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令和に年号が変わって初めての年越しを、私は埼玉にある夫の実家で迎えた。
結婚してから毎年のことではあるが、年末年始は目が回るほど忙しい。夫の実家は埼玉の山間部にある地域のせいか、冠婚葬祭や年末年始の風習などに一切手を抜かない。しめ縄や門松はもちろんのこと、おせち料理は基本的に出来合いのものを買わず、餅は米から作る。義理の両親に対してただでさえ気を遣うのに朝から晩まで休まる暇もない。新年を迎える厳粛な気持ちよりも、正月って何なんだろうという虚しさのほうが勝ってしまう。
三十日の夜にこちらに来てからずっと働き詰めで、スマートフォンを見る余裕すらなかった。マナーモードに設定していたし、通知にも全く気付かず。元日も朝から大忙しで、ようやく一息つけたのは一日の夜だった。
二日半もろくにチェックしていなかったので、あまり交友関係の広くない私でもLINEの通知はかなり溜まっている。内容はほとんどが新年の挨拶。普段は連絡をとる相手も限られているし二日ぐらい見なくてもどうってことはないのだが、年末年始となればさすがに数が増えてくる。
仕事の同僚や昔からの友人からの通知をチェックしたり返信しているうちに、私はその中に埋もれていた遠田さんからのLINEにようやく気が付いた。
『あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。ところで本日初詣のついでにおみくじを引いたのですが、なんと大吉でした』
というメッセージと一緒に、大吉と書かれたおみくじの画像が送られていた。
サイト内のメッセージやLINEを交換し始めた当初はだいぶ硬派な感じがした遠田さんだが、その印象は徐々に変わってきた。それはお互いに少しずつ打ち解けてきたということかもしれない。画像を送り合うようになってから特に、彼の人柄を身近に感じられるようになった気がする。
遠田さんの住む青森県に私は今まで一度も行ったことがないけれど、送られてくる写真だけでも東京と青森の風景の違いがわかる。こちらでは見たこともないぐらい積もった雪、街中でも見える澄んだ空、どこかしんみりとした雰囲気。昔家族で北海道に旅行したことはあるが、北海道の雄大さとはまた違った冬の空気を感じる。
東京の人間から見れば交通機関が麻痺しそうなぐらい雪が積もっているように見えるのに、遠田さんによればこれでも積雪は少ない方らしい。普通の年では年末ともなれば道路は一面雪と氷に覆われ、防寒靴でなければ普通に歩くことすら困難になるそうだ。
私は遠田さんに新年の挨拶を返し、そのまま寝支度をして床に就いた。明日には都内の自宅マンションに帰り、明後日は都内の私の実家に顔を出す予定。疲労が蓄積していたせいか、布団に入ってから眠るまで二分とかからなかったように思う。
遠田さんが新作を投稿していたことに気付いたのは、翌二日の夜だった。自宅マンションに戻り、シャワーを浴びて一息ついたところで、数日振りに『小説を書こう!』のサイトを開き、フォローしているユーザーの新着小説の欄に遠田さんの名前を見つけたのだ。
年末年始で皆時間があるせいか、ここ数日投稿や更新された小説は普段よりかなり多い。遠田さんの作品は既に新着小説欄のかなり下の方に追いやられていて、もしチェックするのがあと数時間遅れていたら、彼の作品は完全に流されてしまい気付くことはできなかっただろう。投稿された日付は一月一日の零時零分。新年の挨拶と一緒に教えてくれれば急いで読んだのに、とも思ったけれど、その奥ゆかしさがまた遠田さんらしいとも言える。
私は早速遠田さんの新作に目を通した。タイトルは『ポジティヴ・ディストピア』。細かい点かもしれないが、私の知る限り、彼の作品のタイトルに片仮名が使われるのはこれが初めてではないだろうか。少なくとも『小説を書こう!』に投稿されている作品の中では唯一のはず。
内容はというと、舞台は日本と極めてよく似通った現代で、ネガティブな発言が罪に問われるようになった世界で起こる出来事を皮肉たっぷりに描いた、風刺のきいた作品だった。
たしかに、今の世の中は明るくポジティブなメッセージで溢れているように感じる。テレビドラマは主人公に共感できて前向きな気持ちになれるものがほとんどだし、小説もその傾向が強くなってきたと感じる。『小説を書こう!』等のWeb小説で主流であるライトノベルも、最近ではほのぼのとしたストーリーのものが流行っているらしい。
明るく前向きな気持ちにさせてくれる作品は私も好きだ。夫の暴力に怯えて暮らすようになってからは特に。仕事で疲れて帰って来て、家でも気が休まる暇がなく、ほんの少しの余暇時間にはせめて明るい気分、温かくほっこりとした気持ちにさせてくれるものに触れたい。その欲求はよくわかる。
ただ、そればかりになってしまうと物足りなく感じてしまうのも事実。特に小説は他の表現媒体と比べて繊細な心理描写に向いていると思う。私が思春期に親しんだ昔の文豪の作品も、苦しみや虚しさ、人間の暗い感情、懊悩する姿をきめ細やかに描いた。作品の中に描かれた主人公を通して私は世界の悲しみや不条理を追体験する。そこで起こる内省こそが、真の読書体験と言えるものだと私は思う。それは幸せな物語ではなかなか得られない。時には心を痛めることもあるかもしれないが、傷を負わずに成長する人間は少ない。物語はあくまでフィクションであって、自分が直接傷つけられることなく追体験できるという点が重要なのだと思う。
