86.えぐい作戦
『さぁ、現在のレースの状況は――紅天のメンバーが圧倒的だぁ!』
実況の声が周囲に響き渡り、歓声が聞こえてくる。
一先ずは、レイン達が一位という状況は事実である。
だが、状況は思ったよりも悪かった。
「少なくとも、参加者の多くは私達の敵ということになるな」
リースが後方を確認しながら言う。
この戦場にやってきた敵のほとんどは、完全にフレメアサイドの協力者だった。……一人を除いて。
「んー、姉さんも何だかんだ結構強いものね。意外と楽しめそう」
「た、楽しんでる場合じゃないんだけど……?」
にやりと笑うセンに、レインは思わず突っ込みを入れる。
本来ならば、参加者も楽しむ大会なのだろうが――レインには楽しむ余裕などない。
参加者のほとんどが敵で、しかもレインは水着姿。
あの戦いの勢いが今後も続くとなると……レインの水着は脱げてもおかしくはない。
それくらいの不運が起こることは、レインはとっくに把握している。
「……」
「エリィさん、大丈夫ですか?」
「……ええ、大丈夫よ」
エリィはエリィで、後方を見据えて何か思うところがあるようだ。
レインも、後方を確認する。
それぞれ固有の方法で追いかけてくるが――唯一、水上を走っているように見えるマクスだけは、レインも視界に入れたくはなかった。
「あはははっ! 一人走ってない?」
「いや、そんな笑いながら言うことじゃないって……」
「どういう原理で走っているんだろうな?」
「右足が沈む前にあげてるんじゃない?」
「なるほどな」
何がなるほど、なのか。
しかし、筋肉質なブーメラン水着のオカマが全力で追いかけてくるのはある意味ホラーである。……というか、完全にホラーである。
二番手に付けているのは、やはりフレメアだ。
彼女は水で作り出したドラゴンに乗り、こちらへと向かってきている。
決して速度は出ていないが、フレメアが本気を出せば――すぐにでも追いついてくる可能性がある。
ただ、レインも彼女の性格を理解している。
……獲物を追い詰めるのに、彼女がいきなり全力を出してくることはない。
ましてや、レインが『女の子』になったことは、すでにフレメアの知るところだ。
場合によっては、その事実を広めるために何か仕掛けてきてもおかしくはない。
(冷静に考えると――いや、冷静に考えなくても師匠は最低だ……!)
しかし、今更後戻りもできない。
レインはそちらを見ることはやめて、前方に集中することにした。
流れに乗ったレイン達の船は、すでに相当前方の方を移動している。
今の動きなら。順当に一位を取ることができるだろう。
「問題は、この後でしょうか」
「……この後?」
「はい。仮に一位を取ったとしても、この戦力差はかなり厳しいものとなります。はっきり言えば、私達はたった五人――仮に彼女に協力していない者が参加していても、今の流れではまず私達を狙うでしょう」
レインの隣に立ち、フレメアが冷静に状況を口にする。
リースとセンも言っていたが、状況は確かに芳しくはない。
このままこのレースに勝ったとして、まともに進めばレインが『負ける』可能性は十分になる。
「それなら……いっそここで何人か倒す、とか?」
「! レインにしては中々好戦的な意見ね? お姉さん、少し驚いちゃった」
「いや、だって二人もこのままだと厳しいって思ってるんだよね?」
「厳しいというか、無理かもしれないな」
「わたしは姉さんを相手する分には余裕だけど……レインを守りながらは難しいかもしれないわね。ここは、レインを見捨てるという選択肢もあるわ」
「本人の目の前でそれ言うの!?」
「ふふっ、冗談よ。でも、今のレインの意見には賛成ね。リース、どうする?」
「そうだな……速度を落として各個撃破を目指すか。それともこちらから罠を仕掛けるか」
「罠、ね。レイン、そういうの何かできないの?」
「えぇ、僕……? 罠というか、まあ水の中にトゲトゲの氷くらいならばら撒けるかもしれないけど」
「中々にえぐいことをさらりと言うな」
「ほんとよね。ドン引きしたわ」
「何でよ!?」
レインはレインにできることを言っただけだ。
いや、それすらも『まとも』にできるか分からないが。
「でも、いいんじゃない? こっちから仕掛けるのはさ」
「そうだな。一先ずはレインの作戦で行くか」
足止め作戦――もとい、敵戦力を削るための行動が開始される。
レインは再び船の後方へと向かうと、魔力を込める。
水に対して冷気を流し込むと、氷塊が船の後方に出来上がった。
これを次々と仕掛けていく――氷塊のサイズは疎らだが、十分に妨害としては機能するように思えた。
「フンッ、フンッ! この程度ではアタシを止めることはできないわよぉ!」
……次の瞬間、気合の入ったオカマに全て破壊されていた。




