第127話 聖剣オルディナ
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『宮廷鍵師、【時間停止】と【分子分解】の能力を隠していたら追放される~封印していた魔王が暴れ出したみたいだけど、S級冒険者とダンジョン制覇するのでもう遅いです~』分冊版、最新10話、11話が更新されました。
緊迫のアスキン戦が決着!
勝敗の行方をぜひご覧ください!
「うおおおおおおおお!!」
突如聞こえた鬨の声に、僕は振り返った。
新手かと思ったけど、違う。
スケルトンではなく、人の群勢だった。
僕たちと一緒で、中央にある城を目指して進んでいる。
その勢いは凄まじく、あっという間に前方のスケルトン軍団を中央突破した。
城に向かって一直線に進む中、例の光が群勢を差した。
その瞬間、地面は盛り上がり、巨大な爆発音が響く。
砂煙は離れていた僕たちをも巻き込む。
ゆっくりと煙が晴れた時、爆心地にあったのは巨大な溝だった。
そこには兜や鎧の一部らしきものが残っていたけど、人の姿はない。
全滅だ。
「おそらく別の街のものだな」
第9層には、僕たちが住んでいた街以外にもいくつかあるとは聞いていたけど……。
さらに鬨の声が響く。
あちらの勢いもすごい。
すでにスケルトン軍団を倒し、城に肉薄しようとしていた。
しかし、固まっていてはまたあの光に狙われる。
「アストリア! 手伝って!!」
「……わかった。いいだろう」
一瞬、アストリアは考えた後、聖霊ラナンを呼び出す。
僕に風の加護をかける。
「行きなさい。あたしの加護があれば、戦場のどこへだって、風のように駆け抜けることができるわ」
「ありがとう、ラナン」
「無駄なのに」
「え?」
「なんでもないわ。行きなさい!」
ラナンに背中を押され、僕はそのまま走り始めた。
(すごい! 身体が軽い!!)
1歩地面を蹴るだけで、飛ぶように早く動くことができる。
身体も軽い。自分が風になったみたいだった。
感心するのは、そこまでだ。
城に向かっていた街の群勢に再びあの光が大地をなぞるように落ちてくる。
その3秒後、空が明るくなるのが見えた。
(間に合え!!)
僕は停止し、地面に着く。
まだ距離はあったけど、鍵魔法を起動した。
「全体――――」
【閉めろ】!!
僕の中の魔力が溢れ、黄金色に光る。
そのまま群勢に向かって地面を滑っていく。
群勢を捉えると、全身を固定した。
直後、聖剣からの光が落ちる。
爆音が広がり、巨大な砂煙が舞い上がった。
直撃したのは間違いない。
聖剣の威力はやはり本物で、鍵魔法をかけた僕ですら不安だった。
だが、砂煙から人の形が見えた時、僕は胸を撫で下ろす。
「良かった」
うまくいった。
街の人はおろか、地面ですら抉られていない。
まさにそこだけ時が止まったかのように無傷だった。
鍵魔法を解くと、街の人たちは驚く。
あの光に巻き込まれたと思った人がほとんどだったのだろう。
自分が生きていることに、思わず首を傾げている。
「みなさん、ご無事ですか?」
「一体何が……。君がやったのか?」
「それよりここは危険です。一旦射程――――」
ドゥッ!!
遠くの背後でまた光が落ちた。
さらに北の方からアプローチしようとしていた街の群勢が巻き込まれたのだ。
しかも、スケルトン軍団――味方ごと巻き込んでいた。
「わかった? 無駄なのよ。いくらあなたが助けてもね」
風の聖霊ラナンがアストリアを連れて降りてくる。
突然の聖霊の姿を見て、武器を持った街の人たちはおののいていた。
ラナンは人前に出ることを控えていた。
こうやって現れたのは、もうそれどころじゃないってことだ。
「それとも戦場全体をあなたの鍵魔法で固定できるの?」
「それは――――」
難しいと言わざるを得ない。
見たところ、戦場自体は思っていたよりも広くない。
ムスタリフ王国の王都よりも一回り大きいぐらいだ。
それでも閉鎖されたダンジョンと違って、広い。
ラナンが言う通り、戦場全体に鍵魔法をかけるのは現実的ではないだろう。
「思い切って、本体を狙うのはどうでしょうか?」
指差したのは、城の周辺で浮遊している黄色の鎧を装備した騎士だ。
「その前に上の聖剣に撃墜されて終わるわ」
やれやれとラナンは首を振った。
「なら、あの聖剣――オルディナをなんとかしないと……」
このままでは城にすら近づけない。
「それにしても、もはや私が知るオルディナではないな。威力が段違いだ」
「向こうにはドリネーがいるからね」
「ドリネーさんというと……。『円卓』の中の鍛冶を担当してる」
「剣の腕も確かだぞ。だが、鍛冶の技術はその数百倍すごいがな。私の剣であるエアリーズも、ゲヴェイムのオルディナも、ダイムシャットのダークフォールも、本体はすべてドリネーが作ったものだ」
ドリネーさんが聖剣の鍛ち手というなら、オルディナは強化されたというのも頷ける。
「まさか聖剣オルディナを、あたしたち聖霊の力が及ばない空の向こうに飛ばしてしまうなんてね」
空には3つの層がある。
雨雲や雷雲なが流れる層。
巨大な気流が流れる風の層。
聖霊すら存在できないと言われる無の層。
最後の『無の層』は、大気がなく人は絶対に生きることができないという。
