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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-05
43/119

042 忍者の里

 あのあとも一悶着あった。というのも、戦闘中にサニーがはぐれてしまったからだ。場所を移動してもないのに迷子になるとは流石サニーだ。ザンフィが一緒だったおかげですぐに見つかったが、今回ばかりはサニーも反省したようだ。

 そして、似たような木が並ぶ道なのか道でないのかよくわからないところを通り、セトルたちはようやく森を抜けることができた。いや、正確には抜けてはいないのだが、大きな湖のある広い場所へ出た。

 ここが忍者の里《アキナ》である。

 湖の中央に小島があり、木造の橋が架かってある。その島にアキナの村が見えた。と言っても、見えたのは木でできた背の高い囲いと、それより高い見張り台のような建物だけだった。見張り台には誰もいない。まあ、こんな場所にあるのだ。見張る必要がないのかもしれない、とセトルは思った。

 橋を渡ると、やはり木でできた大きな門があった。閉じてはいないが、人が立っていた。

「しぐれ、何やそいつらは? 外部の人間を里に招くなんて何考えてんねや!」

 門のところに立っていた緑の忍び装束を着たアルヴィディアンの男性が、セトルたちを見るなり怒った口調で話しかけてきた。目つきが鋭い。

「これには事情があるんや。頭領に会わしてくれへんか?」

 しぐれが男の前に出て説明する。だが、男は一向に首を縦には振らなかった。しぐれもあきらめず男を説得しようとする。

「頑固ね。ここの人は」

 男がなかなか立ち入りを許可しようとしない――あの人が勝手に判断していいのかどうかは知らないが――ので、シャルンが呆れたようにそう呟いた。すると――

「その者たちの進入を許可する」

 と言ったのはその男ではなく、門の向こうからやってきた中年の男性だった。忍び装束とは違う丈の短いガウンのような服に、ゆとりのあるズボンに似たものを穿いている。しぐれに似た漆黒の髪を旋毛の辺りで結い、手には小さく折った紙を握っている。

「頭領!? せやけど――」

 緑の忍び装束の忍者は何か言おうとしたが、その男性の鋭い琥珀色の眼光が彼を射抜き、彼は頭を下げて数歩下がった。それを確認すると、その男性はセトルたちに視線を向けた。威厳の塊のような彼に、セトルたちは自然と表情を引き締める。

 この男がアキナの忍者を束ねる頭領で、しぐれの父親『げんくう』である。

「よう戻ったな、しぐれ。事情はお前の式神でわかっとる」

 げんくうは握っていた紙を中指と人差し指の間に挟んで、皆に見せるように顔の高さまで持ち上げた。するとその紙はまるで意思を持っているかのように指から離れ、蝶のように羽ばたいてしぐれの掌の上に降り立った。

「ただいま戻りました、頭領」しぐれが片膝をつき頭を下げる。「よそ者を里に招いた件はうちが――」

「ああ、それはええねん、私が許す」

 げんくうが微笑みを浮かべて言うと、しぐれは顔を上げて、おおきに、と笑顔を見せた。そのしぐれの笑顔にげんくうは、忍者の頭領としての不満と、親としての優しさが一瞬だけ顔に出た。そしてセトルたちの方を見る。

「ウェスターはん、それにそのお連れの方、よう来てくれはりましたな」

 彼は忍者としてではなく、アキナに住む一人の住人として、といった感じの口調と表情でそう言ったので、セトルたちの緊張は一気に解けた。ウェスターが、お久しぶりです、と会釈する。彼の連れというのにアランは納得がいかないようだった。

 そしてげんくうがしぐれの頭に手を置いて、搔き回すように撫でる。髪が乱れ、彼女は嫌な顔をするが、抵抗はしなかった。

「こいつ、全然忍者らしくないやろ? まだまだ未熟やし、ウェスターはんの足を引っ張ってたんとちゃいます?」

「いえいえ、彼女はとても頼りになりますよ」

 ウェスターが言うとどこか嘘っぽい感じがするが、セトルもそれには同感である。

 ようやくしぐれが、いつまでも頭を掻きまわす手を振り払って立ち上がった。少し顔が赤面してるように見える。げんくうは悪びれたように苦笑すると、親指を立てて肩の上から後ろ向きにアキナの里を差す。

