12話 姉妹で
今回は少し短いですが
一週間の中で一番楽しいと感じる土曜日。
俺は茜たちと朝食を摂ると、外出用の服に着替える。
向かう先は、司音ちゃんと魅音ちゃんのところだ。
茜たちには事前に知らせてあり、なにか聞かれることはなかった。
すっかり覚えてしまった道を歩きながら、俺は司音ちゃんの家に向かう。
やはりと言うべきか、羽真家から司音ちゃんの家は遠かった。
学校から二十分程掛かる距離にあるので、羽真家からは二倍近く掛かった。こんな長距離は、あまり歩いたことがない。
司音ちゃんの家に着くと、少し戸惑いながらも呼び鈴を鳴らす。
ピンポーン──
呼び鈴が鳴り、少しするとガチャと扉が開かれた。
「あっ、先輩、いらっしゃいです」
司音ちゃんは笑顔で迎え入れてくれる。
「おじゃましまーす」
もはや気後れすることはない。そう自信を持ち俺は家に上がった。
玄関で靴を脱ぐと、俺は司音ちゃんに続き階段を上る。
家の中が静かなことに、俺は少し疑問を抱いた。
「司音ちゃん、親御さんは?」
そう訊ねると、以前と似たような答えが返ってくる。
「仕事ですよ。うちの両親は日曜日以外は基本家にいませんし」
「そ、そうか」
てことはつまり、また年頃の男女──以下略。
司音ちゃんは二階に上がると、不意にこちらを向く。
「ん? どうした?」
「ですから、先輩、今日は私と魅音を襲い──」
「言わせねぇよ!?」
俺は慌てて司音ちゃんの言葉を遮る。
危ない、ホント司音ちゃんは小悪魔だ。
「っと、そう言えば、魅音が先輩に喜んでほしいってなにかしてましたよ」
おぉ、なんだろう。そう期待を抱き俺は頬を綻ばせる。
魅音ちゃん可愛いところあるな。
部屋の前に着くと、俺は扉をノックする。
「はい」
少し遅れて、中から魅音ちゃんの声が聞こえてくる。
「やっほ。今日も来たよ」
「そうですか。どうぞ、入ってください」
「あぁ、わかっ──って、えぇぇぇぇぇえええ!?」
待って、今『入ってください』って言った!? ど、どういうことだ!?
「ほら先輩、魅音がいいって言ってるんですから、早く入りましょうよ」
隣にいる司音ちゃんは全く気にしていないように、呑気にそう言い催促してくる。
「お、おう……分かった」
俺はそう返し、ゆっくりとドアノブを回す。
「おじゃましまーす……」
ゆっくりと、俺は扉から顔を出し、部屋の中を見る。
「い、いらっしゃい、です」
そこにいたのは、スクール水着を纏った魅音ちゃんだった。
「「…………」」
その光景に、司音ちゃんまでもが言葉を失った。
「は、早く入ってください」
魅音ちゃんに促され、俺と司音ちゃんは無言で部屋に入る。
これは……また面倒なことになりそうだ。
◇妹◇
部屋に入り、俺は予め用意されていた椅子に座る。
「ど、どうです先輩。魅音可愛いでしょうっ」
思い出したかのように司音ちゃんが訊ねてきた。
俺はその質問に、魅音ちゃんに目を向ける。
魅音ちゃんは、分かりやすく言えば司音ちゃんを幼くした感じだ。
ただ、一緒というわけではない。あくまで顔立ちが似ているだけで、それ以外は全く別だ。
……胸は似てるけど。
そんなことを思っていると、二人から鋭い視線が向けられる。
……それはさておき。
肩辺りまで伸びた紫色の髪。そして髪と同じくらい澄んだ紫色の瞳。
とても綺麗だ。
そして、いつもの少し大人っぽい口調からはイメージできない程、顔立ちは幼い。
やはり小学生といったところか。
「うん、とても可愛いよ」
そう言うと、魅音ちゃんの顔は真っ赤に染まった。
「あ、ありがとうございます……」
