67.猫の氷像を作るだけの
「敵……!?」
レインが構えるより早く、シトリアとエリィは動いた。
シトリアが前に、エリィがレインを守るような形だった。
後衛のいない構成ならばこれが自然――
(いや、やっぱりおかしいよね……?)
何故か自然に守られるような立場になっていることに、違和感を覚えるレイン。
だが、おかしいと思いつつもシトリアとエリィに言ったところで返ってくる言葉は分かっている。
「一先ずレインさんの安全は確保しましたね」
「また《イフリート》展開した方が安全かしら」
「いえ……敵の詳細が分かるまでは魔力の消費は抑え目にしましょう」
「敵って……もしかしてこの霧が?」
「はい。以前レインさんとここに来たときにはここまで濃い霧はありませんでした――というか、視界は確保できていました。今回は途中から徐々に霧が濃くなっていましたから、おそらく何かの標的になっているとは思っていましたが」
「た、確かにここまで濃い霧はにゃかったけど……」
言い知れぬ威圧感に、レインはいつも以上に恐怖を感じていた。
元々女の子になってからビビりな性格になってしまったレインだが、ビビりでも怯えるレベルでビビることはなかった。
いつもと何か違う感覚――それは、主に耳と尻尾が原因だった。
「レイン、あんたは運がないんだから変に動かないで――って、大丈夫?」
「にゃ、にゃにが?」
「耳と尻尾、逆立ってるけど……」
「!?」
レインが手で触れて確認する。
耳と尻尾の毛並みがふさふさなものではなく、毛が完全に逆立っていた。
今のレインは動物的本能が優先される――つまり、危険だと思うものには物凄くビビる。
これは、レイン自身にはどうしようもないものだった。
仮に相手がレインほど強くなかったとしても、危険だと感じさせるものへの警戒心は高くなってしまうのだ。
(ど、どうしよう。全然落ち着かない……!)
「レインさん、一先ず落ち着いてください」
「シトリア……?」
「あなたの力はSランク相当の冒険者――臆する必要などありません。あなたの、いつも通りの力を発揮すればいいだけです」
「い、いつも通りの――わ、分かった」
シトリアの言葉はレインの心を落ち着かせた。
まるで、心を読んでいるかのようにシトリアはレインに話しかける。
彼女がカウンセリングのような能力に長けていると言える。
レインはシトリアの言葉を聞いて、少しだけ心が落ち着いてきていた。
改めて、周囲を確認する。
霧に包まれて、すでに前方にいるシトリアの姿も少し霧に包まれて見えにくくなっているくらいだった。
毒の湿地で発生した霧である以上、この霧にも毒の効果があると考えられる。
シトリアとエリィが平気なのは、シトリアの結界魔法があるからだろう。
レインについても特に異常はなく、しいて言うならばスライムのせいで服が溶かされて寒かった。
(……っていうか、戦う前から半裸って何!?)
冷静になると、レインの格好も色々とやばかった。
以前は毒の湿地に来たときもスライムに襲われるようなことなどなかったが、師匠であるフレメアに出会ってからさらに不運度が加速していると感じている。
ここで戦いになれば何かしらの不運が発生するような気もしているが――
「レインさん、ここは氷の魔法で牽制を」
「そうね。あたしの炎の魔法より、あんたの魔法の方が範囲も広いし」
「う、うん。やってみる」
レインが魔法を発動する。
運が良ければ、姿の見えない敵の動きを止めることができるかもしれない。
あるいは、倒すこともあり得る。
運が良ければ、などとレインが考えてはならないことだったが。
パキィンと周囲に氷を走らせる。
レインが発動した魔法は《アイス・フィールド》。
地面に氷を走らせて結界を展開する魔法。
結界内部で動きがあれば対象の動きを止める。
今のレインがその魔法を発動すれば、動きを止めるどころか仕留めるレベルの威力になるかもしれない――そう思っていた。
「……は?」
だが、レインの想像とはまったく別の方向に事態は変化していた。
レインは確かに氷の魔法を発動した。
だが、実際に出来上がったのはシトリアの隣に一体の猫の氷像。
何故か何かを招くようなポーズで、しかもシトリアより大きな猫がドーンと構えていた。
「レインさん、落ち着いてと言いましたがふざけてほしいとは言っていませんが?」
「ふ、ふざけてにゃいけど!?」
「これはどう見でもふざけてるでしょ」
「そんにゃ馬鹿にゃ!」
レイン自身も訳が分からなかった。
魔法を発動したにも拘らず、出来上がったのは猫の氷像。
レインは改めて、別の魔法を発動する。
だが、そこにできたのはペロペロと毛づくろいする猫の氷像。
レインが魔法を繰り出すたびに作り出されるのは、確定で猫の氷像だった。
(ま、まさか……猫の氷像しか、作れない!?)
猫耳尻尾が生えて、『な』が言えないだけでなく――レインは魔法の扱いにも影響を受けていたのだ。
それに気付くのが、戦いの始まるタイミングだったというのがレインの最大の不運だったと言える。
「シュアアアア……」
空気の抜けるような音と共に、周囲の霧が少しだけ晴れていく。
レイン達の前に現れたのは、四足歩行の虎のような魔物。
だが、毛のようなものは生えていない。
身体にいくつか穴が開いており、そこから霧が噴射されている。
その異様な見た目――そして、初めて見るという事実。
「新種、ですか」
「最近こういうの多いわよね」
「エリィさん、相手は通常の生物ではあったのでイフリートは有効だと考えられます。展開を」
「分かったわ」
(……僕なかったことにされてる!?)
無駄に出来上がった猫の氷像と共に、新種の魔物と相対することになったレインだった。




