復活の首領
― 国都・市街地 ―
「やぁ、勇者の諸君。すまないがしばらくの間、私たちの相手をしてもらおうか」
出撃してきた白の勇者と青の勇者を出迎えたのは、金獅子元帥。
サヒューモ教の大聖堂への破壊工作が終わるまでの、時間稼ぎが表向きの任務である。
顔を合わせた途端に上空から火の玉を吐いたのは、改人ヘルバーン。
ヘルハウンドの火の玉を吐く能力と、ワイバーンの飛行能力を持った改人だ。
「お前たちの能力は知ってるヘル。お前たちは頭上からの攻撃には、手も足も出ないヘル!」
ヘルバーンの火の玉は、白の勇者――白場を集中的に狙っている。
確かに白場は遠距離攻撃を持たないし、青の勇者の爆裂拳砲は射角が狭く直上には撃てない。
頭上、特に高高度の敵が相手には、有効な攻撃が困難なのだ。
「葵、2号弾の中の弾を貸せ」
白場が貸せと行ったのは、爆裂拳砲の散弾の弾――ゴルフボール大の金属球である。
「あいよ! で、どうすんの?」
すぐに金属球を渡した青の勇者――葵が聞いた。
「それは――こうするのさ!」
そう言うと白場は右腕を大きく振り上げて、金属球を空高く放り投げたのである。
「うおっヘル!」
ギュン!とすぐ脇をかすめて行った金属球に、ヘルバーンが驚きの声を上げた。
「もう一丁だ!」
「ほい」
白場にタイミング良く金属球を渡す葵。
受け取り、間髪を入れず再び放り投げる白場。
ギュン!と音を立てて上昇する金属球。
「目からビームだダーク!」
上昇する金属球はヘルバーンには届かず、改人ダークアントのビームによって破壊された。
「くそっ! 邪魔されたか!」
「アタシが狙う! 1号弾準備!」
悔しがる白場、ダークアントを倒すべく砲を準備させる葵。
「鉄球アルマジロ、兵を潰せ」
金獅子元帥の命令で、後ろにいた鉄球アルマジロが、ズシンズシンと前に出てきた。
「わたしに任せるアルよ」
イントネーションが微妙な可愛い女の子の声は、鉄球アルマジロだ。
金属のその巨体を丸め、球状になった鉄球アルマジロが、ゴロゴロと転がり始める。
転がるも曲がるも止まるも自由自在なその巨大な金属球は、砲を準備する兵士に向かって転がっていく。
「させるか!【爆裂拳】!」
当たるかと思われた葵の拳は、直前で直角に曲がった鉄球アルマジロにヒョイと避けられてしまった。
カクカクと曲がりながら、鉄球アルマジロが兵に向かって転がる。
直径で6~7mの巨大な金属球が転がってくるのだ、人間などに止められるものではない。
兵たちは車に轢かれた空き缶のように、砲となる鉄の筒ごとグシャリと潰されたのであった。
ここで次々と潰される兵を守るべく、勇者が立ちふさがった。
白の勇者――白場である。
白場はつぶされそうになっている兵士と鉄球アルマジロの間に立ち、『ふん!』と気合を入れて受け止めた――そう、見事に受け止めて見せたのだ。
「どりゃああぁ!」
受け止めた巨大な金属球――鉄球アルマジロを、白場が放り投げた。
ズズウゥンと音を立てて落ちる鉄球アルマジロ。
「イヤー、なかなかやるアルね。わたしビックリしたアルよ」
球体を解除して驚く鉄球アルマジロ。
「部下にばかり働かせるわけにもいかんな――さて、私も参戦させてもらうぞ」
金獅子元帥は体内のエネルギーの流れを変え、本来の改人の姿に変身した。
全身が膨らみ丸く、そして白くなり、尾が爬虫類のようになり長く伸びる。
更には首が伸び、その伸びた首が7つに分離した。
金獅子元帥のその正体は、ライオン獣人×7首のヒドラ×ジャックフロストの交配でできた怪物――改人ヒドラフロストであった。
その能力は、強力なヒドラの再生力と、その口から強力な冷気を吐くというものである。
「ほらほら、避けないと冷気で動けなくなるぞヒド」
