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第118話 魔法殺し~ウィッチリッパー~

 ノクスさんの「1杯奢らせてくれ」から始まった酒宴は、結局日を跨いで行われた。

 何故かノクスさんは僕たちだけに奢る約束が、飲んで気が大きくなったのか、いつの間にか酒場にいる全員に奢ることになっていた。おかげでボイヤットさんが残していったコインはすっからかんになってしまった。

 でも、それぐらいの代償を払ってもいいぐらい、久しぶりの気持ちのいい酒の席だったと思う。


「ユーリくん……。私はぁ……まだ、のめるぞぉ……」


 アストリアはすっかり酔いつぶれていた。

 この人はお酒が弱いくせになんで飲もうとするのだろうか。


 ただ過去のアストリアも、僕が良く知るアストリアも、こういうところが同じで少しホッとする。


「嬢ちゃん、すっかり酔いつぶれちまってんなあ。俺が泊まってる宿はすぐそこだ。もう少し頑張れ」


「はい。……あ。いえ。すみません。何から何まで」


 ノクスさんは顔こそ赤いがしゃんと立って歩いている。

 アストリアと違って、たぶんお酒が強いのだろう。


「いいってことよ。ただその宿は確か1室しか空いてないはずだ。嬢ちゃんと相部屋になっちまうかもだぞ」


「え? そ、その時は床にでも寝ますよ」


「酔った勢いで嬢ちゃんから誘ってくるかもしれないぞ」


 にま~っとノクスさんは笑う。

 一体何を想像しているのか。わかるけど、わからないでおこう。


「だ、ダメですよ。そういうのは!」


「あはははは! 紳士だな、ユーリは。好きなんだろ、彼女のこと」


 思わず絶句してしまった。

 何か言葉で返そうとしたが、喉の奥で詰まって何も出てこない。

 ただノクスさんに赤くなった顔を晒すことしかできなかった。


「何を驚いているんだ? そんなの見りゃわかる。見てるこっちがじれったいぐらいだ」


「いや、僕たちはそういう……」


 本当にどう説明したらいいかわからない。

 現在の僕たちは祝言を挙げた仲だけど、今の僕たちって……。


(あれ? 今の僕たちってなんだろうか?)


 友達、仲間……? 恋人…………は、さすがに違うよな。

 『円卓(アヴァロン)』のメンバーを助けるという点では、アストリアから見て、僕は協力者(パートナー)なんだろうけど……。


 今のアストリアって、僕のことをどう思っているのだろうか。


「なんか複雑な事情があるみたいだな」


「すみません。折角、心配してくれているのに」


「別に。心配なんてしてねぇ。長く生きてると、暇で暇で。昼間のイカサマにだって首を突っ込みたくなるんだ」


「長くって……。ノクスさん、まだ若いですよね」


 30代半ばだとしたら、冒険者としてのピークは過ぎていても、熟練者としては脂がのる頃だ。はっきり言って、老け込むような年でもない。


 ノクスさんは僕の質問に答えない。

 その代わり、足を止める。


「出てこいよ。そんなに殺気をまき散らしてちゃ。気づいてくださいって言ってるのと同じだぞ」


 最初、誰に言っているかわからなかった。

 次の瞬間、風切り音が聞こえる。


「周囲――――」



 【閉めろ(ロック)



