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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-05
36/119

035 灼熱の地で

「あ~もう~あつい~」

 ヴァルケンで遺跡の正確な位置を聞き、セトルたちは辺り一面砂だらけの世界をひたすら西に向かって進んでいた。

 容赦なく照りつける日の光と、それが地面で反射する熱が皆の体力を奪っていく。さらに昼と夜との温度差は凄まじく、体調を壊してしまいそうだ。ウェスターの指示でフード付きマントを買っていたのは正解だったと思う。

 ヴァルケンを出て三日。どれくらい進んだだろう。途中、何箇所か小さなオアシスの休憩所はあったが、そろそろみんなの限界も近い。

「大丈夫ですよサニー、情報が確かならもうすぐ着くはずです。皆さんもがんばりましょう」

 流石のウェスターも疲労しているようだ。汗が顎の辺りから滴っている。

「アラ~ン、み~ず~」

「我慢しろよサニー。さっき飲んだばっかじゃないか。これ以上飲むと、帰りに死ぬぜ?」

 水や食料はいつも通りアランが管理している。彼はサニーの方を向いてきっぱり断った。

「う~。今死にそうなんだけど……」

 サニーは両手をだらしなくぶらさげて頬を膨らました。

「ウェスターさん、あれじゃないですか?」

 その時、セトルが前方を指差して言った。そこには石造りの建造物らしきものが小さく見えた。どうやら蜃気楼ではないようだ。

「そうかもしれません。行ってみましょう」

 ウェスターは言うと、歩くのを速めた。

 そこはまだ小さく見えるが、それほど遠くはなかった。セトルたちはものの数十分ほどで到着し、そして足を止めた。

「これがムスペイル遺跡ってやつなん?」

 ほとんど砂に埋もれた廃墟群を見回してしぐれが言う。

「たぶんそうだと思うけど……」

 自信なさげにセトルが答える。今まで行く手には砂しかなかったから、ここで合っていると思う。

 ウェスターは辺りの柱やタイルのようなものを調べ始める。その後、周りを見回して、倒れた太い柱の向こうに崩れた建物らしきものを見つけると、

「あそこから中に入れそうです」

 と言って歩き始めた。近寄って見ると、かなり大きな建物だったということがわかる。上の方しか見えていないが、砂の中にどのくらい続いているのか計り知れない。

 その崩れた場所から、かろうじて人が入れそうな穴を発見した。

「意外と暗いわね……光霊素(ライトスピリクル)が少ないのかしら?」

 穴の手前でシャルンが中を覗き込むようにしながらそう言う。セトルたちも中を覗くと、外と比べて湿っぽい、ひんやりとした風が肌を擦り、呼吸がだいぶ楽になった。

 中が外より涼しいとわかると、暑さですっかりバテていたサニーが我先にと何の警戒もなく中に入った。

「はぁ~涼しい~。みんなも早く入れば?」

 どうやら魔物も罠もないようなので、セトルたちは安堵した表情をする。

「ははは、急に元気になりましたね、サニー」

 からかうようにウェスターが言うと、

「そ、そんなことないわよ!」

 とサニーは頬を膨らました。

「とにかく、魔物もおらんみたいやから、うちらも入ってしまおう!」

 言いながらしぐれはセトルの背中を押した。彼は、わっ、と小さな叫びを上げて、躓きそうになりながらも中に足を踏み入れた。

 ムスペイル遺跡は古代アルヴィディアの貴重な遺跡の一つ。こんな場所にあるが、遺跡マニアやトレージャーハンターなど、訪れる人間が全くいないというわけではない。途中のオアシスにあった簡素な休憩所は、そういう人たちのために造られたと聞いている。

「サニー、光球(ライトボール)をお願いします」

 最後に入ってきたウェスターが指示すると、サニーは頷き、人差し指の先に光霊素(ライトスピリクル)を集め、辺りを照らした。中はすぐに階段になっていて、他の道もあったのだろうが、崩れていて行けそうにない。

 セトルたちは少し休んだあと、ゆっくりと慎重にその階段を下りていった。遺跡内な外の砂漠と比べたらまるで天国のようだ。こんなに涼しいところに、火の精霊は本当に居るのだろうか? とセトルは今の段階では不安だった。

「おい、あそこで何か光ってるぜ?」

 アランが通路の先を指差した。階段を下りた先は一直線に通路が続き、そこから多数の枝分かれした通路が続いていた。何度か行き止まりにぶつかりはしたが、ようやく進んだ先に、円形の青白い光を放つ霊術陣のようなものが床にあるのを見つけた。