魅音ちゃんは照れながらも礼を言ってくる。
可愛い。
と、和んでる場合じゃない。
「なぁ魅音ちゃん、そろそろ着替えた方がいいと思うが?」
そう言うと、魅音ちゃんは更に顔を赤くする。
「は、はいっ……」
俺は魅音ちゃんが着替えるまで、部屋の外に出た。
「もう大丈夫です」
部屋を出てから十分程過ぎて、声が掛かる。
「はーい」
そう返し、俺は再び部屋に入った。
魅音ちゃんはスク水ではなく、普通の女の子らしい服を着ていた。
「可愛いね、似合ってるよ」
魅音ちゃんにそう言うと、やはり顔を赤くしてしまう。
「先輩は女の子キラーですね~」
なにその女の子キラーって。
「それじゃあ、今日もお話しよっか」
「……はい」
魅音ちゃんは俯きながらも返事をする。
「さて、今日はなにを話そうかな」
そう言うと、魅音ちゃんがバッと顔を上げ、真っ直ぐこちらを見つめてくる。
「は、葉雪さんは、好きな人って、いますか?」
す、好きな人かぁ。
「どうだろ。今のところはいないかなぁ」
そう答えると、何故か魅音ちゃんは安心したように息を吐く。
どうしたんだろう。
「先輩先輩、姉妹丼に興味はありますか?」
司音ちゃんの唐突な質問に、何故か魅音ちゃんが噴き出した。
し、姉妹丼って、あれだよな……。一応知識としては知ってるけど……
「ど、どうしてそんなことを訊いてくるんだ?」
俺は司音ちゃんに訊き返す。
すると、司音ちゃんはニヤリと笑った。
「どうですか? 私と魅音の姉妹丼」
言葉と同時に、司音ちゃんは魅音ちゃんをグッと引き寄せ抱き付いた。
魅音ちゃんが顔を真っ赤に染める。
俺も同じように真っ赤になっているのだろう。顔が熱い。
「そ、そうだな。体は大切にしような」
俺の動揺っぷりを見て、司音ちゃんは小悪魔的な笑みを浮かべた。
くっ……茜と似たタイプだなっ!
いきなり、司音ちゃんは思い付いたかのように手を叩く。
「私、先輩なら……いいですよ?」
そう言いながら、司音ちゃんは服装を崩す。
と言っても、下のシャツが見えただけだが。
「はいはい。冗談はそこまでな」
そう言い流すと、司音ちゃんは膨れっ面になってしまった。
なんでかなぁ……
それから長々と雑談していると、
きゅぅぅ~。
と誰かのお腹が鳴った。
勿論俺ではないので、二人の方を見る。魅音ちゃんが顔を真っ赤にして俯いていた。
おぉ、魅音ちゃんだったか。
「魅音ちゃん、お腹空いたのか?」
「……っ~~~!」
魅音ちゃんは顔を手で覆い隠しながらも、コクコクと頷く。
ポケットからスマホを取り出し時刻を確認する。
時間はそろそろ十二時になろうとしていた。
丁度お昼時だな。
「よし、じゃあ俺が作ろうか」
そう言いながら、立ち上がる。
「あっ、ありがとうございます。先輩の手料理、楽しみですね~」
「……(コクコク)」
「おっし。それじゃあ台所使わせてもらうぞ。あっ、冷蔵庫の中の食材って、使っても大丈夫か?」
「勿論ですよ~」
よし、許可はもらった。
さぁて、美味しい飯を作ってあげますか。
◇妹◇
俺の作ったオムライスを、二人は絶賛しながら完食した。
それはもう、素晴らしい笑顔だった。魅音ちゃんなんて、今日一の笑顔を見せてくれてた。美味しいものの力は偉大だな。
ちゃっかり「また作ってください」と司音ちゃんがお願いしてきたのは、少し意外だったが悪い気はしなかった。
いやぁ、喜んでもらえてよかったよ。
昼食を済ませ、俺たちはリビングでくつろいでいた。
「あ、先輩、お茶飲みますか?」
「あぁ、お願い」
そう答えると、司音ちゃんは「分かりました」と言い冷蔵庫の方に向かった。
