昏睡
悠斗は暗い闇の中にいた。
「ここは…?」
辺りを見回すが何もない。
宙に浮いているような感じになっている。
その慣れない感覚に戸惑っていると、不意に声が聞こえてきた。
━━━やぁ。まだ慣れないみたいだね。
「お前は誰だ?」
━━━いいじゃないか。そんなことは。それより、僕と話さないかい?
「何をだ。」
━━━君についてだ。君は世界が終わる前、どんな風に過ごしていたんだい?
「ごく普通の高校生…かな。特に目立っていたわけでもない。少しミリオタが入っている高校生さ。」
何故だろう。
この会話の中でなら、どんなことだって恥ずかしげもなく言える気がする。
どんなことだって包み込んでもらえる気がする。
そんな感情に浸りながら悠斗は答える。
━━━じゃあ、世界が終わった時…。君は正直どう思った?
「本音を言うと、嬉しかったし、楽しかった。怖さもあったけど、それでもくだらない日常が終わる。このまま大学行って、結婚して、就職して。上司に頭下げながら、勤め上げて定年迎えて。孫を見て喜んで死ぬっていう在り来たりな未来が変わるって思えた。だからワクワクもした。」
━━━へぇ。なかなか面白い発想だね。それで?
「どっかで夢じゃないかって思ってたし、いくら人が死のうが構わなかった。助けに行って死ぬなんてことはご免だったし。」
━━━でも、君は麗香さんを助けたよね?どうして?
「まぁ、成り行きっていうのもあったし…。下心もあったけど、強いて言うならなんとなく、ていう感じかな。」
━━━それで麗香さんと二人で脱出した。
「そうだな。初めて銃持った時は嬉しかったし。考えてもみろよ。ゾンビの大群からエスケープなんて、普通じゃ有りえないだろ?それで、途中でいろんな物資を拾って…。」
━━━人を殺した。
その直後、俺が殺した近藤の顔が闇に浮かび上がる。
「仕方なかったと思ってるよ。殺すことにそんなに抵抗はなかった。殺らなきゃ、殺られてたんだ。」
瞬間、近藤の頭頂部から脳漿が飛び散り、血の涙を流して呻く。
━━━君が殺した風にしてみたけど。どう思う?
「何のスプラッタームービーだよ。気持ち悪ィもん見せるなよ。」
━━━ここらで近藤君の声を聴いてみようか。
すると、悍ましい顔の近藤が話し出す。
ニクイ……フザケヤガッテ……
「知るかよ!」
オマエモ……オマエモ……
シネバイイノニ!
その声が闇に響く。
「お前から突っかかってきたんだろ!俺が悪いわけじゃねぇよ!」
━━━この人もだよ?
増田先生の顔が浮かぶ。
「なぁ、もういいだろ!」
オマエガシネバヨカッタノニ……
瞬時にして、悠斗が撲殺した時と同じ顔になる。
吉川の顔も。
アァ……オレハイキタカッタ……
「知らねぇよ!もう勘弁してくれよ!」
耳を塞ぎ、眼を閉じるが、何故か顔が浮かぶ。
何故か声が聞こえてしまう。
内藤も。
新田も。
学校の友達も。
オレハイキタカッタ……
ナゼオマエガイキテルンダ……
ドウシテ……
オレヲタスケテクレナカッタ……
「うわぁぁぁぁあああああっ!!!」
石田も。
尾西も。
コミュニティの人々も。
オマエガイタカラ……
オマエサエイナケレバ……
多くの人の死に顔に囲まれる。
「ああ…あぁぁああ……。」
口を開けたまま固まってしまう。
オマエノセイデ……
ドウシテタスケテクレナカッタ……
オマエガイタカラ……
オマエガイタカラ!
「違うッ!」
有らん限りの声で叫ぶ。
「俺は!自分の意思で!自分の判断でここまで来た!俺は弱い。死んでいったお前らの意思を背負えないし、実現することもできない!だけどッ……だけど!」
精一杯。
自分が殺めてしまった者のために。
「俺は生きるッ!絶対に諦めない!諦めない限りは死んでない!俺はッ!生き続ける!」
その途端、周囲に浮かんでいた顔が笑顔に変わる。
「そんだけ言えれば大丈夫だ。生きろ。お前は生きるべきだ。」
新田が言う。
「私の国家を崩壊させて…簡単にギブアップなどと言ったら呪い殺しますよ。」
尾西が言う。
「絶対に諦めんな。そんで、足掻き続けろ。」
「生きてるってことが大事なんだ。腐るなよ。」
皆が、声をかけてくれる。
「ありがとう…。皆…。」
━━━こんなもんでいいかな。
「もう終わりか?」
━━━あぁ。縁があったらまた会えるかもね。
「お前は何者なんだ?」
━━━僕は君の……。
そこで悠斗の意識が覚醒した。
悠斗が闇の中にいた頃。
「ぅん…?あれ?私…。」
伊吹雨音は意識を回復した。
どうやら、ここは医務室のようだ。
ベッドから体を起こす。
ふと、隣を見ると、悠斗が眠っていた。
ベッドから降りて、悠斗に近づく。
悠斗の体は包帯やガーゼだらけだった。
その痛ましい姿に、伊吹の胸が押しつぶされる。
「ごめんね…。」
その傷一つ一つを、愛おしむように撫でる。
「正直、悠斗すっごく格好良かったよ…。」
そんなことは全く意に介さず、悠斗は眠っている。
自分が素直に言っているのに、普通に眠っている悠斗に少し苛立って、頬を突く。
決してタイプではない筈なのに。
機転が効いて。
射撃が上手くて。
少し皮肉屋で。
けど決める時にはしっかり決めて。
自分を身を挺してまで守ってくれる。
顔を見るだけでも、自然と顔がほころんでしまう。
優しい気持ちになり、満たされていく…。
「…あちゃー。完璧にやられちゃったな…。」
不覚。
一生どころか、百生分くらいの不覚。
「好きに、なっちゃったな…。」
でも、そんな所がどこか可笑しくもあり。
「麗香に何て言おう…。」
そう悩む伊吹であった。
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次回もお楽しみに。




