100.レインの力
『それ』の姿は、上空高く舞っているにもかかわらず、よく視認することができた。漆黒の羽毛に身を包み、真っ赤な嘴を持つ巨大な怪鳥――会場を中心に、ぐるぐると見定めるように旋回している。
「『ブラッド・ビーク』ね」
「! 師匠、あの魔物を知ってるんですか?」
「レイン、あなたは魔物に対する知識が浅いわね。その名の通り、血に染まったような嘴を持つから『ブラッド・ビーク』。主に、北の地域に生息する魔物ね。基本的に人里にやってくることはないから、人的な被害はほとんど確認されていない魔物よ」
「じゃあ、大人しいタイプの魔物ってことですかね……?」
「大人しくはないわ、賢いだけ。あれとまともにやり合うなら……そうね。Aランクの冒険者が百人は必要なんじゃないかしら」
「ひゃ、百人……!?」
さすがに冗談だと思いたいが、フレメアの表情は真剣だった。
大人しくはない――という時点で、すでにここは危険区域と同等だろう。
すでに観客席は慌ただしくなり、一部の者は逃げ始めて混乱が起こっている。
『お、落ち着いてくださいっ! 落ち着いて避難を!』
会場内に実況の声が響き渡るが、聞いている者はほとんどいない。
あれだけ大きな魔物が空を舞っていれば、動揺するのも仕方ないだろう。
もちろん、レインだって例外ではない。
「よし、みんな! とりあえず逃げ――」
「セン、どうだ?」
「さすがに相性が悪いわね。飛んでいる相手となると、足場を利用が楽だけど、あんな高いところまで行けないし」
「そうなると、手は一つか」
「カウンターね」
レインの言葉に聞く耳も持たず、リースとセンはすでに上空を見上げ、敵の分析を始めていた。先ほどまでフレメアとまともに戦っていた彼女達は体力的にもかなり限界が近いはずなのに、どうして戦う気が満々なのか。
「……ったく、レインがいると毎回変な魔物が出るわね」
「やっぱりレインさんがおびき寄せているんでしょうか」
「さりげなく僕のせいにしないでくれる!? ――っていうか、エリィはもう魔力切れでしょ!」
「絞り出せば少しくらいは戦えるわ」
「そ、それはさすがに無理があるんじゃ――」
「これを使いなさい」
エリィに対し、フレメアが一本の小瓶を投げる。
見ただけで分かる――魔力を回復するための秘薬だ。
それも、普通に買えば相当な値段がする物に違いない。
受け取ったエリィは怪訝そうな表情でフレメアを見据えた。
気付けば、フレメアはすでに黒いドレスを身に纏っていた。
「……」
「別に毒なんか入ってないわよ」
「そうじゃなくて、いいの?」
「魔力のない魔導師ほど、足手まといはいないわよ」
「っ、ムカつくけど、もらっておくわ」
「ふふっ、素直な子は嫌いじゃないわ」
「というか、師匠はいつの間に服を……!?」
「あなたが逃げる算段をしている間に、よ。レイン、私と戦う気概を見せたのに、どうしてあの鳥を見て逃げようとするのかしら? 私より、あの鳥の方が怖いの?」
「え、いや、それは……」
そもそも比べるようなものではないと思うが、聞かれると少し悩んでしまう。
あのサイズの魔物となると、さすがに当たり前のように怖い――が、フレメアは別の意味でもっと怖い。
「ちなみに私が怖いと言ったら、本当に怖い目に合わせるし、あの鳥が怖いと言ったら、本当に怖い目に合わせるわ」
「どのみち怖い目に!? その事実が怖いんですけど!」
「レインさん、そろそろ突っ込みはその辺りにして真面目に戦う準備をしましょう」
「え、なんかごめん――って、やっぱり戦うの……?」
シトリアに怒られ謝ったが、レインを除く全員が戦うつもりのようだった。
この場にいるのはSランクの冒険者は二人いるが、空を飛ぶ『ブラッド・ビーク』とまともに戦えるのはフレメアくらいだろう。
レインの魔法の威力は高いが、さすがにあの距離まで届かない。リースとセンは近距離武器しかないし、エリィも普段の魔法から見るに、あまり遠くまで攻撃できるような魔法は扱えないだろう。そもそも、火属性の魔法は敵と近ければ近いほど強い、とされる。
シトリアも、どちらかと言えば守りに特化している。
フレメアは水の魔法で飛行も可能としている、いわば『格』の違う存在だ。……もう彼女一人でいいのではないだろうか。
「レイン、また良からぬことを考えているわね」
「か、考えてません……」
「まあいいわ。どうあれ、あれと戦うにはあなたの力が必要になるの」
「え、僕の力? 師匠一人でも十分では……?」
「やはり良からぬことを考えていたわね」
「いや、純粋に評価してるだけです!」
「いつから私を評価できる立場になったのかしら」
「……っ」
もはや反論する言葉もなく、レインは押し黙ってしまう。
「何か言いなさい」
「む、無茶ぶりを……。じゃあ、どうして僕の力が?」
「そうね。あえて理由をつけるなら、あなたの力を私に見せるためよ」
「それはどういう――」
「つべこべ言ってないで、早く準備なさい!」
「は、はい!」
半ば怒られる形で結局、魔物退治に参加することになるのだた。
記念すべき100話に水着は脱げなくてよかった。




