34話 お宅訪問? やっぱりトラブル
「──おしゃれ、しようか」
「…………え?」
俺がそう言うと、黒藤さんは素っ頓狂な声を上げる。
「あの、おしゃれ、ですか……?」
黒藤さんは意味が分からないのか、首を傾げて訊ねてくる。
「あぁ。と言っても、髪を整えたりといったことだけだけど」
「は、はぁ」
まだ分からないのか、生返事が返ってくる。
「ほら、胸のことはともかく、根暗や陰キャって容姿や雰囲気から来るものだろうし。なら、まずその雰囲気を明るいモノに変えたら、少しはクラスメイトたちの当たりも少しは変わるだろ」
「な、なるほど……?」
あれ、まだ何か疑問が残ってる?
「あの、それで、具体的には何をするんですか?」
「そうだな、まずは走り込みかな。後は笑う練習」
「走り込みはまだ分かりますけど……笑う練習なんて、いるんですか?」
「あぁ、いるぞ。俺が昼休みに黒藤さんに会ったとき、最初の印象がそれこそ〝暗い〟だったんだ。でも、ちゃんと笑えてさえいれば、その印象はガラリと変わる……はず」
「最後の一言ですっごい不安になってきたんですけど、先輩……」
だって、俺そういうの詳しくないし……
少し空気が沈んだので、俺は無理矢理話題を転換する。
「そういえば、走り込みはまだ分かるって、もしかして……少しは太ってる?」
「……先輩は女心を全く分かってません」
黒藤さんはキッと睨んでくる。
まぁ、ド直球に聞いた俺が全面的に悪いから、反論もしないけど。
「……よし、じゃあ今日から──はできないから、明日の朝から始めよう」
「朝から、ですか?」
「あぁ。俺は毎朝走るのが日課になってるんだよ。だから、丁度いいし一緒に走ろう」
「……一応聞きますけど、何時からですか?」
「えっとぉ……五時、かな?」
そう答えると、黒藤さんは無言で睨んでくる。
まぁ、言いたいことは分かる。五時だもんね、早いよね。
「まぁ、私もそのくらいに起きてますから、大丈夫ですけど」
と、ここでいきなりカミングアウト。
黒藤さんも早起きなんだな。
「そんなに早く起きて、眠くないのか?」
「いや、先輩に聞かれたくないんですけど。……私は寝るのが早いので、必然的に起きるのも早くなるんです」
早寝早起きか。今時の高校生、しかも女子からしたらすごい健康的なんじゃないか? 確か最近の女子って深夜までSNSやラインをやってんだろ? それに既読スルーしたらいじめに逢うとか──あっ。
俺はそこまで考え、理解した。
そっか、もういじめに逢ってるから、連絡する相手もいないんだ。……そっか。
「──先輩、どうかしましたか?」
「ん、あぁ、ごめん。少し考え事してた」
「それならいいんですけど」
そう言うと、黒藤さんは「そろそろ帰りませんか?」と訊ねてくる。
窓の外を見ると、既に空は茜色に染まっていた。
「そうだな。そろそろお開きにするか」
と、ここで今までずっと黙っていたかすみんが口を開いた。
「よっし、それじゃあかすみん、また明日な。俺は黒藤さんを送っていくから」
そう言うと、黒藤さんは驚いたように「えぇっ!?」と声を上げ、反対にかすみんは「任せたぞ」と言ってくる。
俺はグッと親指を立てると、黒藤さんの手を掴み、『旧生徒指導室』を後にした。
◇妹◇
学校を出てから数十分。俺たちは駅に来ていた。まぁ、正確には駅前のマンションに、だが。
俺はマンションを見上げ、「たっけぇ」と呟く。
「ここに住んでるのか?」
「は、はい、そうです」
俺は黒藤さんに案内されるまま、マンションへと入っていく。
エレベーターの中。
俺はドキドキしていた。
いや待って、お願いだから引かないで。あれなんだ、これにはちゃんとした理由がある。