「あれは……《転移霊術陣》ですね」

 ウェスターはそう言うと、恐れることなく陣に近づき、しゃがんでそれを調べた。

「転移霊術陣って何ですか?」

 セトルが小首を傾げて訊くのに、ウェスターではなくシャルンが答える。

「特定の場所に移動できる陣のことよ。こういう遺跡にはよくあるわ」

 へぇ、と感心しつつアランは彼女の横顔を見た。心を完全に開くにはもう少し時間がかかりそうだ。

 調べ終わったのかウェスターは立ち上がると、振り向いて眼鏡の位置を直した。

「起動はしているようです。この先が火の精霊の居る場所に繋がっているのでしょう」

 通路はそこで行き止まりである。どの道、陣に入らないと先には進めない。

「ではセトル、この陣の中央に立ってみてください」

「あ、はい……」

 ウェスターに言われるままにセトルは青白い光を放つ陣に足を踏み入れた。サニーが心配そうに見ている。すると――

「うわっ!?」

 陣の輝きが増し、セトルの姿は幻影だったかのように消えてしまった。サニーとアランはそれを見て唖然とする。

「ここは……」

 転移した先でセトルが見たものは、これまでの「精霊は居るのだろうか」という不安を一気に取り除く光景だった。足場のタイルや周りの柱の造りからまだ遺跡内だと思うのだが、壁や天井は洞窟のようで、妙に明るく、全体が赤く染まっていた。それに砂漠とはまた違った暑さを感じる。

 目の前は断崖絶壁で、普通に歩いていけるほどの足場が、奥に向かって橋のように延びている。

 下を覗いてみると、真っ赤なドロドロしたものがゆっくりと流れている。妙に明るくて暑いのはあれのせいだと思われる。ただのトレージャーハントで来たのなら引き返していたかもしれない。

「あっつーい! 何よここ!?」

 転移してくるやいなや、サニーは叫ぶように言った。他の仲間たちも次々と陣から出てくる。

「何や? 今までと雰囲気違わへんか? ずいぶん明るいし……」

 怪訝そうにしぐれは辺りを見回す。するとウェスターがセトルと同じように下を見下ろした。

「下に見えるマグマのせいでしょう。気をつけてくださいよ。落ちたら死にます」

 それを聞いて皆がぞっとすると、彼は振り向いてどこか楽しそうな笑みを浮かべた。

「それでは行きましょう」

 そう促され、セトルたちは足場に気をつけながら先へ進んだ。途中『フレアリザード』などの魔物と戦ったが、幸い道は狭くなく、崩れることもなかった。

 橋を渡った先に、転移霊術陣で転移してきたところよりもかなり広い場所に出た。前は断崖絶壁、その下はもちろんマグマ、これ以上先へは進めないようだった。

「何も……ないわね――!?」

 シャルンが言うと、赤い輝きが崖の下から登ってきた。それはたちまち形を変え、一人の青年の姿となる。

 ただし今までの精霊たち同様、人間とはとても言えない姿だ。真っ赤な上半身は無駄な筋肉がなく引き締まっており、下半身は蛇に似た長い尾のようなもののみで足はない。頭からは太い角が二本、前向きに生えている。両腕には大きな青い宝石のついた盾を持っている。

 まるで怪物だ。

「――召喚士か、久しいな」

 その声は低く、威厳があった。どうやら本当に精霊のようだ。

「私はウェスター・トウェーン。火の精霊『エルプシオン』、私と契約を交わしてくれませんか?」

 前に出たウェスターが言う。

「……いいだろう。まずは力を示せ!」

 エルプシオンの体が炎に包まれる。

「くるよ!」

 セトルは剣を抜き、構えた。

「た、戦わなあかんのかい!?」

 驚いたようにしぐれが言う。そういえば彼女とシャルンは、精霊との契約はこれが初めてだったな。

「そうだよ、しぐれ。これが精霊と契約するってことなんだ」

 エルプシオンから目を離さず、セトルは簡単に説明した。

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

 咆哮し、炎を纏ったエルプシオンは天井近くまで上昇した。そしてそのままセトルたち目がけて急降下してくる。

「――バーニングドライブ!!」

 速い、が単純な攻撃だ。躱せないわけではない。セトルたちはそれぞれ散り散りになってそれを躱す。しかし、エルプシオンが地面に衝突したときの衝撃波は凄まじく、セトルは思わず腕で顔を庇った。

