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【電子書籍化】好きだ愛してると言うから好きになってしまったのに、好きになったらフラれました  作者: 三糸べこ


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28話

 一方その頃のロベルトは、第四王子に同行した視察から城へと戻ってきたところだった。

 王子の居室に入り肩の力が抜けたところで、今もカリンがこの王宮で元気に働いているのだろうかと考え自然と笑みが溢れる。


 いっときはジュードとか言う文官に心乱されていたことも否めない。

 同じ平民だからかカリンも気負うところがないようだし、何より彼はカリンに対して初対面でベッドに誘うとか、そのような失態を犯していない。それだけで既に、最初の立ち位置がロベルトとは違っていた。


 しかし最近は、ロベルトも確かな手応えを感じている。


 最初の頃は訓練中も訓練後も、ハイかイイエばかりが多かった会話に言葉数が増えてきた。気持ちを伝えた時は拒まれたものの、訓練の続行を許してもらえた。そればかりでなく二人で王都の街を歩き、カリン自ら選んだ飾り紐をもらった。感極まって髪にキスしてしまったが、拒まれなかった。

 そして今も変わらず『ルブ』と呼んでくれる。しかも、いつの間にか訓練以外でもそう呼んでくれるようになったのだ。

 これを手応えと言わず何と言うのか。


 しかし思い上がってはいけないと、ロベルトは理解している。都合のいい勘違いをしようものなら、今度こそカリンに嫌われてしまうだろう。そうなれば情けなくて目も当てられない。


 これからもゆっくりと、確実にカリンとの関係を築いていきたい――そんなことを考えているロベルトの元にまた、一通の手紙が届けられた。


「おい、さすがに最近多くないか」


 ソリスが持ってきた手紙を見て声を上げたのはレイモンドだった。

 受取人のロベルトは僅かに笑って差出人を見る。確認するまでもなく分かっていたことだが、やはりロベルトの父、エル=ネリウス辺境伯からのものだった。今回も当然のように速達である。


 ここ数ヶ月、十日と置かずに手紙が来ている。手紙をロベルト本人に届けることが多いソリスはもちろん、第四王子もレイモンドも、異常なほど届く手紙が気にならないはずがなかった。


「一度は返事出してるんだろ?」

「ええ、まぁ」


 初めに手紙が届いた時、ロベルトはきちんと断りの返事を書いて送った。それなのに、何度も何度も、父親からの手紙が届き続ける。

 手紙はどれも、ロベルトにエル=ネリウス領へ戻ることを促す内容だった。前置きすらそこそこに、ただそれだけの要件を執拗に伝えられても、ロベルトには戻るつもりなどない。ロベルトと実家との縁はほとんど切れているようなものだからだ。


 ロベルトは父親が気まぐれに手を出した女に産ませた婚外子だった。生みの母が死んでから引き取られた家で、本妻は夫の不義の子を蛇蝎のごとく嫌い、父親もロベルトのことをいないものとして扱っていた。

 十にもならないうちに追い出されるようにして、王都の全寮制の学校に入ってから二十年近く。エル=ネリウス領には一度も帰っていないし、手紙のやり取りもなかった。


 時々思い出したかのように必要な分だけの生活費が送られてきたが、それだけだ。学校を卒業して見習い騎士になったところで、それも終わった。完全に実家との縁は切れたものだと思っていた。


 やがて第四王子付きの近衛騎士となり、身分も収入も申し分なく、いずれは騎士として叙爵できる見込みだったので、そうなれば戸籍上でも正式に絶縁する予定だった。


「どうしてそんなにしつこいんだ? もう一度返事を書いて、聞いてみたらどうだ?」

「嫌ですよ、そんなの」


 この手紙も軽く目を通したらすぐに暖炉にくべるか、蝋燭の火をつけるかして燃やすつもりだった。しかしいつもより長い手紙に書かれた内容を見て、ロベルトは言葉を失った。


「どうした」

「いえ……それが、その」


 いっそ開封せずに燃やしてしまえばよかったと後悔した。次いで、そのようなことを考えたことにわずかばかり自己嫌悪した。


「弟が事故で……死んだと。兄も病で、もう治らないのだそうです」


 エル=ネリウス辺境伯となるために帰って来てほしいと、はっきりと綴られていた。だから父は、ロベルトを呼び戻したがっていたのだとこの時ようやく分かった。


 本妻との子である長男は不治の病に侵され、もうひとりの子は事故で死んでしまった。手紙によると弟は数ヶ月前、馬車での事故に巻き込まれたらしい。すぐに治癒魔法士に診せられなかったせいで怪我が治りきらず、すぐに死ぬこともできず、ただ弱っていくのを見ているしかできなかったようだ。

 ロベルトへの手紙が届き始めたのは、事故があってすぐのことだった。父は子が死んでようやく、事の次第をロベルトに説明する気になったらしい。


 顔も見たことのない弟が死んだことはもちろん、父に似て冷たかった兄が病気だったことすら知らなかった。悲しいとも何とも思わないが、こうまで言われては流石に、もう一度くらいは返事を出すべきだろうかと気が重くなった。


「失礼だが……それは事実か? 話が出来すぎてないか?」

「嘘ではないと思います。非常に残念ですが」


 事実でなければ、あれほど無視していた庶子のことなど、好き好んで呼び戻しはしないだろう。


 手紙には五日後、王都のタウンハウスで一度話をしたいと書かれていた。

 今までのロベルトへの態度を考えれば、都合のいい願いだと自覚している。これが最初で最後だから、一度だけ顔を見せて、直接返事を聞かせてほしい。ロベルトが継がないのであればすぐに王宮へ行き、次代のエル=ネリウス辺境伯の選出について正式に申し出ると。


「ロベルト! 行ってくるといい!」

「殿下、しかし」

「俺はお前を手放す気はないぞ! そう父親に伝えてくるんだ!」

「……は」


 ロベルトとしても、この王子の側を離れるつもりはない。名ばかりのしつこい父親にはっきり言って、ついでにその場で縁を切ってきたらいいのだ。何も、自らの爵位を得るまで待つ必要もない。



「い、五日後、ですか?」


 五日後にタウンハウスへ行く旨の返事を父親に送ってからすぐ、ロベルトはカリンの元へやってきた。


「うん。その日どうしても君に会って話がしたいんだ。夕方頃、時間を貰えるかな」


 ロベルトは手短に、自分の過去を語った。五日後に父親に会いに行くことも、その場で縁を切るつもりでいることも、全て。

 カリンはいつもの無表情で全ての話を聞いた後、静かに頷いた。


「夕方なら、大丈夫です」

「……ありがとう」


 こんな話を聞かせた後で会ってほしいと願う意味を、彼女は理解しているのだろうか。

 分かってないのかもしれない。カリンはカリンで、ロベルトに対してはっきり断るつもりなのかもしれない。


 しかし、カリンは頷いてくれた。今はそれだけで良かった。

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