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【電子書籍化】好きだ愛してると言うから好きになってしまったのに、好きになったらフラれました  作者: 三糸べこ


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【電書化記念SS】初対面のふたり

最終回以降のロベルトが記憶喪失になったら……を書こうと思って違う感じになりました。

 ――ロベルトが魔法事故に巻き込まれた。

 その知らせを聞いたカリンは、血相を変えて彼の部屋へと駆けつけた。

 

「ルブ、大丈夫ですか!?」

 

 ノックもそこそこに部屋へ飛び込む。

 ソファに座るロベルトは元気そうだった。が、何かがおかしい。

 

「ル、ブ……?」


 思わず足を止めたカリンに、第四王子とレイモンドが状況を説明する。


「どうやら時間と空間がねじ曲がってしまったらしくてな!」

「え? 時間?」

「つまりこのロベルトは、十年前のロベルトなんだ」

「十年前のルブ?」


 魔法事故に巻き込まれたロベルトは十年前に飛ばされ、代わりに十年前のロベルトがこちらにやって来た、ということらしい。

 

 確かに、伸ばしかけの髪の毛が元と同じくらいの長さになっている。

 最後に見た数時間前からこの長さには、どう頑張っても伸ばせないだろう。

 

 背格好はあまり変わらないように見えるが、なんとなく表情に少年特有の生意気さがある、ような気もする。

 

「あ、何だか思い出してきた。十年前、確かにこんなことありましたよね、殿下」

「ん? ……ああ、そういえばそうだったな! 突然、十年後のロベルトと名乗る男が来てな!」

「ロベルトというより、ロベルト()()、みたいな感じで。髪も短くなってて」

 

 当時、十年後のロベルト――つまり、過去に行った現在のロベルトと会っていたことを思い出した主従曰く、「ロベルトさん」がいたのは一日程度のこと。

 だから一日も待てば元通りに戻るはず、心配するな、というのが二人の見解である。


「すっかり忘れていたな! 時空のねじれが戻ると記憶も調整されるのだろうか!? 実に不思議な感覚だ!」

「カリン嬢はこの時のロベルトとは会ったことがないよな? 一日だけのことだし、どうせ今回も記憶には残らないんだろうし、楽しんでみたらどうだい」

 

 最後に「じゃあな」と言い残して、王子とレイモンドは去って行った。

 部屋にはカリンと、十年前のロベルトだけが残される。

 

 ロベルトが一瞬、苦しそうに顔をしかめた。

 魔法事故に巻き込まれたのだ。ロベルトの体調に異変が生じている可能性がある。

 

「え、えと、大丈夫ですか? どこか痛いですか?」

「いえ……」

 

 問題ないとでも言うように手のひらを見せられる。

 それからすぐに、ロベルトは平然と顔を上げた。

 

「よかった。それで、あの……ルブ、なんです、よね」

「ロベルト・エル=ネリウスと申します。あなたは?」

「カリンと申します。ええと、十年前のルブと言うと……十七歳くらいでしょうか」

「ええ、その通りです」

 

 カリンがロベルトと出会ったのは約四年前。さらに六年も前となれば、今のカリンよりもずいぶんと歳下である。

「楽しんでみたらどうだい」なんて言われても、少年ロベルトと、一体何をしろと言うのか。

 

 (……に、しても)

 

 ロベルトの美しさは、十七歳の頃にはすでにできあがっていたようだ。

 カリンに対して柔らかく微笑む様子などすっかり青薔薇の騎士である。

 

 まさか、また「今夜、君と共に空の星を眺めたい」などと言われやしないだろうか。

 ちゃんと両想いとなった二人ではあるが、頷いてもいいものか。相手は十代の少年だ。

 

 そんなことを悩んでいたカリンだったが、心配する間もなく、部屋から追い出された。

 

「男女二人きりで同じ部屋など、あなたの醜聞になりますよ」

「でもルブ、わたしたちは……」

「私はルブではなく、ロベルト・エル=ネリウスです。それでは」

 

 パタン、とあっけなく扉が閉められる。「ルブ?」と声をかけるが、中からは返事もない。

 

 この頃はまだ青薔薇の騎士ではなかったのだろうか。

 単にカリンが若かりしロベルトのお眼鏡にかなわないだけだろうか。

 

(ルブに素っ気ない態度を取られる日が再びこようとは……!)

