73.合体する猫
虎の魔物の強さは猫の氷像を超えている。
今の状態では、そうとしか言えなかった。
レインがまともに戦える状態であれば、あるいは虎の魔物を倒すこともできるのかもしれない。
だが、それを含めても、目の前にいる魔物の強さは常軌を逸していた。
猫の氷像達がレインの方をちらちら見てくる。
(ぐっ、何を要求してきてるんだ……っ)
この不利な状況にも拘らず、もう一回声出していこうと猫の氷像を強要されるのはレインとしては不服だった。
しかも、今度はエリィとシトリアの二人も近くにいる。
「レインさんの猫でも勝てそうにありませんか……」
「まあ、仕方ないわね。もう一回くらいなら、イフリートは出せるわ。ただ、もう数分ももたないけど」
「私もあまり長くは続きませんが、レインさんの身は猫の氷像があれば守れるでしょう」
二人は再び臨戦態勢に入る。
しかし、このまま戦えば敗北する可能性は高かった。
レインは先ほど生み出したばかりの猫の氷像の背後で、再び声を出す。
「――にゃんっ! こ、これでいいだろ!?」
「! にゃーん!」
猫の氷像達がレインの声に合わせて行動を始める。
まさかの四体目の猫の氷像までも移動してしまい、レインの身を隠すものがなくなる。
「ちょ……!?」
レインは慌てて大事なところを隠すように伏せる。
エリィとシトリアが信じられないものを見るような表情で言う。
「レイン……あんた、大丈夫?」
「レインさん、遂に頭が……」
「だ、大丈夫だからあっちを見てて!」
急に「にゃん!」と叫び出したレインを見れば、頭がおかしくなったと思っても仕方ない。
レインの声を聞いた猫の氷像達は再び集まっていく。
そして、今度は四体の猫の氷像が重なった。
(いや、それさっき見た――)
レインがそう心の中で突っ込もうとしたとき、カッと猫の氷像達が輝きを強める。
周囲が光に包まれたかと思えば、そこに現れたのは一体の大きな猫の氷像。
今までも猫の氷像とは違い、スリムな体型をしている。
パキキ、と一歩踏み締めるだけで地面を凍らせる。
「シュゥルゥウウウウ……」
「シャアアッ!」
今までの猫の氷像とは違い、「にゃーん」しか言わないような状態とは違う。
威嚇するような鳴き声で、猫の氷像が虎の魔物と相対した。
「ま、まさか合体するとは、正直私も予想外でした」
「あんたの魔法どうなってるのよ……?」
「いや、それは僕が聞きたいけど……」
「今のレインさんの状態異常とも取れる状態なのかもしれません。詳細は分かりませんが……」
レインの魔法自体が状態異常にかかっているようだった。
使い魔のようになったレインの魔法は、自律した行動を可能としている。
敵が何かをしっかりと理解しているのだ。
「シュウゥ――」
虎の魔物から動いた。
地面を踏み締めると同時に、その大きな身体が姿を消す。
地面を蹴っただけで足元が抉れる。
猫の氷像は動かない。
虎の魔物が猫の氷像の背後を取った。
(な、さっきより反応が遅いんじゃないか……!?)
戦いを見守ることしかできないレインだったが、猫の氷像の動きは先ほどよりも悪く見えた。
虎の魔物が前足を振りかぶり、そのまま振り下ろす。
蹴るだけで地面を抉る威力――叩こうとすれば、猫の氷像など簡単に壊れてしまう。
だが、触れる瞬間に虎の魔物が再びその場から動いた。
一瞬で、猫の氷像と距離を取った。
「……!? え、今のタイミングで……?」
「完全に後ろから攻撃できるタイミングだと思ったけど」
「……なるほど。どうやら、思った以上にあの猫の氷像は強力なようです」
「ど、どういうこと?」
「虎の魔物の前足を見てください」
シトリアに言われて、レインは虎の魔物の方を見る。
先ほど触れることなく下がった虎の魔物だが、その前足は氷漬けになっていた。
「え、凍ってる!?」
「おそらくですが、触れる瞬間に凍らせたのでしょう。先ほど地面から猫の氷像の地面も少しずつ凍っています」
やはり、レインの使った魔法の効果をそのまま保持しているようだった。
だが、小さかったときに比べるとその効果量はまるで違う。
猫の氷像は、距離を取った虎の魔物に一歩近づく。
パキキ、と地面が凍った。
虎の魔物が後退り、猫の氷像が追い詰める――形勢が逆転していた。
虎の魔物がちらりとレインの方を見た。
「フシュルルル……」
「にゃんかこっち見てる……?」
「魔力の塊のようなレインさんを狙っているようですね」
「にゃ、にゃんで僕ばかり……」
「魔力の塊だって言ってるでしょ。魔導師としては嬉しい才能のはずなのに、あんたを見てるとあまり羨ましくならないわ」
「僕だって好きでこうにゃったわけじゃ……」
「シュ――」
一瞬、三人で会話をしている瞬間を狙って、虎の魔物が駆ける。
レインとの距離を詰めようとするが、その前に猫の氷像が立ちふさがった、
先ほどとは違い、虎の魔物にも並ぶ速度でレインを守る。
猫の氷像が、撫でるように前足を振るった。
その瞬間――虎の魔物は氷漬けになった。
(な、なんて威力なんだ……)
使い手であるはずのレインすらも驚いてしまう。
レインの生み出した猫の氷像が、ヤマタビルと虎の魔物を倒したのだ。
「……とりあえず、勝ったってことでいいのね?」
「そのようですが、こうなってくるといつもの問題が発生しますね」
「いつもの問題?」
「レインさんの服がないです」
「……テンプレね」
「テンプレ扱いはやめて!?」
「にゃーん」
猫の氷像も先ほどまでと同じような間の抜けた声で鳴く。
レインの置かれた状況はいつも通りの不運だった。




