69.働く猫の氷像
シトリアとエリィが並び立つ。
白銀の騎士と、その背後には炎の魔神。
そして、何故か色々なポーズを取る猫の氷像。
相対する虎の魔物に対して、これらレインの作り出したもののせいで、何故かシュールな光景になっていた。
(場違い感がすごい……!)
レインは心の中でそう呟く。
役立たず状態であることは本人も認識しているが、逆に何もしない方が正解だと考えていた。
レインの根本的なスタンスは、戦わなくてもいいなら戦わないだったはずなのに、最近は戦闘狂のような者達と組む機会が増えて戦う前提になっていたのだ。
(これなら何もしない方がいいよね……?)
「さて、いつもなら二人がいるのでこうして戦うのは久しぶりですね」
鎧を着たシトリアがそう言うと、手をそっと前に出す。
すると、一本の白い槍が現れた。
いつも持っている槍とは形状の異なる、真っ直ぐに美しいと表現できるような見た目をした槍だ。
「作戦は――なくていいわね?」
「はい、私達は合わせる方が合わなくなると思いますので」
センとリースの二人組と違い、特に戦う前にどこを狙うといった話はしない。
そもそもの戦闘スタイルが異なるからだろう。
レインは固唾を飲んでその様子を見守る――シュル。
「ん、にゃに今の……」
足元に何か絡まったと感じて、レインは下を見る。
すでにスライムに溶かされて半裸というあられもない姿をしていたが、重要なのはその下だ。
足首に泥塗れの柔らかい『何か』が絡まっている。
「にゃ……!?」
(こ、このパターンは……)
レインは即座に判断する。
最近の傾向から察するに、このままだと触手に捕まって拉致される――そんなデジャヴを感じていたのだ。
(ふっ、僕を甘く見るなよ……!)
しかし、レインとて学習しないわけではない。
冒険者としての実力は当然低くないのだから。
足元への違和感を覚えた時点で、レインは懐から担刀を取り出していた。
以前、シトリアが言っていたとおり、武器は持っておいた方がいいというアドバイスが役に立ったのだ。
――とはいえ、レインも武器の扱いに慣れているわけではない。
一先ず足に絡まった何かが地面から伸びているのを確認し、それを根元から切断する。
幸い、その『何か』はレインの短刀でも簡単に切ることができた。
(見たか……! 猫の氷像しか作れないと思うなよ!)
誰に対して言うわけでもないが、レインは心の中で強気で呟く。
そして、レインはすぐに前の二人に『何か』の存在を伝える。
「エリィ、シトリア――」
「な、何よ、これ!?」
そんなレインの言葉を遮ったのはエリィの驚く声だった。
ほんの数秒、レインが目を離した隙にシトリアとエリィの方の状況が悪化していた。
地面から生える泥塗れの触手が、二人に絡み付いていたのだ。
「これは……」
「あの魔物から!?」
「いえ、新種とはいえあの類いの魔物が触手を持つとは考えにくいですね。それに、これは正確に言えばれっきとした魔物です」
「ま、魔物……!?」
シトリアの言葉に、エリィが目を見開く。
これから戦おうという時に、まったく別の方向から襲われたのだから当然だ。
鎧を着ているシトリアはともなく、エリィの方はごく普通の布地だ。
「あっ、ちょっと……!」
「エリィさん、色っぽい声を上げている場合ではないですよ?」
「あんたと違ってこっちは生身なの!」
「だ、大丈夫?」
「レイン、あんたは下がってなさい!」
エリィにそう言われて、無言で頷くレイン。
シトリアは押さえ付けられている状態でも、そのまま槍を振るって触手を切り払う。
一方のエリィは力で振り払うことはまず無理だった。
そもそも、エリィの方が触手に絡まれている量が多い。
だが――
「イフリート!」
エリィがそう叫ぶと、背後に構えていたイフリートがエリィを炎で包み込む。
「にゃにを……!?」
「黙って。慌てるような話じゃないわ」
炎で包まれたエリィは冷静だった。
魔導師として、自身の扱う魔法への耐性を高めておくのは基本的なことだ。
けれど、イフリートクラスの魔法ともなれば、それに対する耐性というのは相当な研鑽が必要となる。
「はっ、ふぅ……」
炎に包まれたエリィは、やがてそれを振り払うように前に出た。
炭と化した触手がぼろぼろと崩れ落ちていく。
そして、エリィはすぐに地面へと炎を走らせた。
シトリアの痛みを感じさせる結界には反応しなかったが、触手は熱を嫌がっていた。
あらかじめそれを巻くことで再び襲われることを防ぐ。
「……それで、こいつはなんなの?」
「おそらく、ここに済む固有のヒルの魔物かと」
