表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

104/144

第99話 魔獣王

 復活……?


 一体、何を言っているんだ?


 いや、そもそもフィーネルさんの様子が明らかにおかしい。


 声も、姿ももはや別人に近い。


「獣憑きの類いか……」


 アストリアは呟く。


 獣憑きというなら、僕もわかる。


 大量の魔力を保有した魔物を倒した直後に起こる現象のことだ。そこから放出される魔力を浴びると、人体の魔力と反応して、人間が魔物のようになってしまうことが、稀にある。


 実際に目にしたことはないけど、文字で知る限りにおいて、それに近いものを感じる。


「いや……。あれはそんな生やさしいものではないぞ、ユーリよ」


 サリアが僕の影から出てくる。


 いつもは人を小馬鹿にしたような表情は、なりを潜めて、すでに戦闘態勢に入っていた。


「よもや、こんな所に封印されていたとはな。魔獣王ガルヴェニよ」


「え?」


「魔獣王……」


「ガルヴェニですって!」


 僕も、アストリアも、そしてエイリナ姫も絶句した。


 それは魔王と勇者の戦いを記した古い叙事詩に出てくる魔獣の王の名前だ。


 そこには、勇者が仲間とともに魔獣王ガルヴェニを討ったと書かれていた。ならば、魔獣王は死んだんじゃないのか?


「所詮、人間が描くことよ。いいように捕らえ、描かれることもある。だが、間違いない。今、我の前にいるのは、我と共闘し、あるいは血肉を削り、覇を争ったガルヴェニだ……」


 サリアがそういうなら間違いないだろう。


 叙事詩なんかよりも遥かに彼女の記憶の方が正確だ。


 でも、どうして魔獣王が、カリビア神王国の社に封印されていたんだろうか。


「復活させたのだ、我らの先々代がな」


 答えたのは“(おおきみ)”だった。


 退魔の剣をフィーネルに向けている。その仮面の下からは、汗が滴っていた。その周りをレキとレニが固める。


 近衛たちの動揺は収まらない。未だに矛の先を僕たちに向けるか、変貌したフィーネルさんに向けるか、迷っている様子だった。


 その中で、“(おおきみ)”の声が滔々と響く。


「今から300年前、この第2層『森宮』テネグで、ダンジョン資源を巡っての内乱が起こった。所謂エルフと獣人の戦争だ。当初、その内乱は獣人の有利に進んだ。獣人の方が人口が多かったことと、エルフよりは遥かに基礎能力が高かったことが原因だ」


 戦況は圧倒的だったという。


 そこでエルフは、ある手段をとった。


 元来、国の神職と王族にしか知られていなかった魔獣王の封印を解くというものだ。


 扉の封印を開くことはできなかったが、それでも魔獣王の力を借り受けることができた。


 それが――――。


「神仙術……」


「その通り。神仙術を得た我々は、戦争を優位に進め、逆転勝利した。だが、これで終わりではなかったのだ。我々は魔獣王ガルヴェニから力を借り受けた代償として、彼を信仰の対象としなければならなかった。つまり、我々はかつて魔王と同じく、世界で暴れ回った魔獣王を、(かみ)――――すなわち“(しん)”として崇めることにした」


「そんな……」


「誰もそれを拒否しなかったのですか、“(おおきみ)”」


 エイリナ姫が質問する。


「できなかったのであろう。ガルヴェニと手を切ることは、神仙術を手放すこと……。戦争直後のエルフでは、その判断は難しかっただろう」


 “(おおきみ)”は頭を振った。


 さらに説明を続ける。


「それにガルヴェニは巧妙だった。獣人に対するエルフの悪感情を利用し、自分好みの(まつりごと)を始めた。その最たる物が――――」



 冠位十二階(グランド・トゥエルブ)……。



「そうだ。過剰ともいえる身分制度は、未だ獣人に悪感情が大きかったエルフたちの欲望を、見事に叶えたものだった。仮初めの“(しん)”は熱狂的に支持されていった。そして時は流れ、“(しん)”が魔獣王ガルヴェニであることを知るものはいなくなり、“(しん)”が神であることを疑うものはいなくなった」


 そして、“(しん)”は定着していったというわけか。


 けれど、フィーネルさんは……。


「時が経てば、戦争の傷も癒える。同時に戦争を知らず、獣人に対する悪感情のない者が現れる。その中でフィーネルは冠位十二階(グランド・トゥエルブ)のあり方を最初に疑問視した“神和(かんなぎ)”だ。彼女は己の階位を隠れ蓑にして、獣人に対する保護を訴え――――」