「そもそも、そこに到達することすら難しいんだから」
「じゃあ、オルディナを破壊することは不可能ってことですか?」
「残念ながらそういうことになる」
「そんな……」
僕は絶句した。絶句してしまった。
目の前で仲間が死んだ。
光の中に消えて、骨すら残っていない。
こうしている今でも、ちらつく。
僕をかばった時、安心させるために作った笑顔が頭に浮かぶ。
なのに仇を討つどころか、諦めるしかないなんて。
「だが、この戦を勝つ方法はある。ユーリ君。君の鍵魔法だ」
「え? 鍵魔法……?」
「我々だけで城をツッコむ。君は鍵魔法で私の援護をしてほしい」
「い、いや……。でも、アストリア! この人たちをどうするんだ。僕が離れれば、この人たちはオルディナからの防御手段を失うんだよ」
「彼らは見捨てていく。……行こう。私たちでこの戦争を終わらせるんだ」
「できません!」
おかしい。
やはりそうだ。そうなんだ。
僕がずっと抱いていた不安。
アストリアに対する違和感。
それはアストリアが僕のことを知らないからだと思っていた。
僕たちの関係値を知らないからだと……。
でも、今なんとなくわかった。
僕が知っているアストリアと比べて、どこかドライなんだ。
人の生死に対して……。
ダンジョンでも決断もそうだった。
僕が知っているアストリアなら、差し違えてまでヒュドラ・マキシマを倒そうとは言い出さなかったと思う。
ノクスさんを消えてしまった時も……。
そして今も……。
何かに諦めているような感じがする。
「君は私に言った。私の仲間を助けるのに協力する、と。あの言葉は嘘だったのか?」
「嘘じゃありません。今も本気で思ってます。でも…………でも…………」
喉の手前まで出かかっている。
この世で最低な言葉を……。
こんなの僕が知るアストリアじゃない、と――――。
「アストリア……。僕は――――――」
「アストリア。今のは言い過ぎだと思うわ」
突然そう言ったのは、ラナンだった。
「この子は第9層のことをまだ何も知らない。……だとしても、人の命を見捨てていくなんて言葉は言ってほしくない。あなたは風の聖霊ラナンが選んだ英雄なのだから」
「……確かに。今のは失言だった。すまない」
アストリアは近くにいた戦士に頭を下げた。
聖霊との契約者でありながら、頭を垂れて謝る姿に戦士たちは戸惑う。
「ただユーリ。アストリアの判断は間違っていない、とあたしは思うわ」
「でも、ラナン……」
「話は最後まで聞いて。でも、オルディアが厄介であることも事実よ。城に近づくにしても光撃に耐えなければならない。それに城には他にも剣帥がいるはずよ。あなたの鍵魔法ですべて対処できるとは思えないわ」
ラナンは空を見上げた。
「だから、まずオルディアを無力化する。それからでもいいんじゃないかしら」
これって、もしかしてラナン。
契約者であるアストリアじゃなくて、僕側についてくれてるってこと?
誇り高き風の聖霊が……。
「わかった。ラナンの意見に従おう」
「アストリア……」
「ただしオルディアを無力化する方法は、君が考えてほしい」
「え?」
「当たり前よ。あなたが言いだしたことなんだから」
僕は街の人たちを放っておけないと言っただけなんだけど……。
まあ、意味は一緒か。
どのみち聖剣オルディアを無力化しないと、戦いどころじゃなくなる。
そうだ。こんなの戦争じゃない。
ただ虐殺だ。
(オルディアを無力化する方法か)
まずオルディアの光撃に対処する方法を考えてみよう。
一先ず、僕の鍵魔法が通じることはわかった。
いっそ鍵魔法をかけて守りながら、彼らと一緒に城に移動する。
うーん。現実的とはいえないかな。
ラナンの言う通り、大勢で動けば目立つ。
そこにオルディアの光撃、さらに他の剣帥たちの攻撃があるかもしれない。
今のところ、姿を現しているのはゲヴェイムしか見えない。
ここにあのダイムシャットが現れれば、もはや城攻めなんてしてる場合ではなくなる。
では、オルディアを破壊する方法はどうだかな。
オルディアがいる場所は、無の層だ。
聖霊どころか、空気すらないと聞く。
そんな中で生命活動はおろか、時と場合によって戦闘行動をとるなんて無理だ。
そもそもあんな高いところにいくなんて。
「アストリア、ラナン……。僕を風の魔法を使って、無の層まで飛ばすことはできますか?」
アストリアとラナンは目を合わす。
半ば呆れたようにラナンは、ため息をついた。
「はっきり言って無理ね。知ってると思うけど、あそこは聖霊ですら生きることは難しい場所。とてもじゃないけど」
「ちなみに私とラナンでも風の層までが限界だ」
「無の層はその遥か先だからね。……はい。レクチャー終わり。時間が惜しいわ。本当に私たちだけを残して終わるわよ、戦争」
この間も何度もオルディナは光撃を落としていた。
第9層の街から出てきた戦士たちに狙いを定め、次々とその肉体を消し飛ばしている。
街が一体いくつあるかは知らないけど、確かにこのままでは僕たちだけを残して終わってしまう。
「さあ、どうする?」
ラナンの言葉とともに、アストリアの視線が僕を向く。
話を聞いていた他の戦士たちも、僕を見つめた。
10秒ほど考えた後、僕は答えた。
「……1つだけやってみたいことがあります」









