第134話 ノクスの家族
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◆◇◆◇◆ ノクス ◆◇◆◇◆
ドンッ!!
『休息日』の次の日は『鍛錬日』。
昨日しこたま酒を飲んだノクスは、昼間に目を覚ました。
宿屋で優雅に珈琲を飲んでいたら、突然街の西の方で白煙が上がる。
「あの方向……。もしかしてダンジョンか?」
『鍛錬日』にはダンジョンが一時的に解放される。
ヒュドラ・マキシマによってボロボロにされたダンジョンは今も閉鎖されているが、第9層には他にも低層のダンジョンがあちこちに存在した。
武具を装備し、相棒の銀剣を装備する。
バタバタとダンジョンに潜ると、目の前に広がっていた光景にノクスは固まった。
「なんじゃこりゃ!」
ダンジョンの中は巨大な蜘蛛の巣になっていた。
あちこちに骨を溶かしたような白い色が張り巡らされ、壁際には卵が植え付けられている。すでに生まれた子どももいたが、真っ黒になって炭化していた。
何より圧巻だったのは、巣の中央で真っ二つになった巨大蜘蛛だ。
「バジラモルグ……」
蜘蛛種の中でも、最強と謳われる女王。
子蜘蛛はさほど脅威ではないものの、本体の女王は白銀の外骨格に覆われていて硬く、腹部後端の糸腺からは「骨糸」と呼ばれる槍状に撚り合わせた糸は、金剛石すら貫くと言われている。
厄介さからいえば、ヒュドラ・マキシマの再生能力の方に軍配が上がるが、バジラモルグも周囲を自分の巣にしてしまうため動きにくい。戦いにくさと、防御能力でいえば、ノクスはバジラモルグに軍配を上げるだろう。
ちなみにバジラモルグもSSランクに該当する。
「おいおい。マジかよ……」
一体、誰が倒したんだと周囲を伺うと、見覚えのある二人組を見つけた。
アストリアと、ユーリである。
2人はしばらく話していたが、ノクスの姿を発見してやってくる。
「ノクスさん。もしかしてダンジョン攻略ですか?」
「あ。いや……。ところで、こいつは一体……」
目を丸くするノクスを見て、ユーリとアストリアは互いの顔を見合わせ笑った。
『戦争日』の前は見てて痛々しいほど、2人の心はズレていた。
それが『戦争日』が終わってみると、ズレは解消されたどころか、まるで恋人のように仲睦まじくなっている。
雨降って地固まるというが、隙あらば2人っきりにしようとした自分が馬鹿みたいではないか、とノクスは頭を掻いた。
(いや、馬鹿なのはどちらかというと、バカップルコンビだな)
ノクスは心の中で「爆発しろ」と毒づく。
そんな心の声など知る由もなく、ユーリは眉尻を緩めた。
「秘密兵器です」
「秘密兵器??」
「剣帝ヴァルトのね」
ユーリは力を込めた。
自信ありげにだ。
一昨日では後れを取ったが、剣帝の強さはノクスも知っている。
きっとユーリもいやというほど思い知ったはずだ。
そんな人間が自信ありげに話すのを見て、ノクスは少しワクワクする。
何せこのコンビは、あのヒュドラ・マキシマを倒したのだから。
「ただちょっと問題が発生しまして」
「問題?」
ユーリが掲げたのは、聖剣エアリーズだった。
アストリアの愛剣が、刃のちょうど半分ぐらいのところで折れていたのである。
ユーリは泣きそうになりながら、アストリアに詫びていた。
「すみません、アストリア。僕――――」
「さっきも言ったが、聖剣の寿命だったのだ。最近かなり酷使していたからな」
【風砕・螺旋剣】はかなり剣に負担がかかる。
聖剣はその負担を術者に対しても、剣本体に対しても軽減するように作られているが、ゼロになるわけではない。
アストリアは『円卓』のメンバーと激戦を繰り広げながら、第9層までやってきた。そろそろ剣そのものの寿命が来てもおかしくない。だが、このタイミングというのは、少々痛い。本人はおくびにも出さず飄々としているが、内心では肩を落としているだろう。
「ノクス殿、あなたは顔が広いと思うが。他の街に知り合いはいるか?」
「まあな。でも、この街にもいい鍛冶屋はいるぜ」
「鍛冶屋もそうなのだが、他の街の代表者と少し接点を持ちたいと考えている。街の主だった者を集めてほしいのだ。頼めるだろうか?」
「そんなことしてどうするんだ? まさか本気で剣帝ヴァルトを倒すつもりかよ」
「ノクスさんは反対ですか?」
ユーリの真っ直ぐな目に、ノクスはハッとなる。
万が一、ユーリたちが剣帝ヴァルトを倒したらどうなるか。
はっきり言って、ノクスも知らない。
第9層で死んだ者の魂を定着させているのは、間違いなくヴァルトだ。
ヴァルトを倒せば、第9層にいる戦士たちの魂は解放されるかもしれない。
だが、第9層は戦うことしか知らない戦士にとって天国だ。
一生、戦争をし続けることができる。
酒を飲み、強くなり、また戦争に挑む。
そんなことばかりしていた者たちが集っている。
偽りだとしても、残りたいと思うものだろう。
「ノクスが嫌なら他を当たる……」
「いや、俺に任せてくれないか」
「いいんですか?」
「いいも悪いもねぇ。俺も戦士の1人だ。負けっ放し戦争で戦ったって面白くねぇ」
勝つ戦争なら大歓迎だ。
「1日待ってくれ。明日の『武具日』までに雁首揃えてやるからよ」
ユーリとアストリアの顔は同時に輝く。
こう見ると、子どものようだった。
考えてみれば同然である。ノクスはもう千年以上、第9層にいる。
年の差でいうなら、子ども以前の問題だ。
(子どもの顔が見たいなあ)
ノクスは天を仰ぐ。
こんなことを思ったのは、1000年間で初めてだ。
残念ながら、それは叶わない。
ノクスは2人の子どものを残してきた。
子孫はいるかもしれないが、出会えたとしても面影を追えるかどうかもわからない。
第9層の呪いで、もう子どもの顔も、妻の顔も思い出せない。
何より、もう1000年子どもというものを見たことがない。
第9層に子どもはいない。性行為はできても、妊娠することがないからだ。
実際、子どもというものの存在すら忘れた不死者は大勢いる。
戦うことに充実感を持つ者にとって、子どもや妻という存在は邪魔なのかもしれない。