だって、エレベーターっていう密室状態で、何故か黒藤さんは俺の隣に来るのだ。俺が移動したら、それに合わせて黒藤さんも移動してくる。
もう一度言おう。ここはエレベーター、密室だ。そこで更に密着されたら、嫌でも黒藤さんの香りが鼻腔を擽るのだ。
しかも、黒藤さんはとても良い匂いなんだ。
待って、お願いだから待って。俺は匂いフェチじゃないし、変態でもない。だから待って。
……ほら、考えてみてくれ。エレベーターと言う密室、密着してくる可愛い後輩。漂っている、女の子特有の甘い匂い。
な? こんな状況じゃドキドキするだろ? 逆に、これでドキドキしないやつはそれこそ変態だ。
と誰かに対して言い訳をしていると、目的地である十階に着いた。
エレベーターの扉が開き、俺は密室から解放された。
すぅ、と風が吹き、黒藤さんの匂いは掻き消える。
「えっと、こっちです」
黒藤さんは、ちゃっかり俺の手を掴みながら、廊下を進んでいった。
そのままなし崩し的に誘われて、今は部屋に上がらせてもらっている。
俺は座布団に正座をして、言われた通り静かに黒藤さんを待っていた。
少しして奥の扉が開き、私服姿の黒藤さんが出てきた。
「すいません、着替えに時間掛かってしまって。すぐお茶を用意しますね」
そう言うと、黒藤さんは一度脱衣所に行き、手に持っていた黒ストやシャツを洗濯機に入れ、すぐに台所に向かった。
冷蔵庫からお茶を取り出し、コップに注いで持ってきた。
「えっと、どうぞ」
「あ、ありがとう」
俺は差し出されたコップを受け取り、お茶を啜る。
普通の麦茶だった。
少し落ち着いたので、俺は気になっていたことを口にする。
「この部屋狭いけど、もしかして黒藤さん一人で住んでるの?」
「あ、はい、そうです。父親が海外出張で、母親がそれに付いて行ったんです」
「なるほど。仲の良いご両親なんだね」
つまり俺と黒藤さんは二人っきり。と、司音ちゃんの時と同じような感想を抱いてしまった。
落ち着け、落ち着いて素数を数えるんだ。
「ホント、うちの両親は仲が良かったですよ。一緒に住んでたときなんて、週二くらいでシてましたし」
黒藤さんはそう言い苦笑する。
「……あはは、そっか」
俺はどう返せばいいのか分からず、乾いた笑いが漏れる。
それから十分くらい他愛もない会話をして、俺はマンションを後にした。
黒藤さんが時折見せた微笑みに、何度もドキッとしたことは、茜たちには内緒にしよう。
◇妹◇
羽真宅に帰宅し、俺は真っ直ぐ自室へ戻った。
制服から私服に着替え、俺は脱ぎ捨てた靴下やら何やらを持って脱衣所に向かった。
俺はドアノブを掴み、そして扉を開いた。
そこには、風呂上がりなのか、タオルで体を拭いていた楓ちゃんがいた。
ちゃんと暖まったからか、露出している肌はほんのりと朱色に染まっており、光を反射するような白髪を伝う水滴が、少し艶かしく思えた。
そして、宝石のように光る碧眼は見開かれ、俺を見つめていた。
静寂が脱衣所を包み、互いの呼吸音が聞こえてくる。
「は、葉雪にぃさん……っ!?」
「あっ、ごめん、すぐ出ていくから──」
ハッと我に返り、俺は慌てて脱衣所を出ようとしたが、
──バサリ。
と音を発て、楓ちゃんの掴んでいたタオルが床に落ちた。
そうなれば、もう楓ちゃんを隠す物は何一つない。
つまり、楓ちゃんの一糸纏わぬ、生まれたままの姿がそこにあるわけで──
「……」
「……」
「…………」
「ご、ごめっ」
俺は謝ろうと口を開き、瞬間、楓ちゃんに抱き付かれた。
「かかかっ、楓ちゃんんんっ!?」
俺は驚きと恥ずかしさから、裏返った声を上げる。
お、おかしい! 前に逆ラッキースケベをしたときは、楓ちゃん叫びそうになってたのに!
