて、押し問答の声が入口付近から響いてきた。


 「開けろ!開けてくれ!我々にも入る権利があるはずだ!」


 「そうだ!二級だろうと人間だ!見殺しにする気か!」


 扉を叩く拳の音、必死の叫び。

 監視カメラに映し出されたのは、外で雨に打たれながら必死に叫ぶ二級国民たちの群れだった。


 「規定により、入場は一級市民のみに制限されております」


 淡々と管理AIのアナウンスが繰り返される。

 中にいる人々は動揺し、ざわめきが広がった。


 「テロ攻撃したのは奴ら二級国民だろう?放っておけば良いさ」


 「そうだとも、仕方あるまい、これが規則だ」


 そのとき、痩せた中年の男が立ち上がった。


 「……開けてやれないか。あの人達は、我々と同じ人間じゃないか」


 慈悲を示すその声に、数人が頷いた。


 ()()()()()()の姿勢を崩したくない人々は、表立って反対する事を避けた為、まもなく扉が開けられる。


 重厚な扉が開き始めると、すぐさま雨に濡れた二級国民達が歓声を上げながら我先にと駆け込んできた。


 「あぁ、ありがとう……ありがとう……!」


 「助かった……ありがとうございます……」



 びしょ濡れの避難民達を一部の人々が温かく迎え入れ、濡れた身体を温風魔法で乾かし、柔らかく肌触りの良い毛布を魔法で生み出して配っていく。



 ほっとした顔を浮かべる避難民達。

 感極まった一部の避難民が支援を続ける人々へ握手を求め、場の雰囲気は穏やかな物になっていた。

 


 そんな人々を遠巻きに見る一級国民達は、互いに顔を見合わせ恐る恐る支援に混ざりに行く人間と、嫌悪感と戸惑いの色を隠さずに視線を送る人間に分かれた。





 成り行きを見守っていたみちるは思わず胸を撫で下ろした。


 『……良かった……これで少しは――』


 だが、安堵はすぐに打ち砕かれる。




 「見ろよ、この差を……!」


 濡れた服を脱ぎながら、一人の若い二級国民の青年が吐き捨てるように叫んだ。


 「ここは随分余裕があるみたいだ、二級国民のシェルターは満員で満足に寝ることも出来ないというのに!」


 仲間が同調するように声を上げる。


 「俺の妹と母親はシェルターに逃げる事も叶わず、暴動の鎮圧に来た皇国軍に無差別に殺されたんだ。分かるか……?自分の腕の中で、ナノマシンによって分解されて髪の毛一つ残さず消えていく家族を見送る事しかできない遺族の悲しみが!」


 「こんな安全な()()()に居れば、分からねぇよな!!持たざる者の苦しみが!!」


 その怒声は一瞬で空気を変えた。


 「ふざけるな!」


 終始冷ややかに支援をする人々を見ていた一級国民の青年が、手を掲げ雷光をその腕へ迸らせる。

 

 「ここは我らの場所だ!選ばれなかったお前達二級ごときが勝手を言うな!」


 光の一閃が走り、耳を劈くような轟音と共に、声を上げた青年の一人が身を黒焦げにさせ倒れ伏した。


 「やったな糞野郎がッ!!!」



 間髪入れず、残った仲間が逆上して土魔法の石礫を放ち、雷を放った青年の頭を削り飛ばした。


 噴水のように青年の頭部からまき散らされた大量の血が、周囲にいた人々の顔や服を汚し、鼻を突く鉄の匂いがホールを満たしていく。



 目の前の凶行に息を飲んだ人々は、次々に手に魔力を滲ませ、目の前の脅威へ敵意を溢れさせた。



 「ま、待て!!やめるんだ!!」



 最初に慈悲を説いた痩せた男は争いを止めようと大声を上げ、避難民を守るように両手を広げ、一級国民の前へ立ち塞がる。



 ――だが次の瞬間、無常にも彼は背中から心臓を鋭い岩に貫かれ、その命を無残に散らした。



 床に咲いた鮮血の花が、地獄への号砲となる。



 一斉に発せられる罵声と悲鳴、飛び交う火花と血飛沫。

 タガが外れた暴力は、一瞬で避難所を戦場に変えていく。




 『い、いや……いやぁぁぁぁぁっ!!』


 アリサが自身の身体でみちるがあまり残酷な光景を見ないように視線を遮っていたものの、みちるは一部しっかりと見てしまっていた。


 モザイクはもちろん無く、黒焦げとなり、頭を割られ、胸を貫かれて血を吐きながら倒れる人々の姿を目の当たりにしてしまい、悲鳴を上げながらその場にへたり込んでしまった。




 目の前で一人、また一人と命の灯が消えていく。


 治安維持を目的とし訓練を積んだ軍人ではない。他者と争う事を長年していなかった人々が、嗜みとして学ぶだけで実際に人へ向ける事をしなかった(規制されていた)攻撃魔法を向ける。


