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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-04
32/119

031 敵の正体

 冷たい雨が肌を刺すように降り続く。

 セトルは記憶を失ってから初めて人の死というものを実感した。重たい空気の中、ワースたちの力も借りて彼女――ソテラを埋葬した。

「お墓……建てないの?」

 サニーが訊くと、シャルンはソテラを埋葬した場所を見詰めながら頷いた。

「ええ、こんな寂しいところにソテラを一人にしておけない。ソテラのお墓は、全てが終わったあとにあるべき場所に建てるわ」

 言うと、彼女は手に握っていたイアリングを見詰めた。

「そのイアリングは?」とセトル。

「ソテラの形見よ」

「彼女、イアリングなんてしてたか?」

 アランが怪訝そうな顔で言う。確かにしてるようには見えなかったけど……。

「これはソテラが大切にしていた物。だから、ちゃんとしたお墓を造るまでわたしが持っておくことにしたの」

 そして彼女はそのイアリングを大切そうにしまった。

「すまない、オレがもう少し早く来ていれば……」

 少し離れたところで、ワースはウェスターにそう言った。

「いえ、あなたのせいではありませんよ」

 ウェスターは眼鏡の位置を直して、荒れる海に視線を向けた。今はもう奴らの船は見えない。この嵐で船を出すなんて無謀だが、奴らの船がそう簡単に沈むとも思われなかった。

「ところで何で君たちが?」

「ああ、それはあとでお話しますよ」

 話せば長くなる。ウェスターはそう思い、セトルたちの方にその視線を移した。

 ワースは天を仰いだ。

「そろそろ引き上げた方がよさそうだな」

 雨がさらに激しさを増してきたので、彼はそう言うと踵を返し、何らかの作業をしている独立特務騎士団の兵士たちに撤退命令を出す。ウェスターもセトルたちの元へ行く。

「皆さん、雨も強くなってきましたし、そろそろ町に戻りましょう」

 皆は頷き、インティルケープへと足を進めた。シャルンもそれについていったが、途中何度も後ろを振り返っていた。もしかしたらソテラが生き返るかもしれない、そんなことを願っているかのように――。


        ✝ ✝ ✝


 インティルケープに戻ってきたセトルたちは、マーズ邸には行きづらかったのでワースたちと共に宿屋へ泊ることにした。宿屋はそれほど大きくはないのだが、幸い嵐なのにも関わらず客が少なく、何とか全員分の部屋を用意してもらえた。

 食後、セトルたちは彼らと情報交換をするために広間へと集まっていた。

「ねぇ、あの女の人も青い目だね」

 まだ来てないワースを待っている間に、サニーはスラッファの隣に座っている茶髪の髪を後ろで結っている女性をちらりと見て、セトルの耳元で囁いた。するとそれが聞こえたのか、その女性は優しい微笑みを浮かべる。

「そういえば、まだちゃんと会ったことなかったわね。わたしはアイヴィ、独立特務騎士団の副官の一人をしているわ。よろしくね」

 アイヴィはサニーに向かって手を伸ばした。サニーは少々戸惑いながらも自己紹介をし、握手を交わした。やはりセトルは彼女にも初めて会ったような気がしない。ワースやスラッファの時もそうだったが、彼らの姿を見たり、名前を聞いたりしただけでは記憶は戻らない。

 そして、ようやくワースが二階へ続く階段から下りてきた。

「ずいぶんと遅かったですね?」

 嫌味のようにウェスターが訊くと、彼は苦笑して頭の後ろを掻いた。手には何かの資料と思われる紙を持っている。かなりの量だ。

「すまない、資料の整理に少々手間取ってしまってね」

 言うと彼はセトルたちの前、机を挟んでアイヴィの隣に座り、彼女に資料を渡した。あの資料は今から話すことに必要なものなのだろうか?

「どうだいセトルくん、記憶の方は戻りそうかい?」

 いきなり本題に入らず、ワースはセトルに柔らかく微笑んで訊いた。いえ、とセトルが首を振ると彼は残念そうに息をつき、顔を引き締めた。

「では本題だが、奴らは確かに《四鋭刃》と名乗ったんだな?」

「ええ、四鋭刃というのが奴らの幹部の名称なら、名乗ったのは《蒼牙のルイス》という者だけです。ですが、ゼースという者も自分を《鬼人》と言ってましたし、恐らくひさめも四鋭刃の一人だと思われます」

