窮地
「ハァ……ハァ……着いた!」
悠斗は帝国の本部ビル正面に来ていた。
さすがに、本部ということもあって、入り口の警備が厚い。
ここを通り抜けることも可能だが、もしばれたらごめんなさいでは済まないだろう。
「どうするか……。」
一瞬逡巡するが、すぐに考えを決める。
(このまま突破するしかない!)
これはある種の自殺行為かもしれない。
だが、いちいち迷っていては麗香を救出することは不可能だ。
これ以上時間をかけては、麗香を別の支部に移されてしまうかもしれない。
(冷静に……焦りを見せるな……。)
ゆっくりと歩く。
一歩ずつ踏みしめるようにして。
すると、兵士が銃を向ける。
「何をしにここに来た!姓名、所属を言え!」
(所属!?)
もちろんそんなことを聞かれるとは想定していなかったため、悠斗はパニックに陥りそうになる。
だが、すんでの所で踏み止まる。
そして、ゆっくりと息を吸い、言葉にして吐き出す。
「和久井遼。新生大日本帝国スパイ部隊だ。」
兵士が一瞬首をかしげる。
「ん?確か和久井は……。」
だが、悠斗はその兵士の疑念を振り払うように矢継ぎ早に質問する。
「女の捕虜を一人捕えただろう?そいつはどこにいる!」
「ど、どこって……ええと、確かホールだ。本部ビルのホールにいる。」
「そうか。俺は今からそいつのところに行かなくてはならない。通してくれ。」
そう言いながら玄関の扉に触れる。
その直後。
「動くな!両手を上げろ!」
後ろから声が聞こえたので振り向くと、別の兵士が悠斗に銃を向けていた。
「和久井遼はKIAの報告を受けている。貴様は蘇った亡者ではあるまい。何者だ!」
「クソッ!」
恐らく、和久井達スパイチームからの連絡がなかったので、死んだものとして扱っていたのだろう。
「さてはあの女の捕虜の仲間か?一人で……勇敢な点は認めてやろう。だが……。」
ビルの正面を守備していた兵士が悠斗を取り囲み、銃を構える。
「如何せん、無謀すぎたようだなッ!」
そして引き金にかかる指に力が籠められる。
その瞬間。
ドォォォォォォン!
大きな音が鳴り、ビルに戦闘機が突っ込んだ。
「しめたッ!」
悠斗は兵士が戸惑っている隙に、本部ビルの中に転がり込んだ。
兵士は悠斗を追おうとするが、降ってきた飛行機の残骸とビルの破片に潰された。
一階のエントランスは突然の轟音と衝撃に慌てふためく。
「何があったんだ!」
「戦闘機がぶつかった……!ホールに突っ込んだようだ!」
兵士の声を聴き、今度は悠斗が驚く。
「ホール!?……麗香が!」
悠斗は走って階段を登る。
(麗香……無事でいてくれ!)
一階に降りてきた救護班らしき兵士とすれ違いながら駆け上がる。
目指すホールは18階。
悠斗は一段飛ばしで階段を走る。
悠斗はホールの防音加工してある扉を少しだけ開けた。
「ッ!」
ホールの側面の壁に戦闘機の機首部分が突っ込んであり、ホールの座席に火がついている。
そして、ホールの中央に大きな檻があり、そこに麗香がいた。
「麗香!」
思わず飛び出す。
「悠斗君!」
心底嬉しそうな顔で麗香も声を上げる。
だが、その顔が見る見るうちに曇り、泣き出しそうな顔でこういった。
「こっちに来ないで!」
「えっ?」
その直後、悠斗の右頬を弾丸が掠め、血が伝う。
そして、ホールのあちこちから敵兵士が出てくる。
「よくここまで来たものだ。一人の女の為に……。」
舞台袖から、男が一人出てくる。
「誰だ……アンタ。」
「私は新生大日本帝国帝王岸沢誠一郎である。」
肩幅が広く背は高めで、体の至る所から威厳が滲み出ている。
「で、その帝王閣下が何の用だ……。」
「一階の守備隊から敵が紛れ込んだという情報が入ってな。そいつはどうも捕虜の女を助けに来たらしいと同志はいっていた。だからここで、消火に来た同志と共に待っていただけのこと。」
「答えになってねぇぞ。俺はどうして『帝王閣下』が此処にいるのかと聞いてんだよ。」
「興味が湧いた……それだけでは足りぬか?」
まったく馬鹿げている。
興味があるというだけで自ら戦地に赴くなど。
いや、それは尾西も同じことだったか。
「さて……万事休すだな。ミスター・ドン・キホーテ。」
「へぇ……?サル山の大将も意外とジョークがお好きなようだ。」
二人の視線が交錯する。
「奴を捕えろ。」
その命令で、周囲をかこっていた兵士がじりじりと間を狭める。
(クッ……どうする!?)
悠斗は解決策を必死に考えるしかなかった。




