26話
二人で訓練場に戻ると同時に、訓練も再開された。アニエスも第四王子の元に戻り、筋トレを始めた。
(……わたしは、ルブが……)
カリンの出した防御板を使い、レイモンドの剣戟を避けるロベルトを見た。
そのまま階段状に出した防御壁を駆け上がってラビの攻撃魔法を飛び越え、魔法士の背後に降り立ったところで一息付いている。
途中で躓くこともなく、防御壁を使って上手く攻撃を避けられた。その成功を知らせるために、ロベルトはカリンに向かって手を振った。
(好きなのか……?)
カリンも片手を軽く挙げて、それに応えた。
防御壁を活用した訓練はレイモンドやラビが攻撃役を担ってくれることもあって、より実戦を意識したものになった。おかげでロベルトの動きがだいぶ洗練されてきたので、次は身体強化や重量操作も組み合わせてみる予定だ。
今でこそ、この訓練を通して気さくな関係となってきているが、二人には決定的な身分差がある。本来であればカリンはロベルトを遠くから眺めるのが関の山であって、アニエスの言う通り、彼女の方が貴族の子女同士よほどふさわしい相手だったはずだ。
(ルブはどうしてわたしのことが好きなんだろう。わたしのどこが好きなんだろう)
そんなことを考えているうちにすっかり日が暮れて、この日の訓練もお開きとなった。
魔法灯が照らすベンチで、いつものようにお菓子を差し出すロベルトから礼を言って受け取りながら、じっと男の顔を見る。
かなり整った顔立ちで、武人ながら髪も肌も綺麗だ。背が高くて身体はよく引き締まり、身分も職業も恥じるところのない、完璧な人間だ。気障な二つ名もあるほどで、女などよりどりみどりだろうに、彼が選んだのはカリンだった。
「……カリン、あんまり見つめられると……」
じっと見つめられていることに耐えかねたロベルトは、顔をじわじわと赤く染めながら視線をそらした。それを見たカリンも無意識のうちに頬を染める。
(ルブはわたしのことが本当に好きなんだ)
女の扱いには慣れているはずなのに、少し見ていただけで赤くなっているのだから、もう疑いようもない。
見かける度にロベルトの髪には青い飾り紐が揺れているし、あまり近づかないでほしいというカリンの言葉をそれなりに守って今も距離を空けてベンチに腰掛け、滅多なことでは触れようとはしない。
王都で髪飾りを贈った時と、ジュードと王都に行くと知られた時、あれは彼にとって滅多なことだったらしい。後で勝手に触れたことを謝って、更に「好きだ」「愛している」と飽きもせず言葉で伝えてくる。
「ねぇカリン、その……好きだよ」
「そっ、そう、ですか」
少し間を置いてカリンに向き直ったロベルトに、じっと見つめ返されながら言われる。改めてロベルトの気持ちを実感して、顔に溜まった熱をごまかすように手元のお菓子に視線を落とした。
ナッツがふんだんに使われたフロランタンだった。一口大のそれを摘み、いつものようにロベルトに手渡そうとする。しかしその時、訓練場に向かって走ってくる一人の男を認めて、ロベルトの動きが止まった。
カリンもフロランタンを箱に戻し、ロベルト視線を追う。まっすぐロベルトの元までやってきたのは、政務補佐官のソリスだった。
「訓練中にすみません」
「大丈夫。終わったところだ」
ソリスはやや息を切らしながら、ロベルトに手紙を差し出した。
「ロベルトに手紙、速達で。だから一応持ってきたけど……」
「ありがとう。いつもすまないな」
「いえいえ」
どことなく歯切れの悪いソリスから、ロベルトが手紙を受け取る。ソリスは正真正銘そのためだけにここまで走ってきたようで、カリンらに気を使って少し離れたベンチに座る第四王子たちに深々と頭を下げると、早々に元来た道を走っていった。
ロベルトは差出人を確認すると、封も開けずに手紙を胸ポケットへしまった。そして何かを待つ様子でカリンを見るので、カリンはおずおずとフロランタンをひとつ差し出しながら、聞いてみた。
「大丈夫ですか? ウォルター卿が届けに来られるほどですから、大事な内容では?」
ロベルトはフロランタンを口に放り込み、お茶で一服しているが、カリンは心配だった。わざわざ王子付きの政務補佐官が走って届けに来る速達の手紙なのだから、相当なのではないだろうか。
「いや、きっと大した内容じゃないよ。父親からだけど、少し心配性な人でね。前も日記と変わらないような手紙でこれだったから、職権乱用もいいところだろ?」
ロベルトはなんでもないように軽く答えたことで、この話はカリンの中でも終わりとなった。
あまり人の手紙を気にしすぎても良くないだろう。ソリスがどことなく歯切れの悪い様子で手紙を届けに来たのも、そういう理由だったのかもしれない。
エル=ネリウス辺境伯からの速達だからと急いでも、中身が日記と変わらないのであれば、ソリスの反応もああなるだろう。
「それより、カリンはどんなお菓子が好き? 君にお菓子を贈る時の参考にしたいんだ」
「ええと、たぶんチョコレートが好きだと思います」
「たぶん?」
今まで節制してきたせいで、特定のどれが好きと言うほどお菓子を食べたことがなかった。ただ、魔法学校時代に初めて食べたチョコレートは記憶に残る美味しさだった。ロベルトから初めてもらったお菓子にもチョコレートが使われていて、しびれるほど感動的な味だった。
だからたぶん、チョコレートが好きなのだと思ったのだ。
「なら、これからカリンの好きなものを見つけていこう。二人で、一緒に」
「……はい」
「っ! 愛してるよ、もう結婚しよう!」
「お、お菓子の話でしたよね!?」
確かに最初は最悪だった。今だって、完璧に褒められるものかと言えば、少し疑問が残る。
(ルブが好き)
これが好きという気持ちなのか、まだよく分からない。実感がわかない。
けれどもし、今までのロベルトの言葉が全て嘘だったとでも言われたら――きっとものすごく、悲しくなるだろう。