ヒドラフロスト――金獅子元帥は1つの首でそう挑発し、残り6つの首で冷気を吐き続ける。
冷気に上空からの火の玉、目からビームに転がる巨大な鉄球――加えて……。
「僕もやるぞーツノ!」
葵の爆裂拳砲でへし曲げられた角も癒えた黒犀大佐――ツノサラマンダーも参戦して、燃えながら飛び回り始めた。
「どうした勇者の諸君ヒド? 避けるだけかヒド?」
足止め目的のはずがいらん挑発をしているヒドラフロストだが、そこに邪魔――というか報告が入る。
「金獅子元帥閣下、こちらの状況は全て終了しましたサラス」
報告しに来たのはサラスライム、サラマンダーとスライムを交配された改人である。
「そうか、全部と言うことは例の件も終わったのだなヒド?」
「問題無くサラス」
「ならばもう退却しても良かろうヒド――全員引き上げだヒド! 勇者の諸君、また相まみえようぞヒド!」
ヒドラフロストの号令で、改人たちは速やかに引いた。
勇者2人と人間国軍は、あっけに取られてその退却を見届けてしまったのであった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 国都の外のどこか ―
「ハァハァ……ここまで逃げれば、大丈夫だろう」
俺は、肩に担いでいた人を降ろし、人目につかぬよう被せていたシーツを取り払った。
「イザミアさん……ハァハァ……もう大丈夫ですよ……ハァハァ……」
さっきから俺はハァハァ言ってるが、別にエロい系の興奮でハァハァしているわけでは無い。
国都から――サヒューモ教の大聖堂から、脱兎のごとく全力で逃げてきたので息切れしているのだ。
俺が助け出した彼女の名前はイザミア、大聖堂に囚われていた奴隷で魔人だ。
「あ、ごめん。怖かったかな……」
俺はバッタマンの姿のままだったことを思い出す。
見た目怪物なこの俺に、助けられたとはいえ連れ攫われたのだ。
恐怖を感じたりしたかもしれない、迂闊だったな。
「こんな姿だけど、俺は人間なんだ。あ、もちろん悪い人間じゃ無いよ」
すぐにバッタマンから人間体――本号 隼太の姿になって説明をする。
あれ? 待てよ? 怪物の姿から人間の姿になるって、それはそれで怖いんじゃ……。
と思って見たが彼女は怖がっていない、無反応で無表情だ。
理由は知っている、なぜなら彼女は『奴隷の首輪』なるものを着けられているからだ。
着けられた者の自我を奪い、命令に従わせるようにするその首輪によって、彼女には感情が無い。
でも、その感情の無い無表情でも、彼女は美しかった。
彼女の体のあちこちに入れ墨のように入れられた魔法陣も、彼女の美しさを損なうものでは無い。
むしろ、妖しい魅力を引き出しているようにさえ思える。
あの時もそう思ったのを思い出す。
彼女を大聖堂内で初めて見た時に俺と目が合った、その瞬間にゾクリと背中に冷気が走ったのだ。
よく一目惚れの時に『電気が走った』みたいな話を聞くが、俺の場合は冷気だ。
その時にも彼女の体の魔法陣に、妖しい魅力を感じたのを覚えている。
というか一目惚れかどうかは自分でも良く判らない。
だがそれ以来彼女のことが気になって仕方が無くなり、たまたま会えるかな?と通っていた大聖堂でたまたま騒ぎがあり、たまたま救出できたので勢いで連れ出してしまった――というのが今までの経緯だ。
さて、これからどうしたものか……。
人間国内に潜伏しようにも、俺はともかくイザミアさんが目立ちすぎる。
奴隷の首輪を誤魔化すだけならなんとかなりそうだが、魔人の青い肌は誤魔化し切れないだろう。
「あれ? 何を……?」
気が付くと、いつの間にか彼女が木の枝を持っていた。
そして何やら地面に図形のようなものを描いている。
魔法陣?
そういえば、大聖堂の中の魔法陣に似ているな。
彼女は同じような魔法陣を、いくつもいくつも描いた。
奴隷の首輪をしているのに、自分の意思で動いている。
その不思議な光景を俺は見続けていた――いや、見惚れていたのかもしれない。
彼女が魔法陣を描いている間、俺は動くことが出来なかった。
やがて彼女は中央に描いた魔法陣の中心に立ち、祈りを捧げるように手を合わせた。
すると彼女の体に入れ墨のように描かれていた魔法陣が光りだし、やがて地面に描かれた魔法陣も輝き始めた。
そして光が収まった時……。
首輪を着けたその主人にしか外せないはずの『奴隷の首輪』が……。
カチャリと音を立て、彼女の首から外れたのであった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 秘密の予備の畑 ―
生っている実の1つが、ポロっと落ちた。
落ちた実が、パカッと割れて中から何か出てきた。
俺である。
「ふいー、まいったまいった」
何がまいったかと言うと、俺は赤河馬参謀――メデュスパイダーに殺されたのだ。
正確に言うと、秘密結社モフトピアの改人数名に裏切られ、殺されたのである。
集団離脱とかならあり得るとは思っていたのだが、まさか殺されるとはなぁ……。
「おい、首領では無いか。こんなところで、何しとるんじゃ?」
びっくりしながら近づいて来たのは、魔人である道具博士。
こいつは、この畑に併設した広い研究室で研究を続けている、戦闘用魔具の開発責任者である。
「何してるって、死んだからここで復活しているわけだが」
俺は畑に座り込んで、腕組みしながらそう返事をする。
ちなみに、絶賛反省中だ。
「それは分かるんじゃが、何があったんかの?」
右手に齧りかけのキュウリ、左手に味噌の入ったカップを持ちながら、道具博士が聞いてきた。
まぁ、気になるわな。
つかこの人、相変わらず生野菜好きなのね。
「獣人連中に殺された、なんかクーデターらしい」
「クーデターじゃと!?」
「獣人国軍と一緒に、人間国を亡ぼすんだと」
「なるほど、勇者にしか手を出さない首領が邪魔になったと」
「どうやらそうらしい」
ボリボリとキュウリを食いながら、道具博士がなるほどと頷いている。
……俺にも1本寄こせ。
バサリバサリと、外から羽ばたく音がした。
ちなみにここは地下。
外に出ると鋼鉄ワイバーン化した野呂田と、野呂田に乗ったタッキがいた。
おぉ! これが伝説の竜騎士というヤツか!
後で俺も乗せてもらおうっと。
「無事だったか、お前ら」
話を聞くと、秘密基地は取られてしまったものの、野呂田とタッキは別に拘束されずに追い出されただけで済んだらしい。
で、タッキにはこの場所を教えてあったので、野呂田と一緒にここへ辿り着いた……と。
でも良かったのかタッキ? あっちは獣人国――同じ種族だぞ。
「あっちにいても、ロクなものが食べられないコン」
なるほど、これがタッキがこっちに来た理由らしい。
そうそうしているうちに、もう1人誰かがやって来た。
「いた! 首領だ! やっと見つけたオン……」
そう、誰かがやって来た。
だが声はすれども姿は見えず……でも俺のことを首領って言ってるんだから、改人なんだろーな。
「誰だ?」
「俺、俺、俺ですオン!」
声だけでそう言われてもな……オレオレ詐欺にしか思えんのだが。
「あぁそうか、すんませんオン」
そう声がすると、俺たちのすぐ前にそいつが姿を現した。
「えーと、誰だっけ?」
「勘弁して下さいオン。俺です、カメレオンドワーフですオン!」
「おぉー! カメレオンドワーフか!」
「そうですオン!」
「良く生きてたなー!」
「シン・デンジャーが人間に襲撃された時に、なんとか保護色を使って逃げたのはいいんですけど、首領がどこにいるのか分からなくてオン――探しましたオンよ!」
そりゃ済まんかった。
「あちこち彷徨ってたら、そいつに乗ってるタッキさん見かけて、なんとか頑張って追いかけてここまで辿り着いたんですオン――今回は覚えてくれていたんですオンね、首領……」
そうか、そんなに苦労したのか。
大丈夫、ちゃんと覚えているよ。
カメレオンドワーフだろ?
覚えているよ。
覚えているんだけどさ。
すまん、ほとんど名前しか覚えてない……。




