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95.心配はいらない

 ――周囲で見ているだけになっていた選手たちは、その光景にただ呆然と見ていた。

 二人の女性剣士。センとエイナは、ほとんど互角の戦いを繰り広げている。

 だが、目にも止まらぬ速さで動きながら剣を振るい時折、周囲に鮮血が舞う。

 間違いなく、彼女達は命の奪い合いをしているのだ。

 最初は数名が参戦しようとして、すぐさま斬り伏せられ、誰も彼女達の戦いに割って入ることができなくなっていた。


「少しは腕を上げたみたいね、姉さん?」

「誰に向かって言っている。私はお前の姉だぞ」

「そうね。いつもいつも、『姉だから』と強調してばかり。お互いもう大人じゃない?」

「だからどうした。いくつになるが、お前は私の妹だ」


 剣と剣がぶつかり合って、火花を散らす。腕や足だけでなく、肩や腹部のあたりまで切り傷が増え、その分出血も多くなる。

 足元はいつしか赤く染まり、明らかにここだけ『世界』が違った。鍔迫り合いになると、その動きはピタリと止まり、お互いに顔を近づけて合わせた。


「もちろん、わたしは姉さんの妹よ。当たり前なこと」

「そうだ。お前は私と共にいるべきだ」

「それが、意味分からないのよね。姉妹だからって、ずっと一緒にいる必要ないじゃない?」

「……お前は危険すぎる。いつだって、命を捨てる覚悟で戦っている。だから――」

「『私がお前を守る』って? それ、昔からよく言ってくれたわね」


 センは剣を弾いて、距離を取って構える。額から流れる汗を拭い、自身の身体の状態を確認した。

 出血はそれなりにあるが、動けなくなるほどではない。皮膚を裂いた程度の痛みであれば、特に気にもしない。

 エイナもそれは同じだろう。正直、彼女がここまで食い下がってくるとは考えていなかった。


(わたしを連れ帰るために強くなったってことね。――姉さんらしいわ)


 いつだって、そうだ。

 エイナはセンのことを第一に考えている。

 たった一人の妹で、唯一の肉親だからこそ、彼女にとってセンは大事なのかもしれない。

 センだって、エイナのことは家族だと思っているし、大切だ。

 ――けれど、それは自身が束縛されるための理由にはならない。

 何故、強くなったのか。センはいつだって強くありたいと思う。

 かつては、強かった姉を超えるため。今は、誰よりも強くあるため。

 センは剣の柄を強く握り、構えを取った。


「そろそろ、わたしの仲間が心配になってきたの。だから、終わらせるわね」

「……ああ、やってみろ。この私を、倒せるのならな!」


 二人はほとんど、同時に動いた。

 センとエイナの剣速は全くの互角――のはずだった。


「っ!」


 驚きに目を見開いたのは、エイナの方。周囲から見れば、おそらくほとんど変わらないように見える斬り合い。

 しかし、わずかにセンの方が速い。その証拠に、エイナが振り切るまえにセンが剣を弾くことで、徐々にエイナの方が押され始めている。


「馬鹿、な……! 何故――」


 そこで、エイナは何かに気付いたような表情をし、センはにやりと笑みを浮かべた。


「お前、今まで本気じゃ……!」

「少し違うわ。わたしね、自分でも『本気』がよく分かってないの。でも、姉さんのおかげで思い出せた。どうして強くなりたかったのか――だから、絶対に負けられないの」

「私、だって……負けられないッ。私は、お前を……!」

「ありがとう、お姉ちゃん。わたしはもう一人で大丈夫」

「!」


 エイナの剣を大きく弾き、センは剣を振りかざす。

 瞬間、エイナが目を瞑った。

勝負がつき、センはエイナに対して剣を振るう。剣撃は二回。その後、センはくるりと反転してエイナに背を向けた。

 ――はらりと、斬られたのはエイナの水着であった。


「……斬らないのか、私を」

「馬鹿言わないの。殺し合いじゃないんだから」


 センは答え、振り返らない。エイナがその場にへたり込んだのが分かったが、彼女はこれで失格だ。――姉妹対決は、センの勝利だ。

 空を見上げると、全体を覆うように、『水の塊』が浮かんでいた。


「参加者全員、潰す気かしら? 全く、レインはとんでもない相手に喧嘩売ったわねぇ」


 肩を竦めながら、センはゆっくりとした足取りで歩を進める。向かうは、レイン達のいる場所だ。

 他の参加者達は、近づいてくるセンに対して、ただ道を作るように後ろに下がる。圧倒的な強さを見せつけられ、誰もセンに挑もうとはしなかった。

 だが、センの怪我と動きを見てか、背中を見せたところでようやく動き出そうとして、


「あ、あんた達はもう失格だから諦めなさい」


 言葉と共に、その場にいたセン以外の水着が、全て斬り落とされる。


「なっ!?」

「い、いつの間に……!」


 慌てる参加者達を尻目に、センは真っ直ぐレイン達の下へと向かった。

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