第133話 よ゛がっだぁぁああ!!
「ここは戦いを喜びとする者たちにとって天国であり、冒険者にとって墓場なんだ」
ノクスさんは第9層剣帝ヴァルト――改め『剣墓層』について説明してくれた。
まずここで活動する人たちの大半が、不死者であること。
剣帝に挑み戦い、魂がこの第9層に囚われた者たちなのだという。
その年月は長く、ノクスさんは第9層というダンジョンができる前から行われていたのではないか、と推測していた。
むろん、ノクスさんもまた不死者だ。
昔、戦争日で命を落とし、以来『休息日』で始まり、『戦争日』が終了するというサイクルを1000年以上続けているという。
「『戦争日』が終われば、何事もなかったように『休息日』が始まる。どんなに無残に殺されようが、肉体が消滅しようが、『休息日』になれば元に戻っている。……ただ戻らないものはある」
ノクスさんは自分の頭を指で突いた。
「記憶だ。お前たちは時々俺を英雄扱いする。でも、俺自身は何も覚えていない」
そう少し寂しげに呟いたあと、ノクスさんは話を続けた。
「俺はまだいい方だな。記憶がなくなれば、今度は身体が蝕まれていく。見たろ? 剣帝側についていたスケルトンを……。あれは『戦争日』で戦死した魂のなれの果てだ」
ノクスさんは立ち上がって、窓に寄りかかる。
ちょうど顔なじみが宿屋の前を通ったのだろう。
軽く手を振って、挨拶をしていた。
「それでも、みんな楽しくやってる。自分の運命を知っていてなおな。なんでかわかるか?」
ここの連中はみんな、戦うことが好きなんだ。
「戦うことに己の価値を見いだせない人間はいる。冒険者なんてまさにそうだ。危険と隣り合わせ、いつ死んでもおかしくない。それでもエドマンジュに潜る。ダンジョンの構造とか、仲間とか関係ないんだ。戦いの中でしか充足感を得られない連中ばかりなんだよ。こう言ってる俺だって、『戦争日』の前はわくわくして寝られねぇんだ。――って、ユーリよ。聞いてるか?」
「聞い゛でばず!」
僕は泣いていた。
申し訳ないけど、ノクスさんの説明に感動したわけじゃない。
不死者さんたちの運命に感傷を抱いたわけでもない。
ただただ嬉しかったのだ。
「ノクスさんがい゛ぎででよ゛がっだぁぁぁあ」
「そこかよ。おい――――」
僕はノクスさんに抱きつく。
確かに不死者となり、第9層に囚われているのは辛いかもしれない。
でも、ノクスさんは常に笑っていた。
そこに影があるわけではなく、何か充実した人の顔をしていたことを、僕は知っている。
そんな人に死んでほしくない。
また一緒にお酒を飲んで、馬鹿騒ぎがしたい。
でも、『戦争日』でノクスさんが僕からいなくなった時、もうできないと諦めていた。
今、ノクスさんは僕の前にいる。
魂だけというけど、しっかり手を回して抱きつくことができる。
僕はもうそれで十分で、その時はもういっぱいいっぱいだったの。
「うわああああああああああんんん!!」
「ガチ泣きかよ! ちょ! ユーリ、落ち着け。こんなところ、嬢ちゃんに見られたら――――はっ!」
ノクスさんは視線に気づく。
そろそろと目を動かすと、開いた部屋の扉の隙間からこちらを見つめるアストリアの姿があった。
顔は真っ青になりながら、ゆっくりと扉を閉めようとする。
「ご、ごゆっくり」
「待て! 嬢ちゃん! 誤解だ。誤解なんだ!! ユーリはともかく――――」
俺はそっちの趣味はねぇぇえええんんだああああああああああ!!
ノクスさんの悲鳴と、僕の号泣が外の喧噪と一緒に響くのだった。