と俺は心の中で叫ぶ。
楓ちゃんは顔だけを離し、上目遣いで見つめてくる。
「葉雪にぃさんに、見られてしまいましたね」
楓ちゃんは、小悪魔のように、妖艶に微笑んだ。
「か、楓ちゃん、離れてくれると助かるんだけど」
そういうと、楓ちゃんは再びニヤリと笑う。
「えー、どうしましょう。葉雪にぃさんは〝当ててる〟のに、感想を言ってくれませんしねぇ」
「えーっと、それは……あはは」
言えるわけない。いや、分かってはいる。なんせ、楓ちゃんは実妹&義妹の中では一番大きいから、分からないわけがない。
その大きい果実は、シャツ越しに俺の腹筋に押し当てられ、形を変えている。つまりそれほど押し付けられているのだ。
だが、そんなこと言えるわけない。絶対に。
俺が何も返さないでいると、楓ちゃんは少し頬を膨らませ、また笑みを浮かべる。
「つまり、葉雪にぃさんは当てられるよりも見たい派なんですね」
そう言うと、楓ちゃんは体を離そうとする。
「あああっ、待って、せめて目を瞑ってからぁあああっ!」
俺は叫びながら、何故か楓ちゃんの体を抱き締めてしまった。
あぁ、楓ちゃんの肌、スベスベしてるなぁ……
「──ナニをしてるんですか、お兄ちゃん」
突如、背後から冷たい声が響いた。
俺は古い機械のように、ゆっくりと振り向いた。
そこには、ハイライトの消えた紅い瞳で俺を見つめる茜が立っていた。
「もう一度聞きます。……全裸の楓さんと、お兄ちゃんはナニをしているんですか?」
明らかに怒気を孕んだ声に、俺は思わず肩を跳ねさせる。
現状を確認すると、
脱衣所で、風呂上がりの全裸の楓ちゃんを抱き締める俺。
あっ、俺終わった。
◇妹◇
夕食後。
俺の部屋には、俺と茜の二人がいた。
そして今何をしているのかと言うと、俺は茜に膝枕をして、頭を撫でていた。
いつもなら、茜は気持ち良さそうに喉を鳴らしたり、声を上げるのだが……今はまだ、全然不機嫌だ。
「なぁ茜、そろそろ許してくれるか?」
俺は恐る恐る訊ねる。
「ダメです」
が、茜は一言でバッサリと切り捨てた。
「あれは明らかにお兄ちゃんが抱き締めてましたし。……それに、お兄ちゃんから楓さん以外に知らない女の匂いがするんですけど」
ホントに茜の嗅覚は鋭いな!
俺は心の中で叫んだ。
「お兄ちゃん、説明してくれますよね?」
やや怒気を孕んだ声。勿論俺は縦に首を振る。
「実は──」
俺は簡潔に、かすみんから頼まれたこと、黒藤さんのこと、そしてこれから何をするのかを話した。
「──はぁぁぁぁあああ」
全て離し終えると、茜は大きく息を吐いた。
「そういうことなら仕方ないですけど……その分、ちゃんと甘やかしてくださいね?」
「あぁ、分かってるよ。あともう一つあるんだが、黒藤さんのいじめを解決するのに、茜たちの力を貸してほしい」
そう言うと、茜は「分かってますよ」と微笑んだ。
「お兄ちゃんが次々に女の子と仲良くなるのは、すごぉぉぉぉおおおっく許せませんが、いじめというモノも許せませんからね」
「ありがとう」
俺は感謝の意を伝えるために、茜を抱き締め、頭を撫でまくった。
「あっ……ふぅ、もう、今日は許してあげます」
「あぁ、ありがとう」
「ですので……もっと撫でてください」
俺は頷き、いつも以上に茜とイチャイチャした。
最終的に茜が興奮、発情したのは、もはや言うまでもないだろう。
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