 あの二人は兵たちに指示を出していた。さらにルイスもそのようなことを言っていた。だからウェスターの考えは間違ってないとセトルもそう思う。

「シャルン」とアラン。「確かあの刺青が家族の敵とか言ってたが、どういうことなんだ?」

 シャルンは黙ったままだ。言いたくないのだろうか? それほどつらい過去なら無理に訊こうとは誰も思わない。だが――

「シャルン、あなたは《エリエンタール家》の生き残りですね?」

 その空気を読まず、眼鏡のブリッジを押さえたウェスターが言った。するとシャルンは、なぜそれを、というような驚いた表情をした。

「ねぇ、エリエンタールってまさか……」

 サニーはエリエンタールという言葉に聞き覚えがあった。セトルやアランもどこかでそれを聞いたことがある。確か、サニーが誤送されたときの盗賊の名前だったはず。

「エリエンタール家は世界を股にかけていた盗賊、いえ義賊です。ですが十年ほど前に事故で滅んだと聞いていますが――」

「事故? 違うわ」

 黙っていたシャルンがようやく口を開いた。

「あれはあいつがやったのよ! あいつが、わたしの目の前で家族を……」

 ゼース、セトルの脳裏に彼の残酷な顔が浮かんだ。

「そのことについてはわからないが」とワース。「こちらにも一つだけ情報がある」

「何ですか?」

 セトルが言うと、ワースではなくスラッファが答えた。

「先日、ファリネウス公爵が失踪したんだ」

「彼だけじゃないわ。使用人、近衛騎士団も含め、公爵家の人はみんないなくなったの」

 一通り資料に目を通したアイヴィもスラッファに続けて答えた。すると――

「ねぇ、ファリネウスって誰だっけ?」

 皆が驚いている中、サニーだけは首が傾げていた。

「アルヴァレス・L・ファリネウス、王族にして特務騎士団の将軍ですよ」

 ウェスターはそんな彼女に嘆息しつつ説明した。

「サニー、一度会ってるはずだよ。ほら、城門の前で」

 セトルに言われると、思いだしたようにサニーは手を叩いた。そして皮肉めいた笑みをセトルに見せる。

「セトルってさあ、最近記憶力よくなったんじゃないの? 日記ももうつけてないのに」

「そんなことないと思うけど……サニーが悪くなったんじゃないの?」

 するとサニーは頬を思いっきり膨らました。

「むぅ~、そんなことないわよ!」

「ハハハ、でもセトル、お前このごろぼーとすること少なくなってるだろ?」

 アランが笑い、そう言った。言われてみると、確かにそうだ。

「記憶が戻ってるんじゃないの?」

 アイヴィが言うと、ワースも微笑んだ。

「そうかもしれないな。ところで話は戻るが……ウェスター、ファリネウス失踪についてどう思う?」

 ウェスターは少し考えると、眼鏡の位置を直した。

「誘拐……ではありませんね。彼はそのようなことをされるほど弱くはないですし、公爵家全員というのもおかしい……今回のことに深くかかわっていると見てもいいかもしれません」

 ワースは頷いた。どうやらウェスターと考えは同じようだ。インティルケープまで来たのも、その情報を追ってきたということらしい。

「やはり目的は《古霊子核兵器(スピリアスアーティファクト)》なのだろうか?」

 スラッファは眉を顰めた。彼らがそのことを知っているということは、王様と謁見したときには既に、ウェスターが世界の危機について告げていたのだろう。

「そうでしょうが、彼がそれを使って何をしようとしているのかはわかりません」

 兵器と聞いたら、悪い予感しかしない。ただ一つだけ言えることは、それを復活させてはいけないということだ。

「もし最悪の事態になったときのために、僕たちは精霊を集めているんです」

 召喚士(サモナー)ではない自分が言うのもなんだが、と思いつつも、セトルは今自分たちがやろうとしていることをワースたちに話した。彼らの協力を得たら今よりもずっと速く精霊たち を集めることができるだろうとセトルは心のどこかで期待していた。

 なるほど、とワースは顔の前で指を組み合わせて呟いた。

「それなら我々も協力は惜しまない。それで、今は何体と契約してるんだ?」

「コリエンテと、アイレよ!」

 サニーがなぜか自慢げに答える。

「二体か……他の精霊の場所は?」

「残念ながらわかっていません」

 ウェスターは首を振り、溜息をついた。

「そうか……。実は精霊の居場所に少々心当たりがあるんだが、行ってみるかい?」

 本当ですか、とセトルが飛びついた。やはりワースは期待を裏切らなかった。協力してくれるし、精霊の居場所も知っている。

 味方でよかったと、本当に思う。

「――《ムスペイル遺跡》、ウェスターなら知ってるだろう?」

 ワースは持っていた何らかの資料から世界地図が載ってあるものを探し出し、その場所を差した。それは中央(セント)大陸(ラル)から向かって南西にある大陸、《ムスペイル地方》の最西端だった。

 ムスペイル地方という名称くらいは知っていたが、アスカリア村の三人はそんな遺跡のことなど、当然見たことも聞いたこともなかった。

「なるほど、遺跡に行ったことはありませんが、あの辺りは火霊素(フレアスピリクル)が濃い。火の精霊が居るかもしれませんね」

 ムスペイル地方は灼熱の大地だと聞いている。ウェスターの言うことには納得だ。

「そういう理屈でいくなら、《ニブルヘイム地方》にも居るんじゃないか? あそこは極寒の地って聞いてるぜ?」

 とアランも意見を出す。もちろん行ったことはないが、話くらいはセトルも聞いている。極寒ということは氷の精霊が居るのだろうか?

 アランの意見にワースは、それはそうだが、と答える。

「そっちは正確な場所を特定できていない。なるべく場所がわかっているところからあたってみるのがいいだろう」

「じゃあ、ムスペイル遺跡に行くってことで決まりね!」

 サニーはいつものように無邪気な笑顔でそう言う。それを見て、ワースの引き締めた表情が緩む。

「その前にいろいろと準備があるから、我々の本部に来てもらいたい。いいかな?」

「もちろんです」

 セトルは頷いた。そして――

「シャルン、あなたはどうしますか?」

 とウェスターが話に加わってなかった彼女に問う。

「わたしは……」

 シャルンは悩んだが、ここで皆の話を聞いているということは、恐らく心は決まっていると思われる。

「わたしは……わたしも一緒に行くわ。一緒に行けば家族やソテラの仇にも会えるから」

 彼女の目は決心のついた強い目をしている。

「ソテラにも一人じゃだめだと言われたし……」

 小さく、彼女はそう呟いた。

「決まりだな」

 アランは微笑んだ。サニーはどこか複雑な顔をしているが、セトルにはその理由がわかる気がした。


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