 鍵魔法で僕、ノクスさん、さらにアストリアを【閉めろ(ロック)】する。

 飛んできたのは矢だ。僕の眉間付近に当たって、跳ね返る。

 そのまま空中で数回転した後、近くの家屋の煉瓦壁に刺さった。

 かなり遠くから飛んできたのに、すごい威力だ。

 鍵魔法を展開していなかったら、間違いなく僕の頭蓋を貫いていただろう。


 僕は鍵魔法を【開け(リリース)】する。

 すると、ノクスさんは「ヒュー!」と口笛を鳴らした。


「やるねぇ、ユーリ。今のも鍵魔法か」


「はい。それより……」


「ああ。……おら! 出てこいよ、三下」


「三下だと……」


 怒りが滲んだ声とともに、通りの角から人影が現れる。

 街灯の光に照らされ、顔を晒したのはボイヤットさんだ。

 随分と街の人たちに暴行されたのだろう。

 鼻筋に包帯を巻き、おでこや眉間の付近が腫れていた。

 着ている服も砂をかぶって、ボロボロだった。


「やっぱりお前らか」


 ノクスさんはボイヤットさんから視線を切り、遠くを見つめる。

 家屋の屋根に矢筒を背負い、弓と矢でこちらに狙いをつけるディーラーさんの姿があった。


「昼間はよくもやってくれたな、お前ら」


「イカサマする奴が悪いんだろ」


「黙れ! ここでお前を殺してやる」


「殺す。そいつは願ってもないねぇ。やれるもんならやってみろよ」


「吠え面をかかせてやる」


 激昂するボイヤットさんの手には、雷撃の魔法が握られていた。

 魔法の構築が早い。それに詠唱していなかったのに。


「まさか詠唱破棄か!」


 魔法というのは本来、呪文が必要になる。

 僕でいう【閉めろ(ロック)】や【開け(リリース)】がそれだ。

 呪文は長いものから短いものまであるけど、まったく呪文なしに魔法を構築できる。それが詠唱破棄だ。


 かなり高度な技術で、僕が知る限り10人といないはず。


 賭場でイカサマをしているような人が、そんな技術を持っているなんて。


「死ねぇ!!」


 雷撃の魔法が放たれる。

 詠唱破棄のせいで、かなり早い。

 加えて雷撃魔法の速度は、光と変わらない。

 一瞬にして僕たちの目の前に到達する。

 まずい。間に合わない。


 僕はギュッとアストリアをかばう。


 ジャンッ!!


 耳をつんざくような轟音を聞いて、僕は被弾したと思った。

 しかし、どこにも怪我がない。それらしいところもなかった。

 顔を上げると、1人の騎士が銀剣を構えて立っている。

 アストリアかと思ったが違う。

 でも、長髪を揺らし、夜の闇に立つ姿は、英雄譚に出てくる悪い魔法使いを倒しにきた主人公のようだった。


 いや、……ようだったのではない。

 その主人公はそのものだ。

 同時に、僕はある可能性をノクスさんに尋ねてみた。


「ノクスさん……。下の名前はお聞きしてもいいですか?」


「なんだよ、こんな時に」


 そうだ。僕は何を聞いているんだ。

 今、目の前に襲撃者がいて、アストリアが危ない目にあっているというのに。


「すみま――――」


「グランシェルだ……」


「ノクス…………グランシェル……」


 ああ。やっぱりそうだ。

 この人に出会った時から、何か既視感のようなものがあった。

 長い髪を後ろで食べた髪型。面白そうなことになんでも首を突っ込む性格。

 何より武器の中では珍しい、銀を使った剣。


 子どもの頃、絵本で何度も読んだ。

 間違いない……。



 伝説の冒険者『銀騎士(シルバー・ナイト)』ノクス・グランシェルだ!



「魔法を斬った? その剣、単なる銀剣ではないな? 魔法銀か?」


 銀は硬度が鉄や鋼と比べても低く、さらに曲がりやすくて刃こぼれもしやすい。

 高価でもあるため武器の材料として使用するのに、向いていない。

 一方、特定の魔獣や種族に対する特攻や、魔法に対する相性もいい。

 特に魔法で鍛えた銀は『魔法銀』といって、鉄や鋼に劣らない硬度と、魔法に対して物理的に干渉する特性を持つ。


 ただし1つ欠点があって、異様に比重が重いため並の剣士では扱えないと聞いたことがある。


「へぇ。よく知ってるじゃねぇか」


「お前、さては『魔法殺し(ウィッチリッパー)』か」


「『魔法殺し(ウィッチリッパー)』? なんだそりゃ。ダサっ!」


 ノクスさんが前に出る。

 一気に敵との距離を詰めた。

 ボイヤットさんは再び詠唱破棄で雷撃魔法を撃ち放つ。

 しかし、それもノクスさんはあっさりと討ち払ってしまった。


 ついに間合いに入り込んだ。


 ヒュッ!


 再び風切り音が聞こえる。

 先ほどのディーラーだ。ボイヤットさんを囮にして、ここぞというタイミングを見計らっていたのだろう。


「全身――――」



 【閉めろ(ロック)】!



 僕はノクスさんと矢の間に入り、全身を固める。

 矢はまた弾かれ、近くの廃屋に入り込む。


「ユーリ、読んでいたのか。嬢ちゃんは?」


「矢の射線に入らない安全な場所に隠しました」


 他に新手がいる可能性はあるけど、アストリアには聖霊ラナンがいる。

 人混みの中では一切現れなくなったけど、いざとなれば助けに入るだろう。


 今の一瞬で、ボイヤットさんとの距離が開いていた。

 アウトレンジからの攻撃を徹底するつもりのようだ。


「いい判断だ。弓使いは任せていいか?」


「大丈夫です」


「いい返事だな。行くぞ」


「はい!」


 僕とノクスさんは同時に走り出した。


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