 そして、ガルヴェニの怒りを買った……。



「“神和(かんなぎ)”でありながら、娘は“(しん)”の言葉を無視し続け、結果、ガルヴェニは我が娘を手にかけ、あまつさえその身体を乗っ取った」


 “(おおきみ)”はそこで目を覚ました。


 この目の前にいる“(しん)”は本当の(かみ)に非ず、と……。


「私は他層の文献も集めて、事の真相を探った……。そして我らに手を貸してくれた“(しん)”が、実は魔獣王であることを知ったのだ」


 “(おおきみ)”は退魔の剣を掲げる。


 魔獣王を殺すために鍛え上げた武器だという。文献に依れば、あの勇者が振るった武器と同じ素材や多種多様な魔法補助が組み込まれているという。


 さらに対外的にはクーデターということにした。


 仮に魔獣王のことが暴露されれば、それを利用する輩が現れるかもしれないからだ。


「では、何故魔獣王はあんなアパートメントのど真ん中にいたのでしょうか?」


「そんなもの簡単じゃ。お主だ、ユーリ……」


 サリアは指摘する。


「お主ならば、あの封印の扉を開けると確信したのだ。そして、“(しん)”の解放と囁き、お前にこの扉を開けさせた」


「魔獣王にまんまと担がれたってこと!!」


 エイリナ姫は悲鳴を上げる。


 横のアストリアも、動揺を隠せないといった様子だった。


『ううぅぅぅうぅぅぅううぅぅぅぅぅあぁぁぁあああぁあぁぁああぁぁあぁ!!』


 突如、呻きだしたのは、フィーネルさん……いや、ガルヴェニだった。


 すでに異形とも呼べる変貌を果たしていたフィーネルさんの身体が、空気を入れたようにたくましく膨らんでくる。


 肩や背中、足が盛り上がり、服が弾けると、そこから現れたのは鮮烈な銀毛であった。


 禍々しく針金のような銀毛は、一切の接触を拒否するかのようにそそり立っている。


『ぐるるるるるるるるるるるる……』


 ふっと意識を失ってしまうほどの甘ったるい獣臭が、立ちこめる。


 喉を鳴らす音とともに現れたのは、巨大な魔獣だった。


 獅子に似た銀毛の鬣。巨大な神樹であろうと一掴みできそうな大きな手足。頭の上には、太いスピアのような角が伸び、赤黒い顎門の中で牙が光っている。


 漂ってくる雰囲気は、どんな魔物にもない王気の気配。


 険しい顔と共に、その濁った赤い瞳は、その場にいる全員の背筋を寒からしめていた。


『改めて名乗ろうか、人間よ。我が名はガルヴェニ……。魔獣王ガルヴェニである』


 哄笑を響かせる。


 思わず1歩退きたくなるような覇気に、みんなが飲み込まれていった。


 その中で、1人前に進む人間がいる。


 僕だ。


 ガルヴェニの赤い目と、視線を交わす。


『お前には礼を言おう、鍵師。お前のおかげで、我の封印は解かれた。感謝しよう』


「許さない……」


『許さぬか、我を。まあ、そうであろう。だが、すべては愚かなエルフや人間がしたこと。我は助言を与えたにすぎない』


「ああ。そうだ。愚かだ」


 僕も含めて……。


 騙されていた人間すべてが愚かだ。


 けれど……。


「フィーネルさんだけは違った。お前の甘言に逆らい、命を失った。彼女だけが、彼女だけは愚かじゃなかった。それをお前は――――」


『忌々しい“神和(かんなぎ)”よ。“(しん)”の声を無視するからだ。言わば天罰だな』


「絶対に許さない……」


『だから、どうだというのだ? 我はかの勇者すら封印するしかなかった魔獣王だぞ。それとも、そこな魔王が我の相手になるのか?』


「くっくっくっ……。愚かなり、魔獣王よ」


『なんだと?』


 サリアは、そっと僕の首に手を回した。


「こやつを単なる鍵師と侮るなよ、魔獣王。我の助力など必要ない。このユーリ・キーデンスはな。魔王サリアが認めた天才じゃ。我がやることといえば、お前の屍を見送ることだけよ」


『世迷い言を……』


「そう思うなら試してみるがよい。止めはせぬ。それにな、魔獣王よ。我もそなたのことを煩わしく思っておった……」



 この世に「魔」を冠する「王」は、我を於いて2人も入らぬ……。



「サリア……」


「皆まで言うな、ユーリ。お前の心根など透けて見える。本来であれば、拒否するところであろうが、今だけは特別に我の魔力を貸し与えることを許そう」


「ありがとう」


 そして僕は手を掲げる。


「時間――――」



 【停止(ロック)】!


お休みなので、頑張って2話書きます!

お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


第2巻12月15日発売です!!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『ハズレスキル『おもいだす』で記憶を取り戻した大賢者~現代知識と最強魔法の融合で、異世界を無双する~』第2巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


コミカライズ版もよろしくお願いします
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『ハズレスキル『おもいだす』で記憶を取り戻した大賢者~現代知識と最強魔法の融合で、異世界を無双する~』第2巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



シーモア様にて2巻発売!
↓※タイトルをクリックすると、シーモア公式に飛びます↓
『宮廷鍵師、【時間停止】と【分子分解】の能力を隠していたら追放される~封印していた魔王が暴れ出したみたいだけど、S級冒険者とダンジョン制覇するのでもう遅いです~』
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『アラフォー冒険者、伝説になる』コミックス10巻 11月14日発売!
90万部突破! 最強娘に強化された最強パパの成り上がりの詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



シリーズ大重版中! 第7巻が10月20日発売!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~』単行本7巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


9月12発売発売! オリジナル漫画原作『おっさん勇者は鍛冶屋でスローライフはじめました』単行本4巻発売!
引退したおっさん勇者の幸せスローライフ続編!! 詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



8月25日!ブレイブ文庫様より第2巻発売です!!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~』第2巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


書影が出ました! 2月10日発売! こちらもよろしくです。
↓※タイトルをクリックすると、カドカワBOOKS公式ページに飛ぶことが出来ます↓
『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large

ツギクルバナー

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[一言] とうとう、二層の秘密がすべて明らかに。 神の姿がそれだったとは。姫様は、器だったか。お近づきになるチャンスが失われてしまった… 純真だから騙される。そして、きっとその怒りは深い。満を持しての…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