92.師匠の言葉
レインはリースに連れられて、できる限り追手から逃げている状況にあった。抱えられたままに激しく揺さぶられた影響か、かなりグロッキーになってしまっている。
いわゆる、乗り物酔いのような状態であった。
「リ、リース……僕もうダメかもしれない……」
「まさか君の方が先に限界が来るとは……。しかし、いつまでも逃げ回っているわけにもいかないか」
リースは足を止めて、レインをその場に下ろす。先ほどのレインの足止めのおかげもあってか、追手からはかなり距離が取れていた。
「さ、作戦でもあるの?」
「もっとも楽な方法は、今の動きを継続することだ。私が君を抱えて逃げる――それで迎撃を繰り返せば、いずれはセンも戻ってくるだろう」
完全に別行動になってしまっているが、センが戻ってくれば、逃げながら戦う必要もなくなる。少なくとも、リースはセンが『戻ってくる』と信じているようだ。
もちろん、レインもセンの実力は知っている――彼女ならば、負けるようなことはないだろう、と。
問題はレインの相手の方であった。
(そうだ……師匠は!?)
レインは会場を見渡す。だが、フレメアの姿はどこにもない――魔法で姿を消しているのか、どのみち彼女を倒さなければ、レインに勝利はない。
フレメアの実力は、レインが一番よく分かっている。今のレインの力はフレメアに匹敵する可能性もあるが、満足に制御もできない状態で果たして勝てるかは疑問であった。
レインの知る中では、彼女は間違いなく最強の魔導師だ――彼女に勝つためには、《紅天》のメンバーの力は不可欠となる。
「つまり、僕が我慢する以外に手はないってだよね……」
「ここで戦ってもいいが、さすがにあの人数を相手にするのは無理だろう。もう少し我慢できるか?」
「が、頑張ってみるよ」
全く自信はないが、リースの言葉にレインは頷いて答えた。
ここで戦っても、最悪レインが落とされて場外負け、という展開まで見えてしまう。
このゲームの性質上、レインを誰かが抱えて移動しなければ、落ちてしまうのはほぼ間違いないと言えた。
リースが再び、レインを抱えて移動をしようとする――そのとき、
「また逃げ回るだけなのかしら? レイン、随分とつまらない戦いしかしないのね」
「っ!」
声が聞こえたのは上空からであった。
見上げると、そこにはフレメアが水の魔法で作り出した《水竜》と、その上に座る彼女の姿。
「上か……!」
「う、浮くのは反則では!?」
「うふふっ、馬鹿ね……大会のルールにそんな規定はないわ。それに心配しないで――あなたが逃げないのなら、私はそこに降りて戦うわよ」
笑みを浮かべて挑発するフレメア。その言葉が意味するのは、彼女には今すぐ戦う意思があるということだ。そのまま、彼女は言葉を続ける。
「あなたの今の力、どれほどのモノか確認しておきたかったのだけれど、もういいわ。どのみち、このゲームは『私が勝って終わる』んだもの」
「ま、まだそうとは決まっていませんよ……!」
「あら、口答えするだけの度胸があるとは思わなかったわ。お酒の勢いだけじゃなかったのね」
「ぐ……っ」
決闘を申し込んだのが酔った勢いということは、完全にバレてしまっていたようだ。
だが、フレメアがこうして姿を現した以上――彼女が本気であれば、ここから『逃げる』という選択肢はもう存在しない。
リースの実力があっても、本気のフレメアからは逃げられないだろうことは、レインだからこそ分かることであった。
「第一、どうしてあなたは逃げてばかりなのかしら?」
「そ、それはあなたに教わったことだからですよ!」
「? そんなこと教えたかしら? 私、『勝てない相手に出会ったら全力で逃げればいい』とは教えたつもりだけれど」
フレメアは分かっていて、わざわざその言葉を口にしている。――それは、レインが彼女から教わったことだ。
勝てない相手とは戦う必要はない――けれど、戦わなければならないときはいずれくるかもしれない。言葉通りなら、それが『今』ということになるのだろう。
フレメアは言葉を続ける。
「ねえ、レイン。どうして私が、わざわざこんな場を選んで、あなたに多くの冒険者を差し向けたか、分かる? さっきも言った通り、私はあなたの『力』に興味があるの。だから色んな状況を手っ取り早く確かめようと思っていたの。それなのに、あなたは本当に逃げてばかり――昔より卑怯になったんじゃないかしら?」
「……っ」
(くっ、言い返せない……!)
フレメアの言葉に、レインは返す言葉もなかった。彼女の言う通り、レインは以前にも増して臆病になった、という指摘は自身でも理解できる。
特に今は、女の子になってしまった事実を隠そうとするあまり、普段の十倍――否、百倍ほど消極的になっている。
「フレメア、君がレインの師匠だろうと、レインは私達のパーティメンバーだ。それに、君が言うほど、レインは卑怯者などではない」
フレメアの言葉に答えたのは、リースであった。真剣な表情で答える彼女の方を、思わず驚いて見てしまう。
「リース……?」
「確かにレインは逃げ腰だし、すぐに『帰ろう』とも言うし、その割には挑発に乗って下手を打つことも多い。私から見て、打算的に動いていると思える部分は多々ある」
「リース?」
それは全く褒めていないのでは? と、レインは思わず怪訝な表情で見てしまう。
「それでも、彼女は私の仲間だ。だから、君には渡さない」
「うふふ、そう――『彼女』、ね。あなたも知っているのね」
「! すまない、レイン。ついうっかり口を滑らせた――が、どうやらフレメアも君が女の子であることは知っているようだな。いや、師匠だから当たり前か……」
「あ、そ、その件は、一先ず置いておいてもらっていいかな……?」
リースが格好良く答えたばかりだというのに、なんとも締まらない結果となってしまった。
だが、リースの言葉を受けて、フレメアが口元を歪めて楽しそうに笑う。
「そこまで言い切るのなら……戦いましょう? どっちがレインを手に入れるか――これは、そういう戦いだものね?」
「ああ、いいだろう」
(……あれ、いつの間にか僕の奪い合いみたいになってる……!?)
気付けば、レインを差し置いてリースとフレメアが戦闘態勢に入っていた。
またまた久しぶりの更新で申し訳ありません。
そしてこの場で恐縮ですが、本作の書籍化が決定しました。
3月にBKブックス様より発売予定となっております。
なろうで書き始めて二作品目でして、がっつり性癖なので書籍になることはないかな、と思っていたので嬉しいです。
タイトルは『最強の力を手に入れたかわりに女の子になりました ~女だけのパーティに僕が入っても違和感がないのは困るんですが~』になっております!
書籍版共々よろしくお願い致します!