「さっさと終わらせるわよ!」

 シャルンが走り、その勢いで飛び上がってエルプシオンの頭にトンファーを振り下す。だが、エルプシオンは腕の盾でそれを防いだ。

 シャルンは舌打ちすると跳び退り、入れ替わるようにアランが突っ込む。

「はぁ!!」

 体を捻り、アランは横薙ぎに一閃する。それはエルプシオンの腹部を斬るが、深くは入っておらず、エルプシオンが腕を振るって起こした炎の波にアランは呑み込まれた。

「アラン!」

 セトルが叫び、サニーは治癒術の詠唱に入る。

 すると、炎の波からアランは転がり出てきた。そうやって服についた火を消し、アランは起きあがった。サニーの治癒術の光が彼を包むが、もともと大した怪我ではないようだった。

「――駆け巡る閃光、スパークバイン!!」

 ウェスターの詠唱が響く。直後、電撃がクモの巣をつくるように絡み合う。

「ぬおっ!」

 呻いたエルプシオンに、セトルとしぐれが左右から走っていく。

「――奥義、崩空驟雨斬(ほうくうしゅううざん)!!」

 まずはセトルが、乱れ突きのあとに斬り上がりながら飛び、そして落ちる勢いで剣を振り下す。盾が欠け、火霊素(フレアスピリクル)が飛び散る。

「――忍法、涅槃西風(ねはんにしかぜ)!!」

 煌く風を纏った刀で、しぐれは吹き抜けるようにエルプシオンを通過し、エルプシオンの胸から肩にかけてを斬り裂いた。

 やった、と思ったが、エルプシオンはまだ倒れない。そして――

「我が炎にて灰燼と化せ――」

 不気味な赤い光を放つ霊術陣がエルプシオンを中心にして広範囲に広がる。

「まずい……皆さん、早く陣の外へ!」

 術中心のウェスターとサニーは、エルプシオンから離れていたおかげで陣が届かなかったが、セトルたちは皆その陣の内側にいた。ウェスターが叫んでくれたこともあって、セトルたちはその場から離れようと走る。だが――

「――パイロクラズム!!」

 まさに灼熱地獄。陣の中で凄まじい炎が噴き上がり、荒れ狂い、それは中のもの全てを灰にしてしまいそうな威力だ。

 その炎の中からセトルたちは出てきた。無傷――というわけではないが、無事のようだ。彼らの体には光の膜は張ってある。

「よかった。間に合ったみたい……」

 それはサニーのプロテクションだった。彼女は咄嗟にそれを唱えて炎からセトルたちを守っていたのだ。

「ザンフィ、行って!」

 炎が消え、エルプシオンが姿を現した時にザンフィが背後から飛びかかりその体を引っ掻き回す。エルプシオンは手でザンフィを追うも、その巨漢が仇となりなかなか振り払えない。

 その隙にセトルが一気に間合いを詰め、剣に霊素を付加させる。

「はあぁぁぁぁぁぁ! 魔皇飛影刃(まこうひえいじん)!!」

 横薙ぎに一閃し、大上段から思いっきり振り下ろす。それと共に裂風がエルプシオンを襲う。

「その力、認めよう……」

 エルプシオンは姿を保てなくなり、火霊素(フレアスピリクル)を飛散させながらそう告げた。ザンフィはサニーの元に戻り、彼女は褒めながらその頭を撫でた。

「力は認めた」元の姿に戻ったエルプシオンがウェスターを見る。「召喚士の者よ、契約の儀を行うといい」

 ウェスターが槍をしまってエルプシオンの前に出る。

「では……我、召喚士の名において、火の精霊エルプシオンと盟約する……」

 彼から出た一条の光にエルプシオンは消え、やはり指輪を残した。赤色のガラス状の光沢をもつそれは、前にウェスターが言ってた通りだとすれば、火の精霊石ルビーだろう。

「終わっ……た?」

 シャルンが呟く感じで言う。しぐれも呆然としている。

「ええ、これで契約は終了です」

 ウェスターの顔に笑みが浮かんだ。

「何や、けっこう単純やなぁ」

 どこか物足りないようにしぐれは言うが、精霊と戦うことは生死に関わる。単純だけど、それなりにつらい。

 セトルは苦笑し、これからのことを考えて溜息をついた。

(また、あの砂漠を歩くのかぁ……)


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