58.センという冒険者
焚火を前に、レインとエイナは向かい合う形で座っていた。
ボロボロだったレインはエイナに保護されて、今は何とか落ち着いてきている。
エイナはこの森には肩慣らしをするつもりでやってきたらしいが、実際センとやり合う実力のある彼女ならこの森では不足だろう。
エイナもそれが分かって帰ろうとしている途中に、レインを見つけたとの事だった。
「君はフレメアの弟子だと聞いていたが、ボロボロだから焦ったぞ」
「ごめん……色々あって」
「まあ、こうして改めて話すのは初めてか。心配しなくても、私が必要なのはセンだけだ。君をフレメアのところまで連れていこうとは思わん」
そう言われて、少し安心するレイン。
軽い雰囲気のセンに比べて、姉のエイナは厳格といった印象だった。
フレメアとは協力関係にあるが、だからといってレインを無理やり連れていくような事をする性格ではないのだろう。
「ところで、ボロボロのローブはもう捨てていったらどうだ?」
「え、いや……大丈夫だよ」
「汚れているだろ。いいから脱げ」
「や、ちょっと待――」
エイナが立ち上がってすぐにローブをはぎ取る。
もはや抵抗すら許さない手際はどこかの誰かを思い出させた。
ここ最近は特に、人前でローブを脱ぐ事もないレインがどういう表情をしていいかも分からず、できるだけ顔を見られないように俯いた。
「メイド服で買い物するような子だというのに、恥ずかしがり屋なのだな」
「ち、違うっ! あれはセンが――」
「ふむ、センにやられたか」
「あ……いや、そうなんだけど、そうじゃなくて……」
センの名前を出すと、少し雰囲気が悪くなるのをレインは感じた。
レインも慌てて何か話を逸らそうとするが、ふとセンの言っていた事を思い出す。
――ふふっ、女には秘密が付き物よ。
そう言って、自分の事をまるで話そうとしない。
目の前にいるエイナになら、聞けば何か教えてもらえるかもしれない。
そう思っていると、
「昔はああいう性格ではなかったのだが」
「え、そうなの!?」
レインは思わず声を上げる。
ここ最近でもかなり上位に位置する驚きだった。
センの性格はどうみても素にしか見えないというのに、昔は違うというのだ。
エイナは小さくため息をつく。
「すまんな、妹が迷惑をかけて」
「いや、そんな事――ない、よ」
めちゃくちゃある。
物凄く迷惑を掛けられているが、ここにきてレインは気を使った。
さすがにここで同意してしまうのは如何なものかというレインの小さな良心が勝ったのだ。
ただ、否定してからやっぱ同意しておけばよかったと思うのがレインらしいところである。
「一緒にいて分かると思うが、センの感覚は少し違う――やや狂っていると言ってもいい」
「狂ってる? 確かに頭はおかしいとは思うけど」
レインは普通に同意してしまったところでハッとする。
だが、エイナは少しだけ笑みを浮かべると、レインの言葉に同意した。
「まったくその通りだ。ああ見えて、正義感は人一倍強い子だったのだが」
「いやいや、それは嘘でしょ?」
「本当だ」
俄かには信じがたい――というか今のセンからは想像できないような言葉だ。
けれど、センもたまたまとはいえフレメアに捕まったレインを助けてくれてはいる。
一応、そういう節はあるのかもしれない。
「いつからだったか――センの周りには、センの強さに追いつける者がいなくなっていた。私も含めてな」
「え、エイナも?」
「ああ……実際に本気で斬り合えば、今も私はあいつには勝てないかもしれないな」
「そうなんだ……」
エイナが相当な実力者だという事はレインにも分かる。
その実力者であるエイナにそこまで言われるくらいに、センは冒険者として実力があるという事だ。
「弱い奴と組むとそいつが危ないから、強い奴としか組まない。それがセンの根本にある考えだ」
「……それだけ聞くとちょっと性格良くない人みたいに聞こえるけど」
「良い人ではないかもな。自分の命を預ける剣ですら、あいつは雑に扱う。それでなくなるならその程度なのだろうと言っていたからな」
(それって……)
レインにも心当たりがあった。
以前、センに連れられて川に魚を釣りに行った時の事だ。
魚を捕まえる時に、センは川の中に自身の剣を投げ入れていた。
本来剣を使う者ならば――よほどの事がない限りしないだろう。
それをたかが魚を捕まえるためにするのが、今のセンの本質だという。
その時にセンが言っていた事も思い出す。
――わたしも冒険者としてもっと先を見られるんじゃないかって。
