陸亀エルフは5度襲撃する
「はい、狼ドワーフはバッタ男に倒されたとのことです」
肉壁団長が、ノルトロスからの報告を伝えてくれている。
「バッタ男もなかなかやるね」
能力的には互角だと思っていたのだが、これは昆虫の強さの認識を改めたほうがいいかな?
「ノルトロスからの報告ですと、どうやらバッタ男は正義のヒーローとやらをやるつもりらしいですよ」
「ほう、だとすると我々『悪の秘密結社』と敵対する気なのかな?」
まぁ敵対したとしても、バッタ男なら大した障害にはならんだろう。
相性の良い改人を作って倒せばいいだけの話だ。
「それと、これからはバッタ男は自らを『バッタマン』と名乗るそうですよ」
「なん……だと!?」
いやいやいや、それは駄目だろう!
なんで『バッタマン』なんだよ、違うだろ!
悪の秘密結社と戦う正義のヒーローなんだぞ? なのにバッタマンは無いだろうよ。
『〇〇マン』じゃないだろうよー、しかもわざわざバッタの改人にしてやったというのにさー。
これはあれか? 変身した時用の仮面を用意して無かったのがまずかったのか?
それとも跨って乗るような乗り物を用意しておけば良かったのだろうか……。
「どうかされましたので?」
肉壁団長が俺の様子に、何事かと心配していてる。
あー、いや、別に深刻な事態とかじゃなくて、ネタ的になんか違うだろって話だから。
だけど正直に言うのもちょっと恥ずかしい……。
「いや、今すぐどうこうという話ではないから、気にするな。それより陸亀エルフだが……」
「それでしたら準備はできておりますわ。今夜のシリネンド伯爵家でのパーティーは、真っ赤な人間の血で彩られる素敵なパーティーにして御覧に入れますわ」
病気女将が、ちょっと危ない人になっている。
オーッホホホホホとか、変な笑い方してるし……。
陸亀エルフには前回の3つの橋の襲撃に引き続き、シリネンド伯爵家のパーティー襲撃を命じていた。
民間人への被害では勇者が出てこないと判ったので、今度は貴族を狙ってみようという作戦だ。
勇者が出てこないようなら、貴族の皆さんには金目の物を根こそぎ寄付してもらう予定である。
ちなみに勇者が出てきたら、今回は撤退の予定。
とにかく、こちらがどんな行動を取れば勇者が出てくるのかを確認せねば。
そんなわけだから適当に頑張れ、陸亀エルフよ。
…………
「で、結局勇者は出てこなかったと」
「はい、ですので予定通り金品や武具防具などを、根こそぎ我が秘密結社に寄付していただきましたわ」
「奴隷は?」
「全員で22名解放できましたわ。内訳はドワーフ7名、エルフ8名、獣人が5名、魔人が2名ですわ」
ふむ――色々と手に入った上に人員も増やせるとか、貴族を襲うのは案外おいしいかもしれないな。
「首領、なぜ抵抗しない者を殺すのを禁じたのです? 人間の貴族などは皆殺しにするべきですわ」
あれ? 説明して無かったっけ?
「人間たちに不和の種を蒔きたかったからだな」
「不和を?」
「勇者が出てきたら人質にしてから殺せば勇者の失態になるし、出てこなかったら出てこなかったで見捨てられた貴族たちは恨みに思うだろう。勇者とその他の連中に不和が広がれば、これからの勇者召喚に反対する勢力になってくれるかもしれないからな」
そう、俺が今一番懸念していてるのは新たな勇者の召喚だ。
雑魚みたいのが召喚されても何の問題も無いのだが、間違って化け物級の勇者が召喚されると洒落にならない。
一撃で山だの島だのを葬り去るようなのが、召喚されないとも限らないのだ。
今のとこ、そんなのはいないだろうけど。
そんなのがいたら、とっくの昔に戦争なんか終わっちゃってるだろうし。
「なるほど、これ以上の勇者の召喚をさせない為の布石だったのですね」
ふむ、病気女将も納得してくれたか。
それにしても、貴族を襲っても勇者が出てこなかったか……。
あと残ってるのは王族と軍隊――この2択ならとりあえず軍隊だな。
軍の施設で重要な場所といえば……ふむ。
「病気女将よ、次の目標を決めたぞ」
「どちらで?」
「軍の兵糧庫だ、陸亀エルフに焼き払わせろ」
「ははっ! お任せください」
「そうそう、勇者が出てくるようなら陸亀エルフは撤退させろよ。目的は勇者が出てくるかどうかの確認なんだから」
「ご命令通りに」
さて、今度こそ勇者は出てきてくれるかな?
