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63.巡り巡って

 レインとシトリアは町中を歩いていた。

 ようやくまともに歩けるようになったレインと共に、どこかにいるはずのエリィを探していたのだ。


「エリィは普段どこに行くとか分かる?」

「そうですね……一人で仕事に行く事は少ないので、どこかで魔法の練習をするかカフェでくつろいでいるか――選択肢は色々あると思います」

「そっか……」


 普段、あまりエリィと絡む事がないからレインにも心当たりがなかった。

 リースやセンのように何が好きというのがよく分かっていない。

 今日はエリィも出掛けると言ってどこかへ行ってしまっていた。

 三人とも出掛けているからこそ、ある意味元に戻るための薬を作るのには丁度良かったのだが、今となっては猫耳尻尾状態から元に戻らなければならない状態になってしまっている。


「どうしましょうか。合流場所を決めて二手に分かれるのが探す上では楽ですが……」

「そ、それは……」


 レインは少し躊躇った。

 現状、レインは耳と尻尾が生えたままだ。

 その上でレイン一人が町中を歩いていて何も起きないとは思えない。

 シトリアも当然その心配をしているのだろう。


「私はレインさんの意見を尊重します。効率を考えれば二手に分かれる方がいいでしょうし……いっそエリィさんを探さずに二人だけで解決策を調査するという手もあります」

「……でも、エリィもいた方がいいんだよね?」

「調合薬の類ならば、むしろエリィさんも詳しいと言えますし、捗ると言えますね」

「それにゃら、エリィも探そう? 僕は一人でも、大丈夫だとは思う……」

「本当ですか?」

「だ、大丈夫っ」


 言い切った。

 絶対に大丈夫ではないとレインも思っているが、シトリアにばかり負担を掛けさせるわけにはいかない。

 元を辿ればレインが原因――エリィを探すのに時間を掛けずに行くには二手に分かれた方が効率はよかった。


「分かりました。では、私は西の方から回っていきますので、レインさんは反対側から」

「合流地点は?」

「《キシュール図書館》にしましょう。どのみちあそこが現状のゴール地点なので、エリィさんを見つけた方からそちらへ。一時間以内に見つからなくてもそちらで合流しましょう」