──そして今、俺は風呂場にいた。
「ど、どうしてこうなった……」
俺は風呂場で一人呟く。
出ようにも、脱衣所には司音ちゃんと魅音ちゃんがいて出れそうにない。
何故二人がいるのかと訊かれれば、勿論二人もお風呂に入るからである。
「どうしてこうなった……」
もう一度呟き、俺は天井を見上げた。
時間はほんの少し遡る。
俺はソファーに深く腰掛けて、司音ちゃんを待った。
「先輩、お待たせしました」
お盆にお茶の入ったコップを三つ乗せ、こちらに向かってくる。
「……おっと、足が引っ掛かったぁ!」
突然、司音ちゃんはそう声を上げ、倒れる。
まるでアニメのように。
お茶はコップから漏れ、俺と魅音ちゃん、司音ちゃんの体に掛かった。
「あー、これはいけない。早くお風呂に入りましょー」
司音ちゃんは棒読み気味に言い悪い笑みを浮かべた。
と、これが今までの経緯だ。
全く、司音ちゃんにはしてやられたな。
そう思っていると、ガチャと扉が開かれる。
「先輩ー、体洗いましたか?」
「いや、まだだけど」
そう答えると、司音ちゃんは笑い声を上げる。
「それじゃあ、私が先輩の体を隅々まで洗ってあげますねぇ♪」
その言葉に、誕生日の夜のことを思い出した。
「い、いや、遠慮しておくよ。俺は先に出るから、二人はゆっくりして──」
俺が立とうとすると、背中に二つの重みが掛かる。
「っ!?」
背中に伝わってくるのは、女の子らしい柔らかい感触だった。
待って、今の状況は……っ!?
「だめですよぉ、先輩。今は私たちにご奉仕されてください」
「……魅音、頑張るっ」
二人の言葉に気付けば顔が熱くなっていた。
「先輩、姉妹丼ですよぉ? 楽しみですか?」
多分、司音ちゃんは笑っているのだろう。
「だ、だからっ! そういうのは好きな人にやってくれっ!」
「私は、先輩のこと、好きですよ?」
司音ちゃんは、真面目な声音でそう答える。
「み、魅音もっ、葉雪さんのこと、好き、です……」
魅音ちゃんも、同じように答える。
確かに、好きでもなければこんなことはしないだろう。
でも──
「どうして、俺なんだ?」
後ろを見ずに、俺は訊ねる。
「どうしてって、先輩は魅音のことを真剣に対応してくれるからです。……それに、私のことも」
「み、魅音はっ、その、毎日話しに来てくれて……嬉しくて、気付いたら……」
そ、そうなのか。
「それでもっ! こんなことはやっちゃいけないだろぉ!」
俺は恥ずかしさ半分、嬉しさ半分でそう言う。
「……そうですよね。いくら好きでも、無理矢理はだめですよね」
案外、司音ちゃんは素直に引き下がった。
よ、良かった……
「それで先輩、この後、どうしますか?」
司音ちゃんがそう訊ねてくる。
「そうだな。まずはこの状況をどうにかしよう」
◇妹◇
それからは何事も無く、三人で仲良く雑談をした。
魅音ちゃんはもう立ち直ったらしく、来週から学校に復帰するらしい。
三日間、結構楽しかったな……
そして気付けば、空は朱色に染まっていた。
「それじゃあ、そろそろ帰るよ」
「はい。今日はありがとうございました」
俺が立ち上がると、二人も釣られるようにソファーから腰を上げた。
「それじゃあ、また会おうな、魅音ちゃん」
そう言うと、魅音ちゃんは顔を赤くしながらも頷く。
「先輩、私は~?」
「司音ちゃんは学校で会えるだろ」
そう言うと、司音ちゃんは「えへへ~」と笑う。
「それじゃ、お邪魔しました」
俺は二人に手を振り、家を後にした。
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