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 国都・軍の兵糧庫 ―
「急げ! 早く水を!」
「援軍はまだか! 化け物どもが……うわあぁぁ!」
深夜の国都が、炎で明々と照らされている。
陸亀エルフがイノゴブリンたちを率い、軍の兵糧庫に火を放ったのだ。
「リク、リク、リク、なかなか良く燃えるリク」
兵糧庫内の物資は基本保存の効く兵糧がメインなので、乾燥している物が多く良く燃える。
陸亀エルフは、わざと火を点けずにおいた物資の真ん中に立ってその光景を見ていた。
勇者が出てきたら撤退せよとの命令を受けていたが、それでも一戦を交えてみるつもりなのだ。
敵で最も警戒すべきは青い勇者、その主要技の【爆裂拳】をこの場で使えば残った兵糧の大半も吹き飛ぶだろう。
ピンクの勇者の【焼き払う炎】も同様に残った兵糧を焼き払うだろう。
陸亀エルフはわざと一部の兵糧を残して、人質代わりに利用しようというのだ。
茶の勇者には大した攻撃力は無い、あとは赤の勇者の斬撃が甲羅で防げるかどうかだが……。
「試してみる価値はあるリクよ」
家族を殺された人間国の襲撃、その時に見たのだ――赤の勇者を。
心に焼きついているのだ、斬撃による殺戮の光景が。
「メシャ、ナットル……仇は取ってやるリク。駄目でもお前たちのところへ行けるリク」
今はもう会えぬ妻と子の姿を思い浮かべながら、陸亀エルフは決意を抱いて勇者を待つ。
決戦の時は、間近に迫っていた。
…………
イノゴブリンの一人が、報告にやってきた。
「ゴブ!」
ほう、ついに来たか勇者どもめ。
「ゴブゴー」
3人……赤いやつがいると良いのだが。
ドタドタドタ
きたか!
「おぉ! この辺の物資はまだ無事だ!」
茶の勇者か、こいつはどうでもいい。
「待て! やはりいたぞ、怪物だ!」
物資の真ん中にいる自分に気付いたのは、青の勇者だ。
「カメの化け物か! 確か橋とシリネンド伯爵のところにも出たヤツだぜ!」
自分を化け物と言った男――赤の勇者だ、ついにこの時がきた!
「化け物などと無粋な呼び方は止めてもらおうリク。我が名は陸亀エルフ、秘密結社デンジャーの改人だリク!」
ついつい顔がニヤけてしまうのが自分でも分かる。
無力で呆然と立ち尽くしたあの時の自分とは違う、今は立ち向かえる勇気を持てるだけの力があるのだ。
「どきな辺雅! アタシに任せな!」
青の勇者が前に出てくるが――貴様になど用は無い。
「よせ葵! お前の【爆裂拳】では、残った物資まで吹き飛ばしてしまうぞ!」
「ちいっ!」
そうだ、茶の勇者の言う通りだ。
だから貴様は大人しく引っ込んでな、青。
「それよりあっちの燃えてる物資を吹き飛ばせ! 残ってる物資への延焼を防ぐんだ!」
「ちっ! 分かったよ野呂田」
そうだ、それでいい。
となれば、自分の相手はもちろん……。
「という訳で、てめーの相手は無敵の俺様だ。遊んでやるぜ、鈍亀野郎!」
「望むところリク――貴様に敗北の味を教えてやるリク!」
敗北ついでに、死の味も教えてやる!