「分かった。それじゃあ一時間後に――あいたっ」


 レインはそう言ってシトリアと分かれた瞬間、振り返ったところにあった時計を埋め込まれたオブジェに衝突する。

 シトリアと話しながら歩いていたために余所見をしていたとはいえ、何とも注意力が低かった。


「……レインさん、本当に大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫。大丈夫だから」


 幸先が不安となる形になったが、レインはシトリアと分かれてエリィを探す事になった。

 シトリア曰く、特に可能性が高いとすれば喫茶店だという。

 酒を飲まないエリィだが、紅茶やコーヒーなどは嗜むらしい。

 それに甘い物も好き――そうなると、いくつか場所は絞られてくる。

 町を出ていた場合はどうしようもないが、レインは主に喫茶店を中心に回る事にした。

 一軒目――《お茶処・ソフィ》。


「おやぁ、レインじゃないかい」

「あ、お久しぶりです」


 レインはここの店主であるソフィと顔見知りであった。

 ここでは数種類のお茶を扱っており、レインも仕事終わりに立ち寄る事がある。

 最近は色々あってくる事はなかったが。

 白髪で老婆であるソフィがレインを手招きで迎え入れる。


「久しぶりだねぇ。どうだい、新作があるから飲んでいきなよ」

「い、いや、僕は人探しをしていて……」

「おやぁ、そうなのかい。それなら、これだけでも飲んでお行き」

「ありがとう――あつぅ!?」


 ソフィから手渡されたお茶を口に含むと同時に、思いっきり舌が火傷した。

 特に何も気にしていなかったが、レインは猫耳と尻尾がただ生えたわけではない。

 ある程度、猫らしさというのを兼ね備えた状態になっていた。

 早い話――猫舌になっていた。


「あれまぁ、レインは熱いのが苦手だったかねぇ?」

「う、うん……大丈夫。ありがと、おいしかった、よ」


 ソフィのところにはエリィはいなかった。

 火傷した舌で涙目になりながら、レインは別の店へと向かう。

 二軒目――《熊の手》。


「あの……」

「いらっしゃい。空いているところに座ってくれ――って、レインじゃないか!」

「あ、えっと?」

「ああ、すまんね。ここ最近、君は有名人でな。俺も君に依頼したい事があったんだよ。あ、せっかくだからゆっくりしていってくれ」

「え、いや……今日は仕事とかじゃ――人を探しているんだ」


「仕事とかじゃにゃくて」と言いかけて、レインは言い直す。

 店主である男――ホッズは少し残念そうにしながら頷く。


「そうかぁ。あ、依頼はまた別にしておくよ。それと、時間がないならこのコーヒーだけでも飲んで行ってくれ。新作で今淹れてみたところなんだ」

「……っ!」


 どう見てもあっつあつのコーヒーが目の前に置かれ、レインの表情が曇る。


「あ、もしかしてコーヒー苦手だったか?」

「あ、い、いや――いただきます」


 時間もないが、出されたものをレインは素直に受け取ってしまう。

 ホッズはソフィと違い知り合いではなかったが、今後仕事の依頼をしてくれる可能性のある人物だった。

 どんな依頼か分からないが、稼ぐ事ができる可能性――《お客さん》をレインは大事にする。

 レインは口元を抑えながら《熊の手》を後にした。

 ここにもエリィはいなかった。

 そして、舌へのダメージが蓄積されていく。


(や、やばい……ものすごくヒリヒリする……)


 このままカフェ巡りをしているとどんどん舌を火傷する気がする。

 そんな考えが過ったが、早い話レインが断ればいいだけの話だ。

 次からは絶対に断ろう――そんな強い意思を持って、レインは三軒目ホット・コールという店に入った。

 カラン――という音と共に、レインは店に入ると同時に、全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。


「あら……こんなところで会うなんて奇遇ねぇ」

「は、ひ、し、師匠……!?」


 とんでもないタイミングで――その人に出会ってしまったからだ。

 レインはくるりと回れ右をして帰ろうとするが、


「待ちなさい、レイン」

「っ!」


 フレメアにそう言われると、身体が固まってしまう。

 もうすぐ目の前にいる相手と、よりにもよって《水着大会》で戦う事になるのだが、そんな相手と喫茶店で出くわす事になるとは思わなかった。

 だが、フレメアからは敵意が感じられなかった。


「うふふ、怖がらなくてもいいわ……どうせもうすぐ決着を付ける時がくるのだから。今は何もしない。分かった?」

「は、はい……」

「どうしたの? 随分怯えているようだけれど。まるで『借りてきた猫』のようね」

「……っ!? ぼ、僕は普段からこうです、けど!?」

「そうね。あんな宣戦布告をしたのだから、怯えてもらっても困るわ。ふふっ、楽しい《試合》にしましょうね?」


 猫という言葉に強く反応してしまったが、フレメアは特に強く疑う様子もなかった。

 一刻も早くここから逃げてエリィを探さなくては――


「いなくなる前に、私からの奢りよ。一杯飲んでいきなさい」

「……え?」

「心配しなくても毒なんて入っていないわ。純粋な好意――ここの紅茶はおいしいのよ」

「あ、いえ、でも……」

「私の奢り、よ?」

「うっ――は、はい、いただきます……」


 本来ならば、人から奢ってもらえる紅茶というのはおいしいものだ。

 実際、ここの紅茶もおいしいのだろう。

 だが、今はフレメアという存在を目の前に、さらにアツアツの紅茶というとんでもない組み合わせによってレインの舌にダメージが重なり続けていた。

 レインは紅茶を一気に飲み干すと、


「ご、ごちそうさまですっ」

「あら、随分と急ぐのね」


 フレメアの言葉も聞かずに、バッとすぐにお礼を言って店を出た。

 今ので、舌には完全にトドメが入ってしまった。

 とにかく冷たい物で冷やしたい――


(あ、僕の魔法……でも、加減できるかな……)


 レイン自身の氷魔法で舌がカチコチに凍ってしまえばそれはそれで問題だ。

 レインは次に入った店で、一旦冷たい飲み物を頼むという無駄な決意を固める。


「……ん、あ、あれは?」


 そんなレインの視界に入ったのは、少し離れたところにあるカフェ。

 その窓に赤髪の少女の姿がちらちらと見えた。


「エ、エリィ……!」


 偶然にも近くの店でエリィを発見する。

 レインは急いでその店へと向かった。

 バタン――とその店の扉を開けると、そこにいたのはいつものエリィではなく、


「ふふっ、いい子ね……」

「エ、エリィ……?」

「! レイン……!? どうしてここに――って、もしかして、あんたも猫好きなの?」

「は、猫……?」


 その店では、エリィが小さな猫を可愛がっていた。

 レインの突入した店は、カフェはカフェでも《猫カフェ》だったのだ。

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