「まあ、ここで立ち話もなんや、続きは家に来てやろうやないか」

「お世話になります」

 セトルたちは礼をして、げんくうの案内で里の中に入った。門のところに立っていた男はまだ納得していないようで、厳しい目で一行を見送っていた。


        ✝ ✝ ✝


 アキナの里は、外の世界とは文化が一線を画している印象があった。

 建造物のほとんどが木造で、石でつくられたものは少ない。木造の家はアスカリアやインティルケープでは珍しくないが、枯れ草を敷き詰めた《藁葺(わらぶき)》という屋根は初めて目にする。

 里の人々は、最初はセトルたちを不審者を見るような目で見るが、げんくうとしぐれがいるのを認めると、その表情は和らいだ。全員黒髪のアルヴィディアンだが、サニーやウェスター、セトルやシャルンを見て種族として嫌悪するような人はだれ一人としていなかった。

 彼らの服装は、しぐれやはくまのような忍び装束を着ている人もいれば、そうでない人もいる。男性はげんくうと同じような格好をし、女性や子供は一枚の布でできているらしい同じような物を着ている。ここではそれを《着物》と呼ぶらしい。そういう人たちは、靴ではなく《足袋》や《草履》という物を履いている。

 道中、変わったものが多かったため、セトルやサニーなどは興味深げに辺りを観察しながら歩いている。

 げんくうの家は里の一番奥にあった。彼は立ち止り、一度自分の家を見上げた。

「着いたで、ここが私の家や」

 一階建てだが、とてつもなく大きい藁葺き屋根の家だった。家の奥の方で湯気みたいなものが立ち昇っているが、それが何なのかはあとで知ることができた。

 引き戸になっている鴨居の低い玄関の敷居を跨ぐとすぐに段差があり、その前でセトルたちは靴を脱ぐように言われた。それがアキナの風習らしい。

 木で骨組をし、両面から紙を貼った引き戸の向こうの、草を編んだ絨毯のような物を敷き詰めてある広い部屋にセトルたちは通された。そこには既に綿を布地でくるんだ円座が人数分敷かれており、げんくうは奥に用意されているそれに正座で座った。その横にしぐれが正座し、セトルたちは残りの円座に適当に腰を下した。

 げんくうの表情が忍びの頭領に戻る。

「ではウェスターはん、まずはあんたのことやが、あの噂はここまで届いとる。あれはホンマのことか、真実を教えてもらいたい」

 例の、ウェスターが世界を滅亡させようとしている、という情報のことだ。ウェスターは冷静に眼鏡の位置を直して答える。

「あれは敵の流した偽の情報ですよ。彼らにとって我々が精霊と契約して回ることは脅威と感じたのでしょうね」

「そうか。――あんたのその言葉に嘘偽りはないようや。我らはあんたを信じよう」

 顔を引き締めたまま、げんくうはウェスターをじっと見た。ウェスターは軽く頭を下げて礼を言う。

 セトルはこのげんくうという男がすごい人物だと思った。ウェスターの言葉の内を一発で見抜くことは、これまでずっと旅をしてきたセトルたちでも難しいことだ。知り合いだとは聞いていたが、どのくらいの付き合いなのだろうか?