「ヒル……?」
「触手の先端を確認しました。
対象に噛みつくための鋭い歯があります。その特徴が以前見たヒルの魔物に似ていますから」
「それが何でいきなり……」
「おそらくですが、あの新種の魔物と協力関係か、あるいは主従関係にあるのではないかと」
「……は? それって、あいつが襲ってこないのはあたし達がやられるのを待ってたってこと?」
「そういうことになりますね」
「………聞いてた? レイン、あんたももう危ないから近くに――」
「き、聞いてたから助けてっ!」
レインのそんな懇願する声が響く。
シトリアとエリィが大量の触手に襲われた時点でレインも対策を取るべきだったが、何も取りようがなかった。
すでにレインの身体には地面から諸々出現した触手に巻き付かれている状態だった。
「ちょっ!? シトリア! あたしじゃレインのあれは取りきれないわ」
「分かっています。私が――」
シトリアがそう答えようとした瞬間、虎の魔物が身体を前に出した。
すぐさまシトリアは槍を構え直し、牽制する。
「先ほど自分で言ったのに忘れていました。この二体は協力関係にあると」
「ならあたしが下のやつを……!」
「どこにいるか判断できないので危険です。エリィさんが前の魔物を。私がレインさんを助けます」
二人がそんなやり取りをしている間にも、レインには危機が迫っていた。
身体にまとわりつく触手の感覚も気持ち悪いが、その先端――シトリアの言っていたヒルという言葉を思い出す。
明らかにヒルと言えるような生易しいものではなく。円形状の鋭い歯がレインに向けられていた。
「こ、これ噛まれたら死ぬやつじゃ……!?」
レインは焦ってなんとか抜け出そうとするが、巻き付いた触手を引き剥がすことができない。
むしろ動くほど、レインの動きを止めようと締め付けが強くなる。
(ん……い、意外と、きつい……!)
さらに状況は悪化する。
元々半裸状態だった服がずれて、ほとんど上半身と下半身が見えている状態になった。
「……!?」
レインは声を上げそうになるのを何とかこらえる。
シトリアもエリィも、こちらの方は見ていない。
(シトリアにはもう見られてるけど……エリィに見られるわけには……!)
もはや一人二人の差など誤差ではあるが、レインはとにかく女の子になった事実を広げないよう努力しているつもりだった。
その努力が報われたことはほとんどないが。
声を出せばエリィはこちらを見る。
レインはなんとか耐える。
「んっ、ぐ、うぅ」
声は漏れまくっていた。
そして、シトリアとエリィの話し合いもすぐに終わりを迎える。
「イフリートで周囲を守らせる! 少しなら時間を稼げるわ」
「ではその方向でいきましょう」
「レイン、あと少し待ってなさいよ!」
「っ! ちょ、ちょっと待――」
エリィがそう声をかけながら、レインの方を見る。
レインは声をかけようとしたが、間に合わずにエリィがこちらを見た。
だが、エリィはすぐに視線を戻してシトリアの方を向く。
(み、見られてない……?)
レインの心配すべきところは今そこではないのだが、レインが重要視してしまうべき点でもあった。
「いくわよ、イフリート!」
エリィが何事もなかったかのように叫ぶ。
不幸中の幸い――ほぼ脱がされた状態のレインだったが、見られて困る場所は軒並み触手がカバーしていたのだった。
だが、その事実にもレインが気付くことはない。
(え、え? ど、どっちに取るべきなんだ……?)
そんな疑問をよそに、状況は進んでいく。
いくつもの触手の鋭い歯がレインに向けられる。
(くっ、考えてる暇もないか……! ど、どうする……!? 魔法を使っても猫の氷像しか出ないのに……!)
「――って、うわ!?」
一本の触手の先端がレインへと襲いかかる。
動けないレインは対抗することもできず噛まれる――はずだった。
「……?」
(あれ、痛くない……?)
思わず目を閉じたレインに、いつまで経っても痛みが襲ってくることはなかった。
(ま、まさか麻酔的なもので痛みがない親切設計なのか……!?)
別に親切でも何でもないが、今のレインにとっては痛みがないというだけでもありがたいことだった。
ちらりと目を開けて状況を確認する。
エリィとシトリアが、驚いた表情でこちらを見ていた。
「……え? ええええ!?」
そして、すぐにレインも驚くことになる。
ギギギギ、と奇妙な音を立てながらレインのすぐ側に立っていたのは、先ほどレインが出した氷像の猫だから。
さりげなくHJ大賞に応募して一次通過しておりました。




