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第103話 新しき王

「そうはいきませんなあ……」


 その声は緩んだ社の空気を、一気に硬直させた。


 同時に軍装の金部分の鳴る音が聞こえる。


 1つ、2つではない。


 無数の音であった。


 直後、社の庭に兵士たちがなだれ込んでくる。


 宮中近衛とは軍装の雰囲気は似ているが、色や形、兜についた羽根飾りが違う。


「何?」


 エイリナ姫が目を細める。


 その疑問に答えられるものはいない。


 ユーリを抱えたアストリアはおろか、君主であるユーハーン王ですら唖然としていた。


「まさか……」


 ユーハーン王は絶句する。


 すると、高笑いとともに大柄の男が1人現れた。さらにその側には、眼鏡をかけた男が鋭い眼光を放っている。その口元には、貼り付けたような笑みが浮かんでいた。


「ラバラケル……」


「シュバイセル!」


 ユーハーンは眉間に皺を寄せながら呟き、アストリアは忌々しげに叫んだ。


 兵武省の統括グラリオン・ラバラケル。


 見回り組局長シュバイセル・ミグロス。


 そして、その周りを固めるのは、彼らの部下である兵武省の兵たちだった。


 その槍の切っ先は、激戦をくぐり抜けボロボロになった宮中近衛と、さらにその先にいるアストリアたちや、ユーハーン王にまで向けられていた。


「ラバラケルよ。これはどういうことだ?」


「わかりませんか、“(おおきみ)”? クーデターですよ」


「クーデターだと……」


 ユーハーン王の顔が歪む。


 対するラバラケルは、口を開かず不敵に笑った。


「ククク……。俺はこの時を待っていた。あなた方、旧体制が崩れる時を」


「どういうことだ?」


冠位十二階(グランド・トゥエルブ)に対する私怨は、すでに宮中はおろか都の“(ぴん)”にすら蔓延している。それは冠位十二階(グランド・トゥエルブ)が悪法ではなく、古い法であるからです。……あれは戦時下直後に作られた身分制度。獣人の力を一定程度削ぐことにおいて作られたかび臭い代物です。それを後生大事に抱えているあなた方、旧体制自体が時代遅れなのですよ」


「なるほど……。確かにそうだろう。しかし、その旧体制を率いた(ガルヴェニ)は死んだ。これから神王国は新しい時代を迎えるだろう。故に、今こそ皆が手を取り合い、一致――――」


「そんなの無理でしょう……」


 ラバラケルは一刀両断する。


 側にいたシュバイセルも「ふっ」と鼻で笑った。


「古い体制を敷いてきたあなた方が、今さら新しい国を作るなど、笑い話にもならない。“(おおきみ)”……いえ、ユーハーン陛下! 国も新しくなるのです。ならば新しい王も必要とは考えませんか?」


「まるで……自分こそがふさわしいという風に言いたげだね」


 ユーハーン王は周囲に目をやった。


 兵の数は目で見える範囲だけでも、1000人に届く。


 おそらく社の周りも固められているだろうし、“(おおきみ)”に忠誠を誓う者たちに対しては、粛正あるいは逮捕されている可能性がある。


 それほどラバラケルという“大臣(おとど)”は、執拗なエルフであり、側にいるシュバイセルが用意周到であると、ユーハーン王は認識していた。


 おそらく、あらかじめかなり綿密に計画が練られていたのだろう。


「その通りです」


 ラバラケルは、はっきりと頷いた。


「新カリビア神王国――いや、新カリビア王国の初代王には、このグラリオン・ラバラケルこそがふさわしい」


「わかった……」


 ユーハーン王はあっさりと認める。


「ならば新王ラバラケルよ。聞こう……。お前は、この国をどうするつもりだ」


「強き国にする……」


「強き国?」


「さしずめこの国より、獣人を追い出す。エルフ単一の社会を作り上げる」


「馬鹿な……」


 ユーハーン王の言う通りであった。


 エルフ単一の社会など不可能だ。今ですら獣人という社会基盤があってこそ、この国は成り立っている。


 非力なエルフだけでは、あの大きな神樹を倒すことは不可能だし、土木・治水事業は獣人の力があってこそだ。


「そもそもガルヴェニなき後、我々は神仙術を使うことができないのだぞ」


 それは大きな指摘であった。


 神仙術はガルヴェニが与えた力である。その魔獣王をユーリは倒してしまった。すでにその影響はインフラに出始めていることだろう。


 故にこれまで、エルフは魔獣王と共生してきたのだ。


「ふん。あのようながさつで、乱暴で、法に従わない種族と手を取り合えるものか。視界に入れることすら忌々しい! ヤツらが300年前何をしたのか忘れたのか!」


「それこそ昔の焼き増しではないか、ラバラケル。お前は新しい国、法、王を望むという。だが、それが300年前のエルフと同じだ。我らを古いと嘲罵(ちょうば)するのは、道理に合わぬと思わぬか」