「次はこちらからお聞きしてもよろしいですか?」とウェスター。

「雷精霊、『レランパゴ』のことやな?」

「おや? 御存知でしたか」

「それもしぐれが式神で伝えてくれたんや。――調べはついとる。レランパゴはソルダイから南西に下ったとこにある《エスレーラ遺跡》に居る。他の精霊に関しては、まだわかってへんがな」

 げんくうはすまなさそうに言ったが、今はそれだけでも十分だ。雷精霊と契約できれば、世界中を飛び回れるようになる。他の精霊の情報もきっとすぐに集まるだろう。

 すると、戸の向こうから女性の声がし、げんくうが入れと言う。引き戸が開き、後ろ側の頭髪に《(かんざし)》というものを挿した着物の女性が部屋に入り、熱いお茶の入った湯呑と茶菓子を皆に配った。その後、それらを乗せてあった盆を抱くように持ち、皆に一礼して静かに部屋を出ていった。それを見届けると、げんくうは続けた。

「それで続きやが、現在アキナ~ソルダイ間の道は自由騎士団によって封鎖されてるんや。しばらくはそこを使うことはできへんな」

「じゃあどうすればいいんですか?」

 湯呑を手に持ったセトルが訊く。

「少し遠回りになるんやが、《アスハラ平原》を行くしかない。せやけど、あそこは強い魔物もぎょうさん出る。どうする?」

 言うと、げんくうは熱い茶を啜った。自由騎士団が居なくなるのを待っていたらいつになるかわからない。多少遠回りだろうが危険だろうが、他にも道があるのならそこを通るしかない。

 セトルは皆を見回した。全員が頷き、その案に異議がある者はいない。

「わかりました。僕たちはその道を使って行きます」

 げんくうはセトルのサファイアブルーの目を、何かを探るように見詰めた。その目に迷いがないことを認めると、さらに表情を引き締めた。

「そうか。だが一つだけ訊いておきたいことがある。君たちは軍人でも忍者でもなければ、王城の関係者でもないんや。一体どないな理由があって君たちは戦っている? それが知りたいんや」

「わたしは……」

 とまずはシャルンが答える。

「わたしが戦うのは、家族と親友の仇打ちのため」

 それを聞くと、げんくうは目を閉じてフッと口元に笑みを浮かべる。

「なるほど、それも一つの理由やな。やけど、仇を打ったところで何になるんや? それで死んだ者が返ってくるわけではないんやぞ?」

 彼は試すような口調で訊くと、シャルンは俯いた。だが答えは既に彼女の中にあり、すぐに顔を上げて答える。

「わたしは、もうわたしみたいな人を出したくない。奴らを放っておいたら、必ずわたしと同じ境遇になる人が大勢出るわ。この世界にはまだハーフはたくさん居る。わたしはその人たちを護りたいの!」

 それがシャルンの本音。いや、出会ったころは本当に復讐しか考えてなかったのかもしれない。旅をするうちに彼女の考え方も変わってきたということだろう。まだ、仇打ちという考えも残っている。しかし、それよりも自分と同類を作りたくないという気持ちの方が、今のシャルンには強いのだ。

 げんくうは目を瞑ったまま何も言わない。

「あたしたちは」とサニー。「アスカリアのみんなや他の町のみんなに、あんなひどいことをする人たちを許せない」

「シャルンの言う通り、放っておけば大変なことになる」

 アランが腕を組み、サニーに続けて言う。

「不幸になる人もいる。いや、それどころか古代の兵器を呼び起こそうとしてんだ。案外奴らの方が世界を滅ぼそうとしてんのかもしれないぜ。俺らはそんなのはごめんだ。だから戦う! それだけだ」

 サニーも真剣な表情で頷いた。げんくうは、なるほど、と呟き、目を開いてセトルの方を見た。

「君も同じ考えか?」

 するとセトルは少し考え、

「はい。あの人たちを許せない、みんなを護りたい。だけど、たぶん僕の気持は、この世界の全てを救いたい、と言った方が合ってるような気がします。人だけじゃない、この世界全てを……」

 どこか曖昧な気がするが、それは言葉の表現だけで、セトル自身の想いはとても強い。そのことはこの場の誰もがわかった。

(それが蒼き瞳を持つ者の使命……か)

 そう思い、げんくうは顔をほころばせた。その表情はもう忍びの頭領のものではない。

「君たちの覚悟はようわかった。――さて、君たちも疲れてるやろうから話はこの辺で止めて、ゆっくり休むとええ。そうや、この家の裏手から湯気が上がってたやろ? あそこには混浴やが露店風呂があるねん。自由に使ってええで」