でも、昨今はたしかに漠然と暗い雰囲気のものが避けられる傾向があるような気がする。暗いこと、ネガティブであることは決して悪ではないと私は思う。影の存在を認識して初めて光の明るさに気付くように、内省的な態度で自己批判をしなければ見えないこともたくさんあるはず。そう考えると、前向きなメッセージしか聞こえてこない世界はとても怖いものだと感じる。
その意味で、『ポジティヴ・ディストピア』は示唆に富んだ作品だと思う。作中の世界でネガティブな発言を禁じられポジティブな言葉しか言えなくなった人々は、次第に自分の過ちを認められなくなり、他人を認められなくなり、やがて社会の分断を招く。その過程に私は、本作を単なるフィクションと割り切れないリアリズムを感じた。例えば今のインターネット上に、既にそうした風潮が見られないだろうか。
なんとなく良いと思える作品は世の中に星の数ほどあるけれど、考えさせられる作品は決して多くない。今までの遠田さんの作品はどちらかと言えば前者で、まあまあの出来だけど結構好き、という感じだった。でも、『ポジティブ・ディストピア』は明らかに後者。今の私が読後感のままに、自分にしては難しい言葉を使いながら感想を考えている、考えさせられていることもそれを証明している。とても印象に残る本を読んだあと、作者の語彙が尾を引いて、自分の語彙が影響を受けてしまうことってないだろうか。今の私はその状態に近い。
5000字ほどの短編ではあるけれど、この作品には遠田さんの作家性とメッセージ、そして何より彼の作家としての成長が表れているように感じた。新年最初の作品でこれほどのものを出してくるとは。
しかし、ただ驚いてばかりもいられない。私はこの作品に感想を書かなければならないのだから。
今まで『小説を書こう!』などのWeb小説サイトで数多くの作品を読んできたけれど、感想を書くことに気合が入る作品は少ない。大抵は読後感や思ったことをそのまま感想欄に書き連ねるだけだが、それでも無言のまま去るより作者にとっては嬉しいものだと思うから、自分なりに素直に感想を残すことにしている。感想に気合が入るのは、作品に深い感銘を受けたということに他ならない。それを作者に伝えることが読者としての、スコッパーとしての責務であり生き甲斐なのだ。
ただ一つ、今までのケースと異なるのは、私が遠田さんと個人的なつながりを持っていること。今の私は純粋に彼の作品だけを見て評価しているとは言い難いかもしれない。単なるひいきの作家とも微妙に違う気がする。どうやって感想を伝えるべきだろう?
以前と同じく作品の感想欄を利用するのがもっとも自然な形ではあると思う。基本的に作品につけられた感想の件数はそのまま人気のバロメーターとなる。ただ、今それをすると何となくよそよそしく感じられるかもしれないし、私もどちらかといえば直接LINEで遠田さんに感想を届けたい気分に傾いている。
ではサイトの方は何もしなくてもいいのかというと、そうもいかない。もちろん評価のポイントは入れるけれど、いちユーザーのサカナとしてはやはり文章で何か残したいと思う。だからといって、一字一句まで全く同じ感想をサイトの方にも送るのは気が引ける。
と、ここで私は『小説を書こう!』のサイトにあるもう一つの機能の存在を思い出した。
それは、レビューである。
レビューはその名の通り、作者に感想を伝えるというよりは他の読者にその作品をオススメするために存在する機能だ。私も昔はレビューから作品を探したりしていたのだが、最近は作者同士のレビューのつけ合いが多く、良作を探すという本来の意味ではあまり機能していない。新着のレビューから作品を探すことも最近ではほとんどなくなった。
そして私自身、レビューは一度も書いたことがない。感想を作者に伝えればそれで十分だと思っていた。いや、機能の存在を知りつつ書かなかったのだから、実のところ、もっと多くの人に読んでもらいたいとまでは思わなかったのかもしれない。良い作品なら自然と読者はつくはずと考えていたせいもある。が、最近の小説投稿サイトの風潮を見ているとそうとも言えない。現に『ポジティヴ・ディストピア』は二日間でPVがたったの9件、ブックマークや感想、ポイントはもちろん0だった。
流行りのジャンルではないこと、投稿作品が多いタイミングだったことを差し引いても、これは作品の出来の割には少なすぎる数字だと私は感じた。そういえば、そもそも私は自分が読んだ作品のPVやポイントの多寡を気にしたことがない。自分が読んで、作者に感想を伝える、その二者間の関係だけで満足していた。読んだ作品のPVやポイントの少なさに不満を覚えたのは初めてだ。
この作品はもっと読まれるべきだと思う。レビューを書こう。書かなければならない。私は使命感に燃えた。
でも、レビューっていったい何をどう書けばいいのだろう。Web小説に限らず、私は誰かに本を薦めたことがない。いや、本だけでなく、そもそも他人に何かを薦めた経験がない。アピールも苦手な方だ。何をどう伝えたら、この作品を読んでみようと思ってくれるだろうか。私は頭を抱えた。