「黙れ、古き王よ!」


 ラバラケルはシュバイセルに向かって顎を振る。


 指示を聞いたシュバイセルは、手を振り上げた。


「全隊前進……」


「“(おおきみ)”も、“()”も殺せ! 俺が許す!」


 ラバラケルは悪魔の如く吠えた。


 その瞬間、アストリアやユーハーン王を守るように取り囲んだ近衛たちに、兵武省の兵士たちが襲いかかった。


 そこかしらから鬨の声が上がる。


 血煙が宙を舞い、悲鳴が聞こえた。


 雌雄はその瞬間、すでに決していたかもしれない。


 1000の兵士に対して、ユーハーン王を守る近衛たちの数は、ガルヴェニとの激戦によってその数を100以下まで減らしている。


 そもそも近衛たちの数はそもそもそんなに多くはない。


 兵武省が抱える兵士は、王都防衛隊や見回り組、さらに有事の際における兵数まで合わせれば、軽く1万をいく。


 戦力が圧倒的に違うのだ。


 如何にユーハーン王を守るという信念の下、異常なまでの士気を燃え上がらせたところで、体力的にも身体的にも優位な兵武省兵士に勝ち目はなかった。



 ジュンンンンン!!



 空気を焼きながら一条の光線が兵武省兵士を貫く。


 さらに3、4人と巻き込み、貴重な戦果を上げた。


 エイリナだ。


 砲杖(キャスト・ライフル)を具現化させると、迫ってくる兵士に向かってぶっ放す。


「まさか他国の兵士に向けて撃つ日が来るとはね」


「エイリナ!」


「もう外交問題も、内政干渉も関係ないわ、アストリア。私たちがやることは1つよ。生き抜くことよ」


 エイリナ姫は獣のように歯を食いしばりながら、次弾を込めた。


 アストリアも頷く。


 抱えていたユーリをそっと下ろそうとして、自分も加わろうとする。


 それを止めたのは、ユーハーン王だった。


「エイリナ姫、そしてアストリア殿……。あなた方はユーリ殿を連れて逃げて下さい」


「し、しかし、陛下!!」


 アストリアは食い下がるが、ユーハーン王は首を振った。


 その顔は、絶望的な危機にあるとは思えないほど穏やかだ。


「彼は今ここで死なすには惜しい人間だ。そしてこの国の恩人であり、英雄だ。その方の命が絶たれるようなことがあってはならない」


「ですが、このままではあなたのお命が……」


「ご心配なく……。この命、すでにガルヴェニが娘にやつした時から覚悟はできておりますゆえ」


「ユーハーン王……」


 王の意志は固い。それを覆るほどの時間も猶予もなかった。


 剣戟の音が近くなる。


 兵士達はもうすぐそこまで迫っていた。


「でも、この囲みを突破するなんて……」


 エイリナ姫は砲杖(キャスト・ライフル)を放ちながら、声を吐露する。


「いくら計画していたとはいえ、ラバラケルにとって今の状況はかなり突発的な出来事であったはず……。どこかに綻びがあるはずだ」


 ユーハーン王の指摘は正しい。


 この突発的な出来事に、100点満点で答えられたとは思えない。


 どこかに計画の綻びがあるはずである。


「だが、それはどこに……」


 1人、2人と壁役である宮中近衛がやられていく。


 エイリナ姫も、アストリアも応戦するが、ガルヴェニとの戦いで出し尽くした彼女らの動きは鈍い。


 ユーハーン王ですら剣を握って戦う状況となってきた。


 もはや全滅は時間の問題である。


「まずい。このままでは…………」



 しゃーないヤツらやなぁ……。


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 声が聞こえる。


 はっきりと……。


 次の瞬間――――――。



 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンン!!



 爆発音が宮廷に鳴り響く。


 アストリアたちからは少し離れたところで、爆発が起こり、濛々と黒煙が立ち上る。


 当然、兵士達の陣形が乱れる。


 すぐ近くだったということもあり、指揮官であるラバラケルとシュバイセルも、口を開けて驚いていた。


「今よ、アストリア!」


 間髪容れず、エイリナ姫は叫ぶ。


 その時にはすでにアストリアの剣には、なけなしの魔力が全て注がれた聖剣が握られていた。


 力強く、その言の葉を大気に載せる!!



 【風砕(エア)螺旋剣(リーズ)】!!!!!



 巨大な嵐の剣が地を這う。


 兵士達をなぎ倒し、吹き飛ばし、引きちぎった。


 そして露わになったのは、戦場にぽっかりとできた血路だ


 アストリアは息を整える間もなく、ユーリを担ぎ上げ、そこに飛び込む。


「ユーハーン陛下も!!」


 エイリナ姫も、ユーハーン王の手を引く。


 王は残るつもりだったが、その背中を押したのはレキとレニだ。


 2人が殿をつとめ、アストリアが作った道を走り始めるのだった。


???「ドキドキ」


カクヨムコン6の読者選考期間が終わりました。

たくさんのフォローとレビューをいただきありがとうございます。

引き続き更新していくので、楽しんでいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] シュバイセルたち、頑張っているじゃない。見せ場だ/w しかし、まだ全てのケリはつかないのね。 口調で、誰が言っているか判るようになっている。わざわざ関西弁にした効果。
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