69話 再会と不穏な空気?
突然ですが、一週間毎日投稿を行います!
「最近、誰かにつけられている気がする」
「いきなりどうした」
注文を済ませそう切り出すと、正面に座っているかすみんはテーブルに肘を突き、呆れたような目を向けてきた。
教育者として生徒の前でその態度はいかがなものかとか、言っても本人は気にしなさそう。
「いや、ここ数日視線を感じてだな……」
「なんだお前、自意識過剰か」
「違う違う。俺を勝手にナルシストにしないでくれ」
「はぁ。ならあれか。はゆきくんはー、いけめんさんだからー、みんなにもてもてでー、ちゅうもくのまとー、ってやつか」
よかったな、とひどく感情の籠っていない賛辞を送られ、項垂れてしまう。
「俺は今、真面目に悩んでいる」
「そうか。どうでもいい」
「少しは協力的な姿勢を見せてくれないか? 一応は教師だろ」
「なぜそこに一応をつけたのかは気になるが……まぁいい、仕方ないから相談に乗ってやる」
少し不満げな様子だが、やる気は出してくれたみたいだ。
正直、かすみんに断られたら他に頼る相手がいなかったのでホッとした。
「それで、もう少し情報をよこせ。私はチビッ子名探偵じゃないからな、ノーヒントじゃ犯人探しできん」
「いや、あの名探偵でもノーヒントだと犯人わからないだろ……」
そんな本来の話題から脱線していると、先ほど注文したフレンチトーストが届いた。ついでにこれが相談料である。有名なだけあって少しお高い。
かすみんは湯気が立つフレンチトーストに目を輝かせ、俺の相談そっちのけで迷いなくナイフとフォークに手を伸ばした。
いや、だから……相談をだな……。
幸せそうに頬張る姿がやけに若々しくて苦笑が漏れた。いつもならすぐに勘づかれ睨まれるのだが、今回はフレンチトーストのおかげでそんなことにはならなかった。
それはさておき。
「ここ数日、視線を感じるんだ。外出中ずっと」
「……それ、茜じゃないのか?」
かすみんは手を止めず、目だけこちらに向けそう返してくる。
「いや、茜の視線じゃない。というか茜なら遠くから見てるだけなんてしないだろ」
「視線でわかるのは普通にキモいが、まぁそうだな。なら他に心当たりはないのか?」
心当たり。実はないでもない。
それは夜架ちゃんとランニングを終えたあとに遭遇した、財布を無くした少女──狂愛さんだ。
視線を感じるようになったのは、彼女と出会った翌日から。タイミングとしては狂愛さんが怪しいのだが……。
「しかし、接点がなさすぎるな」
「そうなんだよなぁ」
最後の一切れを口に放り込んだかすみんは、口角にシロップを残したまま冷静に意見を述べる。
食べるの早いな、なんて感想はさておき。
かすみんの言う通り、狂愛さんとは接点がなさすぎる。話したのだって、あの日が初めてだ。彼女が俺をつけ回す理由がわからない。
「まぁ、そのパンツ少女が以前から葉雪を狙ってたって可能性もあるが」
「それならもっと前から視線を感じたはずだろ? それに狂愛さん、あのとき本当に困ってたし」
狂愛さんがプロ顔負けの演者ならわからないが、そんな感じではなかった。
「しかしなぁ、他に可能性がないし、現状だとそのパンツ少女以外候補はいないぞ」
「それはそうなんだが……というか、パンツ少女って呼ぶのは止めてあげろ」
さっきから近くの席の人に変な目で見られてるでしょうが。
◇妹◇
それからしばらく話し合ってみたものの、他に有力な可能性が思い浮かぶことはなく解散となった。
結局出た答えは、現状維持。一応は視線を感じたときに犯人を探すことが決まったが、進展はほぼゼロに近い。
最後にシロップを指摘したら、かすみんに頭突きされた。会計前に言えと恥じらう姿は、やはり可愛かった。
「さて、どうしたものか」
モヤモヤしてそう口に出してみるが、妙案が浮かぶわけもなく。少しゆったりとした足取りで繁華街を進む。
どうせすぐには解決しないのだ。なら、今姿見えぬ視線に頭を悩ませるのは非効率的である。
こういうときは、一旦忘れるに限るな。
「っと、楓ちゃんからメッセージが」
そんなとき、ポケットに仕舞っていたスマホが振動した。
どうやら蓮唯ちゃんが空腹を訴えているらしい。『そろそろ帰ってきますか?』と書かれていた。
時刻はそろそろ正午を回ろうとしている。確かに、早く帰らないと朝日や蓮唯ちゃんが叫びだしそうだ。
今日の昼飯はなににしようか、そう考えていると、ふと背後から「あっ」と最近聞いた声が聞こえてきた。
振り向いてみれば、そこには先ほど名前が挙がっていた狂愛さんの姿があった。漆黒の髪を揺らし、少し驚いたような表情を浮かべている。
考えまいとした途端に会うとは、運がいいのか悪いのか。
タイミングがタイミングなので、つい怪しんでしまう。もちろん、態度には見せないが。
「お久しぶりですね、葉雪さん」
「そうだね、久しぶり」
なんとなく距離感のわからない挨拶を交わすと、狂愛さんは自然に俺の隣へと並んだ。
まだ会って二回目にしては距離が近い気がする。
「狂愛さんは、どんな用で?」
「買い物です。ついでに、どこかでお昼を食べようかなと」
そう言って、狂愛さんは手にかけた袋を見せてくる。
俺をつけていたわけじゃ、ないよな?
「葉雪さんはどうしたんですか?」
「まぁ、ちょっと知人と会ってたんだ」
そう答えると、狂愛さんは「そうなんですね」と相槌を打ち、
「美人な人でしたね」
「──」
少し陰のある笑みを浮かべた。