 

 彼はカリンの知るロベルトと同じ人間だが、違う人間とも言えるのだ。

 少し自惚れすぎていたことを反省し、トボトボと仕事に戻った。

 

 ***

 

 一人になった部屋でソファに腰掛け、ロベルトは深く息を吐く。

 

 どうやらここは、十年後の未来であるらしい。

 十年後の自分が魔法事故に巻き込まれ、その反動で十年前の自分と入れ替わってしまったのだと。

 

 にわかには信じられない。

 ただ、いつもの二人――特に、第四王子がずいぶんと大人びていた。

 手の込んだ嘘をつかれているわけでもなさそうだ、というのがロベルトの感想だった。

 

 どうせ一日程度で戻れるらしいのだ。慌てるのは一日経っても元に戻らなかったら、でいいだろう。

 

(カリン嬢、と言ったか)

 

 主と同僚から状況の説明を受けている時に飛び込んで来た女性。

 見覚えはないが、彼女はロベルトを「ルブ」と呼んだ。

 十年後の自分とは親しい仲なのだろう。

 

(十年後の私の恋人……いや、まさかな)

 

 彼女は未亡人には見えなかった。

 仮に未亡人だとしても、だからといって恋愛を楽しむような質には思えない。

 

 未来の自分が一方的に言い寄られているのだろうか。

 それならまだ分かるが……。

 

 そんなことを考えていたら、また、頭が痛んだ。

 歯を食いしばりやり過ごす。

 

「……仕事をするか」

 

 一人になっても落ち着かない。

 ロベルトは主と同僚の元へ向かい、合流した。

 すれ違う女性使用人や女官たちの視線を受けて、適当に微笑んでおけば、すっかりロベルトもいつもの調子だった。

 

 そうして一日の仕事を終えた夜。

 私室に入る第四王子を見届け、廊下を歩いていると、緑髪の女性が駆け寄ってきた。カリンだ。

 

「ルブ、仕事してたんですか。体調は……」

「別にどこも悪くありませんから」

「そ、そうですか。それはよかった。それなら、一緒に夕食を食べませんか?」

「申し訳ありませんが、先約がありますので、またの機会に」

 

 断ると、カリンが金色の瞳を揺らした。

 視線を足下に落とし、震える声で「そうですか」とつぶやく。

 

「分かりました。では……」

 

 なぜか胸に罪悪感が広がる。

 誘いを断ることなんて日常茶飯事だったはずなのに。

 

「お前、先約なんていつの間に」

 

 カリンの背中を見送るロベルトに、一部始終を見ていたレイモンドが声をかけてきた。

 

「あんなの嘘ですよ。彼女とはあり得ないだけなので」

「ふーん……そうだ。一応伝えておくけど、あの子、恋人いるぞ」

「へぇ」

 

 恋人がいるくせに、ロベルトに秋風を送っているのか。


 ――不愉快だった。

 先ほどの罪悪感など、真っ黒に塗り潰れるほど。

 

 *

 

 数時間後、またカリンに会った。

 

「ルブ!」

 

 喉が渇いていた。水差しも空だったので、飲み物を取りに食堂へ行こうと思って部屋を出たのだ。

 そうしたら、廊下にカリンがいた。

 日中見た時とは違う楽な格好で、トレーに二人分のお茶の用意をして。

 

「あ、あの、お茶を淹れたんです。一緒にどうですか?」

「せっかくですが、喉が渇いていませんので」

 

 他人の用意した飲み物など、口にするはずがない。

 何を盛られているか分かったものではないのだから。

 

 視線を落としたカリンの横を通り過ぎる。

 そのまま歩いていると、背後から「カリン?」と男の声が聞こえて、思わず振り返った。

 

 暗い雰囲気ながら、整った顔立ちの男だった。

 何やら小声で話し合っている様子は、親しげな仲に見えなくもない。

 あれが彼女の恋人なのだうか。面食いなのか。

 

「もらうよ。喉が乾いていたんだ」

 

 そう言った男が、カリンの持ったトレーからカップを持ち上げた、その時。

 ロベルトは何を思うより早くカリンに近づき、彼女の腕を取った。

 

「あっ!」

 

 トレーごとお茶が廊下に落ちる。

 陶器の割れる音と短い悲鳴が聞こえていながら、ロベルトはカリンを部屋に引っ張り込んだ。

 

「ちょっと、ルブ!?」

「あれがあなたの恋人ですか」

「恋人?」

 

 扉に押しつけられながら考える素振りを見せたカリンが、少しして頬を赤らめる。

 

「恋人がいるのに、私なんかに構っていいんですか?」

「い、いいんです。だって……」

 

 カリンの言葉を遮って、ロベルトは言った。

 

「喧嘩でもしましたか?」

「え? あ……喧嘩はしてないです」

「では、暴力でお困りとか? 助けを求めているのであれば力になっても構いませんが」

「まさか」

「金遣いが荒い?」

「うーん……」

「浮気性?」

「そういうわけでも……」

 

 あの男、金遣いの荒い浮気性であるらしい。

 

(何のために、私がこの人を避けていたと思って……)

 

 ひどい頭痛をこらえて、ロベルトは奥歯を噛んだ。

 