 それはただの炎であり、雷であり、岩であり、水であった。


 それでも、人の命を奪うには充分過ぎる力を持っていた。




 「我、救済の礎にならん!!!」


 二級国民の老人が火炎魔法を球状に圧縮し、飛来する雷撃や高圧で放たれる水に身を貫かれながらも一級国民の人々へと駆け寄り、己の持てる魔力を全て注ぎ込み、暴発させる。





 「ッ……!お母様……!!」



 幼いアリサは攻撃に参加する事なく、母を連れて戦場から少しでも離れようと避難所内を後退していたが、老人による自爆の衝撃は容赦なく二人を飲み込んだ。



 爆風と肉片、そして衝撃により破壊された設備の金属片が床や壁を叩き、避難所全体が揺れる。


 防御魔法が間に合わなかった人、防御魔法で耐えきれなかった人が文字通り蒸発し、運が良くても肉体の形を維持したまま黒焦げになっていた。



 『……うぅ……ぐっ……うぇぇ……』


 みちるは溢れる涙を拭う事無く目を固く閉じ、口元を押さえながら蹲る。

 中学2年生の平和な日本で暮らす少女には、あまりにもショックが強かったのだ。


 『みちる……申し訳ございません、もっとしっかり隠しておけば……』


 アリサは過呼吸を起こしつつあるみちるの背をさすり、ガクガクと震える彼女の身体を包むように抱き締めた。



 視界を塞いだみちるの耳には、未だに人々の苦痛に呻く悲鳴や怨嗟の声が届いていた。



 「お前達のせいだ……二級の避難民なんかを入れたせいで……!」


 「裏切り者だ!こいつらを殺せ!」


 人々の疑心暗鬼は止まらない。

 一級と二級、誰もが互いを敵と見なし始めた。


 間を取り持とうとした人々も、裏切者(コウモリ)としてどちらからも攻撃を受けていた。




 『平等を謳い、人の心に不満を植え付け、後は一石を投じてやればこの様です。作り上げるのは幾星霜、しかし壊れるのは一瞬です』


 アリサが漏らした小さな声。それは淡々としていて、何の感情も込められていない。




 「……お母様?」



 みちるは耳に聞こえてきた幼いアリサのぽつりと呟いた声に、震えながらもそっと顔を上げた。


 彼女の目に映ったのは、床に倒れたまま呆然としている幼いアリサの顔と、それに覆いかぶさるように倒れ、背と頭に金属片が突き刺さり事切れたセリーヌの姿だった。




 「……お母様、何故……?防御魔法を使えば……二人共助かったのに……?」


 サラサラとセリーヌの身体が宙に溶けるように、あっという間に細かい粒子となって霧散していく。

 ガランッと彼女の背と頭に突き刺さっていた金属片が床へと落ちて音を立てる。


 鋭い先端は、セリーヌの血でぬらりと濡れていた



 冷静に状況を見抜く瞳の奥で、確かな憎悪が燃え始めていることにアリサは気付いていた。


 そして同時に、理解した。


 ――この日を境に、人々の絆は完全に崩れ去り、未来への道は血に染まったのだと。

 




 『……お母様は、判断を誤りました。デバイスを持つ私が防御魔法を展開すれば、衝撃も金属片も弾く事は可能でした。何故……お母様がこの行動に出たのか、私には理解できませんでした』



 淡々と語るアリサは、目を静かに伏せた。目の前で塵と消えた母を追悼するように。


 『……愛、だと思う』


 苦し気に息を吐きながら、みちるは絞り出すようにして答えた。


 『……愛?……そうですか、愛。……やはり、愛は判断を狂わせる毒、という事なのか……』



 『——違うっ……!!アリサのお母様は……アリサを愛していたから、身を挺してでも守りたかったんだと思うの』


 みちるはまだ蹲ったまま、胸を苦し気に押さえながらも、しっかりと言葉を続けた。



 『きっと、アリサのお母様……アリサと一緒で不器用だと思うの。言葉や態度は冷たく無関心だったように私には見えていた。でも、お姉さんが亡くなって、これ以上娘を亡くしたくないって気持ちが、あれこれ考えるよりも先に身体を動かしたんだと思う』



 アリサは目を逸らし、小さく呟いた。その瞳は揺れていた。


 「……しかし、死んでしまっては、元も子もありません」


 淡々としたその声に、みちるは胸を締め付けられる思いで顔を上げる。



 アリサの唇がわずかに震えた。

 理解できない。けれど、否定しきれない。

 だからこそ彼女は、自らの結論に縋るように告げた。


 『……やはり、愛は判断を狂わせる毒。人を誤らせ、死に追いやる……毒です』


 その声音には、冷たさと共に、悲しみの色が滲んでいた。


 みちるは思わず拳を握りしめる。


 『……違う、って言いたい。でも……私も怖かった。愛で命が失われるのを、目の前で見てしまったから……』


 二人の間に重苦しい沈黙が落ちた。

 それは、愛という言葉ひとつで覆されるには、あまりにも血に塗れた現実だった。



この日、アリサは母と姉を一気に失いました。


この世界では人は死後、火葬埋葬の手間を省くために、肉体は瞬く間にナノマシンにより分解され、血の一滴から髪の毛一本に至るまで消滅します。

宿主を失ったナノマシンは大気中に漂い、別個体からの要請があるまで、静かに待機し続けます。


それでは次回予告です


~~次回予告~~


あの日、私が見た光景は――みちるの心に深く傷を残しました。


故に、私は判断しました。

今日のところは、ここまでと。


翌日、いつものように四人で並んで登校する。

……しかし、みちるの笑顔は曇ったまま。


次回「ひとときの安息」


それでも、私は立ち止まらない。

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