センは釣りの時、そんな意味ありげな事を言っていた。
それはつまり、今のセンにとってはレインを含めて『強い奴』であり、組む価値のある人間だという事だろう。
そんな風に考えるような人物には思えないが、姉であるエイナがそう言うのだから、そうなのかもしれない。
「だが、私もあれから強くなった。Sランクの冒険者となり、妹と並び立つ事も不可能ではないと思っている。勝てないかもしれないが、負けるとも思っていない。私は――センに勝ってあいつとパーティを組む」
「エイナがセンを探してた理由って、そういう事だったんだ」
「うむ、あれでも可愛い妹だ」
エイナがそう答える。
エイナもまた、妹想いの姉だった。
センのために、センと並ぶ強さを手に入れたというのだから。
それがどれほどのものか、レインには想像できない。
妹のために強くなった――それさえ伝えれば、センだって理解してくれるとレインは考える。
「そういう事なら、僕はエイナの事を応援するよ」
「君はセンと同じパーティだろう。センが抜けたら困るのではないか?」
「……まあ、《紅天》は困るかもしれないけど」
レイン自身は困るかと言われると微妙だった。
毎日いじられる心配もないし、危険な場所に行く可能性だって減るかもしれない。
そんな事を考えていると、むしろメリットにすら感じられてしまう。
(あれ、悪くないかも……)
いつもの事だが、レインは重要な事を忘れている。
「――だが、私が勝つという事は君はフレメアの所有物になるのと同義だが、それもいいという事なのか?」
「……あ」
この時点で、レインはエイナを応援する事は不可能だった。
エイナがセンを連れ戻すという事はつまり――《水着大会》に負けるという事。
それは、レインがフレメアの物になるのとイコール関係にあるからだ。
「ご、ごめん。やっぱり応援はできない」
「ふっ、面白い子だな、君は」
レインの言葉を聞いて、笑顔を浮かべるエイナ。
面白い要素はあっただろうか、とレインは首をかしげる。
「いやなに。久しぶりに見た妹は、随分楽しそうにしていたのでな」
「それは僕にとっては面白い事ではないかもしれないけど……」
センが楽しそうにしているという事は、大体良からぬ事が起こっているとレインは思っていた。
結局のところレインがセンについて聞けた事は、やはり印象通りにやや頭のねじが外れた冒険者だという事くらいだった。
「さて、そろそろ戻るとしようか。森の外までで構わないか?」
「あ、うん。大丈夫」
本来ならばレインは一人でも出られるはずなのだが、ボロボロだった事もあって心配されたらしい。
自然と一緒に外に出る事になった。
別れ際に、
「次に会う時は敵同士かもしれないが、そうだな。頑張ってくれとだけは言っておく」
なぜか応援の言葉を残されて、エイナは別の方角へと向かっていった。
結局何も倒せずにレインは町の方へと戻る事になる。
(……しまった。結構お金がもらえる依頼もあったのに)
レインは今更それを思い出す。
このままではローブを失っただけで、純粋な損失しかない――そう思ったとき、
「あら、姿を消したと思ったらこんなところに」
「げっ、セン……? どうしてここに」
こちらに向かってくるセンと遭遇した。
どうやら森の方に用事があるようだ。
「げっ、とは失礼しちゃうわね。今夜の飲み代になりそうな依頼があったから受けにきたのよ」
「あ、それって――」
「丁度いいわ。レインも今から行きましょう」
レインの言葉を遮るように、センがそう言ってレインの手を引く。
「え、い、今森から出てきたばかりなんだけど」
「いいじゃない。どうせ暇でしょう」
「どうせって何!? 暇だけど!」
「それなら決定ね。それよりも、ローブなしなんて珍しいわね」
「あっ」
ボロボロになったローブは結局森の中に置いてきたのだった。
レインはパーティメンバーの前でも極力ローブを着用している。
もはやそれが普通になっていたので、ローブがないと違和感がすごい。
「うん、そのままの方が可愛いわよ」
「だ、だから可愛いとか関係ないから」
「だったらそのまま胸張って行きましょう! ……あんまり胸は大きくないか」
「ま、まあそれもそう――じゃない! 僕は男だ!」
「あははっ、もはや持ちネタね」
そう言って楽しそうに笑うセンに振り回されながら、レインは再び森の中に入っていく事になり、結局魔物に絡まれながら依頼を達成する事になるのだった。
投稿したつもりですが忘れてました!