「……浮気性な男なんて、あなたにはふさわしくない」

「ルブ?」


 本当は。

 本当は、一目見た瞬間に心を奪われていた。


 でも、こんなに美しく純粋そうなカリンには、ロベルトなどふさわしくない。

 もっと誠実で、歳の近い、頼りがいのある男の方がいいに決まっている。

 いつもみたいに、軽率に手を出していい相手ではない。


 そう教えるように、頭の中でガンガンと警鐘を鳴らされていた。

 だから避けようとしていたのに、この人は。

 

「私のお金を好きに使ってもいいです。それなりの給金を得ていますし、これからもそれは増えていく予定なので。でも」

 

 浮気性な男と付き合っているなら、自分でも――そんなふうに、思ってしまったのだ。

 

「私なんか、あなたにふさわしくないのは分かっています。それでも、どうか……」

 

 カリンの手首を拘束していた手を緩め、ロベルトは膝を突いた。

 乞うように下から見上げると、カリンは顔を赤く染めて視線を逸らしてしまう。

 かと思えば、おずおずと黄金色の目をロベルトに向け直す。

 

「あの、ですね。私の恋人は、お金をわたしに使ってくれることが多いと思います。これについてはもうちょっと控えてほしいんですけど、金遣いが荒いということはないですよ」

「そうですか」

「あと、わたしの恋人は、一途です」

「……そう」

 

 それなら勝ち目はないか。

 安堵と同時に落胆したロベルトの頬を、カリンの両手が包み込む。

 突然のことに、ロベルトは息を呑んだ。

 

「十七歳のルブには嫌われてるのかと思いました。でも、そうじゃなさそうですね」

「え……?」

「私の恋人は、あなたより十歳上です。青い目と金の髪がとても綺麗で、強くて、とある王子様の近衛騎士なんです」

「ちょっと待ってください、それって……」

「待ちません」

 

 気付けばカリンの顔が、息がかかりそうなほどの距離にあった。

 目を丸くするロベルトに、カリンが囁く。

 

「さ、ルブ。もう目を閉じて」

 

 いやだ。一秒でも長くカリンを視界に収めていないともったいない。

 そう思うのに、彼女の声には逆らえず、ロベルトは素直に目を閉じた。

 

 体温と甘い香りが近づいてくる。

 キスくらい慣れているはずなのに、期待と興奮で、頭がおかしくなりそうだった。

 

 ***

 

「――カリン、浮気?」

「え?」

 

 突然の言葉に、カリンはパッと目を開けた。

 目の前にはロベルトがいる。しかし、十七歳のロベルトではない。

 

「ルブ! 戻ったんですね!」

 

 髪が短い、大人のロベルトだった。

 最後に会ってから一日も経っていないのに、精悍な顔立ちをずいぶんと懐かしく感じてしまう。

 

 直前の姿勢のまま飛びついたが、お互いの顔の間に差し込まれた手のひらによって、カリンのキスは阻まれた。

 

 顔を離して恨みがましく見つめる。

 大人のロベルトは意地悪く笑うと、先ほどとは逆にカリンを引き寄せ、キスをした。

 

「……お帰りなさい、ルブ」

「ただいま。私は十年前のカリンに会えなかったっていうのに、君は若い私とよろしくやっていたとはね」

「その憎まれ口、十年前の面影がありますよ」

「やめてよ、あんなクソガキと一緒にするのは」

 

 ため息交じりにカリンを抱きしめ、肩口に顔を埋めたロベルトが言った。

 

「……ごめん」

「ふふ、何のことです? それより、今日一日の埋め合わせをしてくださいね」

「喜んで」

 

 ***

 

 急に空気が変わった気がした。

 素早く周囲を見渡し、ここが王宮の一角、私室としてあてがわれている殺風景な部屋だと知る。

 

 すぐ目の前にいたはずのカリンは、どこにもない。

 

(キス、しそびれた……)

 

 何もなかった唇に触れ、思わず盛大なため息を吐いてしまう。

 もっと早く、素直になっていればよかったのだ。そうしたら今頃は……。

 

(十年後……いや、たぶんそれより前には、また会える)

 

 十年後の自分がつけたのだろう灯りを乱暴に消して、ロベルトはベッドに潜り込んだ。

 翌朝の寝起きは最悪だった。その理由は覚えていない。夢見が悪かったのだろうか。

 

 最悪の寝起きもすっかり忘れた数年後。

 第四王子と共に参加した遠征で、ロベルトは一人の女性と出会った。

 

 魔法士にしては面白い戦い方をする人だった。

 柔らかそうな深緑の髪に、落ち着いた光を湛える金の瞳の。

 

 ようやく会えた――そんな気がした。


(いや、気のせいか。今度会ったら、誘ってみよう)

 

 そうして、ロベルトは人生最大の失敗をするのである。

※廊下に落としたお茶は、ジュードが片付けました。

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