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76.ライバル

 イバルフの町に隣接するように、会場は作り出されていた。

 毎年改修やら改装やら行われるそこは、ある時は闘技場として。

 またある時は町を上げての祭の舞台として――色々な用途に用いられる。

 今日、この時もまた町で盛り上がりを見せるのは、毎年開催されているイバルフの《水着大会》だった。


「ははっ、遂にこの時が来てしまった……」


 乾いた笑いに死んだ目で、レインは会場を見上げる。

 どうにも避けられない運命であることは分かっているが、レインには受け入れ難い運命だった。

 いっそなりふり構わず逃げ出すことでもできたのなら良かったのかもしれない。

 けれど、森の中に入ればボロボロに。

 仕事に行けば服を失ってしまう不運なレインにとって、もはや一人旅は自殺行為に近い。

 可能な限り魔力の制御の訓練を行うようにはしてきたレインだったが――


「しけた面してるわね、レイン! 今日この時のために水着を買ったんじゃない! もっとテンション上げていきましょうよ」

「いや、僕は水着なんて着たくないし……なんで女性物の水着を着ないといけないんだ……!」


 恨めしそうに言うレインだが、フレメアとの決闘を決めたのも――酔っていたとはいえレインだ。

 その舞台を水着大会という、レインが女の子になってしまった事実を隠さなければならない状態で出るにはあまりに苦行すぎる場だった。


「まあ、レインなら水着も似合うだろうから大丈夫さ」

「はい、レインさんには良く似合っていると思います」

「だ、だから着たいわけじゃないって!」

「そもそもあたし達はあんたのために出るんだから、うだうだ言わないでくれる?」

「うっ……」


 エリィにそう言われて黙るしかないレイン。

 リースとシトリアから励ましの言葉を受けながら、レイン達は会場へと入っていく。


「や、やっぱりやめようかな――」

「いいからさっさと行くわよ」

「あ、ちょ……ローブを引っ張るな!」


 センにずるずると引きずられながら会場入りしていくレイン。

 会場内の外でもそうだが、会場内にはすでに多くの人でにぎわっていた。

 参加者は参加者専用の入り口が別にある。

 レイン達はそちらの方へ向かっていく。

 会場側の方では、すでに大会を始める準備が整っていた。


『さあ今年もやってまいりました! イバルフの町、恒例の水着大会! 司会と実況はわたくし、《竜戦団》の副団長! アシュリー・レイネンが務めさせていただきます!』

「いいぞぉ! アシュリーちゃん!」

「水着姿もセクシーだ!」


 どうやら司会も水着姿のようだった。

 アシュリー・レイネン――《竜戦団》と言えば、十数名からなる大規模なパーティだ。

 Aランク以上の冒険者が複数在籍しており、副団長であるアシュリーはSランクの冒険者――屈指の実力者ということになる。

 水着大会を運営するのはギルドと、その協力関係にある冒険者達なのだ。


『みなさーん、ありがとうございまーすっ! そしてぇ、解説は去年からおなじみ。剣の道を極めて二十年、水着を見極めて五年――《剣総会》の元リーダー、トキゾウ・カタムネ氏です!』

『うむ、皆の者……今年もよろしく頼む』

「トキゾウ先生!」

「トキゾウ! トキゾウ!」

「水着を見極めて五年……!?」


 レインも思わず突っ込みを入れてしまう。

 去年もあんな解説だっただろうか、とレインは疑問に思ってしまう。

 レイン自身、主に金を稼いで楽をすることばかり念頭に考えていた冒険者だった。

 祭事に興味もなかったから、仕方のないことと言える。


「レインったら知らないの。剣総会のトキゾウと言えば、五年前に冒険者を引退して以来ずっと水着道を極めてるらしいわよ」

「いや、水着道ってなんなのさ……」

「剣の道ならば剣道。水着の道ならば水着道――そういうことではないでしょうか?」

「真面目に返されても困るんだけど!」


 シトリアの予想外に真面目な回答に突っ込みつつ。《紅天》のメンバー達は更衣室の方へと向かっていた。

 だが、ここでピタリとレインが足を止める。


「待って、更衣室って男用はあるの?」

「つけば分かるんじゃない?」

「な、なかったらどうするのさ……!」

「どうするって……一緒に着替えるしかないだろう」

「リース!? ば、バカ言うなよ!」

「レインさん……いつも裸ばかり見せているのに説得力ないですよ」

「あたしも正直慣れたくなかったけど慣れてきたから、まあこっち向かなければいいわよ」

「エ、エリィまで……!?」


 レインがだんだんと男扱いされなくなってきている。

 もはや裸になるのも見慣れてきてしまったというのだ。

 がくりとその場に膝をつくレイン。


(ぐ、このままだと僕の男としての尊厳が……)

「あっ、レイン! 良かったわね、男性用と女性用の更衣室がきっちり用意されてるわよ!」

「え、ほんと!?」


 レインは思わず喜びの声を上げるが、別に喜ぶ要素は何一つなかった。

 何故なら更衣室に入って水着に着替えるだけなのだか。


(……って、あれ着て出るだけだし……)


 ズゥン、と沈んだ様子のレインの肩を、リースが叩く。


「良かったじゃないか、レイン。君の努力が無駄にならなくて」

「努力……?」

「君が男と言い張ってきたからこそ、男子更衣室がわざわざ用意されたんだ」

「……! 言い張るじゃなくて僕は男!」

「すまない、そうだったな」


 はははっ、と笑うリース。

 もはやパーティ内で隠すつもりはあまりないらしい。

「いや、レインは実際男でしょ?」というエリィに、またもリースを含めた全員が沈黙することになった。

 レインはリース達と別れ、男子更衣室の方へと入っていく。


(男の参加者なんて僕だけだろうし、こんなのただの晒し者――)

「あら、ダメじゃない。ここは乙女の更衣室よ。あなたのような子が来る場所じゃないわ」

「へ……?」


 扉を開けたレインの前に飛び込んできたのは、がっちりとした筋肉質な身体。

 鏡の前でポーズを取りながら、くるりとその男は振り返る。


「あらぁ、よく見たらあなた……《蒼銀》のレインね。アタシ以外の唯一の参加者にして、この男でありながらアタシの次に美少女な子……!」

(へ、変態がいた……!)


 まったく男の話を聞いていないレイン。

 だが、男――マクス・ザシャールはレインへ異常な対抗心を燃やしていた。

 水着大会唯一にして、本当の男の参加者がここにいたのだ。

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