 風呂という単語に女性陣の目が輝いた。もう何日も入ってないから汗と垢で体はひどいことになっているはずだ。男性陣も不快なのは変わらない。今頃になって自分たちの臭いが気になり始めた。

「まずは女性陣から入れよ」

 紳士的にアランが勧めるが、サニーは疑うように目を眇めて、

「覗いたら死刑よ、アラン」

 と念を押すように言う。しぐれもシャルンも同じような目でアランを見る。

「その場合は私も弁護できませんねぇ」

 楽しんでいる表情で、ウェスターはからかうように言った。

「俺信用ねぇなぁ……」

「そんなことないよ。僕はアランを信用してるよ?」

「そう言ってくれるのはお前だけだぜ!」

 アランはセトルが言ったことは別の意味だと知りつつも、さも感激したように、隣に座っている彼に抱きつこうとした。だが見事に躱され、バランスを崩して転倒する。

「こっちや、二人ともついてき」

 しぐれが立ち上がり、引き戸を開いてサニーたちを誘導した。アランは心の中で舌打ちをして、三人の背中を見送った。


        ✝ ✝ ✝


 セトルは一人外に出て、アキナの里を一通り見物したのち、砂利道を進んだ行き止まりにある、一本の大きな木を見上げていた。

 辺りに人気はない。あるのはその木と、真上から照らす太陽、そして木の下に置かれてある三体の小さな石像だけである。何を模ったものだろうか、僧侶のような格好で、左手に玉を持ち、右手は掌を前に向け、下に垂らしている。全て同じ形だ。

(世界の全てを救う――何で僕そんな風に思ったんだろ?)

 そんな大それたことを自分ができるはずがない。なのになぜかそう思った。もし記憶を失くしてなかったらどう思ってたんだろう。記憶が戻れば思いも変わるのだろうか? そんなことを考えながらセトルはただ呆然と木を見上げていた。すると――

「セトル、こんなところにいたの? お風呂開いたわよ?」

 とサニーが来て後ろから声をかけた。

「…………」

 だがセトルは何も反応しなかった。彼女が来たことにも気づいていないようだ。むぅ、とサニーは頬を膨らまし、セトルを背中から蹴りつけた。

「!?」

 セトルはハッとしたが、体は既に前に倒れていて、真ん中の石像と頭を打ち合わせた。

 ゴン! という音が鳴る。

「いてて……あれ? サニー、どうしてここに?」

 セトルは頭を押さえ、今頃気づいたようにそう言った。サニーは風呂上がりで、まだ顔が火照っている。

「アキナの見物してたらしぐれとはぐ……じゃなくて、見物ついでにセトルを探してたのよ。次セトルたちがお風呂入る番だから」

 そこまで言ってしまったらもう訂正しても無駄である。セトルは彼女がまた迷子になったのを知って、はは、と苦微笑した。

「何で蹴るのさ?」

「セトルがぼーっとしてたからでしょ!」

 サニーは腰に手をあてて眉を吊り上げる。

「え? あ、ごめん……」

「まったく、何考えてたの?」

 彼女にそう言われ、セトルはさっきまで考えていたことを危なく忘れかけていたことに気づいた。

「ええと、何で僕あんなこと言ったのかなぁって」

「世界を救うってこと? いいじゃんそんなの。セトルが思ったから言ったんでしょ?」

「まあ、そうなんだけど、何かこう――」

「あーもう! 難しいこと無し! それよりセトル、早くお風呂入ってきなさいよ! かなり臭ってるわよ!」

 サニーは鼻をつまんだ。そんなに臭うのだろうか? 自分が慣れてしまって気になってないだけかもしれない。

「あたし、臭いままのセトルなんて嫌だからね!」

 誰でもそうだと思うが、とセトルは思ったが口には出さなかった。そして立ち上がると微笑みを浮かべる。サニーと話したら何かどうでもよくなった。

「じゃ、帰ろうか」


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