陸亀エルフの目は復讐に燃え、口には歓喜の笑みが浮かんでいた。
「面白れぇ、出来るもんならやってみな! 【飛斬撃】!」
赤の勇者から、斬撃が飛んできた。
身体を傾けて、甲羅の側面で斬撃を受ける――この甲羅で防げなければ勝ち目は無い。
ガギッ
よし防げた! 甲羅が削られたが、この程度ならそう簡単には致命傷にはならない。
イノゴブリンたちに鋼鉄の剣でぶっ叩かせて実験した時には傷一つ付かなかったのだが、さすがに勇者といったところか。
「今度はこっちの番リク!」
両手に短剣を持って、赤の勇者に襲い掛かる。
武器を短剣にしたのは、手に持ったまま甲羅の中に仕舞えるからだ。
「近づけさせるかよ!」
赤の勇者から斬撃が飛んでくる、今度は左の足を狙って。
左足を甲羅に引っ込めて斬撃を躱す。
「甘いリク!」
「器用なマネしやがって!」
足が止まった間に、また距離を取られてしまった。
左足を甲羅から出し再び襲い掛かろうとすると、間髪入れずにまた左足に斬撃が飛んでくる。
「何度やっても……何だとリク!」
また左足を甲羅に引っ込めて躱そうとしたら、右足が斬撃に飛ばされた。
確かに斬撃は左足に飛んできたはずなのに!
「ハハハッ! こんな芸当が俺様にできるとは思っていなかったか? ナメてんじゃねーぞ鈍亀野郎!」
くそっ! 片足では距離を詰められない、このままでは……。
また斬撃が飛んできた、今度は左腕に向かって。
左腕を甲羅に引っ込める。
ザシャッ
今度は左足だと!
だが今回はかすかに見えた、あいつの斬撃は……。
「そういうことリクか……斬撃を二重に飛ばしていたリクな!?」
そうなのだ、赤の勇者は斬撃を二重に飛ばし、大きな斬撃のすぐ後ろに僅かに軌道を変えた小さな斬撃を重ねていたのだ。
「分かったところで今更遅せぇよ。足が無くなっちまったてめーは、もうただの的だ。諦めて殺されちまいな!」
次々と飛んでくる斬撃を、甲羅に首と腕を引っ込めてやり過ごす。
ガシガシと甲羅を削る音が聞こえてくるがダメージは無い、だがこちらから打つ手も――いや、1つだけあった!
目のところまで頭を出して視界を確保し、右腕を出して短剣を投げつける。
短剣は避けられ、斬撃に右腕の肘から先を切り飛ばされた。
「そんなもんが当たるかよ、無駄な足掻きは止しな」
今度は左腕を出して短剣を投げつけたが、これも当たらない。
左腕も斬撃で切り飛ばされた。
「どうしたよ鈍亀! 俺様に敗北の味を教えてくれるんじゃ無かったのか? ざまぁねーな、おい」
コツコツと近づく足音がして、すぐにガシガシと甲羅に衝撃が伝わる――赤の勇者に足で蹴りつけてられているようだ。
「おらおら、とっと首を差し出しな! どうせ他にできることなんて無ぇんだからよ!」
ガシガシと蹴りつける音が続く。
「どうしたおら、何にもできねーのか? 惨めだよなぁ! 手も足も出ないってのは、正にこのことだよなぁ!」
確かに手も足も出ない――そう、手も足も……。
勢いをつけて首を出し、赤の勇者の姿を確認する。
「ようやく首を出しやがったか、とっとと死ねやごらぁ!」
「死ぬのはそっちだリク!」
「後ろだ辺雅!」
茶の勇者の叫びに振り向いた赤の勇者の背後にあったのは、今にも襲い掛からんとしている、短剣を括り付けた陸亀エルフの尻尾であった。
「うおっ!」
「逃がすかリク!」
ここまで隠し通してきた乾坤一擲の一撃は、しかし赤の勇者の命を奪うことはなく、その左足の膝から下を切り飛ばしただけで終わった。
「ちくしょう! 死ねやクソがあぁぁ!」
左足を膝から切り飛ばされた赤の勇者は、それでも斬撃を放ってきた。
まぁいいか、家族への土産話はできた……。
陸亀エルフは斬撃に首を切り落とされ、死んだ。
「ぐうおぉぉ! 痛ぇ!」
「大丈夫か辺雅!」
「野呂田! 早く辺雅を背負って病院へ行きな!」
「お、おう!」
茶の勇者が赤の勇者を背負い、勇者たちは兵糧庫を後にする。
人気のなくなった兵糧庫には、陸亀エルフの甲羅がポツリと残されていた。




