71話 作戦と告白
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公園で狂愛ちゃんと話した日の翌朝。いつも通り俺は夜花ちゃんとトレーニングに励んでいた。
その最中、ご機嫌な様子の夜花ちゃんは、ここ最近体重が減ったやら、ウエストが細くなったといったことを嬉しそうに話してきた。夜花ちゃんは痩せやすい体質なのかもしれない。
そういった吉報を報告してくれるのは、トレーニングを勧めた身としても嬉しいのだが……感極まってジャージどころかスポーツウェアまで捲って腹部を露出したときは驚いた。
努力の成果を確認してほしいという感情は理解できるが、少し刺激が強すぎる。
まぁ夜花ちゃんはウェアまで捲るつもりはなかったようで、そのことに気づいた途端、赤面しながら魅力的なお腹を隠したのだが。
夜花ちゃんは、しっかりしているようでどこか抜けている。ギャップ萌えで可愛らしい。
「先輩、なにか悩み事でもあるんですか?」
「え?」
そんな質問をされたのは、一通りメニューを終わらせ息を整えていたときだった。
淡いピンクのタオルで汗を拭きながら、夜花ちゃんは真面目でどこか心配したような瞳を向けてくる。
「そんな風に見えた?」
「えっと、はい。といっても、いつもより表情が硬いような気がして」
凛々しくてかっこよかったですけどっ、とフォローするように付け足したが、すぐに「あぅ」と赤面してしまう。
やっぱり夜花ちゃん可愛い。
しかし、そんなに顔に出ていたのか。
「心配してくれてありがとう」
「いっ、いえっ! そ、それでなにを悩んでるんですか?」
「悩みというか、ちょっと考え事をね」
気にしないでと笑うと、夜花ちゃんは少し黙ったあと「わかりました」と静かに頷いた。
「でも、なにか困ったことがあったら、私たちを頼ってください。先輩に頼ってるだけじゃ、イヤですから」
「ありがとう。助けが必要だったら、存分に頼らせてもらうよ」
そう返すと、夜花ちゃんは「はいっ」と笑顔を浮かべた。
◇妹◇
それからしばらくの雑談のあと、俺は夜花ちゃんをマンションに送って帰路に就いた。
話し込んでいるうちに、気づけばすっかり明るくなっていて、道に人が増えていく。
街がだんだんと賑やかになっていくのを感じながら歩いていると、ふと視線を感じた。じっと観察するような、そんな視線を。
しかし、ご苦労なことだ。
俺は変わらず自然に歩きながら、胸中でそう溢す。
というのも、今日視線を感じたのはこれで二回目なのだ。一回目はいつなのかというと、家を出た直後、時間だと六時前である。
そこから夜花ちゃんと合流するまで視線はついてきて、そして今再び視線を感じるようになった。
現在の時刻は七時半。つまりストーカー(?)は、一時間以上も俺をつけているのだ。その労力を別の用途に使ってほしい。
しかし、どうやって捕まえようか。
感覚でしか測れないが、恐らくある程度は距離を取っているはずだ。そのため視線のする方向へ全力で走ったとしても、うまく隠れられて取り逃がしてしまうだろう。
となると、あとはうまいこと誘導して捕まえることくらいしか思いつかない。
俺はいったいなにを目指してるんだ。
そんな一人漫才を繰り広げつつ、俺は焦らずに、ゆっくりと脳内に描いたルートを辿っていく。
あまり露骨にならず、ゆっくりと。
もちろん、今歩いているのは普段通らない道なので、ちょっとした冒険感を出すのも忘れない。
俺の家まで把握してるのだ、あまり使わない道を行きすぎると、勘づいてついてこなくなるかもしれないからな。
そうして歩くこと数分。ゆっくりとした変化ではあったが、大通りよりも人気のない、遮蔽物の少ない道に出ることができた。
苦労した甲斐あって、まだ犯人は俺についてきている。どうやら誘導されていることには気づいていないらしい。
ここまでくれば、あと少しだ。
この先をもう少し歩くと、身を隠せるような遮蔽物がなくなる。そのタイミングで俺が角を曲がれば、一気に駆け寄ってくるはずだ。
そのときにできる隙、そこを狙う。
演技を崩さず、ついに目指していたポイントに到着した。そこで俺は少しだけ急ぎ足で角を曲がる。
さぁ、来い。
「──あはっ、見つかっちゃいました」
少しして、角からひょこっと犯人が顔を覗かせた。目が合うと、一瞬驚いたように目を見開き、そして明るい調子で笑ってみせた。
しかしその笑顔は、今まで見てきたものとは違いどこか陰が見えた。そのためか、純粋に可愛いとは思えない。
「やっぱり、狂愛ちゃんだったんだね」
俺は目の前に佇む犯人──もとい狂愛ちゃんへ声をかける。
狂愛ちゃんは「そうですよ」と頷き、一歩、また一歩と近づいてくる。
「どうして、ワタシだとわかったんですか?」
「そもそも、狂愛ちゃんに会った次の日からストーキングされてたから、最初から怪しんではいたけど。強いて挙げるなら、昨日の狂愛ちゃんの発言かな」
真っ先に違和感を覚えたのは、かすみんを初見で大人だと見破ったことだ。大抵の人間なら、かすみんを初めて見たとき十中八九子どもと勘違いする。
せいぜい大人だとわかるのは、伊吹高校の教員や生徒、関係者くらいだろう。
しかし狂愛ちゃんはうちの生徒ではない。直接聞いたわけではないが、俺はいろんな意味(特に合同体育祭とか)で知られているので、同じ高校なら俺を知らないなんてほとんどないのだ。
ならなぜかすみんが大人だと判断できたのか。推測ではあるが、俺に関する情報を調べている途中で知ったのだろう。たぶん。
そしてもう一つ、解散するときだ。あのとき狂愛ちゃんは「早く帰らないと一時過ぎちゃいますね」とやけに具体的な時間を指した。普通なら、遅れちゃう、といったところではないだろうか。
実際俺が帰ってから昼食を支度し食べ始めたのは、一時になる十分ほど前。
そこまで正確に言い当てるなど、家の位置を知っていないと不可能なことだ。
「なるほど、確かにそうですね」
「あとは、日記かな」
「……日記ですか? 失言しないよう気をつけたつもりですけど」
「俺が引っかかったのは、狂愛ちゃんが昨日の日記を書くとしたら、俺と話せたことだと言ったときだ」
「そうですか? 特におかしいとは思いませんけど」
「そうだな。でも、普通なら『買い物中に偶然会えた』じゃないか? だって、会えたから話せたんだし」
もちろん完全におかしいわけじゃない。ただ、やはりひっかかったのだ。他のことで疑心を抱いていなければ、気にも留めない程度に。
俺の持つ根拠や考えを述べると、狂愛さんは感心したように手を叩いた。
「すごいですねー。葉雪さん、探偵でもできるんじゃないですか?」
そんな刑事ドラマで聞きそうな賛辞に「まさか」と返し、続けて問う。
「それで、どうして俺をつけてたんだ?」
その核心に触れると、スッ……と狂愛さんが目を細めた。
妖しく、美しく、そしてどこか狂気的に仄暗い瞳が光る。
目の前に立った狂愛ちゃんは、おもむろに手を伸ばし、俺の体に触れた。
そしてゆっくりと、言葉が紡がれる。
「好きだから、ですよ。葉雪さん